『帰ってきたソクラテス』池田晶子著/新潮社/一四〇〇円

 ソクラテスが現代ニッポンの論客と渡り合ったらどんな対話になるのか。これは楽しく危ない思考実験の書だ。全二十章、パロディ化されたモデルが思いうかぶ論敵としては、フェミニスト、ポストモダン哲学者、トレンドクリエーター、差別語狩りに反対する小説家たちが登場する。プラトン、イエス、釈迦との対決もある。対話のうちに、当然のものとみなされてきた偏見が解体されてゆく。 たとえば、「生きる権利」。生きていることには良いも悪いもない、それは事実にすぎない。権利も、社会の中の個人が社会に対して主張する欲望の言い換えである。端的に「生きたい」と言え。

 犯罪者たる君の基本的人権を守ってあげよう、と申し出た「人権擁護の会」会長に対して『罪と罰』のラスコーリニコフは、俺は平等を求める豚ではなく超人なのだ、凡人なぞ踏み越えてよいのだ、とニーチェ的論理で抵抗する。ソクラテスがもっとも関心して見守るのがラスコーリニコフだというのは面白い。 ここにはソクラテス哲学の解説がなされているのではない。その「使い方」が示されているのだ。「実のところ僕は、帰ってきたわけじゃない。僕は、ずっとずっと、ここに居たのだ。今も居るのだ、これからも居るのだ。諸君がものを考える、そのとき、僕は居る」という「あとがき」は、とても感動的だ。


(月刊宝石)