| (3月某日)格闘技本の出版と怪我 ようやく格闘技本を出版することができた。これまで書きためてきた文章に、冬休みに数章を書き加えた『思考する格闘技』(廣済堂出版)である。内容を少々紹介すると、 はじめに:格闘技は現在隆盛を誇っているが、武道を愛好するものからすると、少し感じ方が違う。という前振り。 第一章:格闘技界に何が起きたのか:1990年代、私が空手に手を染めるころから始まった格闘技界ビッグバンは、なぜ起きたのか。実戦性・競技性・精神性ならびに経済的現実という図式で説明する。 第二章:わがビジネスマン空手道:1990年に始まった私の空手ライフを紹介する。1993年「殴られる私が語るケンカ論」,1997年「ビジネスマン空手家日記」。愛好家の心境を語る。 第三章:「格闘技の哲学」というジャンル。南郷継正・筒井文隆・富樫宜資・高岡英夫各氏の理論を検討する。 第四章:武道とは何か。「武道と国際化」など。生涯続ける自制のための武道は、いかにあるべきか。堀辺正史氏の武道理論を検討する。 終章:「総合格闘技の行方−格闘技界の片隅から」。総合格闘技を見てきた者として、私見を述べる。禁止事項がいかに技術を変化させてきたか。「押さえ込み」の重要性、「際」のヒザ蹴りの先進性などについて。道衣系総合という広大なジャンルの可能性について。 ちなみに、GRABAKAの菊田選手は、押さえ込みの重要性を最近強調しておられるらしいことをGONG誌で読んだ。やはりそうだったのか、と意を強くした次第。 書き物はこういった具合で一段落ついたのだが、自分の稽古はなかなかうまく進んでいない。こないだ高木道場での柔道の稽古中、相手の技を崩して押さえ込みにいったところ、突然こちらに向き却って転がってきた。これでは押さえ込んでくれというようなものなので、普通はあり得ないことだ。それで左手の薬指が畳に垂直に押しつけられる形になり、相手の体との間ではさまれて(これは書きたくない!!!書くだけで気持ちが悪い)、第二関節のところで後ろに180度そりかえってしまったのだ。驚いて右手でひっぱったところ、元には戻ったが、大変な痛さ。高木館長に見ていただいたら、「抜けたのが、自分でひっぱって元に戻してるよ」とのこと。幸い骨には異常はないようだが、当分稽古できなくなってしまった。仕方ないので走ったり下半身を鍛えるしかない。どうにもうまくいかないものだ。 |
| (3月某日) やっと風邪が治った。抜けきるまでに三週間はかかっただろうか。柔道の稽古をしたところで万全に。「直った」感じは、私の場合、トレーニングしないと得られない。 その柔道の高木道場でのこと。入門生のS氏は、阿佐ヶ谷の複合文化施設「ラピュタ」で映写技師をやっているとのこと。あら、奇遇。ちょうど小生、息子を連れてこの一月の特集「円谷英治の仕事」シリーズを見にいくところだった。まず家族三人で『ゴジラ』を見た。次に息子と二人で『キングコング対ゴジラ』を見に行ったところ、背後の映写室でS君が挨拶している。こちらも挨拶。 ところが横手の席のおじさん、どこかで見たことがある。ありゃ、新右翼の「夕刻のコペルニクス」鈴木邦男さんではないか。お一人でいちんちご覧だそう。「いやー、モスラって原作が中村真一郎と福永武彦だよ。文学者がかかわってたんですねえ」と楽しそう。 しかし映画終了後、「キングコングは柔道知ってたんだねえ」と仰る。確かにキングコング、ゴジラを一本背負いで投げていた。しかし小生は同じくキングコングがゴジラにマウントになったところに感心した。うーむ、「行き行きて神軍」の奥崎も軍隊の上司にマウントになっていたなあ。映画史上のマウント・ポジションっていくつあるのかしらん。鈴木さんは今も講道館で稽古しておられるとのこと。 だが、このことを今月最終回の高木道場での稽古後、飲み会の席で話したら、「鈴木先生は確か四段になられたのでは」とM先生。そうか、鈴木さんも精進しておられるのだなあ。かく言う小生のところにも、ようやく講道館から二段の免状と講道館の会員証が送られてきた。なになに、「入門1971年、二段2002年」と記されている。31年かけて昇段したわけだ。どうでしょう、最長期間記録ではないかしら? その飲み会でS君としゃべっていたら、彼、バンドもやっているとのこと。今度西荻でやるというのだが、対バンがなんと不破大輔一党。なんだ、小生の旧友ではないかというと、S君、奇遇に驚いたようす。それどころではない、サックスの近藤直司なんてもっと凄いぞ。荻窪に越してきたので二家族で蕎麦を食べに行ったところ娘さんのトモちゃんが柔道やってみたーいと言うので、 私は高木道場に連れて行った。S君、一緒に稽古しているあの近藤嬢が、バンドの方で知っていたサックスの直司の娘さんだということで、またびっくり。 いや、僕にかんしていえばもっと凄いよ。直司、本職は精神科医なのであるが、専門は「ひきこもり」で、日本では大家のひとりなのだとか。それを取材してきたジャーナリストが朝日の社員の塩倉氏。ところが塩倉氏、小生の論壇時評の折りの担当でもあったのだ。 友人の二人を朝日の社員がともに世話してくれていたのだ。ほとんど人間関係がタコ足配線である。 S君に、僕が格闘技を再開した理由は山下洋輔トリオの「クレイ」や不破・近藤両君らの演奏を聴いて、これに勝つには身体運動をやるしかないと思ったためだと(これは誰も理解してくれない説明なのだが)言うと、意外やすんなり了解してくれた。まあ、「クレイ」の森山威男のドラムを聴けば、楽器演奏なんかしても対抗できない、と迂回作戦を採る者がいてもおかしくないでしょうが。あれはまさに「ゴッドハンド」、人類に起きた奇跡なのですから。ヘンに盛り上がって、夜は更けたのであった。 |
| (3月某日) 久しぶりに名古屋に嫁いでいる妹からメール。よしなしごとが書いてあり、その後、「ところで実家の魚崎に昔、お産婆さんの『しう』さんていたの覚えてる?『探偵ナイトスクープ』に出てたからビデオ録画したの送ろか?」とある。いや、なつかしい。昔、 灘校の横の坂の上に「乳もみ」と看板を大書していた方ではないろうか。送ってくれるように返信。 ビデオが来たので、さっそくビールを飲みながら鑑賞。いや、懐かしいもんやね(小生の実家は神戸市東灘区)。田中町辺り、震災でこなごなになった地区が映し出されている。アーケードがひっくり返ってた商店街は、完全に復活しているようだ。 というわけでそのビデオを楽しく見たのだが、「探偵〜」は三本立て。続けて他のも見ていたのだが、次のはこんな依頼である。「二人の息子の父ですが、これまで自分は仮面ライダーだと嘘をついてきました。今日をもって嘘はやめたいので助けて下さい」。というわけでショッカーみたいな敵が突然少年たちの前に現れ、お父さんが仮面ライダーに変身、敵をやっつけるのを探偵さんが手助けするのである。 ところがこのお父さん、今度は「やっぱり息子達に告白して、本当に強い父親になりたい」と言い出す。この辺りから小生のアンテナがむずむずし始めた。こりゃ何か起きるぞ。 「自分は息子たちと空手をやっているのですが、今日は師範に挑戦して、父親として強いところを見せたいのです」。というわけで、今度はお父さん、空手衣姿に。茶帯である。マットを敷き詰めた体育館のようなところで師範がシャドーしている。「頂上会」という流派らしい。その師範が・・・画面を見るなり小生、うーん、と唸ってしまった。「北出雅人師範」ではないか!! 北出さんといえば、一昨年ベトナムでの中国拳法アジア大会にご一緒した散打チームの選手である。その時はコーチとして大道塾の藤松君をよくサポートしてくれていた。もともと高校生で極真の黒帯になり、ボクシングでもプロデビューして三戦三KO勝ち、しかし好事魔多しとはこのこと、工事現場で落ちてきた鉄骨が頭蓋骨に当たって骨折、フルコンタクト競技を断念してからは中国拳法の型競技に転向してこちらも全日本合宿にまで選ばれたという。その後テコンドーも修得、しかしフルコン競技への思い断ちがたく、K−1のアマ部門に挑戦して準優勝。そのあと散打の存在を知って我々のところに合流してきたという次第。昨年秋の大連での日中交流戦では投げ落とされて肩を負傷して負けたが、前途有望な選手なのである。 彼、写真魔で、何度も藤松君のメダルを首にかけては小生とも一緒に写真を撮ったのであった。ところが北出さん、帰る間際になって、「今度結婚するのでぜひ祝辞をいただきたい」と何度も仰る。最初は話半分に聞いていたのだが、あまり何度も仰るのでこれは本当に欲しいのではないかと思うに至り、小生などので申し訳ないが、長文を電報で送った。そうしたら丁寧なお返事が来たという次第であった。 北出さんはそんな風になにしろ真面目な人であるから、シャドーからしてロー、ハイとびゅんびゅん飛ばしている。その勢いで依頼者のお父さんにいきなりローをがつーんとかます。パンチももろにクロスでこめかみを狙う。「ううーっ」といいざまダウンして痙攣するお父さん。三度ダウンしてそのまま終わりとなったのであった。 それでも息子たちが「めっちゃ根性あったで」と父親を褒めるという話でめでたしめでたし。しっかし北出さん、さすが真面目な人だけあって、やることきついよ。 |