
はじめてのラオス
人には「旅の得意分野」というのがある。友人のマチ子は韓国に年に1,2度訪れる。私は台湾に縁があるのか1年に1度はおとずれている計算になる。ヨーロッパは遠すぎる。行くなら数ヶ月をかけてゆっくりと見てみたいものである。東南アジアがやはり私にとってはお手軽だ。「ラオスなんていかないわよ。タイなら行くわ」という人もいる。「ラオスは何もないところでした。しかしそこがよかったのです」と年賀状に書いた。
なぜラオスか
2001年の夏にアンコールワットに行った。「アンコールワットは最後に見るべき遺跡だ」といわれるが実にその通りであると今回ラオスで実感した。カンボジアに行ったのは17名ほどのグループだった。「10人集まらないとこの旅行はできない」といったら友人が友人を呼び17名になった。17名となると団体になってしまった。道ばたのフランスパンを買うこともできないし、市場に行って何かを探すということも難しかった。そこで今度は個人旅行にすると決めた。ところが結局7名で行くことになり、7名の個人旅行ということになった。
ラオスに決めたのは簡単だ。道ばたのフランスパンを食べたかったから。それだけである。ベトナムもあるではないか、と人はいうがブーム中のところは情報が多いだけに、ささやかな感動や喜びを発見できにくい。
メコン川
首都ビエンチャンはメコンに寄り添うように街ができている。メコン川に夜のとばりが降りると、多くはないが屋台が出る。ペットボトルを切ったものやヒビ入ったグラスに蝋燭をともされる。川の向こうには高いビルもみえる。そのビルには電灯もともっている。こっちはそれほど高いビルもな
い。蝋燭の火でメニューを読むものの、その一苦労が夕食を楽してくれる。都会人の勝手とわかりつつも、日本円で100円もしない麺が結構贅沢な時間を提供してくれるように思える。
女性と男性
ラオスの女性は働き者だ。「僕は東南アジアに行くのが好きではない。男たちはお茶を飲んでおしゃべりしているだけじゃないですか」といった人がいた。
今回の旅行の参加は女性6名、男性1名だった。その男性が僧侶に「キスしていいですか」と聞かれ、飛び上がった、というのである。彼はルアンパバーンのある寺で、若い僧侶が近づいてきて「日本語を教えてくれ」と英語で言ってきたので、はじめのうちは「手」「足」などの単語を教え、数字も10まで教えたという。そして最後に「May I kiss you」と言われたという。「NO,NO」と叫び、やがて僧侶の真意を理解したという。若い僧侶は一人前の僧侶と認められない。しかし、この僧侶の卵は僧院で何を学んでいるのか。
女性は暗い部屋で機織りをしていたのが印象的だ。足の5本の指が自在に動いていた。
ガイド
短い旅行で正味2日間だけガイド氏をつけてもらった。ビエンチャンのガイド氏はカーンさんといって、まじめな印象を受けた。難民としてアメリカにいたことがあったが、10年ほど前に戻ってきたという。ガイドもするが旅行社の事務処理も任せられ忙しい様子。ルアンパバーンのガイド氏は女6名男1名のこの小さな団体はどんなグループかとまず聞いた。そして「この中で結婚しているものは何名か」と、聞くので「みんな独身だ」と答えた。次に「酒は好きか」と、たずね最後に「男も好きか」と聞く有様であった。
メコン川下りで「どこで英語を学んだのか」と聞いた。高校を出ても就職先がなかったので、まずは寺に入った。そこで5年を過ごし、最後の年に英語を習ったという。英語を使う仕事があると確信した彼は寺を去った。
小乗仏教の国は男性にとっては生きやすいかもしれない。最低の衣食住が用意されている。その上、学ぶことも可能だ。若い僧が旅行者の男性を相手に言葉を学ぶこともできる。そして言葉を武器に世界を広げていく。
ドルの力と計算機
ラオスの通貨はキープ。ガイドブックでは、2001年現在で1ドルは8700キープ。しかしながら2002年の暮れになると1ドルは10000キープになっていた。これは非常に計算しやすかった。飛行機の中で、1ドル124円として、10000キープはいくらだ、日本円はいくらだ、と計算していたが、7000キープのビールに1ドルを出してお釣りが3000キープで、これは計算しやすいとなった。
ホテルの自転車を借りた。1日1ドルである。そのホテルの前の食堂でジュースを飲んだ。それが6000キープ。自転車は124円で、ジュースは75円。長さ20センチのフランスパンは12円40銭となる。 ビエンチャン市内から空港まではトゥクトゥクで20分もあれば十分。その代金ひとり1ドルである。
観光客が行くところにはお土産屋さんがある。男も女も、勿論子供もいる。そういえば年老いた男性は見かけなかった。インドシナ戦争で犠牲になったのか。そのことはさておき、みんな計算機を持っている。「いくら」と聞くと必ず計算機に7や8を表す。こっちは「それじゃこれは」と少し値切ってみる。そこで交渉成立。値段の交渉時彼らは決してキープを使わない。0を3回も4回も押すことを考えるとドルの方がどんなに簡単か。
そしてコミュニケーションの役割を果たす。そこで友人は言った。「計算機を作った人はまさかこんな使われ方をするとは思っていなかったやろう」と。その言葉に吹き出してしまった。それほど計算機は1桁か2桁の交渉で活躍している。
しかし、それだろうか、鉛筆が無いのか、紙が無いのか。それともうまくかけないのか。
モン族のおばあさんの計算機
ルアンパバーンのモン族の広場には8時頃から市が開かれる。雨の降った夕方、多くは店は早じまいをしていた。数軒の店だけが開いていた。その中のおばあさんの持っているクッションカバーに関心を示すと、そのおばさんは私に両の掌を広げて、そのまま2回握った。彼女はこれで20000キープ、つまり2ドルを表しているのだ。彼女は数字も書けないのだ。でも、私はその表現力に驚いた。そして、それを理解した自分にけっこう出来るやん、と読解力に喜ぶ。これなら私はこの国の奥地でもコミニケーションをとっていけるかもと思った。そのおばさんから2枚買った。
隣の若い女性はやはり計算機を持っていた。
朝のにおい
朝のにおいは薪のにおい。スリランカを訪ねたときも、あさのにおいは薪のにおいだった。そのときに「貧しい国の朝のにおいは薪のにおい」と姉がポツンと言っていた。私はそのにおいが好きだ。空港にはそれぞれのにおいがするという。成田には醤油の、台湾の高雄には石油のにおいがすると。途上国のラオスは焼き畑を続け、薪炭材として木材を伐採するので、環境の悪化が叫ばれているが、先進国といわれるの国は化石燃料に頼っているがそれが果たしていいのか。こんな論議はともかく、薪のにおいの向こうにそれぞれの家族が1日を迎えたことを感じた。
ホテル
首都には新しい高層のホテルも出来ていたが、3階建てのこじんまりしたホテルにとまった。そこは自転車を貸してくれる。1日1ドルなので朝から借りた。12時半頃返却するとなんと、0.5ドルの請求だった。良心的だ。ルアンパバーンでも同様なホテルに入った。たっぷりお湯は出て、ゆったりバスタブに入る、ということは出来なかったが、満足のいくものだった。
バスタブとシャワールームが別個で、何から何までそろっていて、朝はたっぷりのバイキングというホテルはどれも同じように思えてくる。小さくても、味わいのあるホテルがいいとおもい出してきている。ルアンパバーンのプーシーホテルは、立地条件もよく値段も手頃でよかった。ビエンチャンのドゥアンドゥアンホテルもよかった。以前国営だったランサーンホテルは空港への送迎という点ではよかったが、お湯が出なかったのが残念。隣の友人のシャワーを借りる。メコン川沿いの部屋はよいというが私の部屋はメコン川の反対側。ここで友人は髪を切った。「30分で出来るかしら」と聞くと「OK」といって10分程でできあがった。料金は500円ほど。街の美容室だったらもっと安いことだろう。