(1月某日)型は面白い

  これは昨年末の話だが、書いてるのは今年。なにしろ年末年始と格闘技本を書いていたので、この日記どころではなかったのだ。

 柔道の昇段の話である。柔道では、型試験があって、それに受からないといくら乱取り試験に通っていても昇段できない。そこで講道館に型の講習を受けにいったのであった。

 しかしまあ、投げの型というのを習ったのはかれこれ30年前。浮き落とし、背負い投げ、肩車とやった覚えがあるがサッパリ思い出せない。そのうえそれら手業だけでなく、続けて腰技、足技、さらに捨て身技もやらねばならない。何がなにやら分からないうちに講習終わり。仕方ないので東大柔道部の諸君と一緒に稽古を続行したが、「君らには受けさせるわけにはいかないなあ、俺がしかられちゃうよ」と指導員の先生。というわけで、講習は受けたものの、審査は門前払い。仕方なく、さらに居残って稽古する。

 ずっと一人でやっていると、先日私の試合を見ていて下さった方が、相手をして下さると仰る。これはうれしい、とばかりにやってみるのだが、ますますこんがらがる。

 だが、いろいろ分かったこともある。型、というとパカにしていたのだが、綺麗にやることで腰の備えが整い、それが技の美観につながる。うまい選手のを見ていたら、投げるときに「くいっ」と相手の袖を引き上げていた。ついでに少し落とした膝も伸ばすのである。こいつはかっこいい。受けが天頭に殴りかかってくるのを勢いを利用して投げるというのも、崩しで投げるという柔道の極意を体得させるためのものであろう。

 乱取りでは、どんなことをしても反則でさえなければ勝ちは勝ち。デブは袖をとりざまもたれるだけで巻き込みの勝ちとなってしまう。体重が武器というやつだ。それだけでも試合については昇段基準を満たしてしまうのである。そこでそうした技知らずには、こうした型で極意をつかませようということなのだろう。これは結構なシステムだと思った。

 といっても、自分は笑っていられるわけではない。どうにもうまくいかないので、仕方なくビデオを購入。家に帰って見てみた。なるほどうまい人の体さばきは、日本人の美意識に訴えるものがある。流れるようだ。これはこれで、武道を構成する一要素なのだと、思い知ったのだった。            

 

(1月某日) スクワット人生

  これまた昨年末の話(すまない)。ある日大学の事務でうろうろしていたら、秘書の方がなにやら電話で押し問答している。「松原先生はおられはするんですが・・・」と答えつつ、困惑顔で視線を私に投げかけて くる。では、と受話器を受け取ると、異常にでかい声が聞こえた。

「おおー、松原君。僕だよ、キサラギ、キサラギ。覚えてるかー」。「??」誰だろう?と耳の中で乱反射するでかい声を確認していると、「おーい、練馬体育館のスクワットのキサラギだよー」。おおっ、私が空手を始めたころ、初めてフリー・ウェイトにさわり、右も左も分からずうろうろとしていた時にお世話になった方ではないか。気さくに声をかけてくれた人だ。「なーつかしいなあ。教授になったんだって?会いたいねえ」。そりゃそうですね。ということで、後日高円寺辺りでお会いすることにしたのだった。

 その「後日」はさっそくやってくる。年末某日夕方。NHKの収録が高円寺で終わって一人打ち上げ気分になったので、中野駅前にてキサラギさんとお会いすることにした。北口の雑踏 の中で本を読んで待っていると、ゴツい肩を革ジャンに包み込んだ人がきょろきょろしている。なるほど、キサラギさんだ。「おー、松原君か。変わらないねえ」とひとしきり談笑。握手するが、異常に握力が強い。 昨年エコノミスト誌に何回か登場したのを読んで連絡してくれたという。ママチャリで練馬からやってきたとかで、押しながらサンプラザに隣接するカフェへ。女性が八割 方か?夕方というのに、えらく混んでいる。なんとか席を見つけて、コーヒーをセルフでもってきた。隣の声も丸聞こえの狭くて明るい空間だ。

 聞くと、キサラギさん、仕事上でいろいろご苦労があり、現在はフリーで活動中だが、ウェイトは続けておられるという。今は中野体育館で稽古中とか。この体育館、私も柔道の試合では何度か訪ねている。奇遇ではある。十年ほど前、キサラギさんは練馬体育館でも年長であったと思うが、この方のトレーニングはダイナミックだった。なにしろ、スクワットは200キロをフルで挙げ、うまくいかないと肩から後方に落とすのである。なにせ200キロである。轟音をたてて バーベルは床を揺らすのだった。こんなこと、会員制フィットネスでやったら即座に退場させられるであろう。そのせいか、おそれをなして新入会員は一年に一人定着すればよいほどというとんでもない体育館だったのだ。マッスル北村さんのトレーニング風景もここで見かけたことがある。キサラギさんに紹介していただいたものだ。

 「今57歳になったけど、最高はフルで230キロまで行ったよお」とキサラギさん。「ベンチは弱くて130キロだあ」。ところが先般、初めて体調を崩して、一気に重量が上がらなくなったのだという。何ですか、と尋ねると、「いや、●●に指を入れて押し込むんだけどねえ・・・」とでかい声でキサラギさんが言う。周囲はほとんど距離もない位置に女性が大勢語らいの時を過ごしている。そこで、飛び出した●●の話を堂々とされるのだ。「大変だったよお。それが、いろいろ工夫したら、突然直ったんだ。松原君もなったら教えてあげるよ」。

 ということで、現在はというと、先般クレアチンを飲んだところ、ききすぎて持ち上げる重量が一気に全盛時にまで戻ったものの、ある日、腱の一部を断裂。今では180キロ「しか」スクワットが挙がらないという。「寂しくてねえ」。いや、57歳でご立派ですよ。首回りなど、一体どれだけあるだろうか。この方、本当にウェイトを愛しておられるのだ。格闘人生いろいろではある。格闘技とは異なるが、スクワットを挙げる一瞬の緊張は、パンチを振るい合っているようなところがある。気っ風の良さは相通じるものがあるのだろう。面白い一日だった。