『彼等の昭和』川崎賢子/白水社/二八〇〇円

 昭和の初め、文学を胸に越境なるものを立て続けに開始した四兄弟がある。

 長谷川海太郎は、大正末期に渡米し、帰国後、谷譲次として日本人移民の生態を活写した「めりけんじゃっぷ」ものの連作コントを発表し、林不忘として片手の剣士「丹下左膳」を生み、牧逸馬として欧米の犯罪記録を読み物とした。三つのペンネームを駆使して、わずか十年の活動期間に『一人三人全集』を物し、怪物的流行作家となった。

 長谷川 二郎は、満州事変の年に渡仏し、帰国後二科展に入賞した寡作の画家で、地味井平造のペンネームでは探偵小説作家でもあった。

 長谷川濬は、渡満後、満州映画協会に勤務、小説を書き、バイコフの動物小説『偉大なる王』を翻訳した。

 長谷川四郎は、満州国建国精神の普及を図る団体である満州協和会に勤務、五年のシベリア抑留の後に帰国して「シベリア物語」で作家としての地位を確立、仏・独・スペイン文学も翻訳して、戦後文学界に巨大な足跡を残した。

 彼らの父、長谷川淑夫は佐渡では北一輝の英語教師を務め、北海道に渡っては天皇支持の国家社会主義者としてジャーナリズムで健筆を奮った。

 昭和は社会主義の実現とともに始まり、その終焉とともに幕を閉じたが、それは越境が夢であった時代の始まりから終わりにも重なっている。そう納得させられる、清新な評伝・文芸評論。

(月刊宝石)