| (10月某日)無人ジム興亡記(2) 「どこのジムでも、相手が玉生っていう楽勝って考えるの、常識なんすよ」と言っていた桜井君。「だから、ちょっとは骨があるのもいるって思わせたいんすけどね」。いよいよ試合当日となった。
第一試合は5時すぎから始まる。桜井君は第七試合、6時半くらいからだろうか?3時半、チケットを見せて後楽園ホールの控え室に入った。会長、第一試合に出る福島しげる選手とともに、桜井君がかるく柔軟をしていた。会長は長袖の普段着に重ねて「MAキック玉生ジム」と背中に縫い込んだベストを着込んでいる。桜井君はうれしそうに「会長、今日は先生がもう一人のセコンドになってくれるって」と言う。会長はゴソゴソとカバンをかき混ぜ、「ほれ」と同じベストを取り出した。これで玉生軍団の誕生だ。
桜井君は「体が重いっすー」と言う。確かに声もどんよりとして、調子が悪そうだ。これまでの戦績が1勝4敗、会長が目をしょぼしょぼさせながら、横から「今日絶対負けんなっつーの」などとプレッシャーをかけている。私は早速ストレッチの相手をすることにした。まず太股のPNF。それから帯を桜井君の腰に巻いて股関節。肩抜き。最後に、帯を持たせて反対にねじる運動をさせた。どれも加藤清尚さんから教わったもの(勝手に使ってスミマセン)。すると、「先生、なんか俺、体がかるくなったあー」と顔に笑みが戻った。
一度息を上げておこうと、外に出て、ミットを蹴らせる。呼吸が激しくなり汗が吹き出てきたところで、目慣らし。相手はサウスポーだとかで、私も左に構える。桜井君もサウスポーだ。この試合に向けて、彼はフォームで闘う練習を繰り返してきた。頭を振ってパンチをよけたりするのでなく、腕を伸ばし、肩でガードする。右の前蹴りを多用して突き放す。左にサイドステップしつつ左ストレートを打つ。打ったら左に回る。これらはどれも攻撃がそのまま防御になるキック特有の動きだ。こちらから大振りでパンチを出して、回る反復。とにかく身に付いたことしかできないから、できることをやってもらって繰り返す。
控え室に帰ると、福島選手の試合が始まる十分前となった。急遽こちらもセコンドにつくことに。最後にミットを持ってくれというので、こちらもパンチを強く打ってグローブの感触を確認させる。入場口で待つと、音楽が鳴る。入場、試合開始。
動きはかなり固い。ローをもらって手でガードしようとしている。組み合ったらつんのめる。それでも前へ前へ出た。「んなろーっ、蹴れー」と怒鳴る会長。2分3ラウンド、試合終了。29−30,30−30,30−30でドロー。福島選手はほーっとため息をついた。彼にしても春先に入門して早や二戦。後楽園で試合させられるのだからため息も出るだろう。
控え室に帰り、桜井君を連れて試合場につながる階段脇に出る。そこに寝かせてタイオイルをぬる。ワセリンと混ぜて、掌に広げ、腹、背中、腕、足とぬりたくる。ローのきくツボにはとくにべたべたに塗った。顎、眉にはワセリンをてんこもりに。「前髪にも」と当人がいうので、白くなるまで塗ってやった。
桜井君はどんどん緊張していく。彼も28歳、劣悪な練習状況でプロを続けるについてはそろそろ思うところもあるだろう。何の仕事をしているかは知らないが、胸に期するものがあって当然だ。
大会役員にグローブをつけてもらい、階段を登って、いよいよ花道に。「先生、もういちど目慣らし」というので、軽く動く。首を何度も取りにいくのを振り切らせる。「よっしゃ良い出来、万全だ」、と私が言うと、「うん、盛り上がってきたわ」と桜井君。前の試合が終わった。「両選手入場」のアナウンス。「せいやー」と雄叫びを上げる私。「えっしゃー」と桜井君も続ける。私が先導しての入場だ。
「リングですぐステップして」、と促す。名前がコールさせた。左構えで弓を引くポーズから、前足で「ドン」とリングを踏む桜井君。チャモアペットのワイクーの名場面だ。気合いが入っている。
第一ラウンド、いきなり桜井君の前蹴りから左ストレートが当たった。連発すると、次々に左が当たる。「そこっ、アッパーだ、このーっ」と会長。確かに続く右が出ない。正面に立って左を連射している。「く」の字に頭を下げる相手。ところがその相手が苦し紛れに振り回した右フックが軽く顔をかすめた。そこで左手をつきだしてガードしたが、回り込まないで同じ位置にいるので相手がつっこんできた。もみあううちに、何発かもらう。ゴング。
「ワセリン、ワセリン」と会長。見ると、右眉が切れている。「どう?」と汗まみれの顔で聞くので、「最高の出足、息上がってないだろう、右当たってるから優勢だよ」と私が言うと、「そう、優勢かあーっ、息ぜんぜん切れてへんぞ」と突然桜井君が大声を上げた。「よっしゃー」と声を上げて椅子から立つ。「次、回れよ」、と私。
第二ラウンド。猛然と左ストレートで襲いかかる。けれども前の回に当たったので、相手もガードしている。もつれて首相撲の体勢に。ここでむしゃぶりつくように膝を出したら、一発腹に入った。これがクリーンヒット。相手はふたたび「く」の字になった。ミドルも入る。「アッパーだーっ、このー」と会長。
ゴングで帰ってきた。「ポイント取ったぞ、次は決めろ、倒せるぞ」と私が言うと、「勝ってるか、勝ってるんやなっ」と桜井君。目がらんらんとしてきた。「最後、スタミナ全部使い尽くせ」、と送り出す。
第三ラウンド。相手もパンチを出すが腰砕け。前蹴りで突き放し、もつれて膝蹴り。当たる前に相手がころがる。立ってもつれて、ころがる。桜井君も必死の形相。追う足がもたもたし始めたところで、ゴングが鳴った。両手を上げて「やったーっ」と叫び、桜井君を迎える。採点者にはどう映っただろうか。
「三者30−29,勝者、桜井哲也!」とコールされた。全身で笑みを浮かべるようにして、桜井君はリング中央に出ていく。トロフィーをもらうと、カメラマンがポーズを要請。男の晴れ舞台だ。お得意の構えで撮影される。
リングから下りると、汗でびしょびしょになった手で、私の手を取りに来た。「ストレッチ、きいたよー。パンチが不思議なくらい伸びた」と言う。「泣きたいくらいうれしいわあ」と最敬礼してくれた。「まあ、ご苦労様」。見ると脇には、いつの間にか会長の奥さんも来ていた。
「チャモアペットがおとといも来いっていうから行ったんだけど、今日が試合って言っても平気平気って・・・。きつい練習したから体が重くなっちゃって。彼、僕がまさか阿佐ヶ谷に住んでるなんか知らないから。近いと思ってるんで。」と言いながらも、半泣きだ。
メインまで見ずに総武線で帰路につく。ジムはなくなり、再建の予定もない。候補地をさがしていると会長は言うが、土地が見つかっても資金のあてがあるわけでもなかろう。いまはなきジムの残り火は、試合としてのみ残るのである。「今度は12月だかんね」、と会長はうれしそうだった。選手たちの流浪の出稽古生活は、これからも続くのである。 |