『甘美な人生』福田和也/新潮社

 放蕩、憎悪、無意味、陶酔、日本−そうした概念を駆使しながら、福田氏はこの初の評論集で、まったく誰にも似ていない文芸批評の組み立てに挑んでいる。

 ここに集められた批評は、とりあえずは村上春樹、佐藤春夫、谷崎潤一郎、万葉集、折口信夫、河井寛次郎を論じている。しかしそこには、ほとんどの書評家が目指すような、読者と作家を正確につなぐ情報伝達の機能や、それを巧みに利用して特定の作品を恣意的に持ち上げる幇間的な姿勢がまったくない。むしろ、そうした機能や姿勢を破壊すること、その破壊が甘美であると示すことによって批評を一個の作品たらしめることこそが著者の目的なのである。

 ワインを入手するための情報を正確に仕分けしその価値を評価する文章でなく、地上に一本しかなく誰もが試飲できず追体験できないワインについてその快楽をただ文章の力によって語るのが批評だ、という氏の主張は、開高健を思わせる。しかし、開高の作品が社会のマージナルな領域にある趣味と戯れる自分を表現したという意味でサブカルチャーでしかなかったのとは異なり、「日本とは何か」をつねに意識するところが氏の試みる破壊を本質的なものにしている。尊敬する先輩評論家の柄谷行人氏に詰め腹を切らせるような一章は、息苦しくなるほど甘美だ。

(月刊宝石)