国王がカムセンへの陣中見舞いを決定すると、重臣一同は渋い顔だった。
現在の状況からも、国王がカムセンへ行く事は、別段おかしい事ではない。だが、国王の性格を知る人ならば、その意図は火を見るより明らかだった。矛盾の無い正当な理由ゆえ、カムセン行きへの制止の諫言こそなかったものの、重臣らは釘を差すのを忘れなかった。
「確かに、独立騎兵隊長はこの戦一番の功労者であり、陛下のご親友です。しかし、臣下であることに変わりありません。どうかご自重なさいますよう」
ブルクスの言葉に国王は鷹揚に頷き、分かったと答えたものの、どうも信用できない。こういった場面での狸ぶりは、オーロンの上をいくのではと密かに感じるブルクスである。一度決断したことをやり遂げる国王の常識外れの実行力を間近で見ている彼が懐疑的なのは仕方ないであろう。更に、つい先日のサヴォア公爵とベルミンスター公爵の婚礼の一件でさんざん駄々をこねたことも記憶に新しい。だがコーラルに残るブルクスには釘を差すことぐらいしか出来ない。くどいほどに念押しして、国王をカムセンへ送り出したのである。
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「陛下。幾ら親しいご友人でも特例はいけませんぞ」
カムセンに到着すると、今度はドラ将軍が苦笑まじりに忠告した。砦には、独立騎兵隊長イヴンとドラ将軍の一人娘であるシャーミアンの婚礼を祝う為、人々が続々と集まっていた。バルロ、ナシアス、ロザモンド、タウの頭目達やスケニアの首長達、ロアの人々や東部を代表する貴族達と戦場での結婚式でも顔触れは錚々たる者である。ドラ将軍だけでなく、バルロやナシアス、当の花婿にまで結婚式に来るなとくどいほどに念押しされてしまった国王と王妃だった。勿論、国王はそらとぼけて、祝辞を述べたものの、完璧なほど臣下一同に行動は見透かされている。
婚礼の当日、国王夫妻は臣下達にランバー砦での留守番を無理やり承諾させられ、砦の中でも窓からの出入りが困難な高い位置にある部屋に押し込められた。部屋の前に見張りまで付ける念の入れようは、サヴォア公爵の計らいである。
日も沈み、オーリゴ神殿での結婚誓約の儀式はとっくに済んでいる時間となった。
「そろそろ、宴が始まっているころか」
「じゃあ、いくか」
臣下達が、結婚式に行ってしまうまで揶揄しながらも、おとなしくしていた国王夫妻は当然のように顔を見合わせた。
「あの……やはり行かれるのですか」
ためらいがちにシェラに聞かれ、国王はちゃめっけたっぷりに片目をつぶった。
「行くとは? ここは見晴らしはいいが、どうも息苦しくてな。ちょっと夜風に当たってくるだけだ」
「そうそう。たまたま通りかかった所で酒宴をやっているかもしれないけど、偶然通り掛かっただけなんだからな」
国王に調子を合わせて、王妃も相槌を打つが言い訳にもなっていない。シェラはため息を付いた。本当に国王を来させたくないのならば、部屋に押し込めるだけでは不十分である。有無を言わせず拘束し、袋詰めにでもしない限りは。そんな真似が国王にできるのは、立場的にも実力的にも王妃だけであろう。シェラのため息の横で国王と王妃は呆気に散歩の相談をしている。
「で、どうする。俺ならこの高さでも降りれるが、ウォルは無理だろう。外の見張りをなんとかするか」
扉の外には見張りがついているが、国王が命令すればサヴォア公爵にどのように言い含められていたとしても、無駄である。更に国王と王妃が実力行使に出れば、一個中隊が見張りについていても止めることは不可能であろう。
「いや、それでは騒ぎが大きくなって散歩どころではなくなってしまう。こんなこともあろうかとちゃんと準備してきた」
俄然張り切って国王が出した物は、充分な長さの丈夫な縄である。このような物はその辺に転がっているものではない。あらかじめ準備しない限りは。砦では、ドラ将軍やバルロの監視が厳しく入手は困難な代物だった。ということは、コーラルからわざわざ準備してきたらしい。偶然を装うと言い繕っても、これでは計画的犯行を全然否定出来ない。国王は、そそくさと縄を寝台に結び付け、窓の下に垂らした。「これなら、戻って来る時も大丈夫だな」
流石の王妃でも、この高さだ。降りることは出来るが、素手で登って来ることは困難である。二人は目立たない服装に代えて、散歩に出かけることにしたが、侍女を振り返った。
「シェラは来ないのか?」 そう問いかける王妃に、侍女は首を振った。シェラの正体を知るのは、国王夫妻を除いてもごくわずかの人間である。この様な場所から一緒に抜け出しては不審がられるし、部屋が空であることに見張りの兵士が気付けば大騒ぎになってしまう。
「私は留守番しております」
「じゃあ、俺達が降りたら、縄を引き上げといてくれ。この高さからずっとぶら下がったままじゃやっぱり目立つからな。帰って来たら合図するから降ろしてくれ」
王妃の言葉に、有能な侍女は頷いた。
「では、いくか」
二人は、器用に縄を伝って降りて行き、闇の中に消えた。
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「うーん。これはちょっと無理だな」
先に匙を投げたのは王妃の方だった。酒宴が行われている、カムセンの豪族の館まではなんなく辿り着いたものの、二人は溢れ返る顔見知りから逃げ回る羽目となった。そもそも、国王夫妻を見知っている者の数が多すぎる。特に国王は、幼い頃からロアの人々とは懇意にしている。外側を囲っている兵士達すら国王の顔を見知っている者が多い。仮にうまく誤魔化したとしても、当然主役である花婿や花嫁の回りには、変装したところで無駄な側近達が揃っている。王妃のずばぬけた視力は何とか花嫁を認識したが、回りにいるロザモンドやドラ将軍らも確認し、側に寄るのを諦めた。国王などは、花嫁も花婿も周囲の人々に埋もれ見ることすら叶わない。近づこうにも、長身といえば聞こえはいいが、こんな大きな男に気付かぬ筈はない。
「全く、親しい友人の結婚式ぐらい、大目に見てくれてもよさそうなものなのに」
しょんぼりと嘆く国王は、傍目にも気の毒な程だった。巨体を精一杯縮こめ、こそこそと逃げ回る姿は国王の威厳もへったくれもなく、未だ諦め切れずに酒宴を遠目に眺めている。
いっそのこと、堂々と乗り込んでしまいたい気持ちもあるが、折角のお祝いに水を差し、祝福どころではなくなってしまう。
そうこうしているうちに、玄関から見知った人々が出てきた。スケニアの首長達とそれを見送る為に出てきた花婿である。二人は気配を殺して彼等の後に付いていった。成り行き的に盗み聞きの態勢となってしまったが、花婿がこれに気付かぬ筈はない。
「いい加減にしろよ。お前ら」
幾分険のある声音で、二人を咎めた花婿は随分苦い表情だった。結婚祝いが余程気に入らないらしい。なんとか花婿を宥めた二人は、これ幸いとばかりに、花嫁を呼んでくることを要求した。これがイヴン以外ならば、絶対に承知しなかなかっただろうが、流石にこそこそ隠れる幼馴染みが気の毒になったのか、花嫁を呼びにいくため、酒宴にもどった。
「おや、ようやく花婿が戻られたようだな」
花嫁の側にいたティレドン騎士団長は揶揄するように、花婿を出迎えた。既に状況を知っているこの男の前で誘うのは多少無理があったが、臣下の情けとやらにもう少し目をつぶって貰うことにして、イヴンはいつものとぼけた表情で花嫁を誘った。
「少し顔が赤いな。ちょっと夜風にでも当たった方がいい」
多少は酒を注がれて、白い肌をほんのり赤く染めた美しい花嫁に手を差し伸べると、花嫁は恥ずかしそうにイヴンの手を取った。
「これから幾らでも独り占め出来るのだから、今日ぐらいは花嫁を皆に見せてもいいのではないか
」 すかさず、バルロのちゃちゃが入るが、イヴンも負けてはいない。
「色事上手のティレドン騎士団長が野暮なことをいわんで下さい。こちとら申し込みをしてからろくろく二人きりになれた試しがないんですからな」
更に突っ込もうとしたバルロを制したのは、やはり側にいたナシアスである。
「臣下の情けとやらが、続く内に戻って来てください」
そう、いい添えて二人を外に出した。
二人が外に出ていくと、バルロは呆れつつも、諦めのため息をついた。
「全く、この特例が一度限りというのは何とも有難いことだな」
バルロの時はこじつけで披露宴、ナシアスの時は故郷で参列不可能だったため、国王としては今度こそという気持ちと親友の式だけはという気でいたのだろう。「陛下の身辺での結婚式は、これで当分先だからな」
ナシアスも回りの反応を気にしつつ、言葉を返す。この二人だけでなく、幾人が国王夫妻の存在に気付かぬ振りをしていることか。騒ぎが起らぬ事だけを願いつつ、祝いの杯を傾ける団長二人だった。
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「へ、陛下。妃殿下」
イヴンに誘われ、館の外に出た花嫁は、いてはならない二人の姿を認め、喘ぐようにいった。
「シャーミアンおめでとう。本当に奇麗だ」
リィが、嬉しそうに眺め言うと、ウォルも改めて祝辞を述べた。
「ご結婚おめでとう。わざわざ、見に来た甲斐があったな」
唖然と二人のお祝いの言葉を聞いていたシャーミアンは、我にかえるとなんとか言葉を紡いだ。
「陛下、妃殿下。わざわざお越しいただきながらですが、型破りがお二人のご信条とはいえ、このような特例は駄目ですわ」
二人がこのような無理を通して祝ってくれるのは、涙が出るほど嬉しいが、シャーミアンも貴族の娘である。こんな例外があってはならない事なのは、骨身に染みていた。だが、折角苦労して忍び込んだ二人は、顔を見合わせた。
「ようは不公平だと思う奴らに知られなければいいんだ。それに俺達は、挙式にも酒宴にも参加してないぞ」
「そうだな。ここは酒宴の外だし、たまたま散歩で通り掛かって偶然二人に会っただけだからな」
苦しい言い訳過ぎたが、シャーミアンも二人が来てくれて嬉しくないはずはない。頭を下げて、礼を述べた。隣にいた花婿も苦い表情ながらも、既に諦めているらしい。黒衣の花婿に、純白の花嫁の組み合わせは、すんなりと絵におさまるようにお似合いで幸せそうだった。国王も王妃も充分にその姿を堪能することが出来た。あくまで茂に隠れながらではあるが。
「よし、これで気が済んだだろう。さっさと砦に帰れ」
「その言い方はあまりに冷たいのではないか」
イヴンの言葉に多少、僻みながらもやっと気が済んだのか国王夫妻は砦に帰っていった。
幸い、国王夫妻が結婚式に参列したという噂はどこからも上がらなかった。密かに国王夫妻に気付いていた関係者一同が胸を撫で下ろしたのはいうまでもない。
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