(12月某日)両手背負いの研究

 依然として忙しくてなかなか更新できない。忙しい理由は先日出した本の反響が原稿依頼の形でありそれに一々対応していたこと、新しい本の原稿が進まないこと、その他大学の雑事である。それでもぼちぼち稽古はしている。とくに柔道は、稽古こそあまり出来ないが、それでも進歩していると思う。

 進歩したというのは、技を両手背負いに絞り、それとの関係で他の技を位置づけるようになったからだ。そもそも中学高校と背負いを稽古してきたというのに、きっちりと相手を投げたことはなかった。得意技なのになんとなく不得意という、変な状態だったのである。何しろ、相手に引き手を絞られると、相手の脇にこちらの肘をあてがうことができない。となると当然両手背負いの態勢には入れない。それて諦めて一時は一本背負いに専念していたのだが、こんどはぎっくり腰になってしまった。それでただ返し技を繰り返したりしていたのだが、高木道場のH先輩(阿佐ヶ谷パール・センターの紳士服店の若主人)から「それじゃいかん!」と叱咤されてしまったのだ。

 そんなときに大道塾の大泉啓一郎さんから肘は脇にあてがうのではなく相手の肘に当てるのだと教わった。これは革命的な方向転換である。脇に入れようとしたから相手の釣り手が邪魔になっていたのだが、肘に当てるだけなら可能である。けれどもまだよく分からない点がいくつか残っている。

1.背負いは相手の出てくるタイミングで前につまづくようにひっくり返すのだが、それを両手でどうやるのかがよく分からない
2.肘に肘を当てるといっても、相手に引きつけられているとそうならない。

 とくにこの二点が解決できなかったのだ。そんなとき、中野区の合同稽古があったので、体育館に行ってみた。いくつかの道場やサークルの師範が得意技を紹介するのである。そこに・・・逆の組み手の相手(左構え)相手の両手の解説があったのだ。初対面の師範であったが、その方がおっしゃるには、釣り手でぐいっと肩までいれて距離を空け、大きく左に自分の右足を踏み込み相手の内に飛び込むのではなく相手を自分の位置に引き出して、背負う。その際、引き手は大きく弧を描くように頭の上に引き上げる、というのである。これを反復して、次回の稽古で使ってみたら、なんと、左構えの相手が大きく背中に乗って一回転して飛んだではないか。

 どうやらポイントは、一瞬相手と距離をを取ってやること、それで相手が前に出る力を利用してやることにあるらしかった。強い相手にはかからないが、それでも原理はこれで分かった。では、右構えの相手にはどうするのか?

 このタイプの背負いは、大泉君によると、「天理式」なのだそうだ。野村豊和が開発し、藤井省太が完成させ、シドニーで金メダルを取った野村のもこの技なのだという。一方、きっちりと肘を脇に入れて投げるのは岡野功式で、これは「つり込み腰」の応用である。全然別の技なのだ。

 これから先は、研究中。どうやら引き手を取る位置と釣り手の操作で、左構えの相手の場合と同じ状態にしてやればよさそうなのだ。ここまでたどりついたので、今は稽古が楽しくなった。

 

(12月某日)現れた、格闘空手の全体像

 GAORAの北斗旗ゲスト解説というのをなぜか私が指名されてもう四回ほどになる。諸先輩がおられ私の役柄でもないと思いはするのだが、塾長のご指名であり、広報係りという役柄もあってお引き受けしている。

 さらに機関誌『大道無門』への寄稿もせねばならず、ビデオを何度も見直した。確かに今年の北斗旗は、観客数は寂しいものがあった。けれどもこのベスト4はどうだろう。飯村選手のテンカオや投げに対する肘打ち。山崎選手の飛び上がっての頭突き。稲垣選手のつかみからのアッパー。コノネンコもバランスが良かった。どこにもない技術ばかりである。

 これまでは打撃から組んで支えつり込み足、キメというのが大道塾というイメージがあった。それはそれなりの水準のものであったし、個性もあったのだが、それでもキックや柔術、バーリトゥード、修斗など裸の総合格闘技はもとより、シュートボクシングや散打など投げ有り裸の打撃競技との違いは分かりにくいといえば分かりにくかった。

 ところがここへきて、つかみに対する打撃でのさばき、さらにそれに対する投げ・頭突きというシーンが定着してきて、はっきりと大道塾らしさが表れてきた。稲垣・山崎の二年連続の決勝はそれは内容としても素晴らしく、また誰が見てもたまげるようなものだったと思う。つかんで殴り合い、頭突きをかまして投げるという競技がこれまでこの世にあっただろうか。This is 喧嘩、である。喧嘩を様式化し武道としたのが格闘空手なのだということを満天下に示した試合であった。これなら観客がいなくとも、かえって「レアだ」と安心して威張れそうだ。

 ちなみに、この試合への私の解説文はこうしたものである。

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稲垣拓一(総本部)−山崎進(総本部) このところ無差別では稲垣の二連勝。昨年の決勝の再現だ。稲垣は試合前に首と腰を負傷、出場も危ぶまれたが、打撃で互角だと寝技、寝技で不利だとつかみからのアッパーと、一見ラフに見えて冷静に引き出しの多さでカバーしてきた。対する山崎は飯村戦でスタミナを温存。稲垣の体力が試合を左右するかに思えたのだが・・・。

 本戦では稲垣がやはりカウンター狙いで様子見。ローを山崎がつかみ、膝十字に入るのをこらえる。山崎もなんとか間合いをつめてフックを放つが、当たりが浅い。そのまま互角で延長へ。ここからヒートアップ。

 稲垣はジャブ、アッパーを繰り出すが、むしろ山崎が圧力をかけ、距離をつめる。稲垣のアッパーに頭突き、左フックで応戦。ここで山崎の背負いを稲垣が切り、直後にいきなり飛び込んで膝を突き立てると、これがクリーンヒット。しかし山崎も負けずに頭突き、ローをつかんで倒しマウントになるが稲垣がひっくり返す。上から十字、下から三角締めと目まぐるしい展開に。ここで終了。副審3−0も、副主審・主審の裁定で再延長に。山崎には一気に幸運が舞い込んだかに思えたが・・。

 稲垣はスタミナがまったく衰えない。左ハイから右膝のカウンターで責め立てる。だがここで起死回生の右ハイを返すのが、山崎のただ者でないところ。場内、大歓声。しかし柔道稽古の成果か、背負いをまたしても稲垣がつぶす。投げで効果を奪えないと山崎は手詰まりになる。それでもハイからアッパーで応戦するが、互角の打ち合いで試合終了。両選手が分かれ、死力を尽くしたという表情で宙を見上げたところで、判定は5−0で稲垣に。無差別連覇を果たし、岩崎・長田・山田・セムと続いた北斗旗名チャンピオンに肩を並べることとなった。

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 それにしても、「着衣の打撃系総合」が大道塾なのだということがよく分かる試合だった。東塾長が作りたかったのは、こういう試合だったのだ。これならば明らかにキックとは異なる。修斗とも柔術とも違う。というより、この試合を見てもっとも驚くのは、柔道関係者ではないだろうか。つかみに行くと肘が来る。頭突きもくる。それでも投げるにはどうするのか、考え込まざるをえないのではないか。

 これで来年は世界大会を迎えることとなるのだ。 

 

(12月某日)高円寺、忘年会の夜

 柔道の高木道場の忘年会。まず道場にて乱取りをした後、新築されたばかりという山口師範のお宅にお邪魔する。

 地域に密着した町道場というのは本当に面白い。近所のお宅をお訪ねする機会など滅多にない。山口師範は今年還暦。それでもまだ乱取りは現役で、ときおり内股の得意なHさんの相手をし、内股の足を両足で挟み込み、投げさせないという妙技を見せて下さる。今日はプレゼントされた赤いセーターを着込んで、早や酒気帯びで赤ら顔をしておられる。

 二十人ほどで卓を囲むと、次々と料理が運ばれる。鍋は熊(!)。案外脂が乗ってうまい。白ネギとよく合う。さらに鹿刺。カルパッチョである。これも癖がなく、ニンニク醤油で食べる。隣り合った方が現在ボクシングもやっていて、来年プロデビューとかで、また格闘技の話で盛り上がる。

 と、ここで館長が奥におられた和服の方をご紹介になる。たまに見かける別の方が落語の円右さんの息子さんだそうで、しかし落語家にはならず、趣味で道場に通っていたという。その縁で近所に住むその落語家さんがお見えになったというわけだ。さっそく一席伺う。宴席の落語とは、なんと贅沢な趣味か。

 「あれえ、あっちから来る奴、金玉がないよ。いや、かわいそうだねえ」「棹やー、棹だけー」

 なんてバレ噺を十ほどご披露いただいた。なんとも間がいい。声もいい。

 二階に移ると、完全防音のカラオケ・ルームがあった。なんと今や、家庭でも通信カラオケである。ボックスと同じだけの歌がある。これじゃ店はあがったりのはずだ。そこで120キロの巨躯を誇るM先生がマイクを取る。この方、アメリカで現代美術のブローカーをしておられた折り、300キロのエマニエル・ヤーブローに柔道を教えて、押さえ込まれ腹の骨が剥げてしまったという逸話の持ち主である。その先生が、次々とフランス語の唄を歌われる。先生、フランス語もお得意なのであった。

 不思議といえば不思議な一夜であった。これも地域に密着した武道を通しておつきあいさせていただいてこそ持てた体験である。これもまた、一つの社会体育なのだと感じ入った高円寺の夜なのであった。