『経済成長の果実』猪木武徳著/松原隆一郎・評
高度成長期というのは日本国民にとって将来に希望を抱き無心に活動しえた稀なほど幸せな時期であった。所得こそ低かったが空は青くまだ電線など張り巡らされておらず、世界の軍事的・経済的秩序の構想などにかかわりあうこともなく目先の仕事に打ち込むと予想を超える見返りがあった。
けれども本書のようなまとまった形で振り返ると、その日々があまりにも短期間だったことには驚かされる。たった十五年ほどの間に国中に重化学コンビナートが配備され、自動車は溢れ返り、東京・名古屋・大阪近辺では一五○○万人もの人口増を記録した。経済が奇跡的に絶好調だったことよりも、そんな短期間の経済の膨張に社会が耐えたことに驚くのである。
本書はそんな高度成長の時代について、経済の変化を中心に据え、政治や社会がどのように展開したかを見通しよく詳述してくれる。政治については国内では左右の対立、国際的には冷戦の中の日本と米国やアジア、中ソとの関係が描かれる。社会についてはテレビや住宅がいかに人間関係を均質化したかを論じる。けれども類書にない特徴として、経済についての記述が従来の見方を覆す点がある。
一般に、戦後日本には大企業と中小企業の二重構造があり、後者は非合理な遅れた部門であり、労働者にしても学歴で大別され、大企業も欧米の技術を模倣的に導入するだけの受動的な存在だったとされてきた。けれども著者は、中小企業のベンチャー精神と学歴を問わない現場の能力主義、そして戦前・戦中からの技術の遺産こそが高度成長を現出したのだという。これは日本特殊論でも文化決定論でもない、現実に即した大胆な見直し論である。
この時期の女性の就労率が主要五カ国の中で他を圧して大きく次第に減少したといったデータも、偏見を裏切ってくれている。