| 『「内なる近代」の超克』福田和也/PHP研究所/1350円 発展途上国を旅行していて、自分が日本人であることがひどく嫌になることがある。といっても、売春ツアーと出会った、とかいうのではない。その手の単純な醜さは、不快を引き起こすほどのものではない。不快なのは、安宿に泊まることに妙なこだわりを持ち、日本企業の悪口をたれているような日本人連中だ。自動車産業が輸出しすぎたおかげで円高になり、外国に来れたくせに。せめて罪滅ぼしに散財すればよいのに。 こういった「感じ」を常々引きずっていたせいか、三島賞作家としてこのところ注目されている福田氏の手になる本書には、多くの点で共感できた。日本人が、社会や世界の「枠」に頼らず個人として真に独創的に生み出せるものは何だろう?たとえば、江戸時代といって我々がすぐ思い出す浮世絵は、西欧の好事家がその価値を発見したものにすぎず、そうでなければ打ち捨てられたものだ。「日本」は、外人にとって明確であっても、我々には逆に見えにくくなっている。 現代に「日本とは何か」を求めて福田氏は、日本人フランス文学者・岡倉天心・岸田劉生・吉田茂・村上春樹などの仕事を検討し、画一化を強いる西欧的近代化に染まらぬ日本文化の型をさぐり、ちまちまとした西欧産の「近代」志向の破壊を迫っている。ただし、しばしば触れられる福田氏個人の趣味はというと、イタリアワインや骨董品・パンクロックなど、『ブルータス』的世界での知的優等生の遊蕩にすぎないのだが。 (月刊宝石) |