『ジェントルマン資本主義の帝国T・U』P.J.ケイン、A.G.ホプキンズ/竹内・秋田・気畑・旦訳/名古屋大学出版会
イギリス経済史学という遠目には大理論が出尽くしたかに見えた分野で、通説を根底から覆す新学説が現れた。学会では喧々囂々の論争中であるらしい。その学説を詳述した大部の単行本が、刊行四年で早くも翻訳された。 先端を行く学術書というのに、やたらと面白い。なにしろ、近代イギリスの経済史において主導権は一貫して、金融・サービス業を牛耳るジェントルマンの手にあった、というのである。世界経済を分割支配した前世紀からのイギリスの帝国主義と(香港返還で終了した)今世紀における脱植民地化の過程さえ彼らの意向によるものだった、というのだ。これでは、歴史の読み筋が百八十度逆転してしまう。産業資本家は脇役でしかなかったことになるからだ。
通説では、イギリスが世界経済の頂点に立った原動力は産業革命あるとされてきた。世界史の教科書にもそう書いてある。リカードが主張し、コブデンがなし遂げた一八四二年の穀物法撤廃によって安価な穀物が流入して、地主としてのジェントルマンは大打撃を受けたという経緯は、経済学説史のひとつのハイライトをなしている。自由貿易が達成され産業資本家が地主階級を打ち破ったことで、資本主義は確立したという見方である。
たしかに、通説には腑に落ちない点があった。まず、イギリス人の保守性である。彼らは、産業人として成功し、土地を持って田舎に引き込むことを人生の無二の目標とするという。みんなジェントルマンになりたいのだ。また、ケインズにしても、実物経済に対して金融資産取引が副次的ではない影響力をもつ点を強調したのが画期的だった。
産業家に騎士道があるとしたA.マーシャルの言い分がどうなってしまうのか分からないが、ジェントルマンがたんなる地主ではなくなりシティをも支配し、またイギリス経済は産業の興隆によってもシティの支配下にあったという説明は、大変な力わざだ。
(読売新聞) |
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