| (5月某日)神戸格闘旅日記(2) 昨日は帰神のひとつの目的であった東灘区政50周年の「だんじり集結」を楽しむ。宮崎さんと並んで私が幼稚園時分に仲良くしていた魚屋の吉川君が、魚崎八幡神社のだんじり祭りの責任者を務めており、今年は特別版で東灘区に散在する50からの神社のだんじりを住吉川沿いに大集結させると教えてくれたので見物にいってきたのである。 息子は川に入ってタニシ採り。走り回ってこちらも疲れた。そのまま有馬温泉の旅館に移動して泊まったが、九時頃から朝まで爆睡。息子は今朝も早くから興奮して起きており、こちらもそのとばっちりを受けていたのである。有馬の夜はまったく楽しまなかった。 というのも、極真会灘同好会の稽古に参加するために疲れをとっておきたかったからである。十一時から御影の宮崎宅にお邪魔。軽く食事してからタクシーで妻子・宮崎さんとともにいざ道場へ。私が幼稚園の頃、股関節に結核菌が入って三年ほど通った病院(村上春樹の『風の歌を聴け』のモデルではないか、と私は勝手に想像している。山中にあり暗くて古いのだ)のさらに上方、鴨子ケ原の幼稚園がその道場であった。 シャッターを開け、お遊戯室のような広間に入る。どうやらここは公文式などにも部屋貸しをしているらしい。机と椅子を隅に寄せると、結構広い。大道塾総本部の七割くらいはある。宮崎くんもここの主となれば力もはいるはずだ。 で、おとといの夜にご一緒したメンバーが次々にやってきた。私を入れて総勢七人か。青帯一名、あとはみな白帯だ。準備体操の最中にも宮崎さんは三戦(サンチン)立ちの構えなどを新人の田中さんに教示。密な指導だ。 稽古が始まる。宮崎さんが前に立ち、青帯から順に並ぶ。私にも前に出るように言われたが、悪い予感がしたので、最後方に下がることにした。準備運動から基本稽古。これは我々のビジネスマン・クラスと同じ流れだ。違うのは、準備運動まで含めて一々に簡潔な説明がつくこと。「掌底前後着け」(名前はこれでよかった?)は前屈みになって両足の前後で床に掌底を着けること。「掌底左右着け」は左右の掌を交互に床につけること。こうした当然のはずの説明を、私はいままで聞いたことがなかった。大道塾の準備運動は多くが極真から来ているので、こうした源流を聞くとよくその意味が分かる。それにしても、流れるような名調子の説明で、聞く側は身体運動を止めなくてよいのは凄い。指導者として、説明のテンポは重要だ。指導ぶりにほれぼれする。 基本稽古は三戦から。これはまったく初体験である。次々に種目が進み、そのたびにまた簡潔な説明が入る。自慢じゃないが、私が一番下手である。四股立ちから脾臓を裏拳で打つ(何という名前だったか?)など、ちんぷんかんぷんである。私が普段やっている動きといえば、スパー以外ではウェイト、ジャブやフックなどの形、シャドー、サンドバッグ、投げの打ち込み、寝技というところ。極真でいう基本はまったくやったことがなかったのだ。これについては深く考えさせられた。 我々は、極真的な基本を捨ててしまっている。これについては賛否両論がある。「着衣の打撃系総合」というのは、極真の基礎にムエタイと柔道を乗せたようなものなので、端的にいってそれぞれの基本をやるだけで時間がなくなるというのが身も蓋もない理由ではある。けれども、ではどこが空手なのか、と言われると、「素手で殴る」とか「極真ルールもできる」といった答えしかできない。だが諸流派ある中で、ズバリ空手という言葉で括られる共通点というとこの型しかないのである。それを捨てているのだから、「空手じゃない」と言われても仕方ないのだ。だが私としては、大道塾はやはり空手なのだと思っている。それゆえにこそ型には無関心ではおれないのだ。実際、長田賢一さんなども、たしなみとして伝統派の人から型を学んだりしておられるようだ。そのうえ、このところビジネスマン・クラスの稽古が中途半端になっているという危惧がある。一方では一般部に出ても試合で勝つ集団があり、他方ではリハビリのように身体を動かしたい人がいる。きつすぎて、続けたいけどやめます、と仰って去っていった人もいるのだ。したがって大道塾の基本をもっと丁寧にやるような「型」的なものを中心として激しくない稽古体系を作り、稽古途中でグループを二分すべきではないか、と思う。また、スパーやシャドー、ウェイトばかりやって、体の動きが固まってしまう弊害もある。型はその修正に役立つ。尻を後ろに突き出したり棒立ちでシャドーしている人がいるが、それは型で修正されるだろう。四股立ちにしても、下半身の柔軟性と安定には役立つ。現在は思案中だが、簡単な型が体系としてある程度まとまったら塾長にお見せして許可いただこうと考えてはいるのだが。 型をみっちりやった後、仕上げでスクワット100。十ずつ声を掛け合ってやるが、黒帯二人以外は全部は続かなかったようだ。私も結構太股にはきいた。普段高重量のウェイトでスクワットしているせいで、こうした回数をこなすのもたまにはいいものだ。 続いて、ミット。持ち手が1か2、3のいずれかを言い、その数だけミドルを蹴るというもの。左右交互に二分三ラウンド。これは腰の回転とスタミナトレーニングになる。蹴り足の軌道がかなり一定してきた。我々も取り入れてみたいものだ。終了、いっせいに大の字になる。 最後は組み手。まずロー、ミドル、ハイへの膝受けなどを皆でやる。約束組み手の集団版といったところか。ただし1−2−ローなどはまだやらなかった。続いて一分のスパー。青帯の方はボクシング出身なので、フックなどが飛んでくる。ただしまだはじくような顔面用のパンチなので、極真的には押すことも必要か。白帯の方も、気迫があって攻めてこられる。最後の二十秒はこちらも追い込んでみた。身長188センチの巨漢の「松っちゃん」は、体が柔らかく、体の使い方を覚えたら恐ろしい逸材だ。まだヒットポイントがずれているが。で、終わりかとおもったら、宮崎さん、「では、一手お教え下さい、二分間」とにこにこして仰る。二年前の再会時のスパー以来だが、彼も十人組み手を経て、かなり自信を取り戻している様子。手ぐすね引いていた、というところか。当方もうれしいので一手願う。 まずインローから入ると、がっちり受け止められた。続いてパンチ。押し返してパンチがきたので、カウンターでパンチからローを返す。左ハイとカカト落としがくるのは要注意なので、一気に体を寄せて、左肩を入れる。こうすると相手の右はくわないから、左の打ち合いとなる。こちらは左をプッシュ気味にし、腰をおとして前蹴り。相手が下がったところでロー。宮崎さんの組み手は華麗な離れてのものなので、それに巻き込まれないようについていった。成功しなかったが、足払いも交える。二分はあっというまに過ぎた。久々、友情を込めたスパーで力を出し切れてすがすがしい。 「君は岩みたいだねえ」との言葉を戴く。柔道を最近やっているので腰が下りていることと、スパーの勘があること、押すようなパンチをサンドバックでやっていることから前に出る力がついているということか。 稽古後、歩いて宮崎宅へ。山道をどんどん下る。途中、「イノシシといつも出会うよ」とのこと。左右の自然景観が次々と変わり、野花なども美しい。息子はずっとはしゃいでいる。 宮崎夫人のご料理に舌鼓、ビールで乾杯。幼稚園主の畑尾さんは美しい奥さんと二人の息子さんをお連れになる。この団らんはすばらしい。いろいろ、情報交換。家内はとくに宮崎さんが最近やっておられる身体の矯正術にいたく関心をもった様子。マキオさんなど、これで記憶喪失か生還したというのだから。そこにツボちゃんも登場。「試合、負けてすみません」と言う。ドンマイ、とまた稽古談義に花が咲く。 すばらしい仲間と自然、家族の信頼に囲まれて、神戸格闘旅は無事終了したのであった。 |
| (5月某日) 『PRIDE』観戦。昼間、「ロッキン・オン」の総合ビジュアル誌『SIGHT』で経済学者の小野善康氏、編集長の渋谷陽一氏と金融資本主義と消費の関係について鼎談。その足で後楽園ドームへ。家内と格闘技観戦である。 私は以前この団体のオフィシャル・マガジンに原稿を書いたことがあるので、それ以来招待されている。先日も朝日の文化面にPRIDEおよびK1など格闘技について書いた(これはどうやら相当に画期的な出来事だったらしい)。ただしその内容は現在の打撃競技に対するK1、総合競技に対するPRIDEが必ずしも武道という意味ではプラスの効果だけ果たしているわけではない、というもの。観客重視のルールであるため、人気を呼ぶのは当然としても、大道塾や極真、ひいては柔術などそれ以外の武道ルールを貶めることになりかねない、という主張である。 しかしそうはいってもやはり桜庭vsホイスには関心がある。私の戦前の予想は試合が膠着して桜庭のローで決着がつく、というものだった。ホイラー戦と同じ、というものだ。朝日の運動部から取材で予想を尋ねられたので、そう答えておいた。 なかなか面白かったのが、ボブチャンチンvsグッドリッジ。グッドリッジが寝技を少しは体得してきてガード・ポジションで抵抗できるようになったので、打撃勝負となった。結局ボブチャンチンが殴り倒したが、勝った側も疲労困憊した様子。今後、決定的な穴がない選手同士の戦いはこのようにスタミナ勝負になっていくのだ、ということを予想させる試合だった。 で、桜庭vsホイス。桜庭はストロング・マシン1.2.3号の三人で登場。プロレスファンを喜ばせると同時にホイスを攪乱する戦法である。これには感心した。といっても汚い戦法とはいえない。なぜといって、こういうやり方はグレーシーがさんざんやってきたものだからだ。大道塾選手がデンバーの第二回UFCでホイスと戦ったとき私は同行したが、主催者だった彼らは抽選のふりをして一回戦でこちらを指名してきた(くじを引く振りのパフォーマンスはやったが順番に上から名前を読み上げただけ)。そしてこちらの試合控え室を尋ねるとあっちのホテルだとかこっちの部屋だとかウソばかり言って寄越した。仕方なく試合場のオクタゴン近くで選手が仮眠を取ると、向こうの関係者が数人で見はっていたり騒音を立てたり、神経にさわる嫌がらせをやってきたのである。それだけに連中にもそれなりの覚悟はしてもらわねばならない。もっとも、今回、ホイス側が桜庭にぶつけた爆弾要求というのは「無制限ラウンド」というもので、これは自分有利なルールかもしれないが嫌がらせというのとも違う。むしろ桜庭の方が神経戦を仕掛けているという印象だった。 試合開始後すぐにホイスからタックルを仕掛けるが、桜庭が上半身を場外に出して立ったままホイスの右手を極めにかかる。ホイスは極められたままパンチを振るうという展開。場内騒然となる。次いで今度はホイスが正面からギロチン・チョーク。これも決まったかに見えて場内が沸いたが、ゴング。グレーシーはラウンドの終了間際にしかけるので、きっちり極めないとこうしたことになってしまう。 次のラウンドでは逆に桜庭が膝十字。これも決まらない。それにしても、ホイスはパンチや蹴り(はっきり言って下手である)を見せ技に、組み付いてテイクダウンを狙うが、まったく倒すことはできなかった。それではと自分からガードポジションに引き込み、桜庭が何度かパスガードを試みてもすぐに足を間に入れるのには感心したのだが、しかしこの体勢からは桜庭が立ってしまうので、三角締めや逆十字といったホイスの最終的な狙いは絶たれてしまう。寝技の競技といいながらも、柔術はタックルでレスラーを倒せるほどではないので、ガードからのこれら二つの技しか狙い目がない。総合系競技ではレスラー相手だと手詰まりになってしまうのだ。 それに対して桜庭のノーモーションのローキックが次第に当たり始める。ホイスは珍しく今回打撃を研究してきたというのだが、ローのカットはまったくできない。どうしてその程度のことを練習してこなかったのだろうか。 第四ラウンド終了時頃にはいったいいつまで続くのかと心配されたが、いよいよ第六ラウンドになるとローがきいてきて、ホイスがリング外のホリオンにちらちら目線を送る。なんとかタオルを投げて欲しい、という視線である。ホリオンは父親のエリオと凄い形相で相談。ホイスはパンチを打ちながらなんとか桜庭に近づくが、子供でも突き飛ばすように何度も振り払われる。一方的な展開になってしまった。 で、第七ラウンド開始時にタオル投入。一時間半の試合であった。地響きがするような観客の声。家内ともども結構感動した。結局、ホイスがローをカットできなかったのが敗因である。しかしもし下らないパンチや蹴りなどやめてカットの練習をしてきたなら、一体いつまで試合は続いたのだろうか。 * * 結局、トーナメントはマーク・コールマンが優勝。ボブチャンチンを仰向けにして、顔面に膝蹴りを入れてのタップ勝ちだった。ただ、これを見て複雑な気分になった。以前のケアーvsボブチャンチン戦で分かったように、PRIDEルールでは四つん這いでの膝蹴りは反則とされている。手をついているから顔面ガードができないという理屈らしいが、これではレスラーのタックルを打撃系選手が受け止めて膝を入れることができなくなってしまう。対照的に、タックルで上になったレスラーは、上四方固めの要領で仰向けの相手に膝を入れることができる。この体勢に打撃系選手がなるのは至難の技だから、これは極めてレスラー有利のルールだということになる。ボブチャンチンにはあまりに不利だ。 また、最近のリングスのKOKルールというのは寝技での拳でのパンチがなしだから、これはUFCで生じた「関節のきめっこ」から「ポジション取り」という寝技の一大革命を革命以前の段階に戻すものであった。総合格闘技としては退歩である。UFCやグレーシーが衝撃的だったのは、UWFのような「関節のきめっこ」の技術がご破算になったことであり、それゆえ修闘では昔の選手が一掃されてしまったのである。それなのに寝技でパンチをなくしたのだから、UWF系の日本人選手やロシアのサンビストが活躍したように見えて、実はそれはリングスのレベルが総合格闘技ないしバーリトゥードにおいて高いことを指すのではない。厳密には昔のUWF的な「関節のきめっこ」において、柔術の選手を交えても対抗できるというでしかない。どれほどの選手が参加しようと私にとってはさほど見るべきものがないのはそのせいだ。リングスほどではないにしても、PRIDEも打撃競技に不利な禁止事項があるのは興ざめではある。 ということは佐山がやろうとしている制拳道が打撃にも中立的なルールということになるのだろうか。これからPRIDEとは対抗戦をするというので佐山がなぐり込み的にリングから挨拶をした。でもあそこで言われる「実戦は打撃だ」というのは我が大道塾の主張そのものではないのかなあ。 |
| (5月7日) 大道塾「北斗旗全日本体力別選手権」。私は広報部なのでミヤギTVで中継されるのの「解説」役ということで仙台へ。まずは結果を。 (軽量級) 優勝 寺西登(豊橋支部、松田支部長、おめでとう!) 準優勝 伊藤紀夫(成田支部) 3.4位 池田一次(関西)、榎並博幸(安城) (中量級) 優勝 長谷川朋彦(総本部、悲願の初優勝。昨年は私が散打に引っ張り出して勝てずに迷惑をおかけした。本当にうれしい。) 準優勝 青木政樹(浦和同好会、私が関東予選の二回戦で対戦するはずだった選手。私は誰と当たるはずだったのか今日確認するまで知らなかったが、悪い予感がして棄権したのは正しかった!彼、本当に強いです。) 3.4位 中川博之(木町)、高田久嗣(浦和) (軽重量級) 優勝 能登谷佳樹(浦和同好会。渡辺会長、おめでとう!ついに同好会で全国制覇の快挙成る) 準優勝 岩木秀之(新潟支部) 3.4位 若月里木(中四国)、小野亮(総本部) (重量級) 優勝 稲田卓也(横浜支部) 準優勝 金子哲也(横浜支部) 3.4位 亀山文武(横浜)、武山卓己(総本部) 武山卓己は手親指骨折で棄権 * * (感想) 戦前、優勝経験者はいても(蛸島、武山)優勝から遠ざかっているのでディフェンディング・チャンピオンとは呼べず、みなが横一線だった(唯一それに近いのが稲田卓也、それでも二年連続で山崎進にタイトルを譲っている)ため、誰が勝ち上がるか予想がつかなかった。 その中で、来年の世界大会の選考を兼ねるということで、武山卓己の復活はなるのか、優勝候補と言われて足踏みしてきた高田久嗣(中量)、岩木秀之、小野亮(軽重)の誰が勝つか、さらに十代の堀啓、藤松泰通(重量)がどの程度伸びているのか、最近の注目株で連勝中の榎並博幸(軽)はどこまで通用するのか、他流派ながら毎年参加してくれている清水裕治(修武会)は本命ではないのか、といったところに関心が集まった。 さらにいうと、同好会ながら優勝が本当に眼前に迫ってきた浦和は会員数二十人に満たないのに、しかも飯島が棄権したというのに、四人を送り出して一体どうなるのか、怪我の癒えた寮生・江口忠友(総本部)の本格デビューは、といったところに私個人としては注目していた。 もちろん、私の最大の興味は長谷川朋彦の優勝なるか、だった。長谷川選手は昨年、無理言って散打に引っぱり出したために組み手が揺れてしまったようで、散打の方でも勝てなかったし(北京では中国のトップ選手相手だったこと、世界大会は判定が疑問だったこともあるが)、散打の組み技系の組み手になっていたために「鋭い反応で機敏な出入り」の全盛時の動きが陰を潜めてしまっていた。悪いことをしたかと思うとともに、過去四回の決勝進出のハードルを突破して是非優勝してほしい、と願っていた。 朝、浦和の渡辺同好会長に会うと、緊張に青ざめた顔色。いや、会長、本気で優勝する気である。それも当然だろう、高田、能登谷佳樹は優勝圏内にある。四人のため何時間もかけて作ったという「we are Team U」の大横断幕が目立っている。地方支部を代表する気迫が伝わってくる。 いざ試合が始まって、目についたのが池田。さっそく一回戦で清水裕治を食ってしまった。関西ということで、去年チャンプの辻村にそっくりのパンチ連打の選手である。彼も十代、これは面白い。大阪北の中野正康という選手もサウスポーで異常なほどパンチを連打して見ていて華がある。榎並は左アッパーから右ストレートの返しというパターンが冴える。 トーナメント表をよく見ると中量、軽重は相当に右ブロックに強豪が偏っている。高田など、九州チャンプの山本、東北の佐藤、準決勝で長谷川と、ほとんど試練の四番勝負といった風。小野も日拳、江口、岩木と連戦でこちらもいじめかと思う組み合わせ。欠場者がいるので仕方ないとはいうものの・・。 堀は左ストレートを覚えてきたのが大進歩。二勝していよいよ秋が楽しみになってきた。藤松も五十嵐に勝つ殊勲。十代が活躍できた大会だった。 それにしても長谷川は絶好調だった。私はテレビの画面から見たが、あれほど集中して気合いの入った人間というものに会ったことがない。もの凄い顔である。試合が終わるたびに加藤清尚に向かって大声で挨拶をする。礼法も大声である。すべてが自分の世界を中心に回っているかのような表情だ。素早い出入り、相手のパンチをかいくぐってボディにパンチを散らすなど、いままでの彼のベスト・バウトと思われるWARS4の名古屋での試合を越える出来だ。そのまま一気に優勝してしまった。高田も軸足を蹴られ、寝技でも突破できず(この対戦は寝技のベスト・バウトだった)、長谷川の気迫に飲み込まれてしまった。 渡辺会長はうれしいというのを越えて興奮にふるえるばかりだったのではないか。なにしろ青木と能登谷が決勝進出である。とくに青木は準決勝、中川にずっと押されていたのに、右フック一閃で本日最高の逆転KOである。これは戦慄的なシーンだった。中川は完全に伸びてしまったからだ。もし私がこの選手と予選で当たっていたら、ちくま新書は脱稿できなかっただろう。一回戦が終わったとき、とくにダメージも受けなかったというのに、なぜかもの凄く悪い予感がしたので私は棄権したのだが、自分の勘を誉めてやりたい。それほど青木の右は凄かった。来年から皆、右対策は立てるだろうな。自慢ばかりになるが、どうです、大道無門の今回号で浦和を取り上げ、「笑顔の陰に野望あり」と題したのは私です。この言葉、能登谷選手が言ったのだ。その言葉の通り、なんと岩木から下からの逆十字で一本をとって優勝してしまった。この男、にこにこしているのは「ふかし」だと今更ながらに感じた。 |
| (5月13日) 明日は柔道の中野区大会。とはいえ北斗旗予選ほどの緊張はない。あれは人生をかけた大一番と言った感じだったな。三段の帯をしめて負けるわけにはいかない。それもなにせ初体験、一体どんな心境になるのか、まったく不明であった。自信はそこそこあったのだが、直前の一週間など、試合に向けて一分一秒を集中して暮らしていた。 その点、今回は本業の格闘空手ではないし、一発のあるパンチはないし。再開してまだ二月やそこらだし。そもそも私なんぞが試合に出る顔ではないのだ。それでもどうやら団体戦、次鋒で三分を三試合やらねばならないらしい。相手は皆二十歳代のようだ。まあ、何事も経験と思い、せいぜいやってみましょう。中野区立体育館、午後一時試合開始。 柔道は本格的なものを気楽にやってみようと思って始めたが、いざ始めてみると空手の体験がはさまれているだけに、高校時分とは取り組み方がまったく違う。高校時、投げに進歩がなくつまらなかったので、卒業後、大学では続ける気はまったく起きなくて遠ざかっていた。しかし活字から学ぶところ格段に多くなり、やっと技の妙味が分かってきた。岡野功氏の「バイタル柔道」は名著だが、岡野氏は左の相手の攻めてを凌いでこちらは左一本背負いで切り返すという技を得意としていたという。私も昨日の稽古でやってみた。このところ一本背負いを古賀式で膝を曲げないスタイルでやっているが、さらに岡野式は右組みのまま左に投げるというものである。それを相手の技のカウンターとしてかけるのである。稽古相手が強くてかからなかったが、それでもこのタイミングで技がだせたのには感動した。これは北斗旗ルールでも使えるぞ。 今日はぐっすり寝て試合に備えよう。 |
| (5月14日) 十一時に自宅を自転車で出る。十二時集合とのことだが、早めにいってアップしておきたい。体育館の柔道場は、立錐の余地もないほどの人だかり。小学生の部である。ある子はルールが分かっていないのか、組まずつっぱりで何度も相手を場外に押し出す。やられた方は半泣きになったが、逆転して勝つと、前にいた婦人が「孫なんですー」とこれも半泣き。 その方にパンフレットを見せてもらう。どれどれ、成人の部は?とよく見ると、どひゃー、5チームがエントリーしているではないか。それでも総当たりである。ということは、3分を4試合しなけりゃならん。普段の稽古で酸欠を起こしているというのに。なんということだ。 参加チームは我が高木道場A,B(私はBの次鋒であった)、昭和薬科大、高千穂商科大、佼成武徳会。次鋒はというと、学生二人、浪人生一人。もう一人も相当に若い。どうやら相手は全員が半分以下の年齢だ。やれやれ。私が「前回試合したのは1974年だ」、というと、大半の仲間が「僕、生まれてない」などと答える。とにかく省エネで乗り切ることに専念しよう。そう、連続組み手の要領で、全力を出し切らずに勝負にメリハリをつけるあのやり方だ。 試合前の打ち込みをしていると、大会役員がやってきて、いきなり「選手宣誓をしてもらえませんか」と言う。「でも私、初参加ですよ」と答えると、「いや、大会最年長ということで」。そうですか、と引き受けることに。で、入場、会長挨拶、と進んで進行の方が「選手宣誓!」。私はタッタッと走り出て、「宣誓!我々選手一同は、講道館柔道精神に則り、正々堂々技を競い合うことを誓います。平成十二年五月十四日、選手代表・高木道場、松原隆一郎!」。というわけで、大会が始まってしまったのであった。 私のBチーム、初戦は高木Aと。私はいつも乱取りをしている十八歳のS君と当たる。疲れないように、ということで、道着は軽くつかむ。足払いに来たので、ツバメ返しに。そのまま俯せにして、背後から首を絞める。参った一本、でまず一勝。30秒かからなかった。ほとんど疲れなし。道着を軽くつかんだのは成功だ。 次の私の相手は、と見ると、昭和薬科大と高千穂商大の次鋒戦。高千穂は異常に筋肉質な選手が多いが、中でも大石智也という選手はえらくがっちりとしている。試合が始まり、一回もつれて離れ、次に組んだと思ったら、大石選手、いきなり相手の足をつかむなり持ち上げて、宙を一回転させ、畳にたたき付けた。すくい投げ、一本である。こいつは強い!『柔道部物語』のライバル選手のような、滅茶苦茶な力業である。見ると、両手のすべての指先にテーピングしている。俺がこいつとやるのかー、いやだなあ。 と思う間もなくその高千穂とやることに。試合の合間に休みをとらないので、すぐ次の試合である。対・大石戦。無理はせず、負けるなら体力を使わず負ける作戦。七割の力で勝機があるならいくが・・・まあ、無理だろうな。私が両手で道着をつかむと、いきなり私の釣り手(右手)を両手で切ろうとする。俺、そんなに試合試合した組み手する気ないのにえらく真剣な人だなあ、と思うが、それで切られるのも何なのでぐっとつかんで離さないでおく。また切りにきたので、こっちからタックル。軽くかわされた。と、突然タックルの逆襲を食う。がっちりと受け止めた瞬間、私の下で道着をつかんだまま大石選手、反転。相撲の技だろうか、もの凄い力で私も親亀の上の子亀のように一緒にひっくりかえってしまった。私の上の大石選手、すかさず再反転して上四方固め。うまい!って誉めてる場合か。しかし抵抗するのも疲れそうだし解けそうにもないので、寝ることにする。そのまま一本負け。こりゃ全力で行かずには良い試合すらできない相手ではあった。というか、えらく格闘技的な選手だ(インターハイに出場した、静岡では有名な選手らしい)。スタミナ温存策もあったとはいえ、完敗。 次の私の試合は薬科大。白帯の選手である。ガッチリ組むと大体の力は分かる。一二度相手に技に入るタイミングを与えてから一気に内股。「有効」で、そのまま袈裟固め。相手が頭部に腕を上げてきたので、そのまま肩固めに移行。首を手首で決めると、「参った」。一本勝ち。これも三十秒以内であった。やれやれ、なんとかほとんど疲れないままで最終戦に。 最後は武徳会と。ここまでくると完全に連戦である。黒帯だが小柄な選手。周りながら一本背負いに来たので、そのまま釣り手で首を締めつつ引きずり倒し、片羽締めへ。だが審判は「場外!」。もう一度同じ体勢になったあと、小内をかけると倒れたので背後に回って締める。手がはいったので横転して締めを強めると、相手がぐにゃりと動かなくなってしまった。審判が慌てて走ってきて、蘇生させてくれた。 なんとか三勝一敗で試合終了。勝っても負けても一本、すべて一分以内、寝技で決着。予定通りであった。どうなることかと思ったが、なんとかやりおおせた。考えてみると、乱取りだと何回締めで参ったさせても三分続くのだから、普段の稽古の方がきついのかも。課題の立ち技は今回は冴えなかったが、スタミナについては克服したようだし、最大の収穫は腕力を入れずに組んで試合になるという発見である。高校の時など、試合場に出ただけで緊張して足が宙を舞っているかのような気分になり、そのうえいきりたって腕に力を込め、一分もしないうちになまってしまったものだ。試合が終わるたびに大の字になるほど疲れたものだ。力が抜けたのが年の功か。 第68回中野区春期柔道大会、道場対抗リーグ戦、結果は、 一位:高千穂商科大学 であった。私は額に擦過傷を負ったが、それでもいい気持ちで帰宅した。 |
| (5月某日) 今月の格闘技には二誌に出ることに。格闘技通信は「ヒクソン−船木戦」について予想を求められたので、以下のように書いた。 * * 今、「なんでもあり」はタックルに焦点がある。強いタックルをもつレスラーは上になるので有利だし、切ることのできる打撃系選手が立ち技で勝負し始めた。だがグレーシー柔術はタックルはさほどのレベルではなく、そのかわりに寝技で下から攻める技術に秀でているが、道着なしの「なんでもあり」ルールはやはり本業ではない。両者とも穴があるという印象。ヒクソンのタックルを切れたなら船木にもパンチで勝機があるが、蹴りは出すと危険だろう。 * * 残年ながら、船木もヒクソンも、現時点では打撃にせよ寝技にせよ、バーリトゥードのルールにおいてどれかの分野で世界一ではなくなったと思う。その点では、桜庭−ホイスを含むPRIDEトーナメントほどの衝撃はない。けれどもそれにもかかわらず、両選手が道着着用という実践ルールだとヒクソンはバーリトゥードで(大道塾WARSルールで)今も無差別世界一候補だろう。さらにいうと、両選手とも、総合的な力とか団体の長であるとかいう意味で背負っているものの大きさは計り知れない。これは、最先端の技術を競うというのとは異なる個人対個人の対決だ。格通朝岡編集長の言うとおり、いずれかの幻想が敗れる対決なのである。 もうひとつは「フルコンタクト・カラテ」の「歌蔵遊技」。落語家の歌蔵さんの道場入門体験記である。こちらは見ていただくしかないが、少し誤解を招く表現が。当日技術の稽古でやったのは、「1−2から相手の左フックを片足のみステップバックして右ストレート反撃」。これをたんにステップバックと書いてあったが、それではダメだ(反応が半呼吸遅くて相手のパンチをもらってしまう)ということを強調したつもり。また、散打の方基本に取り入れるというのも違って、その型を身体運動として稽古中に取り入れたい(極真が這いを入れているように)という趣旨だった。 とはいえ記事はじつによくできていて、広報としては有り難いことこの上ない。まるで私が「空手の先生」みたい。皆の写真も良く撮れていて、入門者がふえるかなあ。 |
| (5月某日) 試合予想したから一応感想を書く義務があるかと思うので・・。 ヒクソン−船木、変な試合だったなあ。ヒクソンはいつ見てもああいう調子、何年ブランクがあっても調子が保てるというのは心身ともに名人の域にあるということかと思う。マウントの安定感もいつもの通り。でもそれにしても、プロの試合で席料を何万も取るというのに、ヒクソンの古典的マウントの安定性が一体どれくらいのものなのか、抵抗して見せてくれないと見せ所が成立しない。船木の寝技はあまりにもひどかった。もしくはそんなにひどく見せるほどヒクソンが凄かったということかもしれないけど、凄かったのかどうかも分からなかった。横四方からあんなに簡単にマウントとらせる試合は今どきめずらしい。ベーシック1で習う奴だろう。一体どうなっているのか。 それと、船木はパンチにすべてを賭けていたのではなかったか。なんで猪木−アリ状態からヒクソンが立った瞬間につっこまなかったのか。試合開始直後の連打はそれなりに良かったのに、せっかくのチャンスに呆然と立ちすくみ、あまつさえ首相撲から引きずり倒されたのには驚いた。打撃系はそうした一瞬に賭ける瞬発力の勝負なのに。もっとも、パンチにしても、何でストレートやアッパーのように突き放すパンチじゃなくて相手のタックルを抱き込むフックしか打てないのかという根本的問題がある。ヒクソンはストレートをヒットさせていたし、常識ではなかろうか。 ヒクソンについては、あの引き落としは狙っていたようにも見えたが、まだまだ底を見せていないという印象。彼の試合は底を見せさせる相手とのものでないと面白くない。 それよりも、近藤有己には衝撃を受けた。開始早々にタックルにハイを合わせたシーンに、である。相手のヒベイロは柔術の三年連続世界チャンプなのだ。それに、一瞬のチャンスに落ち着いて打撃を決めるセンスはただ者ではない。この試合、どの評価も「凄い」「凄い」というだけでどうやらフロックと見ているようだが、私にはあれは近藤の自力であるとしか思えない。そもそも奥足からのカウンターのハイは、相手の右ローをさそってのものくらいしか決まる技ではない。それをタックルを狙って合わせるという技術は、初めてみた。NKホールのパンクラスの試合でも、試合開始直後に飛び膝一発でKO勝ちしているのだ。こいつの反応の的確さはただごとではない。現在、総合系で打撃は近藤が一番ではないか。桜庭と試合するなら、事実上の軽重量級日本一決定戦になるだろうな。 選手控え室に居た加藤清尚さんに聞いたところ、試合前も近藤は平然としていたらしい。この男、私的には最注目株である。といっても、あんな試合をして見せた以上、ヒクソンは絶対試合を受けないだろうけど。 |