(1月某日)八王子中屋ジム/中屋会長のこと

 家族で新年の温泉旅行。年末年始はひたすら原稿を書いていたが、鄙びた温泉旅館まで来ると、することがない。朝起きて食事して、寝る。昼起きて、食事して、ビール飲んで寝る。夕方起きて温泉につかって食事して、酒飲んでマッサージしてもらって寝る。ひたすら寝たきりである。

 深夜に目が覚めた。することもないので、妻子が寝てるのを横目にテレビを見つつ、またビール。と、ボクシングが始まった。日本タイトルマッチ、片方は角海老宝石のチャンピオンだが、もう一方を見て目を見張った。八王子中屋ジムの選手だ。この選手、なぜだか姓は日本名だが名を中国読みしている。

 中屋会長が先導して選手入場。解説者の話しを聞いていると、どうやら同ジムには現在、日本チャンピオンが一人、OPBFの東洋チャンピオンが一人。それに日本ボクシング界話題の雄二・ゴメスという八戦八勝八1ラウンドKO勝ちという選手がいて、この人も次は日本タイトル戦なのだという。大変な発展ぶりだ。もうボクシング界の主要ジムといえるのではないか。

 私は中国に仕事で行った九三年に、帰国後、サンドバッグを叩きたくなって道場と自宅の間の西武線練馬駅近くで見つけた「斎田ジム」というのに入会していたことがある。東大のボクシング部でもスパーをやっていた頃だ。そのときの斎田ジムの専属トレーナーが中屋さんだった。当時のこのジムは凄くて、ちょうど渡辺雄二選手が世界タイトルに挑戦、日本タイトルには堀口稔選手が挑戦していて、日本ランキングに五人だか入っていた。私はただ縄跳びをしてサンドバッグを叩くだけの一練習生だったが、なにか年格好が合うと思われたのか、上の階で一人着替えなどしていると、中屋さんがときおり声をかけてくれ、話し込んだものであった。

 彼は実は、現代美術家なのであった。多摩美出身で、何人かで展覧会をやったこともあるという。展覧会の写真を見せていただいた。ところがバイトのつもりのトレーナーがはまって、福生のお宅から毎朝選手のランニングにつきあうためにバイクで練馬までやって来、いったん帰ってから午後に練習の相手をするというハードな日々を送っておられたのである。「芸術はなかなかできなくなったけど、雄二が僕の作品だから」、と笑っておられた。

 中屋さんは、実に選手の個性に合わせたトレーニングを組み立てる方である。ハードパンチャーもボクサー・タイプもそれぞれ巧みに育てる。だがもっともやってみたいのは、完璧な防御の選手を育てることだ、としばしば言っておられた。メキシコ型のボクサーが目指すところだったのである。当時の斎田ジムはひたすらラッシュするというのが特徴だったから、もっと自分のやり方で指導してみたいという希望はお持ちだったのだろう。

 中屋さんの奥さんにはお目にかかったことがないが、家庭内のことを記した新聞を作成しておられ、これがなかなか面白かった。私も「別冊宝島」などのマスコミに原稿を書き始めたころで、その話をすると中屋さんは興味を示して下さった。格闘技界では珍しいことだと思う。それから数年経ち、中屋さんから独立するという知らせをいただいた。「八王子中屋ジム」の誕生である。残念ながらジム開きには行けなかったが、少ししてから電話を入れ、遊びに行った。ジムは内装が現代美術的な絵画で飾られていて、ボクシングらしくなくて素敵だった。「仲間がやってくれたんだ」、と会長になった中屋さんもうれしそうだった。

 「ウチはプロで勝つ選手だけを育てるんじゃなくてみんなで楽しもうってコンセプトだから、勝率は良くないんだよ」、と帰りにお誘いした中華料理屋で、中屋会長は言った。そもそもこのジムは、中屋さんが日曜にだけ福生だか八王子だかの公園で教えていた中高生たちが自主トレをしていて、その集まりが大きくなったために最初から多数の会員がいて始まったとのことであった。そしてじきに、新聞形式のジム便りを郵送して下さるようになった。これは奥さんの技術が生かされているのだろうか。また、私に息子ができたときには、子供用のグローブをお贈り下さった。メキシコでは、強い男の子になるように、グローブを贈るのだそうだ。

 開放的で社会に根付き、現代的な八王子中屋ジムがプロ選手の育成にもますます成功すれば、ボクシングが社会にもっと認知されるようになるだろう。その発展をお祈りする次第である。私は「雄二・ゴメス」の試合を見に行こうかな。 

 

(1月20日)爆笑新年会

 雪の降る中、本部での稽古を終え、上野の旅館「水月ホテル鴎外荘」に移動。昨年末から企画していたビジネスマン・クラスの新年会だ。

 ここ数年、ビジネスマンクラスでは忘年会・新年会が途絶えている。かつては箱根や熱海でやったものだが、往復に時間をかけ、金もかかるので、一度上野でやってみたことがあった。ところがそうすると泊まり予定者が帰ってしまうということがあり、新年会の理想型がどんなものが分からなくなってしまった。そんなこんなでついやらないままになっていたのだが、ある飲み会で無級の「ミニスカ・パンクラス」(ミニスカートをいつも来ていて、パン教室の後に総本部にやってくる)根本美奈子さんが「新年会で先輩にお化粧してあげたーい」とおっしゃり、つい毒気に当てられて決行することにしてしまったのだ。

 根津駅から旅館まで、雪で頭がべちゃべちゃになる。待たせていた根本さんがホールからうれしそうに飛び出してきて出迎えてくれた。さっそく部屋割り、風呂に入る。古代檜・漆塗り風呂とかいうが、とにかく熱くて生き返った。七時から塾長も迎え、十九名+幼児一名(ウチの息子)で大広間へ。個々人に卓が用意されている。久しぶりに和風広間での宴会だ。こんなの、祖父が生前に自宅で正月にやってたの以来かなあ。あのときは会社の人たちが集まっていたものだ。

 さっそく乾杯。塾長からご挨拶いただく。去年はご子息を亡くされたこともあり、本当はとても出歩く気力などお持ちではないのだろう。けれども今年は世界大会が開かれる。若手塾生ならともかく、我々は年の功も得ている。なんとか励まして差し上げたい。

 まずは食事しながら自己紹介。家内も挨拶。「本当に稽古してるんだかどうか疑わしい」と発言。そんなことないって、みんなが証言してくれるでしょ。仲居さんが次々に食事を運んで来てくれて、これはこれで風情がある。太田胤信さんは鴎外の縁戚に当たるのだと漏らす。そこに「おかみ」登場。三つ指ついての挨拶も妙。これからバカ騒ぎが始まるというのに・・・皆、次第に席を離れ、つぎつつがれつ。

 いよいよ宴会場のカラオケが始動。太田君、なにやら紙を見ているから覗いたら、これが詳細なシナリオ。さすが「宴会司会の鬼」。幾通りかのパターンまで準備してある。

 「北斗旗カラオケ道選手権開催!!」太田君の絶叫とともに、ふすまを開けて飛び込んできたのが河口君と平石君。河口君はスキンヘッドにひげ面。それが茶髪のカツラでまるでなまはげ。それでナース姿である。平石君は一応バドガールの衣装だが、どうみてもアマレスラー。胸が露出してしまっている。これに根本嬢は得意のナース姿。歌うは「LOVEマシーン」。

 これには笑った、笑った。一同悶絶の大爆笑である。とくに途中、「ウォウ・ウォウ」と生やすと河口君がスカートの尻をまくり上げ、そのうえ猿股を股間に挟み込んで、絶妙のリズムで尻振りをやる。鍛えられた尻なので角張っていて、これをコキコキと左右に動かしながら客席を一つづつ回るのである。塾長も顔を赤くして喜んでおられた。途中、高山さんが乱入すると、平石君は組み伏せてマウント・ポジション。ここから顔面パンチでなく股間をこすりつけつつ腹から胸に移動するという荒技に。これも笑った。涙が止まらなくなる。

 続いて太田さん用意のシナリオによる「通販生活・格闘空手編」。これは上野・酒井両君が熱演。スパーしてしばしばキレて殴り合うのを防止するためのサプリメントのご紹介。それにしても、宴会の司会をするだけなのに、何頁もの手書き原稿を準備する太田さんの熱さには舌を巻いた。これもビジネスマン・空手道ではある。

 引き続き怒濤のカラオケ道予選。私は審判長だ。田中先輩の「孫」は、うまいんだがなあ。なんか面白くないので92点。誰だったか?頭にサビがあり、そのフレーズを歌った途端会場のあちこちからバツが出て、曲が打ち切られる。まさに秒殺。高山さんは談笑していて「あんたのバラード」で最初のサビの部分でマイクに届かず、うろうろしているうちに歌う前に曲が切られた。こっちは0秒殺。

 塾長夫人が「サントワ・マミー」を熱唱されたので、小生、やおら立ち上がって今野さんにお願い、夫人とダンスしてもらう。唄は私。そうすると塾長がすっとんでこられ、「だめだ、手を握るだけにしろ」と真顔。とすると愚妻がしゃしゃりでて、「ならば私がお相手します」と塾長とチークを始める。私は歌い続けたが、ここに息子が泣きべそで乱入。「ダメーっ」と家内と塾長の間に割ってはいる。これで落ちがついた。

 最高点は今野さんの十八番「イヨマンテの夜」が98点。これも2コーラスで打ち切られる。理由は「これ以上続けるのはイヤミだから」。「場の空気が読めてない」「飽きてきた」などの理由で出てくる曲が次々にカット。てきぱきした進行に、爆笑爆笑。胸に「世界平和」と書かれたTシャツの井上まゆみさんの「学園天国」もおかしかったな。

 結局、ミニスカ・パンクラス根本+ダンサーズが95点、田中先輩が92点で上位三位とする。この三人で今回不出場だったディフェンディング・チャンプ中村哲也さんへの挑戦権を賭けて優勝決定戦に移行する。

 合間に塾長の唄も。これは番外。「柔」など柔道関係の唄を連唱。たしかに柔道の唄は深みがある。

 結局、優勝は「群青」の今野さん、「青い珊瑚礁」の根本さんという新年会発案者コンビ。ともに92点で同点である。しかし場を無視してムード曲を歌い上げ、カットすらさせない迫力のチャンプ・中村さんへの勝ち目ということで、根本さんを暫定チャンプに推挙する。彼女、優勝の弁として、「次回はよりパワーアップしたダンサーズとナース姿を披露します」と確約。

 しかし、根本さんというのも変わった人ではある。塾長夫人がさかんに金曜の女子部に参加するよう薦められるのだが・・・あれは女子の一般部である。根本さんはその点、女子のビジネスマンクラスなのだ。なにしろ入塾動機は「痩せるため」。口癖は「強くなりたくなーい」。ガード・ポジションで相手の襟を持つと相手について体が移動するという稽古をしたときの感想が「お掃除みたーい」と仰った方である。これでどんなプロテインを飲むべきか、胴当てはなしにしようなどという話題が当たり前の女子部についていけるはずがないではないか。それでも最近は爪が少しずつ短くなってきているのでシメシメと思っている。ま、彼女が普通で我々がヘンなのかもしれないが。

 爆笑のうちに新年会は終わり。塾長、少しはお気持ちは晴れましたか。

 起きると、外は快晴。雪解けの早朝、朝日に雪時雨が煌めく不忍池を、四人で連れだって散歩。上野の朝というのも風情がある。

 なかなか好評だったので、次回は、世界大会への結束を固めるために、五月の体力別後、宴会のみで行いたいと決意する。だいたい要領が分かったので、今回出席いただけなかった加藤・高松両先生も招待しようと思う。

 それにしても、座敷でカラオケというのはなかなか楽しい。これだけの精鋭の宴会芸が楽しめるというのはなんという僥倖であろうか。キラ星のごとき至芸の続出である。十年分は笑った気がした。

 

(1月某日)

 今年も四月の北斗旗関東予選中量級には出場する予定である。去年はデビューで一回戦を有効で勝ち、二回戦は棄権。今年は二回戦に「出る」ことが目標だ。二つ闘うだけのスタミナは稽古でつけておきたい。

 この一年間、パンチと投げを長期計画で強化してきたが、いよいよ体系立てて試合用に組み立て上げる時期が来た。新年に入ってから、とくに打撃に集中しつつ二勤一休ペースで稽古しているが、緊張感が高まっている。

 とくに水曜日は飯村師範代率いる荻窪支部に毎回出ている。ここには予選に出る色帯が数人、北斗旗の著名選手としては東北・関東の軽重を何回か制した小野亮選手がおり、もちろん飯村師範代もおられる。というわけで、家から近いこともあり、三月一杯までは毎週お世話になることにした。とくに今は目を馴らす必要がある。

 その他にも、大学ではサンドバッグ、高円寺で柔道を続けている。サンドバッグで蹴りとパンチを調整し、荻窪と総本部で対人、柔道で投げのスタミナをつけるつもりだ。

 と、そんな予定でいたところ、加藤清尚師範代から電話をいただく。一月末に渡米し、キックのトゥデー・ジムにて春の北斗旗体力別に備えるのだとのこと。そうか、私にとってはただ北斗旗予選でも、加藤さんが出られる本戦は世界大会の予選に当たるのだな。頑張ってきて下さい。

 ところが加藤さん、「じゃあ今日は特別メニューにしましょう」と仰る。私としては有り難いことなので、よろしくお願い申し上げた。昨晩からドカ雪が降って外は一面の雪野原だが、一時間早めに家を出、雪を踏みしめ駅に向かう。

 ビジネスマンの稽古だが、ミットの際に加藤さんが持って下さる。光栄なことだ。二分半で、3ラウンドがパンチ、3ラウンドが蹴り。コンビネーションをさっと指示され、その場で瞬時に反応するのは疲れる。「うおー」と大声を上げてなんとか完遂。息がきれ、もの凄い汗。すぐストレッチしていただく。まるで専属トレーナー。まったくプロ選手気分だ。

 それから何人かと対人稽古したあと、3人とマス・スパー。それが終わると加藤さんが「松原さんが一般の試合に出られますのでみなさん協力して下さい・・・元立ちになりますので、顔面のできる人は一列になって・・」と仰る。十人はいたか?ずらっと並んでくれる。「これから、一人当たり三発ずつ殴って下さい。松原さんは防御だけ。では、ゴー!」の合図とともに次々に突っ込んでくる。バカバカ殴られるのを頭を振り腕で防御。六発も殴り続ける者もいる。一発もらってもまた防御の態勢に戻るだけの気力が必要だ。なんとかしのぐ。

 「続いて、カウンターを返して。」で、また十人からがパンチで襲いかかってくる。けれども今度はクロスカウンター、ボディへのパンチ、前蹴り、下がってのジャブなどでなんとか間合いを取る。また目まぐるしくやってくるがこれは相当に楽。

 最後には蹴りでまた十人が次々に。黒帯やらデカイ人やら、サウスポーやら、どんどん来るので誰にどう対処するか考えるよりも瞬間で反応するしかない。ミドルは背中で取り投げる。ローにはストレートのカウンター、となんとかやり遂げた。

 「先輩、初めて真面目な顔を見ました、かっこよかったです」とKさん。稽古後、シャワーを浴び着替えていると声をかけてくれた。そうか、やっと分かってくれましたか。「でも、こうして股引を穿いているのを見るとやっぱり歳は隠せないですねえ」。いや、これはこの大雪で、家内がどうしても穿いていけというのでここ数年で初めて穿いたの!とはいえやっぱり股引は格闘技の選手の格好とはいえないのかなあ。