| (11月某日)戦いすんで・・・
大会は無事終わった。内容については、総本部HPに私も書くのでそちらをどうぞ。私はプラズマビジョンの背後にいたので、裸眼では試合は観戦できなかった。
それにしても、内容としては加藤さんの両手骨折は不運だったのには落胆し、成田の伊藤さんがデニスのうまさを消して泥仕合に持ち込んだのには感心した。インドネシア国籍、テコンドーのタピラートが蹴りを駆使して勝ったのは世界大会らしくてよかったと思うし、飯村・小野の荻窪コンビのヒザ蹴りがモロに入っているのにロシア人のパンチでふっとばされたのにはびっくりした。日本人同士なら「きいた」となるのがお決まりなのに、決まりが通用しないのが世界を相手にするということなんだな。
ところで運営については反省する点が多々ある。お客さんにあれだけ来ていただいたのだから、ご不満を出来る限り解消すべく、次回までには大いに反省したい。とはいえ槇山さんが大阪在住というのにあれだけ孤軍奮闘されたのには敬服した。良く言われることはなく批判ばかりされるというのでは、運営委員長はまったく割に合わない。今後、良いマニュアルを作るよう、頑張りましょう。
で、大会も終わり、恒例の打ち上げ。当日は池袋のサンシャイン・ビルにて盛大に開かれたが、さすがに私は眠くて退散。地下に降りたらセム・シュルトが国際電話を探してうろうろしていたので、連れて行ってやった。道行く人に尋ねたりしたら驚くだろうから。なにしろ身長211センチだからな。
それで次の日は昼過ぎまで寝ていた。その日に日光江戸村観光は夜の宴会が凄かったらしい。私は散打の世界大会にも参加しているので大体ああいった場の雰囲気は分かっているつもりである。選手団がリラックスして和気藹々となり、バッチの交換などしたりして親交を深めるのである。とはいえベトナムでの東アジア大会の際など酒はビール一杯で終わりになり、三十分もすると選手は三々五々いなくなってしまった。大道塾みたいに大声で合唱してパンツの中を見せあったりチャンチャンバラバラしたり、ラーメンを食べにランニングしたりするする宴会というのは、さすがに珍しい。
大会二日後、つまり日光の翌日、塾長から、第三次宴会をするので、日光に不参加の私は是非出席するようにとの電話があった。月曜のまっ昼間からである。おっとり刀で夕方かけつけると、大勢が空手着を着ている。何の真似かと聞くと、これが海外支部長の審査会だという。半数は先日試合した選手である。土田・ストッパらの顔も見える。セム・シュルトは他流派のはずなのに、ほとんど塾生のような顔をして道場の後ろで幹線している。頭が天井につくくらい背が高いのでどこにいるのかすぐ分かる。
塾長が英語混じりで基本から説明を始める。最初はかけ声すらバラバラ。それを延々やってから、移動に突入。これもバラバラで、丁寧に修正されるので、延々一時間は続いた。道場は底冷えしていた。
やっと組み手が始まる。ストッパはアゼルバイジャンの支部長と。これがド迫力。なにしろ195センチ100キロの大男が二人、1メートル前で頭突きしたり全力で殴り合ったりしているのである。カカト落としなど、天井かせ落ちてくる。それでもさすがストッパ、柔道のイタリアチャンピオンだけあって、隅落としから押さえ込むのがうまい。大道塾にしては、実に奇妙な組み手である。なにしろ顔を殴らずにやたらと相手をこかすのだから。頭突きで相手を吹っ飛ばすタイ人とか、50歳なのに奮闘するロシアの伝統派の人とか、興味深い奮戦が続いた。終わると、やはり車座になって、宴会が始まった。宴会、宴会である。セムや海外の支部長たち、実にうれしそう。ファミリーだ、大道塾に惚れた、などと英語で話しかけてくる。試合で凶暴に、宴会で親密に、というコンセプトは、世界にも通用するものらしい。塾長はそれが実証されたと、実にご機嫌であった。
やがて支部長たち、パンフレットを手に塾長の前に行列を作り始めた。サイン攻めである。「全ロシア大会をやりたいから来てくれ」「いや南米大会だ」「ヨーロッパ大会が先だ」とエキサイトしている。もし先方で段取りをやってくれるなら、当方は行けば良いだけなのだから、こんなに楽なことはない。どうやら世界大会で大道塾が世界に伸びていくというのは、正夢になってきたようだ。選手諸君、頑張ってくれ。闘う場はいくらでも用意されているぞ。 |