| (6月某日) 六時起き。いよいよ、である。一年の総決算だ。
体操、食事。
講道館に着く。四面の大道場で、すでに四校が稽古を始めている。壮観だ。テレビカメラも、NHK、ニュースター、晋遊社と三機回っている。華やかで、痛いほど緊迫して雰囲気だ。
開会式。委員長なので、優勝旗・優勝カップ返還で、受け取る。委員長、挨拶。
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おはようございます。
選手諸君、引率の先生、OBのみなさん、ようこそ東京へいらっしゃいました。
今日、これから第58回の全国七大学柔道優勝大会を開催いたします。選手諸君は、一年間に培った力を存分に発揮して、思い残すことのない試合をしていただきたく願います。
今回の七大戦は、ここ講道館で開催されることで、これまでの57回の歴史に大きな意味が付け加わろうとしています。
七大学柔道大会の母体は、戦前の高専柔道大会であります。そして柔道の創始者であられる嘉納治五郎師範が、生前に寝技に偏っているという理由から高専柔道ルールに対し修正を求めたという経緯があります。
それにもかかわらず七大戦は昭和27年(1952)にが開始されて以降、「引き込みあり、団体15人勝ち抜き戦、一本取り」という三原則に加えて、「守り一辺倒も認める」という方針で、講道館ルールや国際ルールとは異なる特異な柔道を築き上げてきました。
本大会の審判規定前文は、「日本の学生柔道を牽引していくような立派な七大学柔道を作り上げていかなければならない」と謳っております。しかし、我々の七大戦ルールはこれまで、ほぼ七大学を中心とし、親交関係にある大学との交流戦でのみ用いられてきました。
本日ここ講道館で七大戦が開催されるということは、七大戦が「日本の学生柔道を牽引していく」という文言に相応しいものに成長したのか否か、嘉納師範の写真の前で披露することを意味しています。
本件につき、七大戦を講道館で開催することをご許可下さった上村春樹講道館長、そして仲介の労をおとりいただいた津澤寿志・東大師範には、心から感謝いたします。
七大学柔道部は、多くの部員が大学院に進むほど、文字通り「文武両道」を追求しております。七大戦は、スポーツとしての国際柔道ルールの常識からははずれて見えるかもしれませんが、嘉納師範が追求しておられた「教育としての柔道」という考えに対し、ひとつの答えを出してきたと自負しております。
選手諸君は、先輩方が築き上げてきた七大戦の歴史を嘉納師範にご覧いただけるような、立派な試合をして下さい。また、観客のみなさんには、歴史の証人となっていただきたい。以上を願って、開会の挨拶といたします。
東京大学柔道部長 松原隆一郎
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普段は空で喋るのだが、今回ばかりはそうもいかない。自分としては、これで半分は仕事が終わったということか。ほっとする。
いよいよオーダー発表。三試合が同時に始まる。
京都は、信じがたいことに、先鋒の取り役・長崎がいきなり取られる。北大強し。平尾が二人抜き、小林・五藤・山本と、次々に抜いていく。京都が一方的にやられている。取り役の安堵はきっちり分けられた。信じられない。結局、五人差である。
阪大・九州は、二番手の九州・宮崎が三人抜きで勝ち残り、四人差勝利。
凄かったのは、やはり東北・名古屋。名古屋が黒木・早稲田と先行。東北の怪人・高橋実が抜き返すが、名古屋は二番手・中の森をぶつけて引き分けさせる。次に名古屋の佐藤が抜き、一人差に。このまま東北は三将の石丸だ。つまり東北はエース石丸のあとに二人置いておいたことになる。この配列は絶妙だ。
石丸は、当たり前の顔をして、さっさと二人を抜く。抜かれた方も、分け役としては強いのだが、あっさりと抜くだけの正確さが石丸にはある。ついに逆転。ここで石丸は、名古屋のエース・中川ともついでに引き分けてしまう。取り役のくせに、分け役としても強いのが東北の特徴だ。これは東大にないところだ。

ここで残りは名古屋一人、東北二人。東北はきっちり分けて、一人残しで勝利である。いやな名古屋が敗復に回ることとなった。
東大・阪大は、寺田が四人抜く。しかし次に投げられるところも寺田らしい。しっかり分けろよ、コラ!!

東大は、一年生の中野が、勝ち。教わったばかりの防御で、次を分ける。山村も良いセンスで分ける。この二人は試合カンに見るべきものがある。
しかし、伊藤は相手が逃げているのに、監督の「攻めろ」の指示が聞こえず自分も逃げる。取り役・武田は一人抜きのあと、阪大のエース・竹内に抜かれてしまう。このあたりは石丸との差だ。結局、武内に三人をゴボウ抜きされて、二人残しの勝ち。僅差である。
引き続き、名大戦。
名大 東大
早稲田 岡
佐藤 新田
森本 中野
中ノ森 碇
松元 武田
加藤 寺田
小塚 堀内
中川 渡辺
武馬 境
高 柳生田
水谷 伊藤
高木 高渕
黒木 佐竹
平野 細川
高橋 山村
岡は良い感じに引き込んでいたが、なぜか一回前に出てしまう。まずい、と思った瞬間、投げられて一回転。続く新田が取り返すかと思ったが、これもなぜか得意の隅返しをやらないで引き分ける。「ノーミスで行け」とアドバイスしたのに、いきなりミス続きである。それでも一年中野が強い佐藤と必死の引き分け。取り役・武田が中の森と当たったので、ここで分けてくれれば試合になる。
と思ったが、腕を決められる。寺田まで取られ、堀内は仕方ないにしても、大将・渡辺まで引っ張り出される。これでは試合にならない。境がようやく苦労して一人抜くが、最後はエース中川が笑いながら五人をごぼう抜き。八人差の大完敗である。呆然。
津澤師範、柏崎先生も、あまりのことに怒りながら笑っておられる。いや、笑いながら激怒しておられる。ご自分ではこんな負け方をしたご経験がないので、どうしたらよいのか分からないご様子。勝てないにしても、八人差もつけられるような相手ではない。中央や国士舘とやっているんじゃないのだから。自分の力が出せないのは、自己評価が誤っているせい、もしくは怖がっているせい。気迫が感じられない。弱者が知性もしくは気迫で光るのが七大戦なら、これは七大戦ではない。がっくり。
師範に呼び止められて、喫茶。次いで、OBレセプションで学士会館まで歩く。遠征歌・部歌など大合唱、自分は浮かれない気分で師範と飲み直し。さらに一部ともんじゃでビール。ホテルに帰ると反省会しているので、ひとことと言われて、10分喋る。監督・コーチとさらに深夜まで、ホンネ反省会。

去年は、決勝で敗れ、胸に穴が空いたような感じになった。今年はまた、まったく違う。北大に勝ったのは、去年の金丸君とかの引き分けがあったからで、それだけの地力が見えた。今年は、とにかく分けることすらできない。試合にならないのだ。
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