(3月某日)

 高木道場。寒い寒い。
 
 寺川に、警察官・菊地君。来年はプロ柔道家になれるかも、だそう。ご実家も柔道場であるし、よかったね。
 
 組み手は二人共に左なので、肩入れの組み手をやってみたら投げられなかった。しかし当方からの攻めも遅いので、次回は古賀式とかいろいろ試してみたい。

 三段に昇進するため、「固めの形」を教えていただく。 

 ふたりとはつけ麺「はやしまる」へ。ちょっと衝撃を受けるうまさで、このところ通っている。昔は大勝軒とかも好きだったが、つけ麺がここまで進化するとは。スパイスと蜂蜜をかけた焼き豚が入って、絶品。

 寺川と阿佐ヶ谷ナオコのコモンスペースで、三時まで語る。ゲラ空けの開放感満喫。

 

(3月某日)

 スネークのプロ練。歌川選手、S選手、それに有名プロレス団体から総合格闘技戦に出る巨漢選手が参加。6ラウンドのスパー。

 巨漢選手はサウスポーなので、右前蹴りと右ミドル、パンチを当てるが、当たったとたんに前進してくるので、どうにもならない。100キロ・オーバーの体力は凄いものだと感心する。稽古にならないで、申し訳ない。

 腿上げは300.腹筋をタラタラ。サンドバッグは、脱力してからのミドル20連打を左右5セットやった。

 

(3月某日)

  二十人強が参加。

 ステップを前後しながらジャブ・右ストレート・左右フック・左右アッパー、出てフック・下がって右ストレートを打つ。「蹴りの距離に対してステップインする」「すぐに蹴りの距離に戻す」稽古。いつまでもステップインに止まっていると、どつきあいになってしまうので。

約束組み手は、
1.上半身を振ってよける
2.ミドルを抱えるのではないつかみ方。

須藤信充のインタビュー記事を購入したが、やはりノーガードでよける技術が不可欠のよう。

受け身は、膝立ちからの体落とし、横受け身をやってみた。

寝技は、初心者に「流れ」を指導。教える側、分かってるかな?大泉さんから習った、崩れ袈裟固めを挟むこともポイント。上からは、「膝を捌いて自分の膝で固定」→「左手をついて崩れ袈裟」→「横四方」→「マウント」→「前へ進んでパンチ」→「腕ひしぎ十字固め」。下からは「ズボンを捕まれて切る」→「自分から道衣をつかむ」→「パスされそうになって、掌で首と腹を押しながらエビ」→「下からコントロール」。

終了後、コムロックに移行するために相手の腕を流す技を練習。

懇親会のDVDは、「豪腕伝説・大月晴明」。ステップインしての左アッパーは、藤原敏男も多用していね。ムエタイ相手には、ガードに対してジャブよりもアッパーが入りやすいのだろうか。

 さらに、西荻ハンサム食堂にて吉祥寺の末廣祝勝会に参加。「毎日二時間の稽古を捻出するため有給をとったりやっとのことでやりくりしているのに、全日本合宿に多数出ないと世界大会への出場権がないというのは社会人をやめろ、ということか」について議論。そう、やめろ、ということですね。北海道の支部からも、合宿に何回もは参加できないで、世界大会への出場を諦めた選手がいました。特例について議論するしかないですが、議論する場所がありませんからね。

 

 

(3月某日)

 週末に審査を受けるので、調整のために吉祥寺支部へ。一号・中野さんら。あとは緑帯が一人など七人。

 サンドバッグ、ミット2ラウンドなど。膝はしばらく飯村先生に見ていただいてないうちに、「刺さる」感覚をなくしていたらしいことが判明。上向きに流れていたらしい。右ストレートも左に流れる。修正する。

 コンビネーションとして4パターン、受けからのカウンターを3つほど決めたので、サンドバッグとスパーで試す。

 技研は、ミドルから押す技術。これを二人組みで繰り返し、バランスを養う。さらに相手に押されて、ミドルのまま組み止める稽古。そこから膝に移行。ムエタイのままで空道に対抗する技術である。しっかし飯村さん、よく考えるなあ。組み止めながら肘にも行ける。

 スパーは3分7ラウンド。コンビネーションはすべて試してみた。一つがうまく行かないので落とすことにするが、その代わりに打たせてミドルからの膝に使える目処が立つ。

 なかなか収穫の多い出稽古だった。

 

(3月某日)

 スネークプロ連。十日ほど行っていなかった間に、またプロ候補が増殖していた。「トーナメントで賞金を稼ぎたい」というボクサーの方。それで歌川・望月の両選手にインテリ井上君、大江先生に私となって、実に四分・二分の十ラウンド。ひー。

 それでも審査後のせいか、「体が軽いですよ」と大江先生に言われた。確かに、私は柔道でも打ち込みなどで一回息を上げると内蔵が動いて軽くなった気がするのだが、本日はサンドバッグで20連打を左右5セットやったあたりから調子がよくなっていた。

 腿上げ300、腹筋100、前後ステップからのパンチ、蹴り合い4分3セット、首押し20を3セット。だんだん当たり前のように稽古できるようになってきたのが不思議。

 

 

(3月某日)

 審査。前回は支部長会議の審査だったので、戦略など立てずに胸を借りるつもりでやったが、今回はコンビネーションなどをきっちり決めた。ペース配分も。

 顔面ルールでは、まず様子を見てから蹴りからのパンチ連打で入る。効果、さらに蹴りからの連打で効果を二つ取ったので、あとは流す。二人目も、ローからの連打で効果、組んで膝で効果を取ったので、休む。これで二勝。投げは自分独自の大内刈りを用意してあったのだが、使う間がなかった。
 
 ところが極真ルールはスーパーセーフを着けることが義務付けられた。これは初めての体験。えらく息が切れたが、なんとか押してローで凌ぐ。スタミナを温存できたので、寝技に回せた。

 寝技はいつもクラスで指導している通りのベーシック・パターンで勝負した。下からは「たぐり」スイープ、浮き腰マウント、腕ひしぎ。上からはパス、膝ロック、崩れ袈裟、横四方、マウント。ここでまた腕ひしぎに行くのは芸がないと思ったので、縦四方の肩固め。これで二本。さらにもう一度マウントになったので、袖車に入ったが、そこで時間終了。

 その後に他の方の審査を見たが、松並さんの組み手に感心した。サウスポーから、相手の打てない位置に移動しつつストレートを当てる技術をモノにしていた。みんな伸びていますなあ。

  私は世界大会の運営には観客対応の点で不満があるが、しかし審査は大道塾の中でもっとも洗練された行事だと評価している。対戦相手の組み合わせをよく見分けたり目配りがきいていて、保留になった方もそれぞれに勉強すべき点が伝わって おり、不満は少ないのではないか。塾長も、「昇段を保留させるのは俺も辛い」と仰っていたが、その気持ちは道場生に通じている。私もこの前の支部長審査では保留になったが、考え方を変えて今回はチャレンジした。 まあ、四回の昇段審査の中ではもっとも楽ではあったが。

 終了後、さくらにて藤松君チャンプにインタビュー。二時間喋ってもらう。これを企画物としてビジネスマンHPに載せるつもり。面白かった。事務局長からお呼びがかかったので、オカマバーへ。ほっとしたので楽しく飲む。そのままラーメンを食べ、タクシーで帰る。一号を送ったが、私は後部左で寝ていたところ、一号が右から下車しようとして「開かない」と騒いだので目を覚ます。 右ドアはロックされているのですな。

 

(3月某日)

 スネーク、プロ練。7人なので12ラウンドかと思いきや、6ラウンドで終了。キック選手にプロレスラーに総合格闘家、プロボクサー。本日もなんとか生き延びた。

 腿上げを300。ステップからのパンチ、20を12セット。腹筋、200。首を取って回す、20を5セット。首押し40。ふひー。

 

(3月某日)

 空道の昇段審査に続いて、柔道も書類審査を受けることになった。02年に二段になってから、これまでに勝ち抜き点で9.5点を持っているので有資格者となっている。講道館で取ろうとすると月次試合であと一人抜けばよいのだが、形の審査が土曜日にあってどうにも都合がつかないので、中野区で審査していただくこととなった。受かれば三段、ということで、高木先生に書類を提出。

 それと、柔道部員たちが稽古に来る東亜学園から、創立記念日に招待を受け、講演することとなった。それで理事長がわざわざお出ましになり、道場にてご挨拶。5月に講演させていただくのだが、さて何を話すやら。

 稽古は、四人。怪力Oさんと初段になったばかりの高校卒業間近の子の二人と、十分ほど乱取り。背負いの形をまた変えようとして、工夫している。

 

(3月某日)

  ビジネスマンクラス。三十人オーバー。元女子ボクシングフライ級チャンピオンの八島有美さんが稽古に参加してくれる。十何年か前に私が昇段審査を受けるとき、青帯になっていたふらふらした子がこんなに鋭くパンチを打つなんてね。人は変わるものである。

 防衛戦で頭部に大怪我を負い開頭手術してリタイアされたが、現在は渡嘉敷ジムでトレーナーとして活躍しておられる。以前は金曜に本部の女子クラスで指導をしていた、いわば、同僚だ。まだときには偏頭痛もあるらしいが、来てくれて、うれしい。

 昇級者が多く、帯を手渡す。組み技の週。

 拳サポでのガードは間からパンチが入ってしまうので、両手を手かざしするようにして肘でフックを受け止める。
というのを八島さんに習いやってみたら、あら不思議、藤松チャンプそっくりの構えに。

 そういえば前回、藤松インタビューを収録したが、もうHPにアップした。HPを、大道塾の公共的な話題が集まる場にしたいものだ。

 三時間近く稽古した後、二階で自主トレ。四月九日の一般部関東大会に高野さん、佐藤さんが出場するので、おつきあい。自主トレ組は20人はいただろうか?二階が満員になった。

 さくらの懇親会は、ホワイトデーを兼ねる。阿佐ヶ谷の「みや野」に二日前バーで会い、「花豆を二十つぶほど煮てくれ」と頼んだら、十瓶しっかりとラップしてくれた。参加女性みんなに分ける。

 八島さんと積もる話で盛り上がる。みんなの話につきあわず、すまぬ。

 帰りに一緒にいた方から聞いたのだが、ネットでは大道塾の改革について意見を述べた私に賛成派と反対派があるそうな。反対派というのは、「塾長を批判するなら出て行けばいいじゃないか」といった趣旨らしい。別に覗いて見る気もしないが、もしそういった反対意見があるとすれば面白い。そうした意見が出ることそのものが、大道塾の置かれた位置をみんなが分からなくなっている証拠だからだ。

 というのも、「反対意見を言う者は出て行け」というのは、組織が個人商店であるうちにのみ一理ある意見だからだ。公平であろうがなかろうが、創始者の好きにできるのが個人商店である。

 ところが私が改革を、といっているのは、個人商店としての大道塾に対してではない。大道塾が個人商店であったのははるか昔、世界大会が開かれる前のこと。それ以降、NPOになり、第二回の世界大会も開かれてしまった。現在の大道塾は、すでに特定個人の意志で動いてはならない組織になってしまったのだ。そういう組織にしたのは塾長を初めとするリーダーの総意であり、現在はもっと公的な組織とすべく邁進しておられる。NPOになったからには、何か問題があれば私にではなく社会に対して申し開きをしなければならないのである。それなのにまだ大道塾には個人商店ベースで動いている部分があるので、それについては改革するしかないと思い、意見を公開することにしたのだ。すでに大道塾には、うちうちにではなく公共の場で批判されたり説明する責任が生じたりしているのである。「反対意見を言う者は出て行け」どころか、外からすらも批判を浴びなければならない組織になってしまったのである。

 それでも「反対意見を言う者は出て行け」と仰る人がいるならば、同時に世界大会を中止し、NPOも取り下げるべきだと主張しなければならない。

 もっとも、個人商店としての大道塾も悪くなかったと思う。うちうちで楽しく大会を開いていれば、誰に気兼ねすることもない。私はそうした頃の大道塾においては、何も改革を求める気はなかった。だが組織が公的になってしまったので、意見を言わざるをえなくなったのである。分かるかな?

(追記)そうそう。思い出したので書いておく。

 私は世界大会でチケットを個人で2000円換算で70枚ほど、指導するビジネスマンクラス全体で370枚を売り上げた。370というこの数は、総本部全体の6割ほど、支部でもっとも売り上げた横浜北の1.8倍に当たっている。世界大会を開かなければお客を呼ぶこともなかったが、呼んだ以上はお金を払って来てくれたお客に責任できてしまったのだ。だからそれなりに意見を出さざるをえなくなってしまったのである。反対意見を言うなと仰る人は、それだけの働きをしているのかな?私は阿佐ヶ谷のスナックで知り合った人にもチケットを販売したが、その程度の情熱は示して下さいね。