| (10月2日) 院生ゼミでジンメルの『社会分化論』などという「渋い」ものを読む。もともとは院生のリクエストだが、私自身、「信用」と「社交」の概念に関心がありちょうど読み返そうとしていた矢先だった。「信用」に関心がある、というのは、『大航海』の今年4月号で金融が特集された折りの竹田茂夫氏の論文「信用と信頼」にひかれたから。現在の株価は変化を予測させる特定の新たな情報が入ってこない限りこれからも続く、という「コンベンション」こそが、将来どう動くか分からない株式に大金を投じる根拠だというのが竹田氏の主張である。コンベンションは個々人の合理的な行動の均衡などではないが、「確実性」があたかも存在するかのような錯覚を社会にもたらす。それゆえに、元はと言えば個人に対するミクロな信用を反映する資産が、マクロな信用に支えられる貨幣と交換されるという。そこでジンメルの「信用」とケインズの「信頼」を繋ごうというのである。 追記)どうでもよいことだが、消費論の本をいくつか通読していて、飽戸弘著『売れ筋の法則』(ちくま新書)に、こういう記述があった。「有名なフランスの社会学者G.ジンメルのモデルに、流行にかんする『個性化対同調』というモデルがある。・・・」この本は、タイトルのこだわりのなさのわりには消費心理学史の流れについてはなかなか興味深い解釈が示されていて参考になるのだが、しかし「有名」なのに「フランス」とは・・ |
| (10月10日) 用あって西山賢一氏の『複雑系としての経済』(NHKブックス)を読んだが、その記述でちょっと驚く部分があった。私の書いたものへの言及があるということなのだが、それが複雑系について批判的に論じた文章などではなく、環境問題を実証的に扱ったものだったからだ(「西太平洋地域の経済発展と地球環境問題」『環境経済論(下)』(共著)慶応大学出版会、1994)。これはもともとは金融財政研究所というところの環境問題研究会になぜか私が呼ばれ(呼んで下さったのは都市工の市川先生)、そこで協力を仰ぎながら書いた論文だった。慶應の鳥居先生にもそこでお会いし、先生ご自身は直後に学長になられたのだが、論文の内容についてはその縁で五年間、一時間ずつ慶應で講義させていただいた。西山氏は複雑系のモデルを用いて環境問題に取り組もうとしておられる方だから、拙文に関心をお持ちいただいたのだろう。こういったコメントである。 地球環境のもっている再生能と受容能の範囲内で経済を営んでいけば、持続する 経済を実現することができる。そのためのライフスタイルが 「モノとエネルギーはつつましやかに、情報とサービスは豊かに」である。そしてこのライフスタイルが経済をマイナス成長にさせたり、経済全体を貧しいものにさせるのではなく、むしろこれまでとは違った璧かさをもたらすものであることを、新しい経済学が描きだす役割を担っている。 ところで、現在の私はむしろ西山氏が環境を分析しようとする当のモデルそのものや消費社会の様式に関心がある。つまり複雑系を含む経済学の見直しである。環境から入って経済モデルへ、というふうに順序が西山氏と逆になっているのだ。ちなみに私は複雑系の経済学というものについては、それが社会学や歴史学を取り入れようとした故・村上泰亮先生風のものでなければ流行に乗っただけのかなりいかがわしいものだ、と書いたことがある(『自由の条件』)。だが西山氏はまさに村上先生同様にそうした広い視野で経済学の見直しに取り組んでおられて、共感を覚える。また、欲望と技術の変化を内生化することで経済学の革新を図る、というプログラムも私のものと同じだ。 |
| (10月23日) 間宮陽介氏の『同時代論』を書評のため読む。書評そのものは日本経済研究センターの会報に出る。一般読者用に書いたものとしてはそちらをご覧頂くとして、その先にあることを書こう。 |
| (10月30日) 知人からの電話でスルジェデヴィ・平尾夫人が亡くなったことを知る。ご夫妻は練馬の平和台に住んでいるが、ネパールの西部の観光地、ポカラの安宿スルジェハウスの創始者として著名である。だがそれよりも、講談社ノンフィクション賞の第一回受賞作『ヒマラヤの花嫁』(中公文庫)の著者と主人公の夫婦、と言った方が良いかもしれない。平尾さんには他にも講談社文庫になった『ヒマラヤ・スルジェ館物語』がある。 |