(7月某日)ルールとひよこのデビュー戦

 大道塾の関東ビジネスマン・女子部・少年部の大会が、新宿スポーツセンターで開催された。ビジネスマンクラスの男性が六人、出稽古に来ていたひよこ組から三人が出陣だ。日曜の朝8時半集合である。

 私はこれまで、自分の指導するクラスの方が試合に出るのに、あまり気乗りがしなかった。日頃から稽古を指導させていただいてきた立場として、試合形式が薦められるものではなかったからだ。

 私は、試合とは、何かの目標を持ってそれを目指して行うものだと思っている。試合は負けると精神的なダメージが大きい。それだけに、試合に課題を定め、それへ向けて技術がステップアップできるように稽古を進め、その結果として試合の勝敗があるのなら、なんとか納得がいく。稽古が十分にできれば、試合の勝ち負けは時の運、と思いこめるからだ。

 だから、ひよこ組の一号から「試合に出たい」と相談を受けたときにも当初は何度も「やめた方が良い」と諭した。試合で負けると、自分のそれまでが否定されたような気分になる。それでも構わないというのは、納得の行く稽古ができて、試合の準備をしたせいで心身共に一段上に行けたときだけなのだ。ひよこはまだまだ試合などできるほどの地点まで来ていなかった。納得行く稽古どころか、そもそも試合の格好になるかどうかも分からない。それでも「どうしてもやりたい」と言うので、気迫に押されて「それなら一月がんばってみよう」となった。

 四回の稽古でメニューを作り、試合に間に合うようにしたのである。いったい、スパーどころか人を叩いたこともない普通の女性が極真ルールの試合などできるものであろうか。 まして、おかしな試合になってしまえば、傷が残るだろう。試合後に「辞める」ということにもなりかねない。私は、知る限りの知識でメニューを組んでみた。みわ組長が基本的な技術や体力面で基礎を作っていてくれたので、それにスパーなど実践面を加えるという分担である。 総本部のビジネスマンクラスでは、最近は毎回三名以上の黒帯が稽古に参加している。そうした方々に細部はお任せして、指導していただくことにした。幸い、ひよこたちは飲み会にまで残ってくれるつきあいの良い女性たちだったので、先輩方も気持ちよく助力して下さった。

 ところが大会十日前にみわ組長からえらいメッセージが来た。「女子部はひよこ組しかエントリーしてないんですう」。三人と、いつも一緒に稽古している横浜南の白ひよこのみ。しかも「総当たり戦」のおまけ付き。くみちょ半泣きである。えらいこっちゃ。

 先日子供の大会で、同じ支部同士で当たってしまい、私が飯村支部長と別々のセコンドについたところ、相手側になった子が試合後口をきいてくれなくなった。空手は、所詮は童心ある大人の遊びである。いくら大人といっても、相手のセコンドに師匠がついたら気分はよくなかろう。といっても付かずに試合できるレベルではない。仕方なく、私と三輪さんの二人で手分けしようということになった。でも、日頃お世話している人の欠点をもう一人に攻めさせるというのは、辛いものだ。

 さらに問題なのが男性の部である。

 これまでビジネスマンクラスの大会は、ほぼ無差別ルールで開かれてきた。白帯から黒帯まで、体重のある者もない者も、極真ルールも顔面ルールも入り交じり、当日になるまでどのようなルールや体格の方と当たるか分からない。黒帯が一回戦で体重があって白帯の極真経験者と当たり、負けてしまうという非合理も起きる。体格差がありすぎるために試合ごとにルールが異なり、反則が続出したりもする。それでも若い選手たちならば稽古も毎日できるし、体力もある。そうした無差別ルールが若手の新人戦に適用されるのには、私は 異議はない。

 けれどもこれを年配者に適用するのは、日頃空道ルールで新しい組技や寝技を指導しているだけに、申し訳が立たない。組技や寝技を稽古しても初戦で極真ルールで敗退するなら、何のための稽古か、ということになるからだ。といって社会人に許される週に一回の稽古で、極真ルールの試合用の技まで習得するというのはとても無理である。それで、高度化する組技・寝技を指導するのと試合とが、私の中では矛盾をきたすようになってしまっていた。

 私のケースで行くと、当日朝になって試合場で、「ミドルが音を立てて当たると有効」というルールになったと知ったことがある。もう十年も前のことだ。私はそんなルールで稽古をしたことはない。稽古したことのない技を試合では使いたくない。それで一回戦、ミドルを背中で受けつつ顔面にパンチを入れ、大内刈りで投げて横四方で抑えた。これは、日頃空道の基本技術として私が教えられてきたものだ。ところが主審は、離れろと言う。ミドルで音がしたから有効で私の負けだというのだ。私はそれで、貴重な自分の人生の時間をこの大会で使うのはやめようと思った。それから私は、年齢も顧みず一般部の試合(当然体力別に限られるが)にのみ出場することにしたのだった。体力別の試合では、相手の体格やルールは事前に分かっているので、納得の行く 稽古ができる。

 昨年の全日本ビジネスマンクラス大会に際しても、年齢差を五歳刻みにしてグループ分けしたために、一部に極真ルールが顔面ルールと混じり、しかも身体指数差の大きな試合が生じる結果となった。

 ところが今回、試合直前になって、なんと「組み合わせは任せる」との言葉を塾長から頂戴した。あらうれしや。これで私の理想のルールで大会ができる。十年来の鬱屈が晴れるではないか。それで、以下の新ルールを提案させていただいた。

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1.基本ルール(5級以上)と空道ルールに分ける
2.BC体力指数(仮称)=身長+体重−年齢によって、(軽)(重)の二クラスに分ける

これで、都合四クラスに分けて試合を行なう。BC身体指数では、46歳の方は36歳の方よりも10の身体指数ハンデがある、ということになる。歳の差が一歳あれば一キロのハンデがもらえるシステムである。たとえば、30歳8級166cm56kg、身体指数222の方と、44歳無級170cm68kg、身体指数238の方は、従来は年齢枠が別なので対戦しないし、仮りにしたとしても身体指数差が16という理解になっていたが、今回はBC身体指数が192,194とほぼ同等かつ試合ルールも同じなので当たる可能性がある、ということになる。

 今回は具体的には、

1.基本・軽:指数203以下、9名
2.基本・重:指数214以上233まで5名
3.空道・軽:指数203以下、8名
4.空道・重:指数209以上243まで9名
 

 さらに、トーナメント表の中でも、ほぼ機械的に同じ指数同士で当てることとした。これなら、高齢の方は軽量の相手とだけ試合すればよいことになる。

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 自分としては、人数・内容ともにずいぶんすっきりした区分になったと思った。それで提案させていただいた組み合わせのルールを掲示板に掲載し、さっそく参加される選手の所属するすべての支部にメールを送った。試合前から、極真ルールは極真ルールで当たり、空道ルールの選手はそちらに専念できると知って欲しかったからだ。これで試合前日にも、十分にイメージトレーニングをすることができると思った。

 偶然ではあるが、ちょうどこの組み合わせを作る前に、私のクラスの男性の選手の方々にはメールなどで試合に臨む上で私が理解する限りでのアドバイス(戦略)をお伝えし終わっていた。 これまではルールゆえにあまり気乗りしない大会ではあったが、今回は私の理想とするルールである。男性の選手にも、俄然勝利を期待したくなってきた。それで大会当日を待ったのであるが・・・問題はひよこの方であ った。

 ひよこには、「前日までに良く戦略をイメージトレーニングしておくように」などと提案しておいたのだが、「それでは前日、イメージが頭の中でぐるぐるして眠れなくなるのではないか」、とこちらが心配になってきたのだ。白帯の初戦が大勢の観客の前でやる試合なのだ。身も縮む思いで当日を迎えることだろう。案の定、ネットの一号の日記を見ると「トイレから出られませんなんてなりませんように」云々などと書いてある。またまたこちらが不安になってきてしまった。ビジネスマンクラスの新ルールと「拳立てもできない」女性たちを特訓で仕上げた試合、どちらも クラス運営者としての私の乾坤一擲の大一番である。いったいどんな結果が現れるのか、不安と期待で頭がいっぱいになってしまったのだ。まったく、これでは自分の試合より大変である。

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 私が試合と名のつくものをしたのは、中高の五年間の柔道とこの十五年の空手・空道と柔道である。中高生の頃は、試合になると緊張し、名を呼ばれて畳に上がるとへっぴり腰で襟を引き合い、片襟だけつかんできかないことなど百も承知の足払いをかけ、それで時間切れ、といったことを繰り返していた。試合の体をなしていなかった、といっていい。

 大人になっても試合では緊張はする。が、それでも昇級審査・昇段審査を重ね、一年間に四試合はコンスタントにこなしてきたので、試合とはどういうものがなんとなく分かってきた。私が人前に立って喋る仕事についたのも大きいかもしれない。他人に見られる緊張に、慣れたのである。生テレビ出演などはとくにそうかもしれない。そして、ごく単純なことに気づいた。「試合では、稽古で身につけた技しか有効ではない」のである。

 稽古では、無数の技を習うだろう。本にも、沢山載っている。最近ではビデオがあるから、なおさら知っている技の数は多い。でも、かけ方を知っているだけの技は、試合では使えない。試合の緊張の中で、相手は予期せぬことを仕掛けてくる。そうした一瞬に、体が動くのは、「知っている」技としてではない。「使える」技としてである。

 だから、私にとって試合とは、稽古によって「使える技」を増やし、それを試す場である。逆に言えば、普段は本やビデオをみたり話をしたりで、いろいろと技のネタを仕入れ、稽古でああでもないこうでもないと試す。それを一気に絞り込んで「本当に使えるのか」を確認するのが試合前の稽古であり、試合そのものなのである。それによって使える技が増え、技量がステップアップする。そう思えれば、試合は勝っても負けても意義がある。だが課題を見つけたり克服したりできず、ただ勝ち負けがあるだけでは、試合する意味はない。

 それでも、若い時分には、ただ試合することにも意味があるのかもしれない。無限に時間があり、無数の打ち込みができ、頭を使わなくても技を身につけることができるのだから。試合も沢山こなせれば、それだけ技は血肉となる。

 けれどもビジネスマンクラスや、ひよことなると事情が違う。我々は、全日本大会に出る一流選手ではない。無限の稽古時間の中で、体を使って技を習得したりするヒマがないのだ。週に一・二度の稽古で、面白い結果がでないとじきに嫌になってしまうだろう。課題を明確にし、取り組む必要は、選手よりもあるのだと思う。だからこそ、どんなルールか当日まで分からない試合では、稽古に身が入らなくなってしまうではないか。

 ひよこ組がたった四回の出稽古で試合をするというので、私は上記の考えから、まず誰がどの技を使えるのかを確認することにした。なんとなくできても、威力をもって相手にぶつけることができないのは「知ってるだけ」の技。それに対して動き回る相手にも、自分から仕掛けることができるのが「使える技」。初戦では、それが二つか三つあれば十分だろう。どうせ試合中は観客に緊張して相手の動きにびっくらし、蹴られて驚いて、人から聞いた沢山のアドバイスなんて吹っ飛ぶだろうから。そんな土壇場でも無意識に出るのが「使える技」だ。どうせ選択肢なんて二つくらいしか浮かばないにちがいない。その二つを、ひよこのそれぞれに見つけよう。

 六月第一週には、ひよこは三人(一・二・四号)が参加。それで、こんなメニューを組んでみた。

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1.最初にそれぞれに使える技を個別にチェック。
2.次にそれぞれの技を単発で強くミット打ち。
3.対人では、
・相手のボディに一方的に強く攻撃してみる。「体」に強く当てる感触をもってもらう。

(一・二号はローとミドルの区別なく腰骨のあたりを蹴っていたので、それより上=ミドル、下=ローの区別をさせる)
・相手の攻撃を一発ガードしてから、強く反撃する。
・自分から攻撃、一発反撃してもらってから、もういちど攻撃する。

以上は、どれも私が指導方針としてお願いして、ビジネスマンクラスの黒帯および茶帯の方々が実地の指導に当たって下さった。

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 そう、技が「使える」といっても、相手の反撃もある。反撃をガードして、さらに攻撃できるのが、「使える技」なのだ。一号は、その場でぴょんぴょん二回飛んでから、パンチも蹴りも出す癖がある。蹴りはいずれも結構重い。二号は、ふにゃふにゃしているが、右はハイを蹴ることができる。しかし柔らかいぶん、当たりにはきついものがある。四号はパンチが「ネコの手」になっていたが、なぜか押しが強いので、試合では使えるかと思い、そのままにした。まだまだみんな、人を殴り蹴ることじたいが初めてなので、おっかなびっくりの様子だ。

 ここまで、まだ「一発」が出せるだけ。これで、一分間殴り続ける極真ルールで戦うなど、本当に可能なのだろうか?

 この稽古の報告と次の稽古の企画をみわ組長にメール。そうすると、「戦闘ひよこ育成計画」なの文書が返送されてきた。なんじゃこりゃー?私が立てた予定に火曜のひよこ組の予定を合わせ、ちょうど7月3日の大会に間に合うようにスケジュールを八回分、枠で綺麗に囲んで文書化してあるではないか。凄い。綺麗なA4秘密ファイルを見ていると(Rev1だの作成・三輪だのと記載あり)、なんか、ほんとうにひよこを軍鶏にできるような気がしてきた。 三輪組長は、防御の基本や移動稽古を担当。私がスパーやそれに近い対人稽古を担当。そんな分担と理解した。

 で、第二週は、単発で打てるパンチと蹴りを、体を左右にひねりステップするたびに1.2.3.4....と打ち続ける動きをマスターしてもらうことにした。30分間、それだけシャドーするのである。この時点では、男性は伊東さんだけが試合参加を表明。ひよこ育成ばかりが目の前にあった。もちろんビジネスマンクラスの稽古はいつも通り技術別に四段階に分けてやってはいた。毎回、30名近い参加者である。それにひよこの稽古が挟まるので、ついに四時から始まる稽古の終わりが七時十分前になってしまう。三時間近いロングランだ。

1.ずっと動き続けるシャドー
2.相手の攻撃をいくつかガードしつつ、ラッシュ
3.フリーズしないようにサイドもしくはパックステップから再び攻撃

が、この週の課題であった。

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 ひよこが試合に向けてやらねばならないことははっきりしていた。「まともな空手の試合として成り立たせるために最低限必要なこと」と「個人個人で、使える技を定着させること」の二つだ。

 それで毎回課題を与えていった。指導には、黒帯から順に当たっていただいた。ひよこ本人は「貴重な黒帯の先輩方の稽古時間を割いていただいて」と恐縮していたが、稽古後の飲み会ではちゃんと残って酌をしてくれた。そうそう、それでいいのだ。誰もが自分のできることの一部をクラスのために与えてくれれば、その分、他の方からもいただける。それが武道の稽古というものだ。

 もともとビジネスマンクラスでは、男性会員については基本ルール/顔面ルールと分けて稽古内容を二本立てで走らせていた。私は自分では一般の試合業績は誇るものはないが、ただこれだけ長く所属していると、歴代の指導員から相当沢山の指導方法を教わっている。塾長、加藤さん、飯村さん・・それに組技・寝技では自分なりに指導の体系めいたものを考えてきている。それらを組み合わせて30人からの技術の異なる参加者と稽古を進めてきた。

 大道塾では、一回の稽古に参加する人の技量が相当にかけはなれている。かといって技量別にクラスを分けると参加者がほとんどいなくなってしまう。それで最初に基本を一緒にやり、移動やミットをこなしたなら、後は自由練習になることが多かった。かつては大勢参加者がいたのでそれでも互いに意見交換すれば白帯でも稽古は自分で工夫できた。だが現在、これだけ多くの格闘技教室が巷に溢れる中、他でマンツーマンの指導をする教室があればそちらに生徒は取られてしまうだろう。私としては、いままでに教わってきたり見聞きした数多くの稽古法を、なるべき多くビジネスマンクラスに導入しようとしてきた。

 そこへひよこが混じってきたのである。これだけで空道ルール・基本ルール・ひよこの三つのレベル差となる。二時間の稽古で、誰もが休むことなく稽古を続け、しかも技術ごとに異なる課題に取り組めるように、メニューを組まねばならない。

 それで、思い切って空道(顔面)初心者(四級)もひとつのレベルに見立て、毎回、四つのグループに異なる稽古をしてもらうことにした。しかしそれを同時に走らせるのはあまりに複雑だ。そこで毎回、紙にメニューを書いて行くことにした。このところ掲示板に貼ってあるのがそれだ。

 こうしてみると、四級では顔面の技術をきっちりと教えてこなかったことが判明した。「パリーとかガードとかこうやって・・・殴られて覚えなさい」式指導である。ああ、これじゃいかん。そこで、四級には毎回、「左右ストレート・フック・アッパー」に対して「パリー・ガード・スウェイ」、「左右ストレート・フック・アッパー」に対して「ウィービング・ダッキング・スリップ」、「左右ストレート・フック・アッパー」に対して「前蹴り、ミドル、膝、ロー」でカウンター、という防御をやってもらうことにした。その後、面を付け足を止めてのパンチのスパーである。

 これを体系化してみたので、俄然面白くなってきた。そこで茶帯以上には、16オンスグローブで対人稽古と三分間のライトスパーをやってもらう。面をつけるとつい力が入るので、リラックスして技のやりとりをする稽古である。

 また、柔道について、高木道場の若先生から実に興味深い話を伺った。講道館では足捌きとして、「前捌き」「後ろ捌き」「前回り捌き」の三つを教える。というのも、これだけ修得しておけば、あとはそれを複雑化することですべての技の足捌きに到達できるから、というのである。この話は私の頭を雷のように打ち抜いた。「ということは、週にたった十分であっても、その三種類のステップを毎回やれば、そこからの応用で月に一度の打ち込みであってもスムーズに投げを覚えるはずだし、空道の技術も基本から体系化できるはずだ」と考えたのである。型のようにしていくら投げを打ち込みしても結局はどの技も使えないのは、柔道経験者なら感じていることだ。だが、ステップさえ身につければ、それぞれの組技がちゃんと使えるようになるはずだ。

 それで、そのステップも毎回導入することとした。そこからは若干の企業秘密なのだが、この三つのステップで、膝蹴りへのカウンターの支えつり込み足や道衣を引いてハイの「小川(英樹)スペシャル」、首投げや大腰など、北斗旗で使われるほぼすべての技が使えてしまう のだ。しかも、正面から組み合うときに頭突きを避けることもできる(前捌き)。講道館と空道の考え方の共通性に、驚いたのであった。これについて気づいている人は、武道の世界でも他にはあまりいないのではないかと思う。

 さらに、「前回り捌き」で引き出しを覚えると、腰に乗せての首投げができるようになる。「「つり込み腰」を必修とし、そこから内股・背負い・大腰などへ体系的に移行できる、だから釣り込み腰を半年間馬鹿になって稽古せよ」と言ったのは岡野功先生(東京オリンピックで道衣ありのスピニングチョークをやった)であるが、それを空道にも応用してみたいのだ。

  フルコンタクト空手ではこれまで、体を強くするのにウェイトトレーニングを行い、技のキレやスタミナつけるのに移動稽古が用いられてきた。けれども、これも空道になると、少し変えなければならないんじゃないか、と思う。というのも、打撃だけなら基本的には自分の得意な距離をいかに確保し相手の距離を潰すかが組み手の基本なのだが、組技はむしろ押したり引いたりしてバランスの崩し合いが基本になる。それで柔道などでは、130キロをベンチで持ち上げるような人がばんばん投げられたりしている。大胸筋や大腿筋に過大な力が入ると、押したり引いたりで崩れやすくなるからだ。だから太い筋肉だけでなく、それらと骨をつないだり腹筋・背筋とつないだりする細かい筋肉が重要になってくる。空道でも同様だ。それでビジネスマンクラスでは、腹筋・背筋とともに、腕立て伏せの格好で右手・左足を上げてバランスをとるような「スタビライゼーション」を補強に入れることにした。従来の指導法では、おそらくそうしたバランスは移動などの中で養うことになっていたのだろう。けれども移動には時間がかかりすぎる。それでミットのオランダ・コンビネーションで軸を作り、体幹トレーニングでバランスを養うことにした。さらに引き出し式打ち込みをやれば、受ける側も投げられにくくなるのではないか。

 ここまでやってみて、ひよこがやってきた六月には、ビジネスマンクラスの指導体系もえらく様変わりしていった。まったく、「ひよこに教えられる」一月でもあったのだ。組長が塩辛を自作してひよこ を帯同してくれたりもした。ビジネスマンクラスは、なんとも華やいで祭り事めいた稽古となっていった。

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 で、ひよこである。試合まで四週・四回の稽古しかないということは、女性同士のスパーは最低でも二週間前にはやらねばならない。やれば必ず凹む者がでてくる。試合直前だと自信をなくして出場も覚束なくなる。二週前だと、凹んでしまえば出場を取り消せば良いし、精神が回復しうるだけの期間でもある。

 ところが私はその日、出身の灘高校で講演を頼まれていた。「柔道部で稽古させてくれるなら」を条件として引き受けていたので、指導は休まざるをえない。それで仲田さんにいろいろお願いして行った。

 結果を聞くと、まあ予想通りに心理的にはいろいろ複雑なことになったらしい。一号は二号に蹴られて二の腕に直径十センチ大の大痣の花が咲いた。それで闘志に火がついた ようだ。痣の写真は私の携帯にメールしてくれた。なんか、闘志の方向が違うような気がしないでもないが、試合に向かっていることは確かだ。そんなときに、みわ組長からメールがきた。

  「凹む人は凹んだようです」。ああ、なるほどね。他人から殴られるのは人生で初めてだろうし。頭がパニックになりもしただろうし。逆に熱くなって攻撃して、自己嫌悪したりもするはずだ。「二週間前が落ち込むデッドラインだ」と伝えたとき、みわさんには「大人って怖い・・」と冷やかされたが、現実にそうなってしまったのだ。

 さらに追い打ちをかけるように、組長メールがきた(それまではみわさんとはせいぜい半年に一度くらいしかメールしたことがなかったのに、この間は週に三度はいただいた)。「五級以下は、いつも出稽古にきている白ひよこと合わせて、四人しか出ません」・・・ガーン。

 これではいつも一緒に稽古している仲間とだけ試合することになるではないか。誰かが勝てば、誰かが傷つく。それにそもそも、組長は対戦する二人のどちらのセコンドにつけばよいのか。白帯がいきなり会場で試合するのだから、セコンドなしにはやれまい。僕が一方につくのか?でも、いつも教えている子の欠点を他の子には教えたくない。そもそも、本音で言えば、女の子には誰にも嫌われたくないのよ。ああ、なんたることか。 アドバイスしながら知らんぷりするのも辛い。

 みわさんも高橋師範に泣きついたものの、「それは他の女子に出てくれと根回ししなかったお前が悪い」と返されたらしい。そりゃそうだ。でも、気づかなかった私も悪い。申し訳ないことをした。

 そして出稽古最後の週。一号・二号がやってきたので、それぞれに私の思う「彼女らの使える技」を伝えておいた。一号は蹴りが重いので、サイド回り続けて、ロー・ミドルからパンチで押すこと。二号には、前蹴りからのハイと近づいての膝である。それ以上複雑なことは混乱するから伝えないでおいた。男性も選手が出そろったので、一斉にミットを蹴ってもらった。二分を五本ほど、他の稽古生よりも余分に蹴って息を 上げた。そして一週間後に向け、彼らは静かに帰っていったのだった。

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 ところがこれで試合とならないから怖いものである。試合の五日前。みわ組長から「トーナメントではなく総当たりになりました」とのメール。ありゃ、全員が三戦もやるのか。さらに三日前になって、塾長から「松原さん、組み合わせやってよ」と言付かった。大人数で技量もよく分からないので、現場である程度知っている私に任せる、ということだ。これにはまさに欣喜雀躍。さっそく、年来の主張である新指数を提案し、それによってほぼ機械的に組み合わせを作った。やってみると我ながら実にすっきりと四つのグループに分かれた。だが、これで本当に安全かどうかは分からない。選手たちの反応も、やってみないと分からないのだ。

 連絡のつく一号・二号には、前日まで指令を出したが、私の提案する組み合わせルールもまた、今回がデビューとなった。ひよこ戦士たちの緊張が日々高まっていくのを感じていたが、同時に私が年来温めてきたルールもまたデビュー戦である。これにはどうしようもなく胸が締め付けられるような思いとなった。 さらに、私がそんなルールを提案する以上、私の指導の技量も問われるだろうから、男性も誰かには勝ち抜いてもらわねば困る。これでは本当に、自分が試合するより大変だ。

 ひよこの試合そのものについては、みわ組長が書いてくれるだろう。一号は、勝った試合では、試合途中でインローが使えることに気づく。それから鬼神のインロー攻め。執念が感じられた。二号は、このルールでは実は圧倒的に有利である。予想通り、ハイがポイントとなって優勝。四号は、ネコパンチなのだが、なぜか押す力が異常に強いらしく、相手を追い回す。しかし蹴りがないために全敗となってしまった。どうやら足を怪我して医者には止められていたらしい。気づかなくて悪いことをした。

 男性はというと。

 空道ルール、重量級の部

 Uさんの組み手には、相手もとまどったようだ。だがさすが相手は黒帯の綾瀬Aさん、、一瞬の隙をついて寝技に持ち込まれた。ポイントはなかったが、その印象で負けとなった。試合巧者である。

 S(緑帯)さんは100キロの相手と激突。正面からタックルにいったところに右ストレートを食って膝をついてしまった。だがその試合は大いに参考になった。右ストレートとローだけを気をつければよいと分かったからだ。Iさんは、右ストレートに対して徹底的に前蹴りを合わせた。それが評価されてポイント勝ち。そのまま決勝では相手の投げをひっくり返して得意のキメ。これで優勝となった。

 空道ルール、軽量級の部:

 S(黒帯)さんは、なかなか良い出だし。だがバランスを崩して大げさに膝をついてしまった。それが敗因となった。だが私はこの試合は、彼のベストバウトだとひそかに思っている。相手のパンチを結構避けたからだ。いつの間に避けるようになったのか?

 基本ルール、軽量級の部:締め切り直前に突然、「試合に出たい」と言い出したYさん。私の新ルールでは、年齢差だけ体重にハンデがつくシステムだから、44歳で14キロ重い方と初戦で当たる。しかもその方はどう見ても極真で茶帯以上。ということでボディをきかされてしまった。だが前のめりになりながらも倒れなかった根性はさすが。初めての試合としては上出来だと思う。これからはボディ打ちをやる必要がある。Eさんも同じく、打撃の当たりが弱かったため、ポイントを得ることができなかった。

 というわけで初戦を突破したのはIさんのみ。しかし重量級で優勝となった。

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  試合終了後、選手にインタビューしてみた。そうすると、「試合前に、基本ルールがないと分かっていてよかった」「体重を分けてくれたのがよかった」「ハンデもこれで良いと思った」「空道ルールの試合をしたくてわざわわざ東北からエントリーしてきたので、それだけやれて良かった」など、好意的な反応だった。他にも、応援団から、「体力差を認めてくれるなら自分たちも出たい」との声があった。

 そうか。やはり皆、私と同じように感じるのだな、と感慨を深くした。「体力で分ける」「基本と空道は分ける」という私の提案させていただいたルールも、デビュー戦はなんとかしのげたようだ。ほっとして、体から、力が抜けていった。

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  私は、試合となれば納得のいく稽古をして臨むことにしている。納得する、というのは、やりたい稽古があるということで、それを十分にやって納得すれば試合に出たい、ということだ。たとえば、パンチについて納得するには、サンドバッグを打つ。サンドバッグは叩くと音がしたり「ズン」という重みが返ってくるから、正しいパンチが打てたかどうかが分かる。芯をはずせば良い反応がないのだ。十のうち一回だけ良い反応があるとすれば、叩き続けているうちにそれが二になり三になる。七くらいになると、スパーでも手を伸ばせば良い感じで相手に当たるようになる。サンドバッグは、専属のコーチであるのだ。

 それでも防御が疎かになったり自分の得意の技が通じるかどうかが分からないから、スパーは数多くやる。左の相手や長身の相手、体重のある相手などいろいろな相手とやっておきたい。試合中には、スパーでやってみた体験を思い出しながら「この相手は左だからA君の時に通用した技を」などと考えながら戦うのである。それ以外には、走ったりミットで息を上げるくらいだろう。

 私の理解では、柔道にたとえるとサンドバックが打ち込みであり、ミットは移動打ち込みである。スパーはもちろん乱取り。柔道では、これだけしか稽古しないのが普通の道場だ。形は昇段時にのみやる。技術をチェックするのには役立つが、試合で使えるわけではないのだ。大道塾の基本や移動は、柔道の形に当たるのだと思う。

 ということは、基本や移動が中心である現在の通常の稽古体系では、試合には臨むのは困難だ。形だけやって試合に出るようなものだからだ。現に、ほとんどの選手たちがスパーをしに出稽古したり、他のジムで稽古している。サンドバッグやミット打ちをしに行っているのだろう。この稽古体系は、寮生や学生に圧倒的に有利なものだ。時間が有り余っていて、身近にサンドバッグがあるのだから、基本・移動が終わったあとでもいくらでもミット・サンドバッグにスパーや約束組み手がこなせる。稽古時間がほとんど取れない社会人は、基本や移動をやるだけだと試合には臨めないから、仕方なく別の場所でトレーニングすることになるのである。

 だがひよこの場合は、我々のクラスでも個別にできる技術を伝えるのが精一杯だった。ローが強い一号には、相手の周りをサイドステップしながらインステップでパンチとローを打つこと。二号には、左前蹴りからの右ハイ。実際、胸当てを着用している少年と女子のルールでは、ハイだけがポイントの対象になるので、一号・四号はひどく不利なのだ。

 男性は、私があまり試合に乗り気でなかったことから指示を出してこなかったが、直前になってやる気になってきたので、 少しだけだが個別に感想を述べることにした。Uさんは、手足がながくサウスポーなので、左ミドルからの左ストレート、膝蹴りを出せば相手は中に入れなくなるだろう。S(黒帯)さんは相手に関係なく自分のリズムで動く癖があり、それが長所でもあるが、ステップが止まるとフリーズしてしまうので、まず試合開始とともにステップを踏むように。Iさんは接近すると極真ルールの強みで抜群の力を発揮するが遠いと戸惑うので、インステップをすばやくして中間距離に止まらないように、等々。要するに、私が試合相手だとしてやられたくないことを伝えておいたのだ。

 こういったことは、柔道であれば専属師範が個別に指示するのだろう。「お前は背が低いから背負い」「お前は背が高いから内股と大外」といった具合に。そして選手たちは、決められた技だけを1万回以上も様々な相手と反復するのである。それによって、初めて技は「使える」ようになる。そして大半の柔道選手たちは、普段は形はできない。稽古していないからだ。

 だが男性やひよこにいろいろ指示してみて、やはり少なくとも試合や審査に出る人に対しては、そうした断定が必要なのではないかと思えてきた。現に飯村支部長などは、専属の指導者として個別に全員のミットを持ち、サンドバッグで稽古させて技術指導をしている。どの技術を選ぶかを、個々の稽古生に任せているだけでは、進歩は遅くなってしまう。

 もちろん柔道の指導法にも問題はある。指導者が指示するだけで選手が判断力を持たないとき、某高校のように「お前はデブだから引き手をもったらすぐに巻き込め」などと指導されてしまうと、それで勝ててはしまうから、技術の進歩がまったく途絶えてしまうのである。たまには自分の得意でない技を形で稽古する必要があるのはそれゆえだ。

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 ひよこが出稽古に来た一月間のおかげで、いろいろと指導法について考えることとなった。以後、生かしていこうと思う。

 

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 で。偉そうなことを言った手前、自分の試合も勝たねばならない。一週間後、講道館大道場で整骨師大会二段の部に出場した。直前に、東大柔道部で260本からの打ち込みをやって試合に臨んだ。

 結果は、大外刈りで一本勝ちだった。相手は37歳の方。私の背負いをはずして大外に来たので、それを背負うように腰にのせてひっくり返したのである。本当に、ほっとした。

 たった四十秒ほどだったが、よほど緊張したのだろう、マッサージに行ったら「1時間かけても骨周りがほぐれませんよ」と言われてしまったのだった。