ロミオとジュリエット

- Satsuki Renjyou -

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第八章 戴冠の儀



 連日の雨も上がりよく晴れた空の下、アエラ女王の戴冠の儀が行われようとしていた。表面上はペールゼンに従う、貴族の諸侯が参列し、賓客として招かれたのはベルミンスター公国のロザモンド・シリル公主と、キャピュレット国のグリンディエタ・ラーデン姫である。
 戴冠式なので、当然ながら正装が義務づけられていたが、グリンディエタ姫が着ているのは男用の衣装で、黄金の髪もカッチリ結い上げている。
「お久しぶりです。グリンディエタ姫」
 真っ先に声を掛けてきたのは、同じ賓客たるロザモンドである。動きにくいのと帯剣出来ないのを理由に彼女も男装だった。二人共に一目を惹く容貌だけに、男の衣装など無粋と思われた。
「よく来られましたな。グリンディエタ姫」
 宰相であるペールゼンが、挨拶のため二人の所に来た。リィもニコリと笑って挨拶を返す。
「このたびはお招きありがとうございます。お言葉に甘えて伺わせていただきました」
 側に護衛として控えていたイヴンとシャーミアンは余りに不気味な言葉使いに吹き出すのを必死に堪えている。リィもそれは気配で察していたが、構わず会話を続けた。
「あまり馴染みのないモンタギューの習慣というのを本日は勉強させていただこうと思っております」
「是非、ごゆっくりしてください。私でよければ何なりとご協力致します」
「ありがとうございます。実はモンタギューのことに詳しくないので、少々お伺いしたいことがあるのです」
「何でしょうかな」
「モンタギューでは婚姻が成人の証とされるようですが、夫が死亡した場合財産は夫の一族の元ではなく、妻の方にいくというのは本当ですの」
「ええ、貴族などになってくると、夫本人の署名などが必要となってくる場合もありますが、概ねは」
 グリンディエタ姫の意図が分からず、ペールゼンも常識的な知識として相づちを入れた。
「財産だけではなく、時には貴族の称号も受け継ぐことで出来るらしいですわね」
「そうなっておりますが」
 ロザモンドは既に、その先を知っているのか、口元を押さえている。必死で笑いを堪えようとしているのに気が付いているのは、一部の人物だけである。
「実は私、先日結婚致しましたの。ペールゼン殿もよーくご存知の方ですわよ」
 そういって、ゆっくりと左の薬指をペールゼンの方に向けたのだった。
 己の常識範囲外の出来事が起こると人の思考は空白になるという。ペールゼンはまさにその経験をしている所だった。クーデターを起こし、男に手傷を負わせたものの、取り逃がしたのはまずかった。だが、バルロの方にも騎士団の方にもスパイを入り込ませ、見張っていたがその気配はなかった事で戴冠式を決行したのだ。
「後一日、遅ければ未亡人にならずに済んだのですが」
 悲しそうな表情でグリンディエタ姫は語った。一目会ったその日から恋に落ち、両国の争いに引き裂かれて、秘密の結婚式を挙げたこと。夫が迎えに来るのを待ちわびていたところに舞い込んだ驚愕のクーデター。切々と語る様子はグリンディエタ姫の日頃を実際に見たことがない者達には涙を誘い、同情せずにはいられない内容である。
「モンタギューの法に照らしあわせると、今日戴冠を受けるのはアエラ様ではないように御見受けするのですが」
 ささやかな疑問という形で問い掛けた少女を、ペールゼンは呪い殺したくなった。
「グリンディエタ姫のおっしゃられることは尤もだな」
 ロザモンドも真顔で援護射撃をする。
「敵国の姫に王座を渡すように仕向けるとは、ペールゼン殿、どう処理を付けるおつもりかな」
 軟禁同然だったバルロもこの場に臨席しており、会話に加わった。
「……この者たちを生かして返すな」
 ペールゼンの答えは短かった。モンタギューの宰相まで昇り詰めた男だが、このような危機の対処法など思い付くはずがない。尤も短絡的で、分かりやすい台詞だった。
「まだ死んでもいないのに勝手に片づけられては困るな」
 アエラ姫が座る予定だった、空席の玉座に既に座っている人物がいた。ペールゼンが血眼になって探した男の姿があった。これが駄目押しだった。

 ペールゼンに気づかれぬよう、巧妙に貴族達を説得して味方に引き入れていたウォルにとって、今日の戴冠式は茶番だった。傷のお礼をすることと、徹底的に恥をかかせることによって、二度と国の代表者としての手綱が取れないようにしたのだ。こうしてモンタギューのクーデター騒ぎは一件落着した。
「折角準備したんだから、そのまま戴冠式を済ませちゃったらどうかな」
 既にリィと婚姻を済ませたウォルは成人と認められている。即位できる条件は整っていた。リィの提案に、バルロは渋い顔だった。尊敬する従兄の晴れ舞台である。ペールゼンや母の茶番の戴冠式のついでで済まされてはたまらない。断固として反対しようとしたが、当の本人はあっさり肯いた。
「たしかにな。今日の戴冠式のために使い込んだ金は国庫から出ているのだ。無駄には出来ん」
「あ、従兄上」
 そのまま戴冠式に突入しようとしたところ、女性陣から待ったがかかった。
『お待ちください』
 護衛で側にいたシャーミアン、いつの間にか見物に来ていたルウ、侍女という身分のため側にはいなかった筈のシェラもいる。
「普通、戴冠式といえばバルコニーから民衆の祝福を受けるのが相場。王妃たる姫様がこのような格好で戴冠式など始められません」
「王様にとっては一生に一度のことなんだ。ちゃんと付き合ってあげなきゃね」
「リィ、この日のためにちゃーんと万全に準備は整っております。さぁ、着替えて下さい」
 リィは縋るような眼を夫と幼馴染に向けたが、三人の異様な迫力に二人はあらぬ方を見ている。
 引きずるように連行された少女を二人は気の毒そうに見送った。
「ま、一応お前が主役なんだ。王様らしい格好に着替えたらどうだ」
 イヴンの言葉に苦笑してウォルも豪華な衣装とやらに付き合うことにした。
「僕も手伝ったんだよ」
 五十メートルには届かないが、一人では引きずりかねない長い長い純白のベール、白いレースとパールをふんだんに使った白いドレスは花嫁衣装そのものだった。
「シェラ渾身の力作よ。本当に素敵よ、リィ」
 堅く結われた髪を梳き、ウットリとシャーミアンがいった。
 リィの準備だけで二時間もかかり、その日の夕方にウォル・グリークの戴冠は行われた。
「こんな重いのを付けている妻に気遣いの台詞はないのか」
 出来上がった姿をウォルに見せたリィは不機嫌そのものの声でいった。
「やはり、最初に思った通りだな」
 可憐で最高に美しい少女を前にして、ウォルは最高の笑みを浮かべた。誰もが飾り立てている今の姿を誉めるだろうが、ウォルにとっては初めて出会った時の印象が鮮烈で霞んでしまうように思えた。
「今の姿も悪くないが、やはりお前は戦っている姿が最高に綺麗だ」

 こうして、モンタギューとキャピュレットにも恒久的な平和が訪れた。両家を結び付けた運命の恋人達の名前は永遠に語り継がれることになる。



The END

(c) 連城颯姫, 2002-2003 禁転載
  Last Updated: June 18, 2003

原作:茅田砂胡『デルフィニア戦記』(中央公論新社/C★ノベルズ ファンタジア)
運営:デルフィニア戦記を語ろう