| 『混沌の力』今田高俊/講談社/1800円 貿易黒字でさんざんアメリカと悶着を起こしたところに戦後未曾有の不況が重なり、そのうえ政界再編やら政権は不安定やらで、日本社会には大規模なシステムの変動が生じているかに見える。ところが、難解な社会システム論を平易かつ明晰に説く本書を読むと、この事態は東洋の片隅の日本にとどまる現象ではない、と知らされる。四世紀もの間準備して出発したはずの「近代」という時代の終りが、すでに始まっているのかもしれない。 国家が富めば個人も富む、と思い込んで馬車馬のように働いてきた戦後の日本人が、バブル期に取り返し不可能な資産格差を押しつけられて目覚めたことに、その兆しがある。国家の与えてくれた目標をいかに効率的に達成するか、という近代の適応一辺倒の行動規範が、じつは個人の人生を充実(自己実現)させてくれないのではないか、と疑われ始めたのだ。そこで、「目標」が何なのか、みずから感じ考え直そうとする人々が 80年代後半以降、出現してくる。遊びのような消費、現実感のない若者、彼ら個性的な人間が生みだす開かれた関係(リゾーム)が、新たな社会を作り出す、と著者は見る。 だが、著者が期待を寄せるコミックマーケットやファミコンなどの根無し草的新文化は、それほどの意味の充実をもたらすだろうか。『自画像としての都市』で井尻氏がいうように、斬新なファッションは、ミラノやパリという古都市の中で、伝統との格闘を経て生み出されている。(月刊宝石)
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