| (3月某日) 仕事が忙しい割りには、コンスタントに試合している。
先月は支部長会議があり、その朝に大道塾総本部で昇段審査があって、支部長さん方の審査のお相手をさせていただいた。朝から殴り合うのは調子が出ないのだが、なんとか気力で道場にたどりつく。
皆さん早々に着替えて、談笑しあうが、どことなく緊張のおももち。現役時代には一流選手だった人々でもやはり試合めいた審査だと、緊張するのだろうか。
最初は、A支部長の寝技のお相手。彼にはなかなか過酷な組み合わせとなっていて、空道ルールは無難にこなしたものの、極真ルールでは、塾長および滝田支部長が相手となった。つまり、極真の歴代全日本チャンプクラスが連続組み手の相手だったのである。東塾長は自身も八段昇段をかけておられたため容赦がなく、左ハイでダウンを奪う。続く滝田さんも、左右の蹴りを乱打。過酷な審査となった。
私は寝技の最後の相手。まず下からだったので腕をたぐり、逆十字を狙うが抜けてしまったので、そのままアキレスを極める。次は上で、パスガードからマウント、効果の後縦四方の体勢から袖車絞め。以前からこの技は好きでよく使っているが、吉田秀彦が使ってからは有名になったものだ。
B支部長とは、空道ルール。ジャブを出しても関係なく前に出てこられて、一発右をもらった。距離をとるために軸足をスライドさせての前蹴りで突き放し、左フックと右ストレートを返す。組み合ったのでそこから体落とし。けれども審判の「止め」が先に入ったので無効。このルールで止めのコールが早いと投げるのは難しい。もう一度同じ体勢になったので、繰り返して体落としで投げだが、またしても動作の途中で「止め」。止まらず投げてしまった。
C支部長とは寝技。下からパスガードしようとするが、怪力で上腕をひねられる。このとき右手小指を道衣に巻き込んだようで、掌を開いたら小指の第一関節が曲がったままになっている。第二関節から下は伸びているので、ありえない形だ。あきらかに筋が切れている。これは後日、靱帯断裂と剥離骨折、いわゆる「マレットフィンガー」と診断された。けれども痛くないので、そのまま続行。上の番ではマウントから効果を取る。
D支部長とは、極真ルール。突進力で著名な方だが、ローの蹴り合いとなり、また軸足スライドの前蹴りで突き放すようにした。
最後はE支部長との寝技。不思議なことに、A支部長とまったく同じ展開に。下ではアキレス、上では袖車で極めた。
結局は五人の相手をさせていただいた。よく考えたらこれならば自分で昇段を賭けた方がよかったのではなかったか。なんだか釈然としないが、それでも久々に顔面での疑似試合をさせていただき、楽しかった。
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さらに試合ロードは続く。
講道館の月次試合、二段の部に出していただいた。前回は昨年の十一月。半年ぶりだ。
高木道場の松本先生が熱心に誘って下さるので出場したのだが、私は二段になってからまだ二年。昇段するには累計十点が必要である。昇段以降これまでに試合では四勝一分けだから持ち点が4.5かと思ったら、講道館で昇段するには月次だけで得点しなければならないそうな。とするとまだ2.5点ではないか。前回の若い人と当たったら引き分けがせいぜいだ。いったいいつまでかかるやら。
最初は四十歳くらいの方。力が強そう。場外際までどんどん押してくる。回り込んで右の支えつり込み足でいったん離れる。開始線からもう一度組み合った際、すぐに煽って背負い。これが有効になり、そのまま押さえ込み。ほとんど抵抗する様子がないので、こちらも体をかぶせたままで一本。
次の方は昨年にも当たったことのある三十代の方。引き手が自分だけ持てたので、そのまま煽りを入れて背負うと「一本」。あれ、ひょっとして自分は背負いで一本というのは初めての体験ではなかろうか。中学・高校と部活では一体何をやっていたのだろう?
その次は二十歳代の方。ケンカ組み手で、小柄だが力がある。空道の調子で左手を伸ばして釣り手を取ったが、これは失敗。柔道の場合、それだと相手に先に引き手のいいところを取られてしまうのだ。悪い体勢なのでいったん支えつり込み足をかけ、同体で倒れる。ところがまた同じ組み手に。というか、試合中は左手で相手の左襟を取るのがまずいとは気づかなかったのだ。けれども相手も攻めあぐねている。相手の体落としを潰し、右手が首にかかったので、すかさず左手を伸ばしてズボンを握る。ここで横転すれば絞めで一本だ、と思ったところ、主審がすかさず「止め」。そりゃないだろう、と思ったが、これが立ち技重視の講道館ということだろうか。勝ちを逃してしまった。
息もあがり、なんだか気力も途切れてしまった。とっさに左大外刈りをかけた。これには待ってましたとばかり掛け替えされ、もんどり打って一回転。一本負けである。
なんだか最後が締まらなかったが、それでも4.5点になった。まだ5.5点必要だ。三段への道は延々と続いているのである。 |