『経営を語る』カルロス・ゴーン、フィリップ・リエス/日本経済新聞社

 「ゴーン日産=星野阪神」説というものがある。星野阪神は、若手のはえぬきを放出し、出来合いの選手をかき集めた。それは今年優勝するための策でありチームの将来性を犠牲にするもので、同様に日産は、工場閉鎖と系列解体(子会社株の売却)、さらには社員削減にまで手をつけてしまった。これで当面黒字になるのは当たり前、ゴーンは目先の利益のため、日産の技術を将来にわたり支えるはずの子会社や社員という有形資産を食い潰してしまった、というのである。

 阪神も日産も、最悪の状態からぶっちぎりの好成績へと急旋回した。これが禁じ手による一時的な躍進であるのか否かは今後を見るしかないが、日産がいまだにそう決めつけられるのは、1999年の社長就任時、一躍有名になったゴーンの「コストカッター」なる渾名が流通しているせいだろう。ゴーンは占領軍の長よろしく米国流企業再建の定石を打ったにすぎないのだ、と。私もそうした先入観をもっていたが、長時間のインタビューにより生い立ちから経営哲学までを語る本書を読んで、疑いが晴れた。なにより訥々とした語り口には、胸に来るものがある。

 コストカットという手法には普遍的な効力があるから、組織内の情に流されないなら誰でもできる。対照的にゴーンは、世界における自動車産業再編の巨大なうねりの中で、日産とルノーと自分は、運命的というべき出会いを果たしたと語っている。

 日産には人材や技術があるのに、組織上の不具合のため不振に陥っている。高コストは問題とはいえ、その一部にすぎない。利益やユーザーが視野になく、チームは有能なのに部門・地域・階層間でなわばり意識が強く、危機感が薄くて長期的ヴィジョンに欠ける。そうした診断は、社長就任以来三ヶ月で数百回も現場をめぐり、現場に起きている事実の詳細な聞き取りから下された。

 対策の柱は、「コミュニケーション」の回復である。まずは長期的な方針(ヴィジョン)を提示し、簡潔に表現する(たとえば「日産一八○」。販売台数一○○万台増、営業利益八%、それに負債○)。それを内外に広報すべく、社長みずからがマスコミにも積極的に登場する。それぞれの部門と地域、階層から責任者を集めてひとつの問題に取り組む「クロス・ファンクション」によって、壁となわばりを取り払う。

 ルノーは株式を取得したからといって日産をみずからの色には染めない、という。「日産を再生させるのは、日産の人々だ。私たちはそのコーチをするだけだ」。こうした手法は、レバノン人でありフランスに学び、タイヤ会社ミシュランのブラジル・北米両支社で頭角を現したというゴーン自身の経歴に由来するようだ。彼はそれぞれの地に、みずからを寄り添わせるのである。

 「他の人の気持ちを考える」とゴーンは日本人を評しているが、日産に対する敬意ある扱いも、日本流であろう。