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(6月某日)
息子が八王子大会に出場した。このところ、吉祥寺支部には週一しか通っていない。まあ、空手の面白さがまだ分かってはいないから自分から好きで行っているわけではない。学校の野球部に入りたいというのでOKしたら、そちらは週に三回楽しみにしているようだ。走らされてへとへとになって帰ってくるが、それは空手にも生きるからと大目に見ている。
今回も直前二週間は毎日特訓する。ミットで左右のミドル単発を強く蹴り、ハイを単発で蹴る。ミドルは遠距離から軸足スライドもやらせる。パンチで押す力が弱いので、腕立てとパンチで私を壁まで追いかけさせるのを繰り返した。スパーでは、押されたのに対して回り込みながら蹴り返すのもやらせる。
今回の隠し球は大外落としだった。毎日打ち込みをやらせた。支えつり込み足はいまいちコツが飲み込めていない。
息子は、普段はあまり空手には熱心ではない。私見だと、格闘技ないし武道は自分の頭で考えてこそ面白いものだ。まだ何かを考えるには至っていないのだから、友達と一緒に楽しむ野球などより面白くなくて当然だろう。お世話になっている吉祥寺支部には、学校の同級生はいないのだから。それでも試合前だからと尻を叩いて、ミットを蹴りこませた。前々回に試合に出た経験から、ポイントはハイで取れることは分かった。しかし前回には投げられ、キメを入れられたので、今回はハイと投げにこだわっている。
試合当日。前夜のビジネスマンの稽古から直帰。朝八時前には起きなければならないからだ。朝食中、家内が「緊張してる?」などど無神経なことを息子に尋ねる。私が抗議しようかと思った矢先に、息子自身が「かーちゃん、無神経!」と怖い顔をした。この二週間で私とともに気分が高まってきていることを確認して、ちょっと嬉しかった。だがそのわりには、「優勝したらどうしよう」などと気楽なことも言う。試合に出る子供たちのうち上位入賞者は週に三回は稽古しているだろう。一回だけと直前の毎日二十分で優勝できるはずがない。そう私と家内が口を揃えた。
一時間かけて、八王子の体育館へ。八王子といえば、私はここにしか来たことがない。なんとか十一時の点呼に間に合った。六人の子供たちを集め、さっそくアップ。普段、息子が支部で稽古するのに連れて行ったときは私も一緒に指導しているので、顔馴染みだ。股間のストレッチもやらせるが、私など年寄りはいかにも筋が伸びるのにやったかやらないかよく分からない反応。子供の体はよく分からん。そのまま、一人一人に私の尻をミドルで強く蹴らせる。パンチ連打から、ハイも左右で十発ずつ復習。五人が終わってから、息子には稽古してきた投げと相手の攻撃をサークリングでかわすのもやらせる。
子供たちのうち、ヨシム君が「試合したい、優勝したい」、とやる気満々である。この子は春から稽古をしている。五歳児クラスに初めて出場する。
大会開始から一時間半ほどして、息子の試合となった。セコンドに飯村支部長、私はその後ろに陣取る。ハイ、ハイと連打して、ポイントが二つ入った。前回までのように横を向いて相手に押されるシーンがない。見合うこともない。そのまま組みに行くが、首投げの格好で相手もこらえる。投げは子供たちの間では慣れているようだ。試合終了、まずは一勝。ほっとした。
そのまま次々に吉祥寺のこどもたちの試合となる。飯村さんは審判をしているので、私がサポーター、面と小手をつけさせる。ハイももう一度蹴らせて送り出す。そうしたところが面白いように皆ハイでポイントを連取。ついに六人全員が一回戦を突破してしまった。一人二人なら子供自身の能力や偶然ということもある。けれども全員となると、支部長のふだんの指導(バランスボールなども使っている)と私のハイ狙いの対策がきいたと言ってしまってよいと思う。
応援団もかしましい。一緒に稽古している女の子たちもキャーキャー言っている。相手には少々申し訳ない。
二回戦。息子は二つハイでポイントを取ったが、不思議な動きをした。相手のハイをステップバックしてかわしざま、ステップインしてハイを返してポイントを取ったのである。こんな動きは練習していない。どうやら飯村さんがミドルを「エビ」のように腹をへこめてかわすように指導しているのを、とっさにハイに応用したらしい。試合でこうした動きを出すとは、子供は面白い。息子の新境地であり、これまでのベストバウトだった。
二回戦で他の子は一人が負けてしまったのと、吉祥寺同士が対戦になってしまったので、四人が勝ち上がった。だがそのうち二人が三回戦でまた当たってしまう。支部同士でやらせるのはあまり良い気持ちがしない。負けた子の逆のセコンドについたせいか、終わって「良い試合だった」と慰めたのに、口をきいてくれない。応援していた子によれば、自販機の陰で泣いていたそうな。
息子には、前の試合のハイが良かった旨伝えたが、「まったく覚えていない」と言う。だが準決勝で、優勝することになる加藤烈君に負けてしまった。ステップバックするはずが、その場で相手のハイをガードしようとして蹴られてしまったからだ。不思議なことに、私が「前の試合で使ったあの技はよかった」と言ったのを、誤解したらしいのだ。自分が使った動きを、次はできないのだから奇妙ではある。
驚いたことに、朝優勝宣言したヨシム君は、準決勝で同じ吉祥寺のレンマ君に勝ち、そのまま本当に優勝してしまった。二回戦からは、決勝まですべて開始一秒で一発目のハイを決めたのだからセンスが良いのだろう。それでいて、一分間ずっとパンチだけ打ち続けたり、後ろ回し蹴りを突然二回転したりと不思議な試合をする。それでいて最後に突然ハイを出してポイントを取るのだから、ひょっとしてフェイントなのだろうか。他の子たちがハイばかり蹴ってガードされているのに比べて、いかにも試合巧者である。気も強いし、不思議な子だ。決勝は、一分で有効や技ありを連取して、一本勝ちしてしまった。帰ってきて、「よかったね」と私が言うと、「あといくつ試合させてもらえるの?」と答える。この子は優勝宣言したというのに、優勝とは何か分かっていないらしいのだ。「試合できてうれしい〜」というのが感想だから、ひょっとして空恐ろしい子なのかもしれぬ。
それにしても、息子とともに五年間この大会に参加して、ハイでポイントが取れることなどを学び、それを他の後輩たちに伝えたことで皆が勝てたのはうれしい。息子は後輩が追い上げていることに焦りを感じているらしいので、「何も知らないで参加してきたお前が作った伝統が生きているのであって、お前も先輩の体験を教えてもらって五歳児クラスに出ていたなら優勝できたよ」と励ましておいた。ともあれ、三位になって立派な楯をいただき、やる気になったようだ。これからも、息子との「とーちゃん教室」は続くのである。
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