| 『「経済政策」はこれでよいか』伊東光晴/評・松原隆一郎
伊東光晴氏の評論には、いつも胸のすく思いがさせられる。経済にかんし巷間に蔓延するどことなくおかしな議論のどこがおかしいかを、事実の背景を探ることにより、また学説史を振り返ることによって快刀乱麻を断つがごとく暴いてくれるからだ。 「山一が廃業し、拓銀が倒産したのはグローバル・ルールにもとづく市場がノーと言ったからだ」、と言われた。ところがデータを見るとそれらの株には買い戻された形跡があり、持っていない株を借りて安く売り浴びせる「空売り」が行われたのが明らかである。そうした行為は、アメリカでは大恐慌以来、禁じられているはずだ。アメリカ国内では禁じられていることをアメリカの投機筋が日本で行ったのが事の真相である、そう伊東氏は指摘する。 「不況対策として金利を下げよ」、と言われた。利子率が下がれば投資は増え、貯蓄が減ると経済学の教科書に書いてあるからだ。しかし利下げはコスト負担を軽減するにすぎない。投資からの利益は予想利潤率に表される。そして予想利潤率はつまるところ勘によって計算される不確実なものだから、少々の利下げでは投資は増えない。また将来が不安になれば、金利が下がっても貯蓄は殖える。ケインズの半世紀も前の主張を借りて、と伊東氏はこう述べる。 おかしな議論は時流に乗って氾濫しているが、それがもっともらしいのは、アメリカの経済学の教科書にのっとっているからだ。しかしそれは、日本の現実に照らせば事実に反し、学説史を振り返れば一部の見解にすぎないことが分かる。理論は事実によってたえず検証されねばならないのに、教科書理論が裏付けなく徘徊しているのである。しかもそれは、アメリカのウォール街の利益を支えている。鋭い嗅覚がなければ、その生臭さは分からない。 繊細な感性と深い学識により「時流に乗る人々」を切る、待望の時論集である。(読売新聞) |