| 『「歴史の終わり」と世紀末の世界』浅田彰/小学館/1700円 89年のソ連東欧の崩壊と91年の湾岸戦争は、当初は西側の資本主義や自由民主主義の勝利を意味したかに見受けられた。しかし、幾人かの先鋭な思想家たちは、西側もまた東側と一緒に負けたのだ、といっている。といってもこれはただのレトリックではない。ヨーロッパが生み出し冷戦下の世界を仕切ってきた近代的な理念、すなわち自由や平等、国民国家などは、もはや耐用年限を越え、今後の世界に新たな秩序をもたらさないのではないか、というのだ。 著者は 83年の『構造と力』以来、ヘーゲルの築いたモダン=近代の哲学の終わりを告げるポスト・モダンの理念を追求してきたが、ここでは11人の対話者を得て、時論をより闊達に論じている。フクヤマは、社会主義の崩壊こそヘーゲルの自由民主主義の完成だとして、著者と鋭く対立する。これに対して旧ユーゴスラビア人のジジェックは、資本主義の普及は、それから漏れた「外部」としてのユーゴの内戦やリオデジャネイロの極貧をもたらした、と述べ、柄谷行人は、排外的な民主主義・国家主義と対決するには自由主義の理念こそ重要だ、という。それにしても、目下注目されるべき海外の思想家を指名するのに著者ほどの適役はいまい。ただし、著者自身の議論はというと、近代を限界まで推し進めながら一方で前近代的な天皇をいただく日本は画一的で嫌だ、という情念を理屈にしたものに思える。だが自由主義者は、凡庸な他人との共存も我慢するものではないか。
(月刊宝石) |