(6月某日)

 このところ毎日稽古していて、疲れが溜まっている。水曜には東大極真同好会にお邪魔して、隅っこで基本と型を学んだ。指導はわざわざお見え下さっている野地竜太先生。大道塾も初期には三戦を基本でやっていたそうなので、源流をたどるような気がした。型などはそのままでは我々のルールには即していないのだろうが、その精神をうまく応用すれば、我々なりに使えるものに改変できるかもしれない。スパーでは気心の知れたO君とかなり激し目にやった。学生サークルというのは総本部の雰囲気などとはかなり違う。四年で卒業という制限があったりその他学生とのつきあいがあるからだろうか。

 あまりに疲れたので、レヴァンでウェイトをやった帰りに南スポーツ・マッサージに。柔道のせいでかなり首にきていてまわらなくなっているのだ。ここのは本当にきく。南先生は最近では宝島社が出した格闘技のトレーニング関係のムックにも登場しておられる。最初にかたくなった筋肉をほぐすマッサージ、ついで鍼と電気、灸をしてアイシング、最後に首と胸、腰をバキバキと鳴らしていただく。体中がゆるんで、疲れが芯から湧出している感じ。擬似的に風邪をひいたような状態だ。前回は施術していただいた日にそのあと柔道をやったら、これが大失敗。疲れが出て筋肉がゆるんでいるので相手に足をぶつけただけで飛び上がるほど痛く、そのまま疲れが出きらないで止まったかのようになって、ひどく熱まで出てしまった。それでゼミで売春論などやったら、ますます頭が痛くなった次第。今回はちゃんと休むぞ。

 というわけで、ガオラの北斗旗の収録。格通・朝岡氏と。合間にいろいろ雑談。北斗旗は以前から向上しているのかと聞くと、現状維持ではないでしょうか、とのこと。確かに今年は昨年のチャンピオンが出ていない。けれどもそれだけではなく、ルール上の勝ち負けを越えて「これが俺の格闘技だ」という熱い思いをぶつけるようなとんでもない選手というのが少なくなったような気はする。もちろん世界大会を控えているわけで、試合に勝つことが悪いわけではない。競技として成熟した結果だともいえるのだが、マウントでちょこちょこポイントを取るのは当然必要だ。だが、それでも・・・。今年の王者には、小川、加藤、飯村、中山、辻村といった先輩選手を破ることをはっきりと意識してもらいたいものだ。

 で、さらに十日は道場移転の支部長宴会。夕方から基本の蹴り六百本というとんでもない稽古をやったとかで、塾長大張り切り。私は大学のシンポジウムで夜に遅れて行ったが、早大盛況。七○人以上の支部長さんが大集合。塾長はご機嫌で、みなにうれしそうにゲンコツ。そういえばマグナム・トーキョーの黒木、こうした宴会でスネでビール瓶を割れといわれ叩いたものの勢いがなくスネの方がへこみ、皆に押さえつけられて割られたことがあったな。野蛮だけどこれが空手の気合いではある。ああした焦臭い雰囲気にどっぷり染まったのがむかしのチャンプ連だったということかな。

 

(6月某日)<夢の寝技試合>

 先日の移転パーティーでのこと。夢枕獏・中井裕樹両氏と久しぶりに会い、立ち話。実はヒクソンの試合、私の感想はマスコミで読む限り中井氏にもっとも近かった。ヒクソンの完勝ではあるものの、しかしこれ以上あの類の試合を見ても仕方ない、とのこと。それより最盛期にヒクソンの道着を着た技術を見たい、というのは柔術関係者の願いであろう。私としても、最近では大道塾が基本的には道着ありの総合なのだと考えるせいで、裸には関心を失っている。ヒクソン−中井戦、いやヒクソン−柔道家などどうだろうか。柔道関係者やパンクラスの菊田選手によるとホイラーと中村三兄弟の兼三が寝技でほぼ互角だろうとのこと。この二組、実現したら凄いなあ。またヒクソン−柏崎克彦(柔道の寝技でもっとも強いとされる)戦なんかどう?現存する寝技の世界最高峰決定戦だ。

 ところで中井先生には、私が信州大学の講義をもとに原稿を書いた「日本におけるフルコンタクト格闘技の現状」(『ゼミナール現代日本のスポーツビジネス戦略』大修館書店)のプロレスの位置づけが面白かった、と誉めていただいた。いや、それより、そんなものまで目を通しておられるのに驚きです。さすが格闘技界のインテリ。

 また中井先生に、ビデオの「柔術バイブル」は今の技術の何割くらいを明かしていますか、と訪ねたところ、「一%くらいでしょうか」、との答えでびっくり。追い打ちをかけるように「でも入門の技術も三年でまったく変わってしまったので改訂版が必要ですね」とのこと。凄いなあ。これだけ進化している学者がどれだけ存在するだろうか。

 

(6月某日)<道場で飲むの記>

25日、総本部移転で関東圏の茶帯以上のパーティー(@総本部)。妻子を連れて参加したが、なにしろ道場までたどり着くのに三時間近くかかった。「浅草のウルトラマンクラブに行きたい」という息子をなだめるのに手間取ったからだ。家内にもビルを初めて見せる。寄付した際には家内の了承も取り付けていたので、やっと現物を見せることができて肩の荷が下りた。

 道場でのパーティーは盛況。というかすでに皆酔っぱらい状態。先生に説教するといって聞かない古参塾生は何度も酒をひっくり返すし、説教を始める前に察知した塾長からゲンコツを食らったりしている。息子はサンドバッグを蹴るのに夢中になって、「空手家になる」と言い出した。私は同期の早稲田の寺田選手と談笑。彼と直に話すのは初めてだが、九○年から交流戦に出場しておられたのをまぶしい思いで見てきた。ハイでKOされたり軽量級なのに重量級をパンチでダウンさせたりと派手な選手だ。今は忙しい中を西川口から飯田橋までチャリ通勤して鍛えているという。私は十年遅れてやっとの予選参加で、同列に立って喋れるようになった。

 道場で車座になって飲むのは本当に良いもんだ。これも日本武道の伝統である。今週の「アエラ」には「団塊世代保守派の論客」の子息が「ヤクザになりたい」と言っては夜遊びを重ねる話がレポートされている。高校の頃から「同級生はホンネのつき合いが出来ない」といって「ホンネで生きる」友達を求めて暴走族になっていたという。この父親は、私の知人なのだろう。

 それにしても、「ホンネでしゃべれない」というのは、殴り合ったり酒を酌み交わしたり騒いだりするこうした場がなくなったからではないのか。私もゼミでは前半は三時間近く真面目な討論をし、後半は深夜(というか朝まで)転々と場所を変えながら学生と飲む。学生らは互いの実存を批判しあったりして、見ているだけで面白い。阿佐ヶ谷の行きつけの店でもやらかして、ママから鬱陶しいと叱られるかと思いきや「ああした熱い会話は七○年代以来よ」と喜ばれた。教官で酒につきあう人はほとんどいないらしいが、こうした場を継続しようという塾長の教えに見習いたいと思う(そのうちゼミでビール瓶スネ割りでもやってみるか)。