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| (12月某日)
いよいよ寒くなってきた。ビジネスマンクラス。最初は15名ほどから始めたが、次第に増え始め、最後には30名ほどに。旧郵政省、現在民間人の田中元則さんが久々に復帰。寝技中心の週。
自分は、UNICOという大学内フリーペーパーの取材を受ける。インタビュアーはSKアブソリュートの名選手、吉澤昌氏。中野君の知り合いらしい。パンクラス王者・竹内出選手も道衣ありならに圧倒する業師だという。光栄である。 |
| (12月某日) スネークピット。この冬一番の寒さ。 最近、スタミナがついたようで調子がいい。サンドバッグから、連打で左右100ずつ。シャドー。 スパーは大江先生、正月に70キロトーナメントでレイ・スターリンと激突する望月選手、歌川選手、ヨースケ選手。アマの二号選手。計12ラウンド。相手の攻撃に細かくカウンターでローかミドルを合わせるようにすると、それから変化ができることが分かった。それでも寒いはずがTシャツ二枚が絞ってジャーと汗がでるほどに湿る。どれだけ動いたんだか。 腿上げ300、首引きつけ20、前後ステップ無数、重り素振り30を12セット、腹筋。 パンクラスで活躍中の井上選手に、「締め落とす」肩固めを習う。先日のパンクラスで、韓国人選手からタップを取った技だ・・・これはいい!!えらく圧迫される。私がやってたのは首を「極める」やつ。全然違う。試してみよう。 帰りに阿佐ヶ谷で台湾料理の名店・のっぺに家内と。数日以内に閉店との噂を聞きつけたので。酔っぱらいガニ、蒸しガニ。卵が半熟のグラデーションになってる。一流選手とスパーさせていただいて(パンチでダウンはしたが)、上海ガニ食って。この世の天国である。帰宅して、ローティの『哲学と自然の鏡』味読。充実した生活だなあ。 |
| (12月某日) 東大柔道部。七徳堂。乱取りを4本ほど。組み手争いが面白くなってきた。しかし、上体に力が入って疲れてしまう。一昨日、中村和浩選手が出稽古に来られて、やはり学生にもその点を指摘しておられた。ならばどう力を抜くのか?なかなか難しい。 「七大戦優勝プロジェクト」として、院に在籍中の諸君に乱取りに来ることをお願いしたところ、さっそく5人ほどがやってきてくれる。自分は顔をすりむいてしまったが、人数が多いと熱気があっていい。 終了後、学生二人と浅瀬川でチャンコ。さらにプロジェクトに協力することを求める。 |
| (12月某日) 東大柔道部。このところ深夜が異常に寒く、寝間着一枚だとゾクゾクする。朝起きた時に具合が悪い。喉が痛くまて風邪の初期症状。先々週治ったばかりなのに。 しかし気を取り直して稽古。駒場なので本郷では会えない部員も来ている。 二年のI君とやったところ、前三角を食う。ヒジを張れば余裕ではずせると思っていたら案に相違して締め付けがきつく、そのまま腕まで伸ばされてしまった。そのうえでんぐり返しのように足を持ち上げられ、首の筋が固いところが決まったみたいになってタップ。首がまったくまわらなくなってしまった。寝ると、頭を自力で持ち上げることができない。風邪とともに、最悪の状態である。 帰り、T君が「お供させて下さい」などと可愛いことを言うので渋谷に繰り出そうとすると、ぞろぞろとその他の部員もついてくる。行った先の焼き肉食べ放題でさらに集めて十人になるというので、さすがに断る。そこまで一人でおごるのはつらい。「こういう時に先についてくるっていうのも情勢判断ですね」というので、「その通り!」と答えておく。なぜかマルクス主義について話す。 |
| (12月某日) 朝七時起床、息子のテストの相手をする。八時過ぎ、原宿に向かう。北斗旗全日本無差別である。 今回は、我がビジネスマンクラスから三名が予選を勝ち上がって出場することとなった。そのうち上野さんはもともと日本拳法で実績のある方なので、私がどうこうしたわけではない。しかし中野君は他のクラスでは性格的にうまくいかず、若いがビジネスマンクラスに参加している。脇が空くので巨体を生かせず相手を呼び込んでしまうので、脇を締めることと組んでの投げを徹底するよう指示した。予選では腹を叩かれて「く」の字になったので、それからクラスの全員で腹叩きを毎回繰り返した。 佐藤さんはラグビーをやってきた方だが、乱打に強いものの手を下げるので、ハイをもらいやすいことは前から分かっていた。それで相手にハイを出してもらって稽古した。それ以上は書けないが、あと三手ほど提案した。 一号にデザインしてもらった横断幕を代々木体育館の通路上に張る。別の場所に張ろうとしたら、黒ひよ君がアナウンス席から走ってきて、「テレビに映るのはこちら!」と指示してくれた。酒井マークがしっかり応援している。 私は通路で三名のミット持ち。次第に試合が迫ってきて、緊張が募る。 上野さんは、一階級上の相手に果敢にもどつきあいに挑み、ローにパンチを合わせられて効果で敗退。しかしいつもの通り、勇気ある闘いぶりだった。
私としては、技術的にはある程度まで細かいことを説明するが、個々の組み手は各自の得意を強調するという方針でいる。佐藤さんについては手を下げるという防御上のハンデを、前蹴りでプレッシャーをかけるという代替案で補うという提案をしました。今後もそのように、クラス運営を進めていこうと思っている。 とはいえ試合に出るのは、社会人としてたまたま環境が整った人がチャレンジすること。それぞれの生活の中で、空道を生かしていただくのがビジネスマンクラスである。試合に出る人、審査だけに止める人、稽古に来られなくて飲み会だけ参加する人、それぞれが空道では主人公。一般部のように、試合に出て強い人だけが偉いという立場はとらない。 午後、柏崎克彦師範にご来臨賜る。日体大出の山崎選手などは、「凄い人脈ですね」と言ってくれる。私としては、師範の寝技というよりもテイクダウンの技術が空道で生かせないものかと思い、一度視察しに来ていただいた次第。興味深そうにルールを見ておられた。平安がガードポジションになったところ、「小さい選手は胴締めはダメ。突っ込み絞めを食うね」と指摘。本当に相手がそう攻めたので、驚く。すでに面などを考慮しつつ、いろいろシミュレーションされたようだ。 終了後、渋谷に出陣。私は風邪が酷くて、くらくらするが、美酒をともに飲みたいので、意地で参加。カラオケにも。楽しい。してやったり、の一日であった。 |
| (12月某日) 依然として風邪っぴきで調子が悪い。しかし体を動かさないとますます悪化すると思い、東大柔道部へ。乱取りを四五本こなす。風呂に入って、温まった。 |
| (12月某日)
大変寒い一日。窓を開けたら、少し動きが止まったただけで芯まで冷えてしまう。来週に審査があるため、移動を行う。参加者は最初は10人ほどだったが、最後には25名ほどに。 |
| (12月某日) 朝9:15から、大学柔道二部大会。七大戦とともに東大柔道部が最大の目標とする大会である。 しかし、一回戦の相手は創価大。最近まで一部校だったチームである。当然、秒殺完全勝利を狙っている。体格を見ても、筋肉が張って、よく稽古していることが分かる。 その相手に、我が東大はなかなか善戦したのではないかと思う。国際ルールとしては変則の組み手が多いし寝技では簡単には取られないので、相手が戸惑ったようだ。 結果は、1−5。堤が110キロはありそうな巨漢を、体落としへのカウンターの内股で見事に一回転させた。当人は「まぐれ」と言っていたが、私としてはまぐれを試合に引き寄せるのが彼のセンスだと解している。問題は、七大戦でもこれを再演できるかどうかだ。それについては、重々よろしく頼みたい。 四年生の河野は、モデルチェンジした組み手で相手を再三寝技で追い詰めたが、相手も腕絡みで腕が背中へ曲がっているのに参ったしなかった。かなり押したと思う。 創価大は二回戦の大正大戦で6−0(大正大は、一回戦の対明治学院では6−0)、三回戦の駒沢戦で6−0、決勝の慶応戦では4−2だったから、創価大を尺度とした数字の上では東大は準優勝の慶応に準じていたことになる。 しかし、試合後、柏崎師範の評価は厳しかった。もっともっとやれたはずなのに、と予想の水準を下回った出来だった、とのこと。我々は、まだ潜在能力を出し切っていない。この結果には満足できない。私も「善戦」と解したことを恥じる訓話だった。 夕方、納会。終わりに部長として、挨拶した。酔っていたし、師範の指摘に興奮していたこともあり、部員にはうまく伝わらなかったかもしれない。言いたかったのは、次のようなこと。 「現役は、もっと潜在能力があると認識するようにしよう。卒業生は、本日でひとくぎり。ご苦労様でした。 監督は勝利に向けてチームを編成するので、試合に出られなくて悔しい思いをした四年生もいるだろう。私は部長なので、立場が異なる。私としては、皆に充実した部の四年間だったと考えてもらいたいと願っている。 もちろん、学生柔道の試合においては、強かった者・弱かった者の差は東大の中でも出ている。しかし 自分の柔道人生が劣っていたなどとは、決して考えてはいけない。 勝負だけに固執するなら、我々は国士舘から見れば四捨五入してゼロである。我々が広く柔道界から認められているのは、決して勝負論においてではない。学業もかなりの水準で両立させているからで、この制約条件のもとでこれだけ過酷な稽古をしたという意味で、各校から一目置かれているのである。 嘉納治五郎先生も仰っているように、試合柔道を終えた者は、世の中へ柔道を還元しなければならない。私はそれを、こう理解している。武道には、スポーツの面とルールを超える護身術の面と、修身の面がある。世の中で応用できるのは、この修心の面である。私は、武道とはコミュニケーション・ツールであると思っている。乱取りをした相手の年配者や子どもと、仲良くなれる。大きな声で礼を言えるようになる。試合でどきどきした経験から、人前でも上がらなくなる。出稽古体験から、未知の人の前ではその方のルールに身を任せるようになる、等々。試合柔道の実力は卒業後は否応なく大半が落ちていくものだが、こうしたツールを活用することで、柔道家としてより大きな道を歩んでいただきたい。 諸君は厳しい制約を乗り越えて四年間の稽古に励んだのだから、必ずそれができるものと確信している。 卒業後は、第二の柔道人生の始まりである。これから、社会に通じる柔道家として、もっと大きな勝負を賭けてもらいたい。スポーツ界には、引退後は現役時に強かったことしか残らず、人徳が積めていない人が見られる。しかしそれでは、柔道人としてはダメだ。これからが本物の柔道人生の始まりなのだ。 とくに卒業後時間に余裕があり身体も動くものは、ぜひ後輩に稽古をつけてやっていただきたい。毎日稽古している後輩に一本を取られて悔しい思いをするかもしれないが、それは後輩を「指導」するという、一段高い柔道に進んだ証である。 武道としてのすべての面にかんしては、勝負はこれから始まるのである。社会に寄与貢献することで、卒業後の柔道人生を全うしていただきたい。またこれからも、ぜひ腕立て伏せをするだけでも柔道に接していただきたい。死ぬ間際に 立派な柔道家でありえた者こそが勝者なのであるから」うんぬん。 七徳堂に戻り、私が作成した「柔道部卒論」DVDを皆で鑑賞する。三人とも、なかなかかっこよく撮れていた。技の説明は、酔った部員には面倒だったかな?それなりに盛り上がれて、良かったと思う。完成版は、卒業試合で各自に渡すつもり。 |
| (12月某日) 一週間、ずっと風邪で具合が悪く、恵子できなかった。昨日高木道場に行ったが、勘違いですでに冬休み。というわけで、久々の稽古である。 明日の審査のせいか参加者は少なく、12名ほど。審査を受ける者も二人いたので、移動を行う。 ・ストレッチ 終了後、二階で有志が寝技、二分六本。締めのコツなど、話す。 懇親会は「さくら」にて。なかなか調子が出ず気持ちがダウン気味だったが、思いつきで連作小説をやろうなどと話しているうちら調子が出てきた。「髭失格」という話を、ブログにて勝手にチェーンしていくというもの。なんか、こういう下らないことにしか燃えなくなってきたな。 |
| (12月某日) 朝起きて息子の勉強などいろいろ用意して、そのまま池袋へ。スポーツセンターにて、審査である。 昇段審査9名、それ以外も70名とかいたのではないか。それなのに、なぜか一般部の白帯・青帯に少年部までも同じ時間に呼んだので、もうグダグダ。当然のように「一般部は三時間ほど待っておけ」という命が下る。日曜日に三時間、時間を潰せというのは、凄いなあ。 一時間ほど、移動の号令をかける。結構蒸し暑かったので、みな汗をかいている。しかしその後がまたグダグダ。昇段の相手を決めるだけで45分ほどかかり、それ以外の組み 合わせを決めるのにまた20分という具合。 80人くらいいるのに、その間を歩いて「君はこの人と」と手をひっぱったり、その間に審査用紙が見あたらなくなって寮生を呼びつけて叱ったりしている。身体指数ごとに、あらかじめ相手を決めておけば簡単なのにな、と嘆息。 こんなの、もう何百回とやってきたことなんだから、フォーマットが出来ているはずなんだが。10分でできることを一時間でやってしまうのが、大道塾らしいといえばその通り。 高額の審査費を取りながら、サービスに効率や進歩などというものをこれだけ求めないといのは、爽快ですらある。 審査に四時間かかり、池袋の炉端焼きにて17名で飲む。初めて参加した女性に感想を話させると、「二時間待たされたのにびっくりして、組み手の恐怖感が消し飛びました」。そうか、緊張を解くための思いやりだったのか?一般社会 で働く人には想像もできぬ境地である。 選手でない塾生にとっては、審査は真剣勝負の武道を体験できる数少ないチャンスである。 大道塾は「見せる格闘技ではなく、する『武道』」と謳っているのだから、審査で北斗旗を疑似体験できるというのが最大のウリのはず。しかし汗をかいた身体が冷えて待たされれば、審査を受けたいという気持ち も失せるだろう。すでに他のプロ格闘技のジムでは、アマチュアを受け入れているから、もっとスマートに格闘の疑似体験はできるのである。他の道場の進歩にはまったくついていかないのだから、これでは空道が普及しなくても仕方がない と思う。良いルールの武道ではあるのだが。 我々は、すでにプロ競技などと競い合ってはいない。「する武道」の中で、淘汰を強いられているのである。 本部に移動。加藤清尚支部長、藤松達人らに深夜までクダを巻く。 (追記)こうした話題については、組織内部で止めるべきだという批判を受けるかもしれないので、一言。十年ほど前までの大道塾は、一町道場であったので、その時点ではその通りだと思う。けれどもそれから全日本空道連盟はNPO法人となり、現在、より公的な組織になろうとしている。そのうえそもそもが「社会体育」を謳い、公的に認められる団体であると標榜してきた。それだけに、「空道」の普及には、公的な責任が伴っているのである。 |
| (12月某日) 組み技をやりたくて、久しぶりに講道館へ。七階道場で一時間ほど稽古。ここはお風呂があるので、その後が楽だ。 外人のもの凄く腕っ節の強い方と一本目。支えつり込み足で二度ほど膝を着かされる。二人目は、62歳にしてシニアの世界王者、しかし身長は私より10センチも低い加藤先生と。左組みで、引き手を完全に自分十分に引かれる。どうしようもないので抱えて小外に入り、切る。そのまま膠着し、最後に小内で転がされた。足首が「く」の字に曲がり、見事。高齢者の星である。三人目は、細身の方と。 引き上げる直前、打ち込みをさせていただいた方に呼び止められる。「柔道の記事を書いている方ではありませんか」、と。講道館ではあまり大きな声では言えないが、「そうです」と恐縮して返事。読者にお会いできることは珍しいが、そう言えば千代田体育館でも呼び止められた。ありがたいことではある。 |
| (12月某日) 風邪をひいて以来、久々のスネーク。縄跳び、踏み台昇降。サンドバッグ200。そのあとラッシュ6ラウンド。 スパーは、大江先生、望月・歌川・ヨースケ各選手と。一回り目から、いきなり動かされて息が切れる。やはり間が空くとダメだ。大江先生の左ミドルで悶絶。12ラウンドなんとかこなす。腿上げ300、前後ステップ沢山、重りパンチ120、首、腹。 この寒いのに、シャツ二枚がびしょびしょである。タイ料理を食べて、帰る。 |