4巻発行記念 ゲスト小説 OH! MY BABY            水瀬玲羅 (mail)


 ジゴバ産の赤い酒で祝杯をあげたケリーとジャスミンは、いい気分のまま、二人肩を並べて、自分たちの子供に会いに行くことにした。
 クーアキングダム内にしつらえられた育児室は、壁紙やカーテンを淡い色調で統一して、暖かい雰囲気を醸し出し、天井にはお決まりのようにオルゴールが吊り下げられ、周りには、木製の木馬や宇宙船のおもちゃなどがいくつか並べられている。
 まだ自力移動もできない乳児に、おもちゃはいささか気が早いのではと思ったが、それでもすぐに歩き出すだろうことを思うと、そう急いた話でもない。それにこれぞ子供部屋といった雰囲気で、完璧なコーディネイトである。おそらくジャスミンの外観担当の女性たちが、当の母親以上の熱心さで持って子供部屋づくりにいそしんだに違いあるまい。
 そして、その子供部屋の中央には、簡素だが、最高級の木材を使用したであろうベビーベッドが据え付けられていた。
 赤ん坊は、その中ですやすやとあどけなく眠っていた。少々小ぶりの赤ん坊だが、それ以外は特にどうということのない普通の赤ん坊だ。普通でないとしたら、それは彼自身ではなく、彼の両親の方に他ならない。
 この生まれたばかりの乳児、ダニエル・ジョウナス・マクスウェル・クーアは、今現在、この共和宇宙において、最も高名な乳児と言えるだろう。
 なにしろ彼の母親は、クーア財閥総帥、ジャスミン・ミリディアナ・ジェム・クーアであり、この共和宇宙で個人が持ちうる限りの最高の富と権力を有していた。
 そして時が至れば、それら全てはこの幸福な乳児に全て与えられることが約束されている。それをよいことと思うか否かは、いずれ成長した本人が決めることなのだが、それでも大抵の人間は、金はないよりあるほうがいいに決まっていると思うものなので、文句なしに彼を幸福な子供だと断言するのである。
 さてその乳児の両親は、部屋の中央のベビーベッドに近づくと、二人揃っておそるおそるといった感じで、赤ん坊の寝姿を覗き込んでいた。
 子供との対面が初めての親、ましてや男親ならさもありなんの反応なのだが、それに女親の方も倣ってしまっているのがおかしかった。
「…あんたまで怖がることないだろう、こんなちびっこい子供に。それもあんたが産んだ子供じゃないか」
「うるさいぞ、海賊。その小さいところが恐いんだ。下手に触ると潰してしまいそうだ」
「…子供は意外に丈夫だと言うから心配ないと言いたいが、この場合、ほんとにあんただと潰しかねないな。ここは下手に触らないほうが正解だろうな」
 この身も蓋もない父親の発言に、母親の方はというと、至極最もだと言いたげにうなずき返した。
「どうせ、私は育児向きの女じゃない。人には向き不向きがあるからな。そういったことはペパーやプリス達にまかせるさ」
「やれやれ、父親はいずれ失踪予定、母親はスキンシップなしかよ」
「別に親子のスキンシップまで放棄する予定はないぞ。いずれ潰さない程度に丈夫に成長してくれれば、いっしょに遊ぶくらいのことはするさ」
 どんな遊びをするつもりなのか、ちょっと聞くのが恐いような気もする。
 ここでケリーはふと、別の事を思いついて聞いてみることにした。
「なあ、いずれこいつが成長してもののわかる年になったら、俺のことを何て言うつもりなんだ?」
「ああ、そのことか。以前はしばらく秘密にしておいてくれと言ったと思うが、気が変わった。本当のことを言うつもりだ」
 この台詞に、ケリーは目を見張った。父親が指名手配の海賊だと聞かされたら子供が混乱すると、以前に言っていたのはこの女王ではなかったか。
「おい、いいのかよ」
「かまわんさ。妊娠している時は子供の性別もわからなかったし、あえて確認もしなかったが、男の子が生まれたんだから、本当のことを言ってやってもかまわないだろう」
「性別が関係あるのか…?」
「おおありだ。大抵の男の子というものはな、海賊だの宇宙船のパイロットだのというシロモノが大好きなんだぞ。父親が共和宇宙一の船乗りで、キングオブパイレーツの異名をとる海賊だと聞かされたら、それこそ目を輝かせて興奮して、自分の父親を誇りに思うこと請け合いだ。いまからダニエルに真実を語る日が楽しみで仕方なくなってきたぞ、私は」
「おい、冗談じゃないぞ。それを聞かされた子供が、そんなことをそこいら中に言いふらしたらどうなると思ってるんだ」
「大丈夫だ。ちゃんとお前と私だけの秘密だぞと言って聞かせるし、万一喋ったとしても、子供のたわ言と聞き流されるに決まってる」
 それは確かにそうだろう。しかし、ケリーの脳裏にはまた別の頭痛の種が発生していた。
「それはそれでいいとして…父親が海賊だと聞かされて大喜びのこの子供が、お父さんに会いたいだの、自分も海賊になりたいだの言い出したらどうするんだ。こいつはクーアの跡取になるんだろうが」
「まあ、父親に会いたいという件に関して言えば、お前さえ良ければ、子供の顔をたまには見に来てくれると嬉しいな。サインとか握手を要求されるかもしれないが、そこはたまの父親サービスと我慢してやってくれ」
 なんだ、それは。とケリーはげんなりとなった。親子の対面というよりは、後●園で僕と握手! のノリである。
「あと、海賊志望の件だが、まあ、職業選択の権利は本人にあるので、私がとやかく言う筋合いじゃないが、やはり母親として、子供がなんの実績も経験もなく広大無辺の大宇宙に、たった一人で挑むのはさすがに胸がつぶれる思いがするので、一応止めるつもりでいるがな」
 あまり期待せずにケリーは問い返した。
「何て言ってだ…?」
「行くなら、この母を倒して行くがいい、とな」
 …無茶を言うにもほどがある。普通の母親なら、これは相手の情緒面に訴えて止める方法なのだろうが、この女が言った場合、物理的に排除することがほぼ不可能な、とてつもなく巨大な障害が立ち塞がったに等しい宣言である。
 いずれ成長して、どどんと立ちはだかった妖怪ぬりかべにも等しい、母という名の障壁に圧倒されるであろうこの息子を思って、ケリーは目一杯同情したが、それと同時に一抹の不安もよぎった。
 もし、もしもである。この息子が将来海賊を目指して精進し、そしていま自分の隣にいるこの財閥総帥にして、強大無敵の女戦士を打ち倒して、宇宙の海に出てくるようなことがあるとしたら…。
「…その時は引退するか…」
 誰にも聞こえないような声で、海賊王と呼ばれる男は一人つぶやいた。

 とりあえず、息子が発奮するための目標として、人知れず「ひとつながりの財宝」でも残しといてやれよ。ケリー。

                      −終−


(c) 水瀬玲羅, 2000 禁転載 Updated:November 30th, 2000
原作:茅田砂胡『スカーレットウィザード』(中央公論新社C★ノベルズファンタジア)
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