◇入江隆則著『太平洋文明の興亡−アジアと西洋・盛衰の500年−』(PHP)


 このところの行政・経済改革論議では官僚主導が悪いとか企業組織に労働者がとりこまれるのが良くないとかいう主張が大勢を占めたが、では行政や企業組織の仕組みをどう改革するのかというと、思いつきの域を出ない議論が大半だった。場当たり的な行政指導をやめるとしても、景気が悪化するとすぐさま政策で刺激せよというのだから、官僚がどこまでルールの監督者でどこから政策デザイナーであるべきかについては共通理解がないとしか思えない。人材の流動性を高めるにしても、一企業内でのキャリアを社会共通の資格であるかのように認める制度的な裏付けがないならば、それはリストラでしかなくなる。

 宮本光晴氏の新著『日本型システムの深層』(東洋経済新報社)は各国の経済システムが相互に補完しあういつくもの制度によってできており、総体として独自の「型」をもつことを詳細に論じているが、そうした「型」の由来となると、歴史に立ち入って分析しなければならない。ところが各国の歴史は国際関係の下にある以上、独立には論じられない。だが国際政治学で講じられてきた「世界システム論」はというと、経済システムに「型」があるといった発想は持たなかった。

 そんな中で、入江隆則氏の『太平洋文明の興亡』(PHP)は、世界システム論を踏まえつつしかも文明や経済システムに地勢にもとづく「型」があることを論じていて出色だ。太平洋地域の諸文明が大航海時代以降に侵略してきた西欧資本主義とどうかかわったかを、歴史をたどりつつ記述するという壮大な試みを行うのである。

 この本で入江氏は、太平洋文明を「ヌガラ」「プラ」「ムアン」といった東南アジア研究史の概念で区分したり、西欧資本主義の根源を「ファウスト伝説」からさらに古代の異端的宗教思想「グノーシス」に辿ったり、イギリスの二百年にわたった覇権の基盤を教義に曖昧で教会組織のあり方のみに関心を払う国教会に求めたり、また隘路にある西欧資本主義の行く末に中心をもたず内乱を回避させてきた「江戸システム」を置いてみようと提案するなど、まばゆいばかりに多彩なアイデアを提供している。個々の仮説の論証は完全ではないようだが、とにかく刺激的な一冊だ。
 
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