『評判記』松原隆一郎(読売新聞2001.9.9)

 昨年本を出して驚いたことがある。さる雑誌の書評で、「ではどうすればよいか、提言が書かれていない」と評されたたからだ。私は今の不況については即効性のある対策などなく、むしろ即効力を求める政策(「大手術」とかビッグバンとか呼ばれるもの)こそが経済を悪化させてきたと縷々説明したのだが。

 それで気づいたのは、即効性の提言を求めることが、一種の流行りになっているということだ。経済政策でも、景気対策に不良債権処理、プライマリー・バランスに金融の量的緩和と、次々に新語が新聞紙面に踊った。しかし効果が上がらないとなると、また次の政策が求められる。内容的には正反対のものも含まれているのに、理屈を検討するよりまず提言が求められているのだ。

 個人生活についても同様だろう。ロバート・キヨサキの『金持ち父さん貧乏父さん』(筑摩書房)は百四十万部売れたそうだが、今年に入って提言に乗り投資を始めた人は株価下落で皆大やけどしたに違いない。儲けて大笑いなのは出版社だけだろう。辰巳渚『「暮らす」!技術』も、内容には共感したが、提言が並ぶ文体には閉口した。

 キャメル・ヤマモト『稼ぐ人・安い人・余る人』(幻冬社)は、タイトルがズバリ脅し文句である。単純労働で安く使われたり、会社で余ってリストラされることなく、個人で稼げる人になろうという提言集である。内容は、そんなものかなと思う。しかし提言が出てくる論拠や他の提言との比較が書かれていないから、読者は考えることができない。考えたくない人が読むのかもしれないが。

 こうしたハウツーは従来、社会や会社内で先輩世代から伝わってきたはずで、この本のヒットからはむしろそうした慣行が失われてていることが伺える。外務官僚から人材コンサルタントになって横文字名前を名乗る人というノリの人は、かつてなら怪しく思われただろう。