『沈黙の宗教−儒教』加治伸行/ちくまライブラリー99/一三五〇円

 宗教には疎いもので、素人として日頃から腑に落ちないことが多い。なぜ日本の仏教では、命日やお盆に先祖の魂が位牌に依りつくのだろう?輪廻転生しているなら、先祖は現在、姿を変えてこの世に居るはずだ。また先祖をいうならば、なぜ顔を知る数代前までだけを供養するのか?輪廻転生の時間は無限だろうから、我々がサル以前だった頃の祖先までも等しく供養すべきではないか。

 本書を一読して、疑問はみごとに氷解させられた。日本仏教は、儒教に重ね書きされたものなのだ。儒教といっても、道徳としてのでなく、宗教として、死生観としての儒教である。儒教において魂は現世にとどまって浮遊し、それが時に招魂再生させられる。

 著者は、声高には自己主張しない沈黙せる宗教としての儒教のもつ意味を解きほぐし、その現代的価値を明快に述べる。我々はこの百年、西欧の「自由・平等・博愛そして個人主義」を受容しようとして失敗した。というのも、キリスト者でもない我々が本来身につけているのは、「道理・公平・(始祖以降の親しい親族から順に愛情を注ぐ)別愛」の「共生の幸福論」としての儒教だからだ。

 金日成の葬儀で身をよじって泣く人を異様と見る論調があったが、あれは儒教として礼にのっとった哭き方なのだそうだ。目からウロコの儒教入門書である。
(月刊宝石)