書評『脱物質化社会』ダイアン・コイル著/松原隆一郎

 原題は「無重力(ウェイト・レス)世界」。現代経済の特質としてIT化やグローバル化、国家による福祉の終焉や高失業率の定着、所得の階層分化などが従来指摘されたが、みな経済の発展とともに商品が軽くなったことの帰結にすぎない、という趣旨である。

 経済が「ウェイト・レス化」したというのは事実である。先進国においては産業構造の重心が第三次産業に移行し、そのうえ同じ機能を持つ商品なら「軽い」方が重宝されてきた。重さで測ると、先進諸国の産出物は国民所得にして二十分の一だった十九世紀末から変わっていない。トランジスタ・ラジオやウォークマン、小型車という具合に商品の小型化を得意としてきた日本人には腑に落ちる議論だろう。

 だはそれは何をもたらすのか。輸送や情報伝達の費用が下がったため、これまでなら社内で作っていたソフトウェアをインドに発注するといった現象が起き、企業が組織に労働者を特定の場所にフルタイムで囲い込む必要をなくて、福祉や景気対策などフルタイム労働者だけを対象にする国家の政策は無効になったと著者はいう。ユーザーが増えるほどブランド名が上がるため、機能で劣る商品が消費者を独り占めしうるという「ネットワーク外部性」や、特定の国家というよりも最大の市場を有する都市に企業が集中するといった新たな産業集積も顕著になった、と。

 といっても本書は市場がもたらす産業構造の変化やそれに適応する企業のフレキシビリティを礼賛するのではない。国家の福祉が見落とした社会的な連帯や信頼の回復を、地域通貨や零細銀行で実現しようと唱えるからだ。未知の現実を想像力を駆使しつつ関連づける論述は斬新である。

 ただ、物的な「重量」の観点だけからすべてを説明するのには限界があるとも感じる。すでに貨幣などは金の重さと切り離されて長く、むしろそれが担う信用の急変が国際経済を不安定化させるというように、価値や意味における「重さ」の喪失や偏在が喫緊の問題となっているからだ。

 

(日本経済新聞)