| (11月某日) 日頃格闘技に関心をもっているせいか、妙なことに目がいってしまう。 @総武線で阿佐ヶ谷から新宿に向かう途中、高円寺でふと前方を見ると「U.W.F」と書かれた看板が目に飛び込んできた。なになにと目を凝らすと、「キック、レスリング」などの字が見える。発車したのでいよいよ目の焦点を合わせると、「コーチ、ビル・ロビンソン」とある。こりゃ一体何だろう?表記されていた電話番号をすばやく記憶して(動体視力はいいのだ)、かけてみた。男性が出てきた。 A『週刊現代』でライフスペースにかんする記事を斜め読みしていたら、「グルに奉仕する空手、Japanese武道・・・」なる怪しい文字が。それしか記載がないので何のことやら分からん。そういえば、スーパーセーフを付けてフルコンでなぐり合うのはウチと似てはいるが、センセイの書いてることに電波が入ってる団体もあるから(「フルコンタクト空手」誌もよくいつまでも資源の無駄遣いするもんだ。この件については、私は「別冊宝島」で検討してみたことがあるが、すぐ出たセンセイの反論とやらはライフスペースの「定説」のたぐいで妄想の域を出ない代物だった。むしろ「トンデモ本」シリーズでやるべきだったかもしれない。もっとも、空手は強いのでしょうが)、存外空手とこの手の奇天烈な宗教とは親和性があるのかもしれない。怖い怖い。 Bこれは聞いた話。荻窪支部に所属しているAさんはボディビルで鳴らして最近大道塾入りした方だが、地区交流戦ではいきなりぶっちぎりで優勝した。体はいますぐプロレスラーになれる水準のものである。だが彼にも困ることがあるらしい。 まあ、どうでもいい話ばかりでした。 |
(11月21日)
|
| (11月14日) 先日予告しておいた「八巻建弐vs長田賢一」対談が池袋「パセラ」にて堂々実現した。もともとは私が八巻さんと面識があったのでお願いしたところ快く引き受けていただいたのだが、しかし両者が対談の場にならんでいる光景にはやはり感慨深いものがあった。どうやら同じ歳ということで、喧嘩体験記(長田149戦、八巻10戦)というアブナイ話から極真世界大会の感想(数見選手はよくがんばりましたね)、世界最強を目指すと言うこと、武道家とは何かからサプリメントの取り方についてまで、対談は縦横無尽に展開された。詳細は次次号の大道無門を楽しみにされたい。また、両者の連名サインが対談会場の池袋パセラ(カラオケ)と新宿支店に飾られる。三枚は大道無門誌初の「読者プレゼント」となる。ちなみに私はギャラ代わりに一枚もらった。これ、家宝ですよね。 衝撃、戦慄の光景は対談終了後に起こった。 この光景に触れた僕がどれほど興奮したか、お分かりいただけるだろうか。八巻さんといえば、「いついかなるときにも一戦交えるのが武道家だ」と常々仰る方である。対談でも「空手に命をかける」と繰り返された。もしアクシデントでも起きれば命がかかってしまうではないか。 長田さんの右ストレートを八巻さんがパリーしざま、前蹴りを上段に伸ばすとつま先が顔面をかすめる。ダックした長田さんが左ボディをアッパーで突くと・・・八巻さんのローがマスとは思えぬ「バシュ」という音を立てて決まってしまった。ここでフィルムがなくなった、とカメラマンが振り返ったので、僕は思わず大声で「ありがとうございましたー」と両者を止めることにした。時間にしてほんの数十秒の出来事だったろうか。二人は何事もなかったかのように笑顔で握手を交わして下さった。これにはホッとした。しかしあの「バシュ」という音にはびびった。これでマジになられでもしたら・・。この二人を止める人間なんて、誰もいないではないか。戦慄のシーンであった。 この後、いあわせた山崎選手と稲垣選手(これはこれで豪華メンバーだ)に八巻さんが前蹴りのポイントを伝授するといううれしい場面が続く。このはじくようにつま先を食い込ませる前蹴りは八巻さんが百人組み手の最中に会得したものだそうで、世界大会で黒沢選手に連発したやつだ。ローから連携すると、顔面ありルールでも十分につかえる、との解説に、長田さんも感心しきり。他流派にほとんど関心さえしめしたことのない稲垣さんさえ、興奮の上気した面もちで「刺激を受けました」と繰り返す。山崎選手はこれも伝授された極真流の飛び込む膝蹴りを反復していた。 八巻さんがお帰りになった直後、談笑しているとビジネスマンクラスのHさんが窓からひょっこり顔を覗かせて、「あれー、長田先輩おられたんすかー」と言う。スパー、見なかったらしい。ほんの数分の差、ついてない人はいるものだ。 |
| (11月某日)ワールドカップ体験記 11月1日から8日までシンセンから香港に滞在した。公務しては中国市場化の視察と香港における都市景観(電線地中化)の資料収集でそちらもおおいに成果はあったのだが、私用として第五回世界武術錦標賽(中国拳法のワールドカップ)に参加してきた。こちらは大道塾散打研究会長の資格としてで、長谷川朋彦選手の引率であった。現地合流したのは監督の木本泰司さん、東孝塾長である。 今回の大会はなにしろワールドカップである。サッカーでいえばあれなわけで、規模は違っても日本代表であるのは同じ。JOC関係で日本代表が着るJapanと縫い取りがあって日の丸を胸につけたジャージーをもらって公式の場ではこれをずっと着ていた。なにしろWUSHU(中国武術)は2008年に北京でオリンピックが行われることとなれば正式種目化することが濃厚なため、日本では報道されないのかもしれないが、各国とも大変な意気込みだった。套路は45カ国、散打は44カ国の参加である。後者には11階級で150人強が国の威信をかけて覇を競い合った。種目としては套路(型)と散打(sanshouと表記される。)部門が香港体育館にて三つの舞台で同時進行にて行われた。開会式は11月3日夜7:30〜、試合は4日から7日までだった。 私が到着した日、選手村のホテルは4人部屋ということだったが、日本人散打組は5人いたため、私があぶれてすでに3人で就寝しているインドネトア・チームの部屋に潜り込むこととなった。こっそり鍵を開けると寝息がし、真っ暗闇の中に二段ベッドが二つ。そのうち一つによじ登って寝た。翌朝起きたら子供のような選手たちで、蟷螂はこうした体型の人たちが多いと初めて知った。それで翌晩は同行マスコミの田中誠一さんにベッドを代わってもらった(というか、私がベッドメイクしてあった日本人部屋に犬の小便よろしく昼寝して所有権を主張したのである)。やっと落ち着いて眠れる、しめしめと思ったのだが、これが大誤算。実は下の木本さんは終夜鼾をかく人だったのだ。ほとんど8時間、大音量でとだえる隙もなかった。何も言わなかった長谷川・岡部両選手は修行ができているというか・・・。で、翌朝、また私はインドネシアの部屋を所望したのであった。 レセプションも数百人が入る食堂で、各国選手が入り乱れてバッチの交換をしたり自己紹介をしたりと大変華やかで、ああオリンピックの選手村とはこんなものかと体感したのだか、開会式にはなおびっくり。選手とともに入場行進し、観客に手を振ることになったのだ。テレビでよく見ることを自分がするとは思わなかったなあ。その後、観客席に戻り、演舞を延々と見た。最後に人気歌手(?徳華)が出てきて会場が騒然としたりした。 この大会にはこれまで日本は套路部門しか参加しなかったという。こちらは武術太極拳連盟がこの夏に全国選手権を行い(NHKでも放映)、大変な参加人数の激戦の中から男女8名が代表となっていた。今回も3つの銀メダルを獲得するという優秀な成績。なかでも渡部俊哉選手の太極拳は、ホームタウンデシジョンがなければ金との評価まであったすばらしいものだった。この選手はルックスもいいが、要注意だ。 散打はこれまで日本ではまともな紹介がなされなかったが、今回、競技としてヨーロッパ各国、中近東、ロシア、南米、アメリカなどが真剣にとりくんでいることを目の当たりにして衝撃を受けた。彼らは我々に10年先んじて強化を行っており、キックやレスリングの一流どころを組織しているのだ。なにしろカスは一人もいないという大変な高レベルであった。中国は100万人ともいわれる選手層を誇り、ナショナルチームで5階級全勝を狙ったのに3つしか金を取れなかったのを見ても世界の関心とレベルの高さが分かるだろう。とくに70キロ級で. Djanpolad Boudagov, Azerbaijanに Shang Xiaobang, Chinaが完敗したのは衝撃だった。後者はバンコクのアジア大会でも優勝した中国のエースだったからだ。ちなみに港太郎選手をかつて1ラウンドKOしたカンカ・リーはもともと散打の選手だが、この大会に過去二度挑んで二度とも銅メダル。今回も準決勝では完敗しました。それほどのレベルということだ。 ルールはライタイと呼ばれる四角い土俵のようなものの中で行うキックといったもので、顔面へのパンチ、蹴りが1ポイントなのに台から落とすと3ポイント、中央で投げると2ポイント、ミドルの蹴りが2ポイント、後ろ蹴りも2ポイントといった変則的なものとなっています。試合は2分3ラウンド。各回に判定が示され、二回を先取したものが勝ちとなる。内容としてはキックというよりむしろ相撲に蹴りありというのは春の北京での試合と変わらない。中国選手の基本はその相撲(スワイジャオ)で、彼らによるとキック選手に対したときのヒクソンのタックルからのテイクダウンはスワイジャオだということになる。とにかくパンチにせよ蹴りにせよだしたとたんにタックルを仕掛ける。キック選手はフランスやニュージーランドから高レベルの選手が多数参加していたが、とくに中国の参戦する軽いクラスではなかなか歯が立たなかった。ただし投げとはいっても組んでから4秒以内に限られるから、首投げといった大技は使いにくいようだ。中国選手はほとんどが相撲でいう「いなし」のようにしてかわして小さく小手に振って投げていた。春の北京での異種格闘技戦(ハクゲキ)ではリング使用、肘膝ありルールなのでムエタイとの交流も盛んなのだが、散打国際ルールではムエタイ選手は投げられっぱなしだったことからか、今回タイは参加していなかった。 ただし、中国選手もキックのルールでいうと横蹴りからタックルしか技がないので、投げを禁じられるとK−1に参加した選手のように凡戦しか出来ないことになる。あくまで投げの競技だということだ。ただ、重量級ではイランやロシアの選手は投げられないだけの重い腰をもっているので、パンチと蹴りだけでKOする者もいた。逆にいうとシュート・ボクシングのような投げありの試合形式は彼らは得意だから、シュートは小さい投げはポイントに取らないルールなのかもしれないが、今度行われる土井選手と中国武装警察との試合では土井選手はパンチも蹴りも出すたびにタックルをかまされることになるだろう。とくかくあのタックルからの「こかす」技はうるさい。 さて我々の陣営は岡部武央選手と大道塾から長谷川朋彦選手が試合に参加し、両選手とも台湾で合宿を張るなどかなりの特訓を積んだのだが、岡部選手は事前の通告なく体重測定が1時間でうち切られたため、あと300グラムが落ちずに失格、長谷川選手も判定がまっぷたつに割れる僅差の判定でブラジル選手に一回戦で負けてしまった。長谷川選手は何度か相手を台中央で投げたのだが、目測を誤って台の縁に寄ったところを(台で試合を行うのが初めてということもあり)つき落とされてしまったのがきいたようだ。しかしブラジルでも現在の日本と同程度研究が進んでいるようで、二人が台中央で立ち止まって右ストレートのみを狙う(蹴りは投げられるから)といったシーンには会場からヤンヤの拍手が湧いていた。両選手は後の試合も熱心に観戦していたが、どうやら散打はムエタイと同じく「反応」の競技だという点で一致したようだ。相手の突きけりに反応してタックルを仕掛け、勢いで相手をこかすのである。相手と組み合っていったん動きが止まると、中国選手もさすがに投げることはできなかった。相撲でいう「立ち会いに」反応と勢いを生かす技術が散打の本質なのではないか。 今後この競技がオリンピック化されれば日本でも注目されることになるだろう。しかし世界のレベルはものすごく高い。そうした感想をもった大会だった。 |