| (8月某日)
先週は合宿のため、一週飛ばしてビジネスマンクラス。蒸し暑い一日。クーラーはほとんど効かない。組み技中心の週。 自分は20分ほどしてから東京駅へ。家族と合流して大阪へ最終の新幹線にて。大阪は、もっと蒸し暑かった。 |
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| (8月某日) 暑い、暑い。日中に空がごろごろいう不安定な天候。スネークピットへ。 大江先生が最初からおられるので、アップもそこそこにスパー。望月・歌川・ヨースケ各選手に大江先生で計12ラウンド。 暑いのにラウンド数が多いので、ついスタミナを温存してしまう。顔面をガードすると皆さん腹を集中して攻めてくるので、極真のように強く締めて、前進。これはいい。 ところが一瞬抜いたボディに歌川選手のストレートをもらってしまう。これには悶絶。内臓が破裂するような、いままで感じたことのない痛みだ。いつもは半端に抜いているのだが、力が入っている分だけ一瞬、完全に抜けてしまい、脱力したところにフルのストレートをもらったらしい。一分以上倒れていた。しかしスタミナに影響があったわけではないので、続行。最後に大江先生と乱打戦になり、ゴングと同時にミドルで倒される。こちらは、ろっ骨がどうかしたかもしれない。膝のスナップだけをきかすミドルなのになぁ。 シャツ二枚汗が抜けたので、「朝陽」にて晩飯を食う。ロールズ「正義論再説」読む。 |
| (8月某日) ビジネスマンクラス。帯の高齢化著しく、一人を除き茶帯以上という15人ほどで稽古。蹴り中心の週。 二次会は渋谷へ。T君が院試も近いというので徹夜で飲みたいというので、「阿佐谷なら付き合うよ」との条件を出すと、6人の部員がついてきた。ならば見たことのない場所へ連れて行こうというので、さっそく、「山路」へ。二時間ほど騒いだが、新主将のW君が寝たので、はしごしようと出る。外でたむろしているとヨシコが出てきて、学生の股間を全員、品定め。走って逃げる。OILCITYに入れてもらい、朝まで飲む。 院生のT君に山路から何度か電話するが、出ない。奴も悪い予感がしたのか、武道的勘が冴えてきたのかも。 |
| (8月某日) 東大柔道部、七徳堂。部員は朝三時間、午後一時間半、それからトレーニングと柔道漬け。 私は午後から、研究に参加。亀の返しをいろいろやる。学生たちは帯取り返しをしていたが、疲れるので自分はバックから絞めをやる。腰を殺すのはなかなか面白い。 |
| (8月某日) お盆でジムは休み。東大柔道部、七徳堂へ行く。本日も午後は研究。足抜きや様々なガードをやる。柔術の技術も、七大ルールへ変換がなされていて、情報量が多い。 七徳堂の10mほどの天井にかかっている綱に上る。前回は上まで行けなかったが、今回は完遂。しかし最後に足をストッパーにしてしまったので、次回は腕だけで上がりたい。夏のうちに、下がるところまですべて腕でできることを目標にしよう。そうすれば当然部員は全員必修になるだろうし。 一年生三人と、指南役の二年N君を連れて本郷三丁目の中華「桂園」へ。部長主催の歓迎会だ。餃子が売りのようだが、安くてうまい。予想の六割くらいの値段で助かる。石井慧の準決勝まで携帯で見て、帰る。 |
| (8月某日) お盆は本来は大道塾総本部は閉館なのだが、鍵をお借りしてビジネスマンクラスだけ稽古する。佐野君始め9人が集まった。寝技中心の週。 ・ストレッチ 懇親会は「ふくろ」。空いていて、いつもは怖いねえさんが愛想良い。十時過ぎにお開きなった後、西口、ぺーぱーむーん。阿佐谷に行こうということになり、四人でタクシーになるが、上高田を通ったのでバー「ひとみ」に寄る。阿佐谷ではいつもの山路。通うとは、なんだかなあ。 |
| (8月某日) 昼過ぎ、七徳堂。技術指導をしている。本日は、パスしてサイドにつく動作。なかなか参考になる。正対して、乱取りも。 スポーツ紙を読んでいたら、舛添要一大臣が、オリンピックの柔道について「俺にやらせろ」と吠えているそうな。彼はたしか講道館で二段をもらったと当人から聞いたことがある。でも、試合せずに段をもらった んじゃなかったっけ。そんな人が、「やらせろ」って、何をするのか。そんなデタラメな調子で大臣をしているのかもね。 |
| (8月某日) かなり涼しくなってきた。最初は8人と少人数だったので、クーラーが涼しいほど。それでも最後は20人オーバーに。パンチ中心の週です。 飯村支部長からメールが来ている。格通で喧嘩歴数千と紹介された「レフティージム」浜川会長、MMA八隅選手、青木真也選手と阿佐谷「青二才」で私のボトルを飲んでしまった、と。いや、ここもついに格闘技虎の穴ですな。 翌日、「戦極」テレビで見る。五味選手は右構えにしていたのに、一流解説陣が一同、意外、と連発していた。私には、相手の一発のある右ストレートと自分の左とを一騎打ちにしないよう、右に構え左手でガードしつつ右ローで足を潰してパンチ力をなくさせるクレバーな作戦に見えたのだが。仕留めるときに左構えに戻すということで。自分の見方がずれているのか、ちょっと不思議。 |
| (8月某日) 朝日の時評などがあり、体調が悪い。やっと時間が取れたので、吉祥寺支部で夕方に稽古。夜は飲み会だ。 行ってみると、飯村さんはおらず田中俊輔君がいた。移籍して稽古に没頭するのだそうな。総合のH選手が来ていて、スパーを始める。 私も俊輔君にお願いして、二ラウンド。蹴り合いは、トリックをかけあって面白い。 |
| (8月某日) 下北沢で「Save the シモキタ」シンポジウムに参加するので、自宅でストレッチとトレーニング。体幹を中心にやる。 進歩では、道路の拡張によって高層化が進むことで下北沢「らしさ」が失われることについて、危惧を述べる。高層化すれば需要はついてくる、というのが新自由主義者の都市再生論だが、人と人がアイデアと出会いから消費文化を紡ぎ出すことでしか、需要は生まれない。壊れ物のような過程を、机上の論理で分断しようとしているのがこの再開発だと思う。 シンポが終わると、明治・大正期のシモキタについても考察すべきだという老人につかまる。それが専門の学者らしい。また、反対のための反対になったら、道路ができたあとで適応できなくなるのではないか、という未来志向の方もいる。私は、過去から現在を経て未来への連続性を保つことが「らしさ」だと考える。過去だけでも、未来だけでも、「らしさ」は失われてしまう。 第二部が音楽だったが、これは大変な拾いものだった。 山本久土というパンク・ギターには心を奪われた。ピンクレディーの「UFO」を絶叫、「我一塊の肉塊なり」と、また絶叫。途中でニヤリとするのがいい。 原マスミというのはよしもとばななの装訂をしている版画家だが、男とは知らなかった。そのうえ、私より年上なのに、少年の自意識というけったいな人である。ギターも妙にうまくておかしい。 おおたか静流という人が才女なのはよく知っているが、内橋和久とのデュオ、全員の即興で、猛威を奮った。 雷雨に見舞われたが、良い一日だった。 |
| (8月某日) 涼しくなってきた。東北本部の佐藤順さん来る。二十名弱で稽古。組み技中心の週。 自分は新幹線で大阪へ。 翌日、朝から尼崎体育館へ。東大柔道部の落合雄太コーチ(セコム)が全日本実業団個人戦大会に出場されるので、応援に行く。 二回戦は土井(近畿通関、天理高出21歳)に完全に組み勝ち、華麗なステップで引き崩して内股で一本勝ち。組み勝つと、動くだけで相手が崩れるから面白い。
三回戦は山島(日体大柔友会、23歳)にも釣り手をはたいて組み勝ったものの、相手の受けが強く、投げることはできなかった。それでも再三引き落として指導を奪い、優勢勝ち。 四回戦は斎藤俊(新日鐵広畑、天理大出、23歳)と対戦。相手も組み手が強く、またリーチが長くて乱暴に振り回され、組みそのものは互角だったが膝をついて指導をとられて優勢負け。90キロ級でベスト16の戦績だった。 自分はそのまま体育館を出て、親父の入院している病院へ。初めて、髭など剃ってやり、車椅子を押して小一時間散歩する。 |