(11月某日)
本を二冊書き下ろすという、私にはありえない暴挙を行っているせいで、連日カンヅメ状態。東京ドーム・ホテルにつづいて渋谷のアリマックスにも閉じこもった。『分断された経済−バブルと不況が共存する時−』はクリスマスに刊行。『武道を生きる』も続けて出版します。
それでとても日記を書くどころではなかったが、日頃の稽古と世界大会の準備はなんとか行っている。チケットは私単独でA席換算で70枚ほど売り上げた。
支部長さんの中には、他の団体が行っている大会に選手を送り込むような感覚で、観戦しにいく会員の入場チケットだけを売るという方もいるようだ。けれども外国から選手を一人でも呼ぶのは、団体の経営にとってどれほど大変なことか。その赤字をすべて塾長が負うのである。私としては、自流を世界に広める意義もあることと信じ、チケットの拡販に務めることとした。ビジネスマンクラスのみなさんにも大いにご協力いただき、私の売り上げ以外でも300枚を大幅に越える売り上げとなった。私たちの集めたお客さんに楽しんでもらえるよう、選手諸君には激闘を願いたい。
けれどもお客さんを集めるからには、格闘技マスコミにしかるべき情報を流して大会の格式を伝えたいし、観客が見て楽しめるような進行にしていただきたい。それで自分がお手伝いする時間がとれないにもかかわらず、塾長にはご無理をずいぶんとお願いした。
ひとつは、記者会見だ。塾長は世界から選手を招聘するメールのやりとりで忙殺されてとてもやりたくない、とのことだった。けれども選抜選手がマスコミで採りあげられるチャンスはここしかない。道場側の主張を展開できるのも自前の会見だ。ちょうど合宿もあって選手が東京に集まっている。ちょうど新宿の三輪さんが広報の手伝いをしているとのこと。言い出
すわりには丸投げで申し訳ないのだが、強くお願いした。徹夜仕事になったようだが、良い会見になった模様。ありがとうございました。
ふたつめは、試合を見やすくすること。前回はゼッケンが見にくく、しかも番号がパンフと合っていなかった。当日になって棄権する選手がいたからだ。見やすくするためにいろいろ提案させていただいたが、当日にパンフを確認すること、ルール説明を一回戦後にもってくることと、二回戦以降はスーパーセーフ面をはずして素面で登壇するように提案させていただいた。私としては、多くのお客に楽しんでいただく義務があるので、これも無理をお願いした。
ゼッケンについては、広告スペースをとらないので番号の部分が増えたとのこと。
いずれにせよ、あと一週間。会場が沸く試合になることを望んでいる。
(11月某日)
空道の世界大会が終わった。観客もそこそこに会場を埋めて下さったし、試合内容も日本人で岩木・藤松の二人が王者になったということで、まあよかったのではないか。
ただ、私としては忸怩たるものがある。
今回、春先から支部長会議でも宣言させていただいたように、私は四年前の大会と同様に率先してチケットを売るよう、各支部長さんにお願いする係を自発的に請け負った。大会は赤字であり塾長にすべて負担していただくのは忍びなかったし、選手も選手生命をかけ生活を犠牲にして臨むのであるから、大勢の観客の前で試合してもらいたかった
のだ。
ただ、観客は大金を払って見に来て下さるのである。大道塾は「アマチュア」が建前だが、それならば無料(弁当付き)で来賓を招くのがスジだろう。現実がそうはいかずカネを取るなら、できる範囲に限りがあろうとも、誠心誠意、お客様サービスに尽くすべきである。私はチケットを個人で70枚、ビジネスマンクラスと併せて370枚売ったが、その分だけ観客のみなさんの権利を守るべき責任がある。それで、見る側の立場から、大会執行部には、十通ほどのメールを出し、要望を箇条書きにして、繰り返し面談した。一度は、深夜まで五時間は激論した。ファクスも何通かした。
内容としては、初めて見るお客にわかりにくい競技なので、それでも分かりやすくするように工夫するということだ。私の提案は、
1.A,Bコートのそれぞれに、戦っている選手の名前と白/青の色をボードとして掲げること。それが無理なら試合番号を掲げる。前回大会でやったオーロラビジョンは高価なので、その代替措置である。
2.ルール説明は、どうせ最初にやっても選手は前日に講習を受けているのだし、初めての観客は午後に来るだろうから、一回戦が終わったあたりに回し、判定基準とともに観客に徹底して知らせてほしい。
3.記者会見を開いて、事前にマスコミに選手を紹介すること。
4.前回はゼッケン番号とパンフの番号が違っており、しかもパンフは三割がた間違っていたという大失態があった。当日に正誤表をパンフに差し替えること。
5.アナウンサーとして、プロの方にお願いすること。
というものだった。
このうち、1.は却下された。忙しいし、金がかかるのでとても手が回らないとのことだった。2,3,4,5は承諾していただいた。
そこで私は、1の代替案として、二回戦からは面をつけないまま登壇する、ということを提案した。顔が見えないので、誰が誰だかわからないのが空道の最大の難点である。時間を食ってしまう案だが、何もしないよりはましかと思われたのだ。
こうした提案をするのに、私は結構長時間を費やした。仲間とも、飲み会では何回も話し合い、名前の掲示ボードは図にしてみた。けれども執行部は選手とのメールやりとりだけで手一杯とのことで、私のメールには返事はいただけなかった(パソコンが壊れてメールを受け取れない、海外から来るメールを受けるのに忙しいという不思議な理由である)。大会直前にも、要望を確認するメールを入れておいた。
それで、大会当日となった。私は自分でお招きしたお客のために、雑誌などから見所をコピーして、(集金を兼ねた)挨拶かたがた配布して回ったりしていた。
私が青くなったのは、4の正誤表は実施されたものの、正しいパンフを見ても、誰と誰が戦っているのかさっぱり分からなかったためである。名前や試合番号の掲示について話し合ったビジネスマンクラスの仲間も、心配して駆け寄ってきた。予選は半数が棄権であったため、次の試合がどれ
だかまったく分からない。しかも名前を呼んでからずいぶん経って登壇するので、試合が始まるとさらに誰が誰やら分からなくなる。この大会をもっとも長期間見てきている私が分からないのに、初見の客に分かるはずがない。やはり、試合番号なり選手名なりのボードなしには、どうしようもないかと思われた。
それで私はアナウンサーの元に何度も駆け込み、私自身で誰が試合しているか納得できるまで、「試合中も繰り返し青が誰で白が誰か、連呼して下さい」とお願いした。アナウンサーはその場で急にいわれたことだったが、よく対処して下さった。アナウンサーは、新潟支部の長谷川晴彦さん。決まり手などで間違いもあったが、初めてでよくやって下さったと思う。今後、継続してもらえれば、もっと慣れるのではないか。今回の大会でぎりぎり合格点を与えられたのは、アナウンスだった。槇山さんや宮崎・菅原嬢たちの英語もよかった。
だが、選手係などは、前回やった者がひきついでいないので、ノウハウが受け継がれていない。それで大混乱を来した。高松師範代も退職されたし、ノウハウがまったく蓄積されないというのはこの十年の恒例である。
以前は反省会などもやっていたが、引き継がれる形跡もないので会をすることじたいを私は諦めてしまった。どうせカラオケで終わりになるだけだから。今後はアナウンスだけでも、継続していただきたいものだ。
だが、それ以外の点はというと・・・。ルール説明は、予選終了後、一回戦前。まだ客が集まっていない十一時半に行われた。二回戦からの素面での登壇は、なし。結局、私の要望は受け入れられなかったということだろう。これには大変失望した。前回の大会で多くの観客からお叱りの言葉をいただいたが、まったく生かせなかったのだ。私はこの四年間、前回の観客に申し訳ない思いですごしてきたのだが(実際、前回激怒されたお客は今回は来てくれなかった)、その思いは生かせなかったのである。
時間を費やして提言すること自体が無駄だということだ。
もちろん、私は自分のアイデアに固執する気はない。観客が見やすければ、どんなやり方であっても構いはしない。ただ、観客のために道場側で何か努力をした痕跡くらいは欲しいと思うだけだ。私は観客や支部長さん方に無理を言ってチケットを買っていただくのであるから、観客を代表して
その権利を主張しなければならない。観客は他のプロ団体の試合を見に行けば、選手に感情移入ができるよう、
オーロラビジョンで懇切丁寧に解説を受けることができる。チケットを買っただけ、快感を得られるように観客サービスがなされているのだ。それに比べれば空道は見ていてさぞフラストレーションがたまったのではないかと思う。
道場のHPには、「見る側のために工夫をした」とあるが、何のことだろうか。ゼッケン番号が有料パンフと違っているというのは詐欺にも等しいから、ゼッケンを準備するなどは当たり前のことであって、金を払って来て下さる観客に主張できるようなことではない。裏方は大会前は不眠不休であっただろうが、それは世界大会などという手に余る仕事をする以上、仕方ないことであろう。有料である以上はお客様サービスが不足していた感は残る。ロシアで開催したならば、もっとしっかりと大会運営ができたであろう。
こうした経緯があったが、それでもなんとか大会が終わったのは結構なことではある。ただ、私としてはご無理をお願いして来ていただいたお客様には責務を果たすことができなかったことを
無念の思いで受け止めている。前回、今回とチケット販売に尽力させていただいたが、責任をとり、今回でこういった役割は終わりとさせていただことうと思う。お客様も、いろいろ不手際があっても構わないという方だけに来ていただけばよいのではないか。後進で私よりも実行可能性の高い提案をもって引き継いで下さる方が現れるかもしれぬ。それを期待して待ちたい。
(11月某日)
大会が終わった。選手のみなさん、運営に当たられた方々、ご苦労様。
試合につき、つたないながら、私見を述べさせていただきたい。
第一に、旧ソ連勢の体幹の強さに圧倒されたことがある。あれだけ突進してフックを打ち続けるのは、ヒョードルやカラエフといった選手にも共通しているから、民族性なのだろう。多くの日本人が、一発・二発をかわした後、嵐のような連打に巻き込まれて倒された。高橋腕はスタンスでパンチをかわす選手なので期待したが、ポイントを取られてからは真正面に立って打ち合っていた。闘志が裏目に出た格好だ。
それに対して、藤松・岩木両選手はパンチを完全に避ける工夫をしていた。藤松は頭蓋骨骨折という怪我を負ったのだから、あのパンチを一発でももらったら命にかかわるダメージをも負いかねない。それでも日本勢で勝てるコマが見当たらないなかで、義務感をもって試合に臨んでくれた勇気は称えたい。ガードを上げていたが、彼の言う古武術はどんな構えもありらしいので、相手に合わせたということだろう。
もっとも、藤松の「古武術」は、パンチをかいくぐる技術以外の何かであるという片鱗は伺えなかった。それでも優勝したのは大したものだ。今後は責任から逃れて、好きな道に進んでもらいたいと思う。二回の世界大会優勝に無差別二回制覇。誰も文句は言えないだろう。
岩木のカポエラは、私は大会前にもっとも注目していたものだった。というのも彼には前回、打撃も組技も万全の用意があったのに、つい打ち合って不覚をとった経験があるからだ。今回は、打ち合っても一発にとどめ、
すぐに組み合うための「前置き」があの動きだったのだろう。三味線といえば三味線かもしれないが、一発だけならつきあえる素地があっての三味線だ。経験が見事に生かされた優勝だった。
藤松・岩木は、組技で優勝したのである。
その点、打撃で成果があったのは青木と山崎の両選手であった。青木はロシアで大会を経験したのを生かし、「パンチ勝負はするが連打にはつきあわない」というギリギリの選択に賭けた。これは見事だった。右を一発当てた後に組み合ったからである。望むらくは投げがあればポイントが取れたのではないかと思うが、あまりスタイルを変えることのない不器用な部分もある選手だけに、
練りに練った後に見出した策には感銘を受けた。
最大の収穫は山崎だった。彼は日本での試合では、肘でガードするのが過剰防御に見えたが、今回はロシア勢のフック連打を見事にガードして見せた。もちろんそれだとカウンターが打てないのだが、組み合うと相手は場外に逃げ回っていた。審判は、投げから逃げ
回るのは柔道同様に反則とすべきではないか。私の目には、山崎はほとんどパンチをもらわなかったし、相手は失格にしてもよいほど逃げ回ったのだから、実質上の決勝進出に思えた。ただ、彼が負けたことが、日本人優位の判定をしなかったことの証になったのだとしたら、皮肉だとは思う。ロシア人の審判はほとんどすべてロシア選手に旗を上げていたのに比して、日本人はロシア側に上げることもあった。山崎はその犠牲となったように思う。ともあれ、肘ガードは、今後日本人選手が学ぶべき点だ
。
第二は、距離感の問題である。ロシア勢はものすごい勢いで突っ込んでくるので、ガードを下げて近い間合いですばやく面をはたくような組み手は、まったく通用しなかった。極真のよう
な近い距離は今後は使えないのではないか。ムエタイのように遠くからスライドして近づき、膝を入れるような遠い間合いのコントロールが必要なように思えた。パンチにしても、遠くからのステップインが必要だ。笹沢は回るステップであまりパンチをもらわなかった。あれもよく考えたスタンスだったと思う。ただ、当人に聞くとパンチがなぜかまったく見えなかったとのこと。それゆえか最後の一分間は気持ちが切れてしまったかのように、「負けた」と表情に出ていた。その当たりがいつも気持ちを殺して勝ちを目指す藤松との違いだろう。若いだけに、
今後に大いに期待したい。
勝手なことを書かせていただいたが、いずれにせよ、選手のみなさん、どうもお疲れ様でした。あれだけ激しい組み手に臆さず立ち向かった気迫を讃えたい。
(11月某日)
ビジネスマンの稽古帰りにさくらにて恒例の宴会。事務局長が我々の到着を待っていて、差し入れして下さる。
終電近くになり、塾長が藤松・清水両選手を連れて登場。やっと海外勢が帰国したとのこと。運営そのものは激務であったとは思うし、両選手はよく頑張って下さったので、乾杯。
談笑していると、塾長から「ロシアの支部長たちは、日本の大道塾の運営システムは最高だと言っていた」との発言が。ということは、今後も運営方針は変わらないということだろう。
私もそう考えることにしたので、敢えて異は唱えなかった。ただ、「見る人」のために尽くす団体という印象はまったくなかったろうから、当然、塾生になった際の扱いもそこから連想されてしまうに違いない。観客の中で試合を見て大道塾に入ろうとする人はほとんどいないだろうと思うし、これで大道塾の試合に人気がでることもないだろう。
来年からの全日本大会は、これまでにもまして観客は減るだろう。それはそれで道場としての一つの選択ではある。私は指導に専念し「楽しいクラスを作る」決意であるので、もう言うことはない。
ただ、大道塾のルールは、「やる側」にとって他の武道にはないほど本当に面白いものであるし、毎回私のクラスで道場に溢れんばかりに参加してくれている塾生はそのことを知っていると思う。それが大会を通じて広く世間にアピールできないのが残念ではあるが。
開会式で選手が片側に寄ってしまった件について、「リハーサルをしていないから。あんなにちゃんと並ぶように伝えてあったのに」とのことだった。NHKの番組で、私などはいつも三回はリハをやっている。リハをやらないという発想は、私には空恐ろしいものがある。WARS6の開会式ではリハが足りなくて大失態をやらかしたのだが、これも今後は恒例となるのだろう。
今回は唐突にセキュリティーが観客の持ち物チェックをしたのだが、テロの可能性でもあったのだろうか。ロシア国内の国際大会では恒例なのでそれにならったのだそうだ。しかし突然身体をまさぐられて不快になったお客もいることだろう。他の団体ではありえないことだから、格闘技をよく観戦するファンにとっては異例と印象づけたに違いない。大道塾は社会体育を謳っているのだが、チェックについて事前に協力を求めなかったあたりも、お客にとっては「反社会的」とみなされるだろうな。妙なところには労力を使うのだから、敢えて観客サービスはカットしたと受け止められるはずだ。
二次会では、藤松選手といろいろ喋ったが、やはり彼の決心がなみなみならぬものであることはよく分かった。「平塚とともに遺書を書こうとした」と言うのだが、それほど空道のロシア系選手はとてつもなく恐ろしかったのだろう。「ありえない距離からパンチが突き抜けてくる」のだそうだ。しかも「スーパーセーフをかぶっていないかのように頬にまでガツンとくる」という。それでも「一回戦から自分のやり方で通用すると実感できた」というから、彼はただ者ではない。
それに、前回も今回も、彼はきっちり四回闘っているのだ。一回だけ勝って三位、といったラッキーさにはまったく恵まれていない。前回の稲垣選手にしても、フィリポフにアリエフ、そしてデニス・イワンである。ほとんど「死ね」というほどの組み合わせではないか。しかも決勝では、相手は一戦少なかったのだ。塾長は、もちっとずるくやってくれないものか。今回の五十嵐にしても、小外がきかないという万事休した中で、よくあれだけ打ち合って立っていたものだと思う。以前は市原戦などですぐに諦めるところの見えた選手だっただけに、変身
ぶりに感動した。
藤松選手の組み手はいろいろ批判を受けることもあるかも知れないが、しかし「それを言うなら、引退勧告を受けた立場で、あんたがやってみな」と言うしかない。少なくともこの四年間の彼については、私はたいがいのことを擁護してやりたいと感じた次第である。
(11月某日)
空道世界大会の結果を見て、感じたことがあるので総括しておきたい。
一言でいえば、大道塾が引きずってきた「極真的な技術」が崩壊するのを目の当たりにした、ということである。
大道塾では五級まで極真ルールで稽古をする。それは「スパーで前に出る気迫を養う」とか「空手的な集団稽古の意義を体得する」とか「捌きの基本を覚える」、「多彩な蹴り技を習得する」といった理由からだった。
けれども技術的には顔面に対応していないルールであるので、弊害も大きいものがあった。第一は、距離が近すぎることだ。というか、相手との距離を自由に支配することができないので、ボディを打つのと同じくらい接近してしまう。「距離が近い」というのは、厳密な表現ではないかもしれない。むしろ、「接近以外の距離感がない」というべきだろうか。蹴りも多彩とはいえ横から回すようなものが多い。
しかも大道塾はスーパーセーフを付けているので、つい中間距離で打ち合うことになる。四級になって試合をするとほとんどが足をとめてフックの打ち合い、先に当たった者勝ちみたいにな
っている。いくら顔面を拳でガードしても、素手では隙間が残ってしまう。このところ日本拳法と対戦しても打撃ではやられることが多かったのも、空間の支配力が低いから
ではないか。日本拳法は遠い間合いからストレートを打ってきて、こちらが近づくと前蹴りで突き放してくる。ロシア勢と同じように空間を支配していた。
今回の大会で、ロシア勢との闘いで中間距離に足を止めた者は一発目は相打ちしても、返しのパンチで次々と倒されていった。そうならなかったのは、一発打っては組み付いた藤松と岩木両選手だった。私が「ゴング」の事前座談会で「カポエラ」を取り入れた岩木を一番に推したのは、それが理由だった。超重量級の藤松については、相手が一発の打ち合いですら倒してしまう可能性があったので、(?)ではあったが。
残念な怪我で出場できなかった寺本にしても、コノネンコと打ち合った経験から打ち合いは避けようとしていたし、コノネンコ自身がウラジオストックで一回戦負けだったという。少なくとも当面は、中間距離での打ち合いは避けざるをえないのではないか。
第二は、「重い物を持ち上げる」ようなパワーはほとんど意味をなさなかったということだ。ロシア勢と対戦するのに、その手のパワーはほとんど役に立たなかった。「物を動かす」ようなウェイト・トレよりも、「自分の体を自在に動かす」体幹系トレーニングが重要ということだろう。相撲取りや柔道家は、ボディビル的にはぽちゃっとした体形だが、組み合うと異常な力がある。
数ヶ月前に小川英樹さんがビジネスマンクラスの稽古に来て下さったので、私の指導を見ていただき、感想を伺った。「物ではなく自分の体を動かす」体幹系トレについて賛同していただいたし、ウィーブ・ダック・スリップやステップ、さらには90度回転系の三種類の動き「小川スペシャル」「首相撲からの崩し」「柔道の前回り捌き」についても、「面白い」と評価して下さった。その上で、「基本のフックでは前足のかかともかえすべし、相手の攻撃にすかさず反応できるから」「体幹系トレに、他人と押し合うゲーム性をもたせては」といった指導をして下さった。
実際、大会後のパティーの席で聞いた限りでは、ロシアにおける空道のスターとは小川英樹ただ一人という状況であるという。パワーを使うような選手は彼らにとってはどこにでもいる存在である。ただ
オガワだけが、自分たちの知らない動きをする、ということであるらしい。
それで私としては、空道の基本としては、打撃はムエタイ、組技は柔道、寝技は柔道・柔術ということになるのではないか、と思う。遠距離で軸足をスライドさせて蹴り、膝を入れるるのはムエタイの技術であるし、腕は基本的にガードに用いている。中間距離になったらその腕で相手の拳を押すようにして肘打ちに入るのだが、道衣ありなのでそれからは柔道と首相撲である。寝技は30秒以内なので、柔術は使い勝手はよくないかもしれない。
世界大会へのコメントで、小川選手が「柔道やキックに出稽古するべき」と仰っているのも、よく分かる気がする。もちろんそれは「基本」にすぎない。ムエタイのように遠くから飛び込んでミドルを蹴り、ガードのままで道衣をつかみ、小川スペシャルで回してから頭突き、肘、それに体落としからキメ、といった動きがそこから出てくる。
私自身は、すでに五年ほど柔道で出稽古し、学生たちと試合もしているので、柔道家の崩しや体幹系の強さはよく知っている。その柔道でここのところ日本がロシアに分が良い理由を振り返るべきだと思う。いくらパワーがあっても、スピンする回転力などの方が強いのだ。回転系の崩しには見るべき物がある。
それと夏前から、スネークピットで週に一回、プロ練に加えていただいている。要はスパーである。そこで大江慎先生、望月竜介、歌川暁文両選手と三十分ほども打ち合うのだが、彼らはガードも固いし、前に出る力が半端ではない。以前から大道塾には「素手とグローブは違う」といった言い方があるが、素手の技術にしても(距離感を使ってくるので)同じ体重ならキックの一流選手の方が高いし、闘争心も異常に感じるものがある。もう迷信は捨てて、素直に取り入れるべき技術に正面から向かい合うべきではないか。
大会前の全国合宿で私は軽・中量クラスの選手たちとスパーをしたが、正直言って、スネークでのスパーに比べてほとんど圧力を感じなかった。それで忌憚ない意見を失礼ながらゴング座談会でも述べたのだが、残念なことに予想はほとんど的中してしまった。誤解されないように付け加えると、それは大道塾の選手がムエタイ流の選手よりも闘争心がないとか圧力がないとか言うことではなく、ムエタイ(や日本拳法)は遠い間合いから自分だけ打撃できる空間を確保する技術を持っているので、それで前に出られるとこちらが圧力に感じてしまうということだ。そうした空間をとらずに前に出られても、私は組技は苦ではないので、逆に組めるから圧力に感じない。
もちろん、ムエタイや柔道を最高のものと見て、極真を貶める気持ちは私には微塵もない。ただ、現時点の空道最前線では極真的な距離感は使えなくなっている、と言っているだけである。それでも技術がもっと進めば、いつか極真ルネッサンスがやってくるかもしれない。しかしその扉を開けることができるのは、いったん空道における極真
的な技術の弱さを認めた者だけであろう。
極真と言っても、フィリョのように遠い間合いから「距離感」を操作する例外もいる。藤松・岩木両選手がムエタイそのものをやっているわけでもない。ムエタイにも、ミドルをまったく蹴らないアヌワットのような選手もいる。しかし彼らは一律に距離感をうまく使っている。とりあえず私のような初心者はムエタイ的な距離の操作から入る必要があると感じている。
なぜ以上のような感想をわざわざ持ったかというと、私たち年配者にとっては若い選手たちはロシア勢のようなものだからだ。中間距離で打ち合っては、潰されるだけである。ビジネスマンクラスこそ、距離を使う稽古をしなければならないと考えた次第。
(注記)
私は以上のように考えているのだが、それは大道塾全体や各支部の指導方針を批判しようという意図によるものではないので、誤解なきよう。各支部はそれぞれの理念にもとづいて指導しておられるのだから、お互いに意見を述べ合って切磋琢磨すればよい。私は自分がひとつのクラスを指導しており、その理念をまとまった形で述べたかったために以上のように記した次第である。
ちなみに私のクラスに属する方でも、クラスの時間中は一応は指導に従っていただくが、クラスでのスパーやクラス終了後、審査や試合でどのような戦い方をするのかは、まったく各人の自由である。私は自分の考え方を忌憚なく述べたに過ぎない。