(7月某日)

 先日、昨年度の大学での私の講義に出席したいたという学生からメールをもらった。内容は、「先生は電線・電柱を撲滅すべきだと言っていたが、それと同じ主張を見つけた」、というものである。その文章の主は寺島靖国氏。著名なジャズ喫茶店主でジャズ関係の著作も手がけておられるが、最近では和食などのデザイナーズ・レストランのオーナーとして知られている。その方の主張が我が意を得たりと感じるものなので、記しておきたい。S君、どうも有り難う。

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『GQ』(嶋中書店)2000年8月号「ジャズ親父のためいきvol.13」より

 皆さんは電柱をどのように考えておられるだろうか。電柱?立派なものじゃないか、背は高いし、宮沢賢治の童話にも出てくるし、第一あれがなければ犬も困るだろう。そんな悠長なことを言っている場合ではないのである。

 私はノーマルな人間だが、そして人物にうらみを持ったりする人間ではないが、こと、電柱については深い憎しみを抱いているのである。いま、私がこの一文をしたためている部屋に小さな窓がある。そこから表を見ると電柱が二本あり、そこから派生する電線が実に18本も見えるのである。

 醜い。まったく醜い。

 私は見るたびにむしゃくしゃしてくる。原稿がうまく書けない。私の文才のなさは電柱及び電線のせいなのである。くそっ。悪態をついて表へ飛び出す。表ではもっとひどい事態が待ち構えている。電柱の行列である。電柱の行進である。くもの巣電線の乱舞である。私は、人の心の荒廃は電柱と電線に原因ありと睨んでいるのだ。

 その証拠にたまたま電柱のない大通りを歩いたとする。すると私の心は急にほころんでくるのである。一歩脇道に入りまた電線の散乱が始まると私の心は急にすさみ出す。

 私は日本人が嫌いではない。しかし電柱と電線に無関心な日本人は嫌いだ。つまり重大な美意識に欠けていると思うのである。

 昔イギリスの女王だかが日本に来た。通りを通過するというので少しでもきれいに見せようと商店街が街路灯を立てた。それが、ないほうがいいというほどダサイやつ。日本人の町並みに関する美意識とは残念ながらその程度のものなのである。

 連日のように選挙の政見放送がテレビで行われているが不思議でならないのは「私は日本中から電柱を一掃します」と公約する立候補者が一人もいないことだ。それほど日本人の目の中には電柱は深く入り込んでしまって目に見えない。そして無意識のうちに気持ちに荒廃をきたしているのである。

 試みに皆さん、街中を歩いてごらんになるがいい。そして電柱に目を止め、もしこの電柱がなかったらという目で街を見てみたらいい。こんなにすっきりした町並みだったのかと驚かれることだろう。町並みではヨーロッパにはかなわないが電柱をなくすことで日本はようやく三等国くらいにはなれるだろう。

 現在、河川などの建設によるすさまじい自然破壊が問題になっている。 自然を壊すために莫大な金額が費やされているのである。電柱撤去そして地中化にお金を遣おう。経済はよくなるし一挙両得である。犬には気の毒だが世のため、人のためだ。

 政府のエライさん方、すぐさま電柱問題に取り組むべし。」 

 

(7月某日)

  ノンフィクション作家の井田真木子さんといえば、『プロレス少女伝説』で大宅賞を受賞された方で、別冊宝島などで書き始めていた頃から作品は読んでいた。後にときおり酒場などですれ違うことがあったのだが、ある日週刊文春で彼女が出身地にかんして述べたコラムを読み、驚いた。私と同じ小学校に五年生で転校してきたというのである。神戸市東灘区魚崎小学校だ。しかも彼女は私と同年の生まれである。ということは同級生ではないか。

 ただしその小学校、とんでもないマンモス校であった。一学年が八組、総勢三百数十名である。現在の彼女はどちらかというと小柄であり、すれ違う時というといつも相当聞こし召しておられるので、その風情は私にはまったく記憶がない。

 ところが最近になってある会合でお会いした際、彼女が怪しいことを言う。「松原君は授業中に下敷きにいろいろ書いてよこした」だの「私がいつもいじめていた」だの勝手なことを仰るのである。いくら巨大校とはいえ同じクラスの人間には全て記憶がある。絶対に彼女は同じクラスではなかった。まったくノンフィクション作家という生き物は、他人が事実にかんして反証できないとなると勝手な話ばかり作るものだ、と感心した。

 そこで故郷の旧友に連絡して調査してみたのだが・・・。意外な事実にたどり着いてしまった。彼女、私と小学三年生で同じ「器楽クラブ」に属していたというのである。さっそくアルバムを開いてみると、なんと、彼女は二枚の写真で私の隣り(先生を挟み)に立っているではないか。ああ、あの少女か、と記憶が一瞬にして蘇る。ただ、写真のその少女は、私の背丈が鼻にも届かないほどのノッポなのであった。

 さらに調査を続ける。親友のM君は、「ああ、井田さん。知的で一人大人で、僕らの憧れの人やったよお。今でも大きいか?2メートル越えたんとちゃう?」と言う。「そういえば、健康優良児に選ばれたはずやった。それで等身大写真が校舎の入り口に貼られた。僕らが憧れたのはあの写真を見るまでやったなー」。そうそう、そういう恐ろしい事件があった。当時の教師は、今やればセクハラまがいのそんなことをやっていたのである。

 この件、文春が転校を五年と誤記したのが間違いのもと。それに、今「小柄で病気がち」な印象の女性が「仰ぎ見るほど大きくて健康優良児」だったというのでは思い出しようがない。ただし、井田さんが中国関係の書物(『小蓮の恋人』)や少女売春関係のルポルタージュ(『十四歳』)を書く動機はこうした転校にあったのではないかという気がする。ご両親が中国から引き揚げてこられたというから、少女としては転々としていろいろな思いを引きずっていたのではなかろうか。

 ところでそんな魚崎小学校は、校舎が建築後百年という代物で、地域コミュニティのシンボル的存在となっている。ところがそれが取り壊しになるという。私は旧い建物の取り壊しについては日頃心を痛めるものだが、ついに我が故郷でもそうしたことが現実となってしまった。それでこの七月二十五日に取り壊し前の最後の校内開放を行うという。たまたま大阪に用があるので、井田さんも誘って見学に行くことにした。かつてのマドンナの出現に、校舎取り壊しの報以来小学校には二度と行かんと息巻いていたM君も喜んでやってくるという。

 ちなみに、この件にかんするHPはこちら

 それにしても、どうして見学会は火曜日の午後三時からなのであろうか。これでは大半のOBは参加できない。やはり日本では、旧い建物の取り壊しが多すぎる。宗田好史『にぎわいを呼ぶイタリアのまちづくり』(学芸出版社)はタイトルこそ婦人雑誌風だが、博士論文を表現のみ易しくしたという力作である。京都の町屋の保存にもかかわっている宗田氏によると、イタリアでは八○年代後半より、都心の歴史的建築物にブティックや金持ちが移ってくるような政策が取り入れられてから、街が賑わいを取り戻したのだという。郊外への人口流出もそれで止まった。日本でも七○年代から郊外化が一方的に進んでいるというのに、こうした街づくり上の危機感はまったく抱かれていない。むしろ愚にもつかないテーマパーク風のアウトレットなどが郊外に続々できている。まったく、この国はもうダメなのではなかろうかと思う。保守派は一体何をしているのだろうか。