(9月某日)

 先日、拙宅に飯村健一さんにお見えいただいた。『大道無門』でのインタビューが目的である。奥さんと十ケ月になるお嬢さんの美冬ちゃんも一緒である。この子、美形の奥さんに似て、実にかわいい。その奥さんは飯村さんに似ているから、まあ娘さんは飯村さんに似ているといえなくもないが、飯村当人は強くそう主張する。親ばかである。娘さんを横に寝かせて、板の間で食事をしながらインタビューは延々続いた。内容は入門前から現在までの技術と心構えの変化について。ボクシングで減量したところ、生徒と首相撲しても振り回されるようになり、これでは本来の「強くなりたい」という目的に反していると気づき、増量するに至った由。また、吉祥寺支部を新たに開設される。これで本物のレッスン・プロである。関心ある方は本部に連絡してもらいたい(03−3031−6856)。本当に教えるのがうまいよ、飯村さんは。キックの複雑な技をいきなりやらせてくれる。支部の雰囲気も最高だし。なにしろ、パレストラのプロ選手が修斗の試合に出るのにセコンドする方である。話しはみっちりテープに収録したので、活字化されるのが楽しみだ。

 読売の読書委員会の後、小説家の川上弘美さんの作品が二つの賞を受賞したお祝いで、深夜まで鵜飼記者とともに三人でゴールデン街まで繰り出し、痛飲。このところ川上さんとはカラオケまでおつきあいいただいている。井上章一さんの「ガッチャマン」や川村二郎先生の「フィンガー5の個人授業」は奇想天外であった。翌日、飯村さんに進められたこともあり、久々に荻窪支部に出稽古。グローブを付けてミット代わりにパンチを受け、交互に打ち合う。全員で号令を掛け合うところは空手的だが、内容はチャクリキ方式である。ジャブに始まり、1−2−左ミドルまで。スパー4本、極真ルールで選手と一本やったら、昨日の酒のせいか息があがる。左ボディ−左フック・右ストレート−6連打−右ミドル3連打というややこしいコンビネーションを3回やったら相手のキックミットが故障したのでヤメ。選手らはこれを20セットばかりやっていた。たった一時間半なのに、よくこれだけ密度の濃い稽古ができるものだ。 

 

(9月某日)

 チケットを雑誌編集部から二枚貰ったので、横浜アリーナ付近に住むビジネスマン・クラスのS君(しかしそれでよく平和台まで稽古に来てるなあ)を誘って『PRIDE7』見物に行った。メインが高田暢彦対アレクサンダー大塚という色物だし、大物は多数登場するが対戦相手がどれもよく分からない奴ばかりなので期待していなかったが、蓋を開けてびっくり。総合格闘技界の流れを変えてしまうような試合が勃発した。

 このところの「総合」は、レスラーがタックルしてガード・ポジションから殴りつけることの優位をそれ以外の流派が覆せない流れが続いていた。例外は昨年、その流れの代表であるランディー・クートゥアを下からの逆十字に取ったエンセン井上。しかしその「ハーリトゥード・ジャパン」という大会にしても、この井上の健闘がなければレスラー優位を決定づけてしまうような試合が続出した。前半が終わり休憩時間に開場の外に出たら我々の流派のチャンピオンである山崎選手がいて、真っ青な顔をしていた。理由はあまりにもレスラー優位が明確だったからだ。観客は気楽に見ていたかもしれんが、レスラー以外で素人ではあれ格闘家として自分なりに技の組立を考えようとしたり、山崎選手のようにいずれ総合に打って出ようと考える(この9/18パンクラスに参戦決定。僕はゼミで行けない)者なら頭を抱えるような試合ばっかりだったのだ。ところがたった一年で、頭突き禁止の広がりがレスラーには決定的に不利に働いたということもあり、レスラー優位の情勢に水を差すようなことになった。タックルからの頭突きが禁止になったため、ガードポジション(仰向けの相手が下から両足で胴を挟む)で攻撃が止まってしまうのだ。この日のカール・マレンコにしても、いくらタックルで上になってもそれから何をしていいのか分かっていないために、相手のヴァンダレイ・シウバに下からいいようにコントロールされた。下から上の選手のパンチをガードするというのはブラジル勢のうまいところ。これは、レスラー以外にとっては必須の技術になるのだろう。小路晃にしても、腰が重くて上になるのはいいとしても、それからの展開がないので試合としては退屈だった。その点、レスラーではあるがタックルから後の展開が目まぐるしい桜庭はやはり凄い。客も大いに沸いたがさもありなん。ダブル・アーム・スープレックスを何度も試み、肩エビ固めも失敗したがチャレンジした。このガチンコの試合でそれだけのことをするのは度胸と技量に相当な差が必要だ。並に強いだけではない、さすがプロ、という選手だ。で、最後はあっさり逆十字を取るのだから、本当に大したものだ。

 問題は、マーク・ケア対イゴール・ボブチャンチン戦だった。ケアは総合無敗で現在のレスラー優位の状況でも最上位に位置し、地上最強といわれる全米代表級のレスラー。レスラー以外が切れるタックルではない。高田を始め、あのウゴ・デュアルチまでがへっぴり腰で対応したために闘う相手がいなくなった怪物だ。対するボブチャンチンはロシアのキックボクサーだが、来日前から獏さんのビデオ大会でも評判になっていた選手。腰が重くてタックルされても倒れず、異常にでかい拳でバタバタと相手をなぎ倒してきた。何を思ったのか先日はK−1に出て、ホーストにKO負けしたから少し株が下がった。やはり総合の中の打撃の選手だ。エンセン井上は前の試合で次の大会ではケアーに挑戦してどちらかが倒れる試合をやってみせるとぶち上げた。だから現在の頂上決戦ではあるものの、まずケアーが負けることはないと目されていたのだ。ところがそのケアー、ヘタッピーなローなんか蹴るからパンチを合わされて仰向けに倒れる。会場は大騒ぎ。高田とは違ってイゴールはちゃんと反応するのがすごい。あわててケアはタックルに行き、何度もテイクダウンしたものの、それからすることがない。なんとか上からドツこうとするのだが、イゴールの眉間を切っただけ。下のイゴールがコツコツ耳を叩くと、ただ呆然と抱きつくばかりである。そして2ラウンド、ついにタックルを切られ、イゴールの膝を三発かまされると、ぐったりと動かなくなってしまった。ケアのタックルをキックボクサーが切ったのは大したもの。ということは、大道塾としても、タックル切りだけは必須ということなのだろうなあ。

 ちなみに、翌日の新聞を読むと、試合会場ではイゴールのKO勝ちだったのが、反則でノーコンテストとなっている。どうやら四つん這いの者に蹴りを入れるのは反則だったらしい。それでも実践を考えれはありゃ負けだ。そもそもこのルールでは、最初から四つん這いなら蹴られないことになってしまう。

 それにしても、高田vs大塚というのは見るも悲惨なもの。ブレンバスターなんか使うなよ。ガチンコでプロレス技を本当に使おうとした桜庭に失礼だ。しかしあれだけ気の抜けた試合を熱心に見る客というのもいるのだから、比較広告というのがいかに無効かよくわかろうというものだ。とはいえ前回から、プロレスラーを彼ら同士の試合は組まないものの大勢投入するようになってから、『PRIDE』は満員盛況となった。そしてついにプロレスの試合が導入されてしまった。イゴール対ケアを実現させえたのも、この観客動員ゆえというのは事実だろう。しかしそうならば、修斗が目指しているように、ガチンコのみで試合を組むのは無理ということになってしまう。総合誌が小林よしのりを使わなければ活気を持てないのも、同じといえば同じだ。プロレスとアルティメットを仕分けし、それぞれ楽しむアメリカのファンというのがうらやましい。その違いも分からず同じリングに立たせてしまう我が国というのは、本当に情けない。高阪は見てくれは良くないが豊富なアイデアと闘志でアメリカでは絶大な敬意を勝ち得ているというのに、リングスでは前座並の扱い。要するに見てくれがよくないとまともな扱いは受けないということなのだろう。本物を見抜くアメリカというのは、やはり凄い国ではある。ちなみに、漫画家のグラップラー・板垣恵介氏は高田戦の途中で「まじめにやれー」と大声を上げて退席した由。この方、僕の顔を見るたびにちょっかいを出してくるのだが、さすが格闘技ファンとしての矜持を持っている。尿道結石が出ずに苦しむ獏さんも交え、一緒に一杯やったが、なかなかうまい酒だった。

 

(9月某日)

ゼミが急遽延期になったので、得たりとばかりに「パンクラス」見学に。山崎選手を出場させるということで、道場にパンクラスから届いていた招待券を頂いて入場。おや、ずいぶんと良い席だ。尾崎社長、お気遣い有り難うございます。新宿支部長の高橋師範、本部所属で興業やマスコミ関係に詳しい原田さん、広報の伊東さん、選手の長野さんが同行。伊東さんはプロレス・マスコミに憧れていたという女性。「大道無門」を任されて、張り切っている。塾の祝勝パーティーにはジャージーで出席する(!)のに、この日はドレスアップしているのに目を見張った。

 まず、パンクラスの試合のレベルが上がったのに驚く。バーリトゥードの出現以降、掌底打撃は緊張感がないといわれたものだが、どうしてどうしてストレートやアッパーもちゃんと打ち分けているし、ダッキングやカウンターもこなし左構えのサークリンリなども出来ていて、感心した。高橋が顎にアッパーをヒットさせると渋谷がぐらついたりして、衝撃もかなりありそうだ。以前のパチパチの張り手合戦からすればえらい進歩である。決まり手はフロント・チョーク。ある時期から廃れた技とされてきたのに、朝日−ノゲーラ戦から復活したのが面白い。

 セム・シュルトは大道塾が発掘した選手(2m10cm)で二年連続の無差別チャンプだが、不利のはずのパンクラス・ルールでも手のつけようのないほど成長している。寝技も取られないし、上になるとガード・ポジションからでも長い手でバシバシ掌底を顔に落としている。美濃輪はそれでも良く耐えて何度か極めそうになったのだから、ただ者ではない。体力と技術、根性の高さでトップ・クラスの選手だと感じた。シュルトには北斗旗ルールならば道着をつかんでの背負い投げからの「極め」しかないという僕の持論が信憑性を持ってきた。

 問題は山崎−窪田戦。総合系のアマ大会でならし、今も郷野らフリーの選手と合同トレをしている山崎選手がパンクラス・ルールでやりたいというのだから、それなりの勝算はあるのかと思っていた。しかし相手はグリーン・ボーイとはいえプロ。こちらは普段は拳の打撃に道着ありでやっているのだから、どうみても勝ち目はないと思っていたら、案の定最悪の展開になった。山崎は投げからの極めと、最近伸びてきたパンチが得意の選手。それが投げは裸で使えず、パンチは掌底があまりうまく打てていない。そのうえタックルできるわけでもないから、つまり攻撃の手がなく、相手のタックルを受けるところから試合が始まることになってしまった。ずっと下になって張り手と腕がらみをしかけられる。タックルには膝を合わせていたが、パット付きなのできかない。どうやら三角締めと逆十字をねらっていたようだったが、このルールだけで稽古している相手にはおいそれとかかるものではない。一度だけ上になって裸締めを狙ったが、それも亀になられてしのがれてしまった。僕としては、このルールで試合を受けてしまったこと自体に団体として無理があったのではないか、とつい思ってしまう。これでやるなら、普段から裸で稽古し、タックル切りは必修、また北斗旗選手権にも掌底で出るくらいの心構えがなければならない。山崎選手自身を批判する気はないが、団体としての大道塾が「負けた」ということになってしまう以上、団体として山崎選手と戦略を確認しておくべきではなかったか。どうも、うちは試合の戦略が下手だ。これならパンクラチオン・ルールの方が頭突きあり・拳打撃で、まだ適応できたじゃないか。

 興業そのものとしては、大成功だったと思う。セミの船木はパンチ2発で倒した。相手の能力に難があるという見方もあるかもしれないが、それでも以前ドロップキックをやっていた看板選手がパンチを打てるようになったというのは、白紙の者がそうなるのとは段違いの努力を要するだろうと思う。メインのタイトル・マッチは、ガチンコで初めてみた「真空跳び膝蹴り」。一発で脳震盪させた近藤有己は本当に凄い。尾崎社長はいつも人なつこい笑顔で我々には好意的に声をかけてくれる方だが、これだけの大会に育てた手腕には敬意を表したい。その期待に添えるだけの試合ができなくて申し訳ない気持ちになる(これも山崎批判ではない。このルールを受けることについて団体として再検討するなり、やるならやるで対策を立てるなりができなかったことが問題なのだ)。

 帰り、ライター諸氏とカメラマンの長尾迪氏の車に同乗。そのうちA氏は八百長を八百長と書くのがジャーナリズムじゃないか、と言いながらこの業界の一線で活躍している人である。おかげで、『PRIDE』には取材拒否を食っているらしい。そういえば、僕なぞ業界人でもなし、『リングス』も含めて糾弾する責務があるのかもしれない。ガチンコと八百長を混ぜるというのは最悪の論壇状況だというのが我が『思考の格闘技』の主張なのだから。そういえば、前田日明と小林よしのりがつるんでいるというのもこの図式にあてはまっていて、感慨深いものがある。

 

(9月某日)

 家で仕事をしていたら、チャイムが鳴った。ビジネスマン・クラスのA君が突然玄関に現れたので驚く。彼は目黒だかでアルバイト生活をしているはずである。家人は息子とともに出払っていたのでやあやあと招き入れると、手みやげを渡される。昼の部の稽古帰りだそうだがそれでも平和台から池袋・新宿回りで阿佐ヶ谷下車徒歩十分となるとただごととは思えない。もともと彼は私のマスコミ上の仕事を論壇系のものも格闘技系のものも知り、道場に通い始めたと聞いている。何かいなと汚い仕事場に通し茶を出すと、「先輩、短刀直入に言います」と思い詰めた顔。聞くと彼、一念発起して某最難関の試験に挑戦すべく二年ほど前から仕事はアルバイトだけにして勉強に打ち込んできたのだが、このところスランプだという。空手は気持ちを強く持つのに始めたが、勉詰め込み式の勉強に嫌気がさして進まなくなった。どうしようか、という相談である(もちろんもっと詳細だがここには書かない)。
 私はいろいろ返事をしはしたが、それよりもバロン吉元『柔侠伝』のようだというか、今時ちまちま日常に埋没せず、天下の素浪人として人生の目標に邁進するなど、それ自体が見上げたものだと思った。そうした人が週に一二度、思いの丈を拳に込めてどつきあっているというのは、稚気溢れる光景だと思う。そうしたことで頼られるというのも、なかなか有り難いことではある。この歳にして先輩/後輩などというシステムで袖すり合うのも結構なことだと再確認した次第。

 そういえば道場には本当にいろんな人が来ている。一週間仕事と家庭の都合で稽古できなかったので荻窪支部に出稽古に行くと、今度若者の部に極真ルールで挑戦するという方がいて、聞くと四十二歳。体操選手だったとかでスパーで先輩を圧倒していたからなかなかのもの。また別の五十歳だという方も、パンチが強くハイも蹴れる。大したものだと驚いた(30年前に他流派でやってたとか)。いや、テレビなどで世間に知られるものだけが格闘技界ではないとつくづく思う。仕事上の悩みを抱えているいる人、家庭でうまくいかない人など大学なんぞの周辺では滅多に会えない生々しい現実がここにある。きっと、道場というのは非現実的な世界だからなんだろうな。
 試合間近というので私も若手選手のスパーの相手をしたが、これが100キロ超の巨漢。本腰を入れ、相手の1−2からのローに合わせてパンチ4連打からの左ローを繰り返し連射したら、かなりきかせることができた。しかしじきに息が上がりかかったので後は流そうと思ったら「残り1分半」とのコール。まだ一分半しかやっていなかったのか。いや、稽古不足者には三分のラッシュはこたえる。

 

(9月某日)

 これはご本人に書いていいのかどうか承諾を頂いていないのだが、どうせ格闘技雑誌には掲載されるのだから、その範囲の情報だけなら書いていいだろうと考えて書く。加藤清尚師範代が北斗旗無差別大会での再起戦を前に、練習中再び怪我をされてしまった。悪夢の交通事故・右足粉砕骨折から三年、春の大会で復活したものの稽古もあまり順調ではなく一回戦敗退(僕はいまだに判定に異論があるが)。そののちトレーナーと詳細にうち合わせをしつつハード・トレーニングをこなしてきて、絶好調だった矢先のことだ。箇所は以前の部分ではなく、初めてのところだという。どうやら骨を牽引して再生させた部分が固すぎてそれ以外の箇所と密度がまだらだったこと、周辺の筋力が強すぎたこと、そしてこれが一番重要なようだが過労であることなどが原因であるようだ。朝はパレストラ、昼は走ってウェイトと反射神経、夜は指導とスパーという、サラリーマンの仕事時間なみの稽古量。叱られも頼まれもしないのにこれだけの稽古をこなす人というのは、藤原・大沢以来ではなかろうか。それも軽量級の選手が二十キロは余分に筋肉をつけての無差別挑戦である。最新の科学トレーニング理論にのっとって稽古していたとはいえ、人類未到の境地で肉体をいじめていたわけだ。疲労量は計り知れない。それでも完璧主義ゆえに計画通りの休日以外には休まなかったらしい。
 平和台までチャリで行き、そこからタクシーで板橋の病院までお見舞いに行ってきた。加藤さんは病人とは思えぬ筋肉をシャツから出しつつ座っていた。いつものように坦々とした口調ながら、悔しさは口の端にも滲む。一体この人はどれだけの試練を課されるのだろうか。今は快復を祈るばかりだ。
 帰ってきて三部の稽古に合流すると、ビジネスマンのN氏がいて、黄帯のM君のお父さんが急死されたという。二部のビジネスマンたちは早々にお通夜に出かけたようだ。我々も結構いい調子で殴り合った後(今日は投げに新境地があった。両手・一本の背負いがともに高校以来久々に綺麗に決まったから)、斎場へ。十時にもなったので完全に扉が閉まっている。中に電話すると親族は皆引き上げたというが、M君がご遺体のお守りをしている。会社の同僚でもあり前回PRIDEに私と一緒に行ったS君が喪服姿でつきあっていた。四畳半の部屋に招き入れられ、乾杯とはいかないがビールを飲む。父君の最期のご様子を聞く。階段から足を滑らせたのが致命傷であるらしい。二日前まで健康だったというから人生は分からない。不思議な符合だが、さっきまで私が加藤さんを見舞っていた板橋の病院に運ばれ、亡くなられたという。M君はパソコンの販売関係の仕事だが、私が去年入院した折りも息子連れで見舞いに来てくれた人だ。さほど空手はがつがつと強くなろうという気配はなく、稽古と人間関係を楽しむタイプ。土曜に稽古をして日曜には実家でお父さんと飲むのが通常だったという。奥さんは塾長夫人と飲み明かしたりしているというから空手と面白いつき合い方をしている夫婦だ。話はパソコンのデザインからビジネスマン・クラスの運営などにも飛び、深夜二時半まで飲み食いさせていただいた。一面識もない連中が汗まみれの半ズボン姿で押し掛けてきてけったいな話をして帰ったのにはご遺体となられたお父様も驚かれただろうが、M君のライフスタイルが聞けて興味深かった。合掌。