| (2月某日)角田信朗氏のライフスタイル
先日K1ジャパン四国大会のテレビ放送を見ていたら、正道会館の角田信朗師範代が出場しておられた。角田さんとは二度、お会いしたことがある。一度目は正道会館の「格闘技オリンピック」の控え室。K1の試行段階には全日本キック系の「トーワ杯」や正道会館のリングス登場があったが、それに続いて行われたのがこの大会であった。大道塾と正道会館の唯一の接点が、ここにI選手が出場した件である。オランダのプロレスラーとの四ラウンドの試合で、交互にグローブと掌で闘うというルールであった。
その選手控え室のこと。I選手は横たわり、タオルを顔にかぶっている。声をかけることもできないので私は夢枕獏さんと遠巻きにしていたところにやってきて下さったのが角田師範代。確かこの日は試合はされず、名刺交換をし、談笑した。横では佐竹雅昭選手がミットを蹴っている。そこに当時佐竹選手に他流試合を要望していたシュートボクシングの選手が顔を覗かせると、「おおー、挑戦状でも持ってきたんかい!」と怒鳴る佐竹選手。なかなかの鉄火場なのであったが、角田師範代はニコニコと応対して下さった。翌年には年賀状が届き、きちっとライティングしたスタジオ撮影の写真にサインが添えられていて、驚かされたものだった。
二度目が昨年十一月に大阪の厚生年金会館で開かれた大阪二十一世紀協会によるイベント『民族の祭典:孤高の魂−格闘技のブームを探る−』であった。この団体は財団で、大阪にオリンピックを誘致しようとしているらしい。それが格闘技を取り上げ、獏さんの司会で中井裕樹(パレストラ)、角田信朗(正道会館)、板垣恵介(漫画家、『バキ』の作者)そして私が出演することとなったのである。
「いやー、先生。お久しぶりです、以前いただいたお名刺はばっちりファイルしてありますよ」と角田さん。いや、なんとも如才ない方ではある。名が知れた今、普通の格闘家ならばなかなか言えることじゃない。
イベントはかなりの盛況で、700人やそこらは入ったのではないか。我々は壇上で個々の椅子に座り、後ろには大きなスクリーン。最初にアンディ・フグの映像が映し出され、黙祷。続いて角田さんの演武。三人と空手で殺陣のようなことをやり、バット折り、四段の氷割りもやった。そこからシンポジウムの始まりである。角田氏は、二の腕の太さをみせつけるためにか、わざわざ道衣の袖を切っている。
話の内容は、「格闘技を始めたきっかけは」「人はなぜ闘うか」「現在の総合とK1のブームについて」といったところだったが、私以外は皆さん「最強をめざす」という役所。それから外れて「中年でも格闘技に親しむ」というのが私のスタンスである。私が「アルティメットの登場以降、空手が空手の技を生かすためには自分から寝技に行かないまでもタックル切りは必修になった」と述べたところ、角田さんが「それが前屈立ちでしょう」と補足。なかなか話もなめらかに進んだのであった。
中井さんは寝技の演武。中井さんは名人すぎて、我々が三四回バタバタと動くのを一挙動ですませてしまうので何か簡単に見えてしまうのだが、スウィープなどは見たことのない動きだった。その後はまた角田さん。カラテとK1の違いということで、相手の正面に立たないことなどの解説。こうなるとラジオのパーソナリティもやっておられるというだけあって、もう絶好調。「寸勁」で瓦に掌をつけた位置から十枚ほどを一気に割ると、会場からは歓声と拍手が起きた。なんとも芸達者な方である。
面白いのが、私が「毎年一月から三月まで稽古に集中する」というのに対する角田さんの反応。彼は一年に一回しか試合が組まれないが、ずっと鍛錬し続けるのが好きなのだそうだ。といっても彼はその道のプロ(総本部師範代)であり、私は別に職を持っている。職をさておいて空手に没頭するとなると、三ヶ月でも精一杯なのだ。
ただ、それにしても試合も順調には組まれず、ラジオ番組を持ち、ウェイトに励み、大会の進行やK1興業も任されるとなると多忙なはず。朝の子供番組「オハスタ」にも、「角ちゃん」としてランドセルを背負って出ているという。それで節制するのは大変ではある。これも新しい格闘家のライフスタイルではあると思う。
ウチの息子は家内と見ていたが、外に出たところで角田さんの息子さんと一緒になり、左右の回し蹴りを食わされて「格闘ゴッコ」では押されっぱなしだったという。ローを連発されながらも「僕は強いんだよ!!」と連呼していたらしい。なんともはや。
角田さんのK1ジャパンの試合は、柳沢選手と引き分け。それでも身長は20センチの差である。良くがんぱっていると思う。それも突然のオファーでの試合だ。なるほど稽古が足りているのだろう。今年には東京に拠点を移されるという。高級そうな自動車で颯爽と帰っていかれたが、今後は格闘家も職として(必ずしもプロとしてではなく)営まれるならば、こうしたライフスタイルも定着するのかもしれない。 |