(12月某日) 曙vs魔裟斗

  今月に入ってから、やたらと携帯が鳴り、取材依頼が来る。内容は言わずと知れた曙vsサップ戦。何かコメントせよ、と仰る。週刊新潮、週刊現代、産経新聞に電話で私の感想を答えておいた。まあ、ゲラを取り寄せるほどの話でもない 。そもそも、技術的には見るべきものはないと思うし、となれば私には関係ない話。関心はないが、聴かれれば答えてしまうのは私の性か。

 ただ、そうは言っても「新潮」の記事など読んでみるとやはりびっくりするところはある。取材してくれたのは女性で、ほとんど格闘技については知識がない模様だった。私は、見せ物的な迫力はあるだろうが、技術をプロとして見せる試合にはとてもなりそうにない、という旨をしゃべり、ちなみに魔 裟斗のように真面目に技術を追求している選手は苦々しく感じているのではないか、と付け加えた。そうしたところ、曙は魔裟斗に 翻弄されるだろう、と私がしゃべったことになっていた。

 さすがにそりゃないでしょ。なにしろ体重が三倍。技術で埋めることのできるような差ではない。

 現代は、ほぼ喋った通りだった。ただ、サップのローキックが曙には応えるのではないかというので、それにはパンチを合わせることができる、と返事した。ただ、もし私がサップ側なら、蹴りはローではなく、当然前蹴りになるはずだ。曙はパンチだけしか打てないようだから。サップ側はローやハイを蹴ると言っているが、三味線だろうか。

 それにしても、たんなる見せ物でしかない試合をするというのは、K−1もそろそろ終幕が近づいているということだろうか。技術的に高い試合を、観客の身近なものにするのが主催者の務めだと思うが。

 電話取材でゲラも見ないとこんなことになる、という見本のような話だった。

(追記)

現代で勝ちはどちらかと聞かれたので、私は曙と答えた。サップのローキックが上体を反らしておりあまりにお粗末だったから、パンチの撃ち合いを避けてあの蹴りを出すならば、曙はパンチを顔面に合わせることができると思ったからだ。ただ、昨晩稽古風景のビデオが流れているのを見たら、サップはジャブから踏み込んでローが蹴れるようになっていた。K−1の一回戦を見た限りではもう選手達としては見切りがついたと思ったのだが、崖っぷちにあることを悟っているのだとすれば、やはりサップは大したタマなのかもしれない。顔面はガードして、曙のパンチに合わせて前蹴りからローをきかせることができるなら、それだけで倒せるだろう。まあ、関心ないといえばないんだが、物見高い私としては、やっぱり見てしまうだろうなあ。歌謡曲には、もっと関心がないし。

 
(12月某日)K−2

 またまた間があいてしまった。面白い話はたまっている。二つのKという話だ。

 第一のK。現象学哲学、そしてハイデガー研究の第一人者といえばK先生。先日、ピアニストで阿佐ヶ谷在住の青柳いずみこさんのコンサートの後、初めてお目にかかった。といってもすでに打ち上げの会で、ともに酒が入っている。ご一緒したどなたかが、「松原は格闘技をやっている」と発言されたのを受けて、K先生が渡しの背後にやってこられた。背丈は私と同じくらいだが、おん年還暦を超えたとは思えぬごつい体躯。どうみても、何か武道をやっていた体型だ。

 「君は空手をやっていたのですか。僕は満州で柔道をやり、三段です」というのか最初の挨拶。以降、私の肩をわしづかみにしながら、格闘技の話しかなさらない、この現代哲学の大家は。

 柔道といっても、戦後は闇市で喧嘩三昧。ただの一度も負けたことがなかったという。それでも打撃には関心があったので、柔術の「八光流」の門を叩いた。これは柔道の元にもなったという流派で、現在も活動している。そこで習ったのがきわめて実践的な技。立ち関節にパンチだったという。これで闇市ではますます無敵になられたわけだ。とにかく売られた喧嘩では無敗だったそうな。

 三十八歳のとき、勤務先の大学の柔道部で稽古をつけたときも、部員を背負いで投げたという。ただ、競技柔道をやっている選手とは体力差を感じ、以降は稽古から遠ざかられたそうだ。

 K先生は、私の友人である輪島の人気漆作家、赤木明登さんの先生でもある。赤木さんは三十にして出版社勤めをやめ、輪島で漆職人に弟子入り。それから五年修行して独立、いまや日本中で個展をし、海外の美術館からも招待される作家となられた。その赤木さんの例をK先生はしばしば引用し、若い学生に「なんでも好きなことをやれ、赤木君を目指せ」と発破をかけるのだという。

 不思議な縁はあるものだ。しっかしあの大家がねえ・・・ 
 

 

(12月某日)

 第二のK。先日阿佐ヶ谷の駅前飲み屋通り「スターロード」で飲んでいたときのこと。たまたま同席していた人達と話が盛り上がって、「行ったことない店に入ってみよう」ということになり。

 スターロードというのは北口左折、 線路に沿って荻窪方面に行く道と平行している次の道なのだが、そのどん詰まりあたりは知る人ぞ知るディープな一帯である。半径二〜三○メートルほどの地域に、「世界のビールとカルバドス専門店」「昭和歌謡DJで知られるゲイバー」「スコッチ200種類」「東京一と言われる焼酎専門店」「著名台湾料理屋」「著名ワインバー」「日本酒専門居酒屋」などがひしめいているのである。

 その一番奥に、漫画「じゃりん子チエ」の猫の名前を冠したスナックの看板が出ている。イラスト付きなのですぐ分かるだろう。なんだか目立っていたので、皆気にかかっていたのだ。で、ビルの二階にある店のドアを押す。

 内部はいかにもといったキンキラのカラオケ・スナック。豪華ふかふかの椅子が「く」の字のカウンターを取り巻く。にこにこ笑顔の女性がカウンターの中に一人。先客は長渕剛を歌っている。なんだか入り込み方が尋常ではない。ネクタイをゆるめ、白シャツは腕まくり。声もなりきりである。

 我々の連れにもカラオケ好きの男がいるので、歌う。と、そこで気づいたのだが。カウンターの中がやたら広いのである。その中をうろうろとつき出しなどもって女性が歩き回る。ニックネームが「K」なので、そのまま屋号にしたのだという。

 配膳がひとしきり終わると、女性はゆらゆらと体をくねらせ始める。次いで、手も上げたり下げたり。要は、踊り始めたのだ。次第に熱が入り、踊る、踊る。当てぶりである。演歌では歌詞に合わせて胸を押さえたり、手を突き出したり。ポップスでも、何でも踊る。連れの女性が言うには、「あれ、パラパラ」じゃない?そう、パラパラで演歌も長渕も踊るのである。これが客への心を込めたサービスらしい。

 その女性が、顔を上気させて言う。「今日、すごく好きな人に会ったんです。」その人は、以前にビデオを見ただけで、面識がないという。本を出版したので、馬場の芳林堂でサイン会があった。それに出かけて握手してもらったそうな。

 「好きで好きで・・・」もう、夢に見るほど好きらしい。見たというビデオは、空手の大会のもの。けれどもその流派について尋ねると、ほとんど知識がない。大会で活躍をする様を見て、一目惚れしたようだ。団体の名には関係なく、その選手個人に惚れ込んだのだ。

 で、彼女曰く。「私、どうしても好きなので、サインしてもらうときに、本の下にもう一枚紙を敷こうと思って。それで、本にサインしてもらったときに、この下の紙にもちょこっとサインして下さいって言おうと決心して、ちゃんと準備していったんですけど・・・あまりに素敵なので、どうしても言えませんでした。あー残念」。恐ろしいことに、彼女が用意した紙とは、正式の婚姻届けだったのであった。

 いやあ、もののふも、あそこまで偉くなるとこんなに女性にもてるのだ。若き空手家諸君には、朗報ではないか。数見肇氏にとって朗報か否かは不明だが。

 あ、Kは屋号だけじゃなかったことに今気づいた。数見も「K」だったんだ。第三のK。