『ブックス・ナウ』松原隆一郎
 ◇池田清彦著『さよならダーウィニズム−構造主義進化論講義−』(講談社選書メチエ)

 深刻化する経済不況に対して、「大競争」時代の到来だなどと騒ぐ人がいる。「競争」という言葉がリアルであるかのように語られているのである。だが、「競争」はずっとダーウィニズムのイメージでしか語られてこなかった。その現代版であるネオ・ダーウィニズムを極端なまでに純化して「利己的な遺伝子」を唱えたリチャード・ドーキンスが最近ちょっとしたスター扱いされているのも、「大競争」ブームと関係があるのかもしれない。
 そうした標語で経済を理解しようとするは無理だと考えるから、私など生物学には素人ながらダーウィニズムそのものにも釈然としないものを感じてしまう。だが、グランド・セオリーを批判する学説は一般に、群盲象をなでるものだ。『構造主義進化論とは何か』(海鳴社、一九八八年)以来の池田清彦氏の「構造主義進化論」に私がひかれるのは、異端の説でありながらそれがもっとも包括的で、釈然としない私の気分を説明してくれるからである。本書はその池田学説のここ十年来の歩みを、編集者に語ってまとめた講義録だ。
 この本に魅惑される理由は、いくつもある。まず、批判しようというだけあって、ダーウィニズムについて極めてシンプルに解説してくれる。次に、分子生物学のレベルで起きたというダーウィニズムへの最近の反証が説得的だ。そして、これが極め付けなのだが、構造主義生物学は、生物の形態や性格を決定し、またみずから遺伝しもする実体として遺伝子を想定するネオ・ダーウィニズムを批判して、遺伝するのは分子間や高分子間の「関係」や「ルール」だという。この考えは、意味を解釈する体系として言葉をとらえる言語学者ソシュールにならっており、彼の見方を生物にも応用するというのは、大胆ではあるが今世紀の思想の流れ素直にのっとってもいる。
 ダーウィニズムは、遺伝子レベルの少しづつの変異が大進化を引き起こすという。これだと社会にも変異をもたらすべきだという話になって、規制緩和せよという議論を喚起する。けれども池田氏によれば、ルールは恣意的なものとして発生したのだから勝手にいじると全体が崩れて生物は解体することになる。社会についても同様のことが言えるのではないだろうか。