| (3月某日) 阿佐ヶ谷の自宅のすぐそばを通る中杉通りを自転車で走っていたら、なにやら花の甘い香りが漂ってくる。見ると、蘭やバラなどの花輪が道端にずらーっとならんでいる。ここは以前ラーメン屋だったところだ。新装開店らしい。名札がついているので見ると、これが驚き。清水健太郎、羽賀健二、はまあいいとして、正道会館副部長・中本直樹、角田信朗、真樹日佐夫、添野義二・・・と空手関係者の名前が勢揃いではないか。「クラブM&シェリー」などという花もある。贈られたのは、「最強ラーメン竜ちゃん」。そう、士道館・村上竜司選手のお店なのであった。 入り口に妙にかわいい女性が立って客を席に案内する。厨房は三人。村上選手はいなかったが、みな「粋」と書かれた揃いのTシャツを着ている。で、私は「粋ラーメン」1000円也を注文した。出てきたのは、白濁した醤油色のいわゆる「とんこつ醤油」スープ、大きな海苔二枚、生ネギ、コーン、チャーシュー、うずらの煮玉子にえらく太い麺のラーメンであった。味は、かなり良い。これで煮玉子が半熟だったらな、とは思うが、まず阿佐ヶ谷ではトップ・レベルだから定着するだろう。場所も自動車でこれるところを選んである。近くにあるラーメン店は大してうまくもないのに場所がよくて流行っているから、これは大打撃だろうな。 それにしても阿佐ヶ谷は駅周辺に三軒、駅の反対に一軒とたいへんなラーメン店の開店ブームである。私はそれらはあまり好みでなく、南阿佐ヶ谷から五日市街道に入って相当行ったところにある博多ラーメンの「一歩」と荻窪四面堂の「めん屋」が東京全体からみても頭抜けてうまいと思うが。 しかし、スープを飲み干すと底から村上選手の顔がぬっと出てくる趣向はいかがなものか。それもさいとう・たかをタッチのゴルゴ13風で、細面過ぎてはっきり言って似ていない。和服を着ているし。「押忍、押忍」言いながら食べなきゃいけないのか。(これは誉め言葉なので誤解しないでほしい。「竜ちゃん」である以上、この似顔絵は欠かせないだろう。好き嫌いは別にして。) 店を出ると格闘技通信から須山氏が取材に来ていた。阿佐ヶ谷では彼や布施氏にもよく会う。結構格闘技色が出てきたな。 息子を連れていきカウンターに座ったところ、なにしろ三歳児だから当然のことではあろうが自分のことを「息吹はね」、と連呼する。息吹は息子の名前である。名付けたのは私だから仕方ないのだが、大声でそう言われると空手関係の店だけになんだか居心地が悪い。店員さんは空手関係者ではないのだろうか?もしそうだったらあの子供は何を深呼吸の話をしているのか、と訝しく思ったかもしれない。店員さんのTシャツの肩には「士魂」とあるのだが。 |
| (3月某日) 大学は休みに入ったので、仕事は深夜にして朝方眠る生活に突入した。日中から夕方にかけてサンドバッグなど叩きに行き、仕事に集中するのはどうしても深夜になってしまう。それで朝方にビールなど飲みながらビデオを見る。このところボクシングものを二本借りたが、どちらも秀逸。感動した。 「モハメドアリ かけがえのない日々」は、モハメド・アリとジョージ・フォアマン、ドン・キングの出演で、1974年10月にアフリカで行われた今世紀最大のボクシング・アリ対ジョージフォアマンの”キンシャサの対決”をメインにそのコングが鳴らされるまでのアリとフォアマンの行動や発言を追い、周囲の関係者の発言も間に織り交ぜている。この試合はいつだったか夢枕獏先生やグラップラー板垣らと新宿の一軒家を借りてビデオ大会を開いた折り、通しで見たものである(併映は居合い抜き界のスーパースターという黒田鉄山のプライベート・ビデオという渋さであった)。板垣氏が盛んに協調していたが、この試合では初回からアリがやたらとフォアマンに囁いている。とにかくカッとさせて打たせ、スタミナを奪おうという作戦である。これがまんまとはまり、KOラウンドの前回からすでにフォアマンは千鳥足だったのだ。ところがこの映画を見て驚いたのは、試合前からすでに数ヶ月かけてアリは挑発していたのである。なんというしつこい奴だ。一方フォアマンは取り合わず、黙々とサンドバッグを殴り続ける。そのパンチの強烈さにアリはどう見ても内心ビビリまくっているのだ。ビビルほどに口撃は激しさを増してゆく。そこでアリは一計を案じ、黒人差別と戦うという自分の像をザイールの国民にアピールし、ネイティブ・アフリカンの英雄という立場に自分を仕立て上げる。対照的にフォアマンはあたかも白人に盲従する敵であるかのような構図を作り出すのである。黒人差別うんぬんは事実としても、この試合に限ってはこれは作戦だろう。えげつない話だ。それにしても私が感動したのはフェラ・クティらのアフリカ音楽やBBキングのブルースを二人の対決にかぶした構成である。これはたんなるBGMではない。今世紀にアフリカとアメリカで黒人たちが作り出した音楽文化とボクシングという身体芸術の融合が図られているのである。私にとって格闘技は音楽とは切り離せない。私は十年ほど前に「ブルーザー・ブロディに捧ぐ」と題して徹夜のジャズ祭をプロデュースし成功を収めたものの、演奏者たち(今ヨーロッパでは大変な評価のベースの不破大輔や「ひきこもり」の精神医学者として第一人者のサックスの近藤直司、女性サックスの早坂沙知、韓国人の世界的フリー・サックス奏者・姜泰煥といった錚々たる面子である)を見ていたら自分も身体表現したくなり、大道塾に入門したのである。自分の中では音楽と格闘技は当初から一体化しているのだ。 もう一本、「ジャック・ジョンソン」を見る。百年前に黒人の世界チャンプとして君臨した男の試合と人生を、残された記録映像や写真をつなぎ合わせて再構成した労作だ。しかしこれはとてつもなくかっこいい。ジョンソンの動きは拳を腹の前につきだす近代ボクシング以前の伝統派空手のような型なのだが、くみあってスタミナを奪おうとする動きなど、どことなく総合系の動きをも連想させる。パラパラ漫画のように写真が映し出されるのもかえってモダンだ。練習風景で肩を露出させたスリムのジーパンのジョンソンのシャドーのかっこいいこと!それを煽るのがマイルス・デイビスの音楽だ。ウェイン・ショーター、トニー・ウィリアムスらの黄金のカルテットを解散してロック色を強め、大阪公演の「アガルタ」に至る過程でこの映画の伴奏をしたことは知っていたが、それにしてもなんと挑発的であることか。「死刑台のエレベーター」とも違う凄さである。思わず私までシャドーをしてしまったではないか。 まあ、その割りには道場では結構無音が好きではあるのだが。一定のリズムを刻まれるとはずした動きに支障あるような気がするし(いや、最初からはずれてるか)。 |
| (3月某日) 3/12(日)に第一回パンクレーション全日本大会が開催されます。小生はなぜか理事なもので、参ります。ルールはほぼ北斗旗ルールです。世界6ブロックからルールを持ち寄って総会で一つに絞るそうですが、そのアジア版が北斗旗となりました。日本では国際松濤館と大道塾が主管となりますが、その結果、今回の大会は空手界でいえばえらく興味深い大会となります。 なにしろ 大道塾ルール(面が平たいものに変わるのでストレートがききそうです)で、98北斗旗王者・コノネンコ、古豪・石田圭一、今年の活躍が期待される寮生の江口、中量級の雄・飯島らが空手界最大の流派・松濤館と激突するのです。これは極真vs大気拳を思わせる他流試合です。それに日本拳法までからみます。このところの北斗旗では遠い間合いを日拳に制されていますので、松濤館にもかなり制空権を奪われる恐れがあります。30名強が参戦。本当に興味津々の試合であります。 場所:台東リバーサイド・スポーツセンター(最寄り駅・浅草、徒歩十分) 時:3/12(日)朝10時開場、11時試合開始(予定) ◇結果 決勝はそれぞれ ・軽量:榎並博幸4−0永山裕一(延長) ◇それ以外の主な試合/所属記載無しは大道塾 ・榎並(有効1、効果2)永井(サークル・キャッチ、アマ・シュートなどに参戦) ◇感想 ・各選手とも、全日本大会では初優勝。おめでとう!飯島・藤松らなんどか一緒に練習した選手たちの優勝は本当にうれしい。強豪・村田には、優勝が期待されたが、体力こそ日頃の成果がかなりの域に達しているものの、対人稽古が足りないとのこと(本人談)。体力別の決勝に焦点を合わせているからだろう。巻き返しに期待したいが、むしろ二月先が楽しみというべきかもしれない。藤松は十九歳。久々の若手優勝である。やはり寝技に絶対の自信のある者は打撃ものびのびしている。まだまだ伸びる逸材だから、ここで慢心しないで頂点を目指してほしいものだ。それにしてもこいつ、試合で勝つ「勘」がある。これがスター性ということかもしれない。江口は惜しかったが、相手の岩木もあれだけの強豪にして頭角を現してから今回の優勝まで五年はかかっている。後輩の優勝が素直に喜びにくいかもしれないが、このクラスで優勝するにはまだまだ研鑽の余地があることが分かったのは収穫だと思う。岩木は新潟の選手だが、試合日に道で出会ってもにこやかに挨拶してくれる好漢である。去年は体力別で鬼神のごとき強さの飯村に敗れたが、パンチでも圧倒してゆく様にはスタイルが完成に近づいた気がする。 ・松濤館勢にはスーパーセーフでストレートの威力がなかったのが気の毒だったが、なんといってもパンチをもらうことに馴れていないといった印象だった。大道塾同士だとパカパカたたき合っても平気なのに、パンチの連打がいきなりきいてしまった。ただし、榊原選手はタックルにきたり膝十字も狙っていたので、個々にはフルコンや柔道の経験者もいる模様。 ・日拳の岡崎選手は調子が悪いのかスタミナ切れを起こしたが、それとは別に亀山選手にせよ村田選手にせよ岡崎選手の右ストレート対策を研究していた様子。青葉拳友会長の久保先生がご来臨になった。試合内容には好意的な感想を述べられ、ガチンコの殴り合いや投げの強い日本拳法選手を選りすぐってご紹介してあげましょう、とのお言葉を戴いた。 ・極真の増田章師範もお見えになり、熱心に観戦された。ご自身の道場はあくまで極真ルールを極めるつもりだが、格闘技の研究として関心がおありだとのこと。 ◇運営は本部ビジネスマン・クラスが中心となって行った。私は私用で早々に帰らせていただいたが、みなさんどうもお疲れさまでした。 |
| (3月某日) 大道塾スタイルは、紆余曲折あったが定義としては「着衣の打撃系総合格闘技」ということに集約されることになったのだと思う。だから、こないだの荻窪支部の稽古で飯村師範代が教えて下さったことだが、「相手のジャブをヘッドスリップして首に左手を巻き付け、肩固め」といった技が大道塾オリジナルということになるのだと思う。また、つかみからの頭突きやパンチ・蹴りが認められたのも独創性を開くものだ。巻き込まない綺麗な投げも効果を認められることとなった。こうなると、バーリトゥード以降、柔術の登場で示された寝技におけるポジショニングの重要性からいっても、投げと寝技を兼ねる柔道の実戦性が再注目されるべきだと思う。私としては、首相撲からの頭突き・一本背負いを身につけたいと考えている。 というわけで息子と一緒にやりたいということもあり、ずっと前にみつけて気になっていた高円寺の町柔道場を見学に行った。北口商店街を抜けて早稲田通りに出る手前の路地にあるマンションの一階、立派な門構えと看板の高木道場である。 七時に始まった稽古はまず少年部で、チビたちが喋りながらころころと投げ合っているのに対して、巨大な先生がひっきりなしに太い大声で支持しておられる。先生、背丈は一八五、体重は百三十キロはあるだろうか?「はい、サリナちゃん、喋らない」「どんどん技をかけて!」「言い訳をしないで聞くこと!」「終わったら後ろ受け身、そのあと先生に今日習った技を報告!」と実に忙しい。外に立つ私の横にはお迎えの父兄が我が子の稽古ぶりを目を細めて見ている。やはり礼儀作法の躾けは父兄から求められているらしい。 八時からは大人。見るところ、若手は二十歳台だが、上の世代は五十以上だろうか?六○に手の届く年輩の方もおられるが、強さはほぼ年齢順だ。これが空手とは違うところか。空手では引退された年輩の先生はなかなか組み手はやりたがらないようで、それは「殴る」という競技の性格によるが、柔道では二十歳台は若造という印象。バンバン投げられている。それも私の知らない技の入り方だ。大外など、大きな人間が振りかぶってかける技かと思っていたが、入り際にがばっと突然踏み込み体を崩すと、小柄でも投げることができるようだ。一本背負いにしても、向きあった体勢で腕をからめて、そこから反るようにして投げた方がおられて驚いた。ここにはヒントが沢山詰まっているぞ。 というわけで、入門してしまいました! 白帯を締め、久々、礼法から教えていただく。左座右立。手を膝からすって礼、等々。前方回転受け身をやったら、「君、経験はあるのか」と聞かれたので、「二十五年ほど前に初段でしたが・・・」と答える。中学三年で初段を戴き、高校三年まで柔道部だった。「では、一本やってみなさい」ということで、その場で一番強そうな方にお願いする。こちらは新入りなので、四分間、技をかけ続けた。不思議なもので、コンビネーションなどまったく考えることもなかったが、結構その場でインスピレーションが湧く。体が動くのがうれしい。しかし終わると、力が入りすぎたのか、全身が硬直してしまった。動悸が激しくなる。一本置いて、師範代の巨大な先生と。これはどうにもならない。まるで電柱とじゃれるセミである。「おっと」と振り回されて壁にたたき付けられた。木の板が美しい。「寝技好きですか」と袈裟固めにのしかかられると、それだけで吐きそうになった。四分やって、先方はにこにこして立っておられるだけだが、やたらと苦しい。なんとか終わったが、立ちくらみ。仕方ないので別室で座らせていただいた。 つかんでコントロールするのは、相手と距離のある打撃のラッシュとは、筋肉の疲れがまったく異なる。上腕のスジ一本一本がぜーぜー言っている感じ。これだけ息が上がったのは久しぶりだ。たった二本だけだというのに。 この道場、昭和十二年の設立で六十数年の歴史があるという。かつては杉並・中野に二十以上あった町道場は現在はここだけになったらしい。大先生は赤白まだらの帯を巻いておられるから、八段以上でらっしゃるのか?「君はね、二二四二番目の当道場の弟子です」、とお認めいただいた。HPを見たら、初代館長は西郷四郎などと稽古された方で、膝車が当道場の得意技だとか。こうした伝統、いいですね。 掃除をする。十年前に大道塾に入門した当時を思い出した。 付記。今日二度目の稽古をした。前半で子供の相手を六本ほどやって投げられて体を温めたら、調子が出た。大人との乱取りは三分四本、寝技を二本やったが、息が乱れない。二・三段の若手の先輩ばかりだったので、いくつかの技が通用した。内股がきまったのにはいささか驚く。筋力が上がったせいか、以前は大して得意ではなかったのだが。投げられもしたが、じきに体が覚えたようでその技は食わなくなった。しかしどうも私の組み手は乱暴なようで、相手の技を誘って裏投げの要領で後ろに投げるのは「あまりやらないように」との注意を戴く。たしかに投げからキメにいくにも、この手の技は使えない。柔道のポイント・スポーツ的な技は使わないようにしよう。左の一本背負い、右の体落としを使えるようになりたいというのが本日の課題。次回からは黒帯を締めるように言われる。それにしても、柔道を面白いと感じたのは初めてかもしれないな。 |
| (3月某日) このところ体調が良いのと連載を最小限に控えているのとで、連日稽古に励んでいる。体調が良いのは、オーバー・ドライブとクエン酸のおかげではないかと思っている。以前は稽古すると翌日は稽古の「け」の字も思い当たらなかったが、現在は仕事を中断してそそくさと出かけている。まあ、近所の稽古場で一回当たり二時間以下しかやらないというのが良いのかも。 先週からは、サンドバッグ(月)、柔道(火)、荻窪支部(水)、ウェイト(木)と四日続けてやって、金土は大学院生4名を連れ真鶴町まで出かけてゼミ合宿。京都大学から佐伯啓思先生とそのゼミ生4人に来てもらい、発表合戦をしたのでさすがに休み。で、日曜に本部で稽古、と週に5回やったのは初めてではなかろうか。寮生は一日だけでもウェイトと本稽古をやってるのだから若いというのはまったく凄いものだな。 で、いろいろ迷っていたのですが・・・。こないだ荻窪で試合形式のスパー3分2ラウンドをやってみたらなんとかこなせたこともあり・・・、北斗旗関東予選に申し込んでしまいました。 東塾長に散打にかんする要件で電話する。それが終わり、「で、あのー、要件は変わって、私用で申し訳ないのですが。」「何」「えー、わたし、関東大会に出たいのですが。」「へえーっ・・・(沈黙、三秒ほど)。松原さん、いくつだったっけ?」「四十三です。満で」「まーあ、珍しい人だねえ・・・。やってみる?」「押忍」 一度は北斗旗ルールを体験しておきたいし、年齢はそろそろタイムリミット。といわけで、小生、4/2(日)、台東リバーサイドで中量級に出場します(トーナメントは十時から開始予定)。一回戦、とにかく三分間で完全燃焼します。審判の先生方、判定はきっぱりとつけて下さいね。くれぐれも延長などと仰らないよう、お願いします。シャレにならないですから。 それにしても、本部で長谷川朋彦選手と技研をやったところ、「マスで」と言ったのに、いきなりガンガン蹴られた。「同じ中量級ですから」と仰るのだが・・・まあ、真面目な方ではあります。北京も香港でも、私は長谷川さんのセコンドだったが、まさか長谷川さんとやり合いたいためにエントリーしてのではないのですが。ともかく後二週間、稽古しよう! |
| (3月某日) パンチの打ち方を変え、サンドバッグを一時間ばかり打ったら背中がばりばりになった。いきつけの阿佐ヶ谷・みなみスポーツ治療院へ。ここ、本当に直してくれます。少し足が肉離れしているのでこのところ来ているのだが、来るたびに全身が軽くなり、疲れが一掃されてしまう。前半は女性の治療師さんに痛めのマッサージをしてもらい、後半は先生に鍼と電気、灸とアイシング、最後に首・胸・腰をばきばきいわせてもらう。本当にすっきり。 というわけで、今日も柔道の稽古。行ってみて驚いたのが、昨日昼ご飯をご一緒したフリー・ジャズ・サックス奏者にして「ひきこもり」精神科医の近藤君が奥さん、二番目の娘さんのトモちゃんを連れて一緒に来ていた。そういえば小生が昨日道場の地図を描いて差し上げたのだった。扉を開け放して子供たちが稽古している様子が見え、礼儀作法をやかましく言われている光景に、親御さんとしては感激してさっそく入門してしまったらしい。小三のトモちゃん、小生の顔を見るとじゃれついてきて、全身をつかってやるジャンケンやらあっち向いてホイをしたがる娘さんだが、ついに妹弟子になったのである。昨日は手をつないで散歩してというのに、今日は「よろしくお願いいたします」とぺこりと挨拶。 で、大人の稽古は師範代の巨大な先生と。背負いに入るのが怖いほどの大きさである。もうお一方とも打ち込みをやったが、この方は腰を動かしただけで「今のはちゃんと入ったら飛ばされたな」と分かる切れ。私は相手の技を受けて返す癖がついているが、高校までとは違ってこれだけの大きさの方となるとちゃんと技をはずさないとそのままもっていかれる。聞くと、体重は百二十キロとか。「えー、でも師範代はもっと大きくありませんか?」と私が驚くと、「サバよんでられますね。百三十キロから百四十キロの間ですよ、きっと」。身体指数、三二○ではないか!キックのジムに行くと四十キロ台の選手がいるというのに。 私が足をとってもう片足を払うなどすると、「それは試合柔道!」と指摘される。せっかくだから綺麗な技でちゃんと投げられるようにやり直してみよう。 というのも、大道塾の森直樹選手が講道館に出稽古に行って、百キロの相手と稽古中に大怪我をして入院されたと聞いたからだ。講道館ともなるとなにしろ総本部だから、全国大会レベルの選手が試合同然の猛稽古をしているはず。百キロを越える相手に巻き込まれたり体重は百三十キロ預けられたらと思うとぞっとする。私も白帯を締めているから乱暴にやっていられるが、相手に同じことをされたら怪我しかねない。 そういえば先日、山崎選手と話していたら、彼の出身の日体大では相手に組まさず、組まれたら寝技のように相手の手を切って、自分有利で技を掛けるのが伝統だそうな。それで分かったことがある。長年、一体両手背負いはどうかけるべきか悩んできたのだが、それは相手にがっちり組ませるからで、自分だけ持てば投げることができるはず。これはもちろん試合柔道である。田村亮子も組んだ瞬間に投げていた。ならば北斗旗ルールにどの技ならば使えるのか。ますます柔道が面白くなってきた。次回はトモちゃんと乱取りである。足車の稽古をすることにしよう。 |
| (3月某日) 試合に向けて減量している。といっても食べるものも量も変えていない。ただ、食べてから寝るまで3時間以上空けているだけ。間食もしない。それだけで一週間で3キロ落ちて、すでにリミットの73キロを割った。稽古は10日中8日やった。一日当たりは軽めにすると毎日でもやれるようだ。こんなに体を動かしたことはない。 それにしても、格闘するための体を作る、というのも奇妙なものではある。もちろん北斗旗の本戦を目指すような人、さらにはプロの格闘家などからいえばただの趣味の域にしかないのだが、それでも身体を特定の日に向けて整備するなどということはこれまでやったことがない。腹筋も割れてきている。 若手の諸君は皆トーナメントの頂点を目指すのだろうが、私としてはとにかく一戦、である。勝ち負けよりも3分の試合をこなすことそのものが43歳の体には相当の苦痛であるに違いない。自分との戦い、というのは格好をつけた言いぶりだが、本当にそう思えてきた。あと一週間!帯からすればひどい泥試合になるのだろうが、覚悟は決まっている。 |
| (3月某日) この十年間、空手に親しんできはしたものの、マスコミの細かい仕事も同時並行で激化したために生活時間は深夜型、身体が万全な状態でスパーをしたことがない。ちゃんと時間とって稽古したら身体はどうなるのか、というのは永らく抱いてきた疑問であった。それがこのところ書き下ろしに専念してきたこともあり(三百数十枚がほぼ完成)、稽古を順調に進めることができた。 今週は試合直前ということで、疲れを抜くことに集中した。 (月)、前週までの稽古でかなり身体がきつい。寒気がする。みなみ治療院でマッサージ・鍼。夕方、キックのジムで若手とスパー1ラウンド。軽くサンドバッグ。 それにしても、少し選手の気持ちが分かってきたような気がする。昇段審査は負けても連続組み手だから格好がつくが、試合はやはり相手に負けたことになる。それがプレッシャーになるということなのだろうな。 |