| 小浜逸郎『オウムと全共闘』(草思社)、吉本隆明+プロジェクト猪『尊子麻原は我が弟子にあらず』(徳間書店)
オウム真理教事件は一部被疑者が逃走中とはいうものの、破壊活動防止法の適用や麻原被告の初公判の期日をめぐる手続きが進められており、大筋としては事実関係の解明にかかわる舞台は法廷に移ったといえそうだ。だがこの事件は、法によって裁かれることだけで事足りるたぐいのものではない。法的にのみならず社会的・政治的・文化的にもそれは戦後の一大事件だったのであり、この事件を思想において受け止め、裁く試みとしての著作が刊行されて続けている。
なかでも小浜逸郎『オウムと全共闘』(草思社)および吉本隆明+プロジェクト猪『尊子麻原は我が弟子にあらず』(徳間書店)はこの事件をみずからの思想を鍛え直す契機としてとらえた野心作である。編集部から私が要請されたのは、この二冊を書評し、あわせて関連する幾人かの論者の見解を整理し検討することである。
ただし、残念なことに、オウム事件にかんする「論争」とされるものの一部にはここで触れることができない。ありていにいってしまえば、それが理屈上の優位を求める競争でなく、自分のコラムに相手の住所を掲載したり(宅八郎)、似顔を書いてからかったり(小林よしのり)といったのと同次元の手段で相手を思想の土俵外の場で不利にし不快にさせる、つまりただのケンカになっているからである。
切通理作氏がしばしば行っているような、他人の文章を引用・要約するに当たって内容を強引かつ恣意的に歪めるというやり口もまたその「手法」の一種であって、その意味では切通氏にかかわるやりとりは、論争と呼ばれる資格がそもそもないことになる。『尊師麻原〜』でも小阪修平氏がこの点を厳しく批判しているが、鶴見済氏(「切通理作への反論」『宝島30』十月号)のように立場を共有するとは思えぬ人もまた同様の抗議を行っているのだから、切通氏の引用文にそうした傾向があることは間主観的な事実というべきだろう。
同書所収の切通論文にしても、吉本・小浜両氏がともに「オウム−サリン事件と主観的にはいちばん包括的なところを想定して格闘している」と主張しつつ論争しているやりとりを「オウム寄り」か否かという形で要約しているが、これでは「包括的なところ」が「オウム寄り」うんぬんでしかないことになってしまう。そうしたあまりに手狭な解釈はほとんど誤読も同然であり、論争を真実を知るための「共同の企て」とするための物書きのルールを踏みはずすものだ。
さて、『オウムと全共闘』は、全共闘運動とオウム事件を戦後五十年を区切る二つの時期を総括するものとみなし、浅田彰・大塚英志・吉本隆明・山崎哲・島田裕巳・中沢新一・宮台真司(さらには筆者も)らが両者に触れた言説を批判的に検討しつつ、双方の類同と相違を分析することを通じて、社会環境の歴史的な変化を浮き彫りにしている。
小浜氏によれば、全共闘運動のモチーフの良質の部分は先行世代の進歩的知識人たちの反体制ポーズの欺瞞性を暴くことに現れたが、しかし採用した理論は旧式の左翼のそれでしかなく、また大学に通う自己の特権性までも批判の対象に含めて特権を生かすのでなくそれを否定する道(「自己否定」)に突き進んだため、結局は思想的にも涸れてしまうことになった。さらに大学から社会に出て二十年の年月がたった今になっても、全共闘の一部は自覚的に転向することをせず、「自分たちのかんがえたこと、やったことと、他者の生き方やその後の時代の推移がしいてくる状況との関係を抜きにして、ただ『理念の正義』の部分だけをいまだに純粋培養」している。
実をいうと、小浜氏が否定的にとらえるそうした「全共闘再決起(非転向)派」のごとき人々が「プロジェクト猪」なのである。彼らは以前に『全共闘白書』なるアンケート集を出版しており、続いて吉本氏および宗教学者・島薗進氏の基調講演とともに組んだシンポジウム(下の世代の岩上安身・切通理作両氏を含む)の記録に加筆したのが、『尊師麻原は我が弟子にあらず』なのである。
論調からも分かるように、小浜氏自身がオウムを論じるに当たって念頭に置いているのは、「理念の正義」を純粋培養することなく時代状況を踏まえること、つまり日常性に根差した分析を行うことであるようだ。
一方、プロジェクト猪の本の印象を一言でいうと、とりわけ後半に収められたディスカッション「全共闘おじさん・サリン事件を語る」(それにしても物凄いセンスのタイトルではある)の発言で、「リンチとか内ゲバとかいう暴力的方法ではなく、徹底的な理論闘争を保障する組織を、人間は本当に作ることができるのだろうか」と自問し、「開かれた組織とゆるやかな連帯がヒントになると思う。これこそが全共闘運動の組織論だった」と自答する人がいるように、オウム組織の時代的な特質を分析することもなく二十年前の組織理念を移植するといった「理念の純粋培養」の気配が濃厚となっている。
さて、ここでオウム事件を考えるに当たって、まず問題設定を行っておこう。第一が「なぜ知的な若者たちが教団に魅せられたのか」。そして第二が「なぜ一部信者はサリンをまくことができたのか」である。
第一の問いについては、小浜氏が解説してくれている。「知的に卓越している人間は、実存的に孤独な条件下におかれていることが多く、現実から遊離した虚空の方向に自分の生を決定づけていきやすい傾向をもつ」。現実に必ずしも密着しない世界の中に理想や真理を見いだしてゆくことが、そうした「超越青年」にとってはリアリティの手ごたえを得るための方途となる。彼ら「超越青年」はいつの世にも一定数存在するものだろうが、その欲求は時代によって向かう先が異なっている。
小浜氏によれば、大正期には白樺派が「自然」に理想を託した。しかし昭和の戦後になると経済成長の中で自然は消失し、代わって「社会」が理念を追求する場となる。全共闘世代はそれを過剰なまでに行った。さらに八十年代も半ばを過ぎると、情報化の波に洗われて「社会」もまた手ごたえなきものとなる。そこで「身体」が、理想を宿らせる場としてリアリティを得ることになったのである。オウムの場合、ここでいう「理想」は、激しいヨーガ修行の教程や薬物の投与を経てたどりつく光や音、熱に満ちた神秘体験に結実した、ということになる。
現在、この「超越青年」ぶりをもっとも明快に打ち出しているのが、山崎哲氏である。「僕には芸能やってるからかもしれないけど、市民社会の外部にどうやって出るか、というテーマがある。」「自分たちがつくったこの社会が後続の世代にとって住みよい社会ではないのかもしれない、何か自分たちに問題があるのかもしれない」、「だから子供の側からすると、後続する世代からすると、そういう奴らは殺してもしょうがない」(「サリン事件は正しかった」『宝島30』95年9月号)。この発言から分かるように、社会の内部は住みにくい所であり、ここから脱出することが氏のテーマだというのである。そこで山崎氏は、社会が身体に対して押し付けている枠組みから解脱し神秘体験を共有することを志したオウム真理教に共感を示すことになる。
もちろん、デビュー作『虹の階梯』以来、現実というものが管理され区画されて退屈極まりなく、そこから身体体験を媒介に「もうひとつの現実」に飛翔ないし逃走することを多彩なレトリックをもってうたい上げた中沢新一氏も、オウム教団の教義に深甚な影響を与えたというだけあって、山崎氏と同じ方向を目指しているといえるだろう。両者の相違は、サリン事件後にもあえてオウム教団を支持してみせるか(山崎)、それともそうした現実からも「逃走する」(中沢)かという男気の多寡でしかない。
このような「超越」志向が、詰まるところ性急に社会の変革を求めた全共闘と同様、身体の変革を追求するという「理念の正義」の純粋培養でしかないことを指摘する小浜氏は、逆に近代社会が獲得してきた日常の中に立脚点を見いだす道を選ぶ。オウム教団は近代科学を生んだ合理的精神や物質的世界を否定することになったのだが、「西欧近代文明の遺産の価値を正しく見積もり、その限界をもう一度私たちの自立のための礎として地道に確認してゆくことだ。超越的な志向は、それ自体人間に必然的なものだが、しかし必ず日常性への帰路をもたなくてはならない」と説くのである。
けれども、ここでもし、若者にありがちな超越性志向が日常性のもたらす価値をないがしろにすることだけがオウム事件を引き起こした真因だと考えてしまうならば、その現在的なあり方である「オタク性」こそが原因の核にあるのだということになってしまう。 たとえば切通氏は、「この世界を引き受けたくなければ、引き受けなくてもいい、・・・そうした気分は最近、外でアルバイトする若者が増えたことに象徴されている。気の合う奴とする労働なら嫌じゃないけど、就職となるととても嫌で抑圧的だ。・・このバイト気分には可能性があるんじゃないか」という考え方を取り上げて、「僕は大変反発を感じたんです」と述べている。この「アルバイトにとどまる若者のずるさ」は、「世間と摩擦したところに身を置かずに」漂っている「オタク性」にすぎない、というわけである。身体の次元で超越を求めるオウムのオタクたちも、世間という日常性との摩擦から逃げ惑った揚げ句にサリンをばらまいた、ということになる。
しかし、日常性がないがしろにされたとして、それを若者のオタク化だけに帰責してしまってよいものだろうか。日常性の側もまた、昨今の日本社会においては若者たちが忌避して仕方ないといえる程度に変質しているのではないか。
小浜氏は、「これが正統である」といえる価値は日常のうちに平凡なものとして存在するはずだ、とみる。しかしそうした平凡さには安心できなくなり、不安を抱え込まざるをえなくなってもいる、これこそが「普遍的な事実」なのだ、いう。そこでこの点に着目する幾人かの考察が紹介される。
たとえば山折哲雄氏は、日本近代の宗教が、仏教の空洞化、神道の非宗教化、近代日本人の無神論化を通じてその言葉を無力化させてしまったと見る(「オウム事件と日本宗教の終焉」『諸君』九五年六月号)。また野田宣雄氏は、日本社会が社会の中枢部分に正統な宗教を据えずに来たことが、学問や国家が価値にかんして「真空地帯」化をもたらす起因となったという(「オウムと『宗教の復讐』」『諸君』九五年七月号)。さらに西尾幹二氏は、現在の日本では抑圧が極端に遠のいてしまったために、人々は人工的に秩序化された抑圧構造のなかに自閉するか逆に遠くにある壁を招きよせんとして現状の破壊に走るかしかなくなっているという(「オウム真理教と現代文明」『新潮』九五年八月号)。
現代文明の進展が安心につながるどころか、逆に不安をかきたてているのである。福田和也氏は、この不安に当たるものを「本来性への飢え」と言い換えている(「『終わりなき日常』とやっかいな僕たち」『宝島30』九五年十月号)。本来の自然、本来の社会、そして本来の身体に触れたいという渇仰のことである。しかし、そうした本来性は、いまや疑似的なものでしかない。飢えは、「強度」を高めることによってしか満たされない。
そこで小浜氏も、オウム教団がこの高度消費社会において現れた「自己と身体の疎隔感を一挙に埋め合わせたいという欲求」を背景に勢力を伸ばしたのだとみている。たんなるヨーガ修行が、サリン撒きに昂進してしまうのである。そこで「ささやかな豊かさと、退屈を持ちこたえる方法を、時間をかけて案出すること」が唱えられる。これは要するに、超越をめざす改革を、急進的なものから漸進的なものへと置き換えようという提案であろう。誰かが本来性への昂進に制御をかけねばならない、ということだ。それは納得がいくのだが、こうした日常の不安への対処の仕方として、別次元の軸をたてる論者があることにも注意しておきたい。
それは先に挙げた、「なぜ一部信者はサリンをまくことができたのか」という第二の問いに対する解釈にかかわっている。宮台氏は、「日常の不安」を「モテない奴は永久にモテず、サエない奴は永久にサエない。イジメられっ子も永久にイジメられる」ような「終わりなき日常」と表現している。これはたんなる言葉の変換にすぎないと思えるかもしれないが、先に挙げた幾人かの「不安」論者とは異なる点がある。若者の社会心理にかんする「実証分析」という仕掛けである。
宮台氏によれば、オウム教団にあってサリン散布にかかわった幹部たちは、「良心ゆえ」にそれを行ったのである。その「良心」は、日本においては自我の内面において神のまなざしと対決するような西欧一神教の「倫理」ではなく、共同体という外部のまなざしにさらされる「道徳」であった。しかし近代化とともに共同体が解体するとくだんの良心はさまよいだすことになる。そうした良心を神秘体験という釣り針でフックし、世界の成り立ちは教祖がもっともよく知るのだと納得させ、説法を通じてサリン散布は「大いなる救済のための犠牲」を求める行為だといいくるめたのがオウム事件だった、というのである。
この説によれば、「良心」に倫理的な内容を与えようと試みてはならない。それは麻原のような「偽物の父親」のなすことであり、第二第三のオウムを生むことである。逆にいえば、唱えられた「倫理」の内実を実証分析を通じて事実関係に解体してやるのが知識人の任務なのである。たとえば、神秘体験は極めて神秘的ならざる手順で簡単に引き起こせるのだとマインド・コントロールの手法を暴露する、といったふうに。実証分析は、絶対を装う倫理を相対化する手段なのである。
しかし、本当に倫理は不要なものだろうか。オウム事件においては地下鉄内における一般市民の殺人を正当化するために、ハルマゲドン後の人類救済という(彼らにとっての)倫理が案出された。戦後においてずっと平和だった日本では、殺人のためのそうした倫理は破棄していけばよいだろう。しかし今後、たとえばPKOを海外に派遣したり、また集団的な自衛が求められたとき、国家安全保障のための殺人行為を正当化する倫理が必要になる。
『正義論』の著者として知られる政治哲学者J.ロールズは「原爆投下はなぜ不正なのか」という論文(『世界』九六年二月号)で、民主主義的な国際社会において非戦闘員が空爆によって直接攻撃を受けてもやむをえない場合について検討している。詳細は省くが、日本に対する原爆投下は否定するものの、倫理的に正当化できる無差別殺人がありえたという論証を行っているわけである(第二次大戦中、ドイツの戦力の前に孤立したイギリス軍がハンブルグやベルリンの市街地を爆撃したのは正当だという)。この論考は、ロールズがリベラル派であるだけに重みがある。
もちろんロールズの議論が唯一の正解であるといいたいわけではない。彼の回答もまた批判にさらされ相対化を受けていくべきだろう。しかし、ロールズが特定の内容をもつ倫理を提案したことそのものを拒否してはならない。結果的にPKOを拒絶することになる場合であれ、倫理について考えをめぐらすことそのものをやめるというのでは、思索という営みに対する侮蔑でしかなくなるからだ。 このことを別な角度から論じているのが吉本氏である。氏の議論にかんしては産経新聞夕刊への読者投稿、および切通・岩上氏らによって様々な反論や抗議が出されているが、筆者が読む限り、それらは誤読にもとづくものである。
吉本氏は、サリンによる無差別殺傷が、ことの正否は置くとしても事実として新たな倫理の元でしかなされえないだろうと見る。人は「機縁」がなければ目の前にいる人を殺せないだろうからだ。筆者の言い方でいえば、PKOで派遣され殺人に加担することは新たな倫理なしには不可能だということだ。サリン事件をいかに否定したとしても、オウム教団がこの(吉本氏によれば空前の歴史段階である)高度消費社会を取り仕切る、新たな倫理を提出したという事実は残る。オウム教団は、たとえ誤りであるにせよ、(ロールズのと同様に)新たな普遍的倫理を提出するという課題に鋭意取り組み、とりあえずは回答を与えてみせたのである。我々は現在のところそれに匹敵するそうした「普遍的な倫理」の代案を提起しえていないのだから、オウム版のその全容が麻原被告ないし教団から明らかにされるまでは刮目して待つ以外にない。
吉本氏は、「仲良くしていた隣人が家庭内暴力の息子を殺しても、あの人はいい立派な人だったという」だろう、と述べる。これは岩上氏が指摘するようには「矛盾」でも何でもない、いわゆる「複雑な心境」というやつである。
吉本氏は『親鸞復興』(春秋社)の中で、戦時中に戦勝祈願に誘われ、「浮かない感じ」をひきずりながらも断りの言葉をもたず、つい同行してしまったという思い出を語っている。戦勝祈願は当時、現世における倫理的な「善」であった。しかし戦争は破局を迎え、善悪は一日にして転倒してしまった。「浮かない感じ」は、来るべき社会における新たな倫理の予兆である。
「自分の子供が、ある宗教集団に入りたいといったら、『僕には止める力はない、止めるだけの魅力はないな』と思えるのです。なぜなら、親として子供の世代に対して、教えるべき理念が何もなくなり、持てなくなってしまっているからです」という発言は、高度消費社会(ないしはその次の段階の文明)のもつべき倫理の「一つの解決法」の提示を、新々宗教に先んじられたことの無念さを語っている。宗教と国家を同一線上に置き、最終的に国家のリコールを目指す吉本氏にとって、「普遍的理念」の提示において宗教および国家に遅れをとるのは死活問題であるはずだ。
ただし、筆者は、そうした「普遍的倫理」の帰結として地下鉄でサリンを散布するようなことがあるとは、信じられないでもいる。イギリスのベルリン空爆や隣人の暴力息子殺人には心根において共鳴できても、サリン散布に対してはそうできそうにないからだ。
ロールズは、吉本氏のいう普遍的倫理をいくつかの基本仮説から論理的に構成したのちに、そうした仮説そのものの適否をも現実の社会心理にもとづいた道徳心によってチェックするという「反照的均衡」(reflective
equilibrium)という手法を提案している。上で述べた「共感」は、そのチェックに相当する。これはいわば倫理にかんする実証的な検定プロセスといえる。
小浜氏は吉本氏を批判して、反国家的な心情と、生活の直接性を生きる大衆像とが時代の推移とともに離反したことが吉本氏を混乱させ、オウムの肩をもつような議論をさせてしまっていると見ているが、筆者はそれよりもここでいう「共感」に重きを置かないことが吉本氏のオウムへの判断を宙づりにしていると思えるのである。共感の効力を信じるならば、オウムの倫理の全容が語られるのを待つことなく、サリン散布は否定できることになる。
ここで、異論が続出した吉本氏の親鸞論とオウム評価の関係について触れておくことにしよう。吉本氏は仏教を、「普遍的倫理」を抽出するための題材ととらえているようだ。その仏教では、鎌倉期まで、幻覚をもたらす、ヨーガに類する修行が行われていた。しかし親鸞は、「こういうことができても意味ないよ」、「真心から念仏を一回唱えれば浄土へ行けるんだ」と唱えた。彼の登場によって旧仏教は解体への道を歩むことになる。
修行は、本来が万人の行いうるものではない。そこで浄土教が修行を否定したことは、仏教を大衆化した。「普通の人間」(『親鸞復興』)が救われる道を開いたのである。一方、吉本氏は麻原教祖の『生死を越える』を、「ヨーガの肉体的修練が、なぜ仏教の世界観である生死を越える理念をつくるところにたどりつくかが、・・・『普通の人間』にも実感的にわからせるところがある」と評価する。こちらは、修行そのものを奥義めかして隠すことなく大衆化したのである。「オウム真理教は、親鸞系統の考え方とは別で、鎌倉以前の仏教の流れを拡大することによって旧仏教に止めを刺した」のである。つまり、オウム真理教と親鸞とは、ともに「普通の人間」に対して日常の善悪の基準とは異なって殺人をも正当化しうる普遍的倫理の可能性をもたらしたわけである。したがって、両者を評価するのはおかしい、という吉本批判は成り立たない。
さて、以上の事柄を図にまとめておこう。日常性−超越性と、規範主義−実証主義(普遍的倫理の追求と、その検証ないし反証)二つの軸によって仕切られた四象限のうちに幾人かの人々の立場をしるしてある。
象限A(日常性−実証主義)において、宮台真司氏は日常がいかに退屈だとしても、人々が怪しげな倫理にはまらぬよう実証主義という知恵を磨くことを奨励している。ここでは「知恵」を駆使しつつ現実に適応することが主張され、現実を変革することや規範を整備することには根本的な懐疑が抱かれている。ただし宮台氏の場合、すでに幾人かの評者が指摘するように、「生きろ」などと説教する部分だけはみずから規範的である。
これに対し鶴見済氏は、いわば退屈な日常から逃れるためのそうした知恵の一種として、実際には選択せずとも可能性だけは広げるべく「自殺」という選択肢を一つ増やす試みを行っている(『完全自殺マニュアル』)。説教臭くない分だけ、立場が明快である。
象限B(超越性−実証主義)には、日常性から離れて本来性を満たすべく社会や身体に対して変革を図る方途を実証的に組み立てる立場が含まれる。それは全共闘やオウム教団にかんする事実の分析だけでなく、ゆるやかな社会変革をめざすリベラリストのロールズの正義論やケインズ主義のような経済企画にかかわる実証分析も含まれよう。島田裕巳氏のような宗教の実証分析も、ここに相当するのではないか。
象限C(超越性−規範主義)では、そのもっとも極端な形がオウム教団と連合赤軍によって具現化されたというべきだろう。知的な青年たちは超越性を求めて詐欺師まがいの男に引っ掛かり、殺人を指令する規範を抱え込んでいった。それがサリンを撒くに至るには、超越性−規範性という意識の強度が昂進してゆく必要があるが、それには「本来性」への飢えが関与したことだろう。組織がある大きさを越えてハルマゲドンに向けて自己運動を始めたという面も、それを補助する働きをしたに違いない。筆者は、ハルマゲドンは麻原にとって予言というよりも公約だったのではないかと考えている。鶴見氏が述べるように(「みんなサリンを待っていた!」『宝島30』九五年八月号)、潜在的な欲求としてであれ、都会でのサリン散布を期待していた若者たちが相当の規模で存在していたのである。そうした若者の期待に答え、彼らを信者に取り込んで布施させるのが巨大化した教団に必要だったのだから、麻原はそう公約せざるを得なくなったのではないか。
中沢氏はかつては超越性においてオウム教団を同等の水準にもつ地位にあったが、ポスト・サリンの現在においては超越性=修行への評価を下げ、一方でユーモアなる倫理の確立に浅田彰氏とともにかかわっている。地下鉄にサリンを撒きに行きながらも、「冗談、冗談」と逃げ帰れ、ということか。
麻原オウムは日本という秩序(マンダラ)を裂くことに専心したが、それは無秩序をめざすのではなく別の秩序(ユーモア)に向かうベキだった、というのである。この論議は、ポスト・モダン的な主張から方向転換した浅田・柄谷行人氏らの持ち出したものだが、中沢氏としてはオウム批判を行う以上はこちらに活路を見いだすしかないのだろう(「『尊師』のニヒリズム」『イマーゴ』臨時増刊九五年八月および浅田氏との対談「オウムとは何だったのか」『諸君!』九五年八月号)。
「宗教はもはや終わった」「麻原彰晃はいずれ親鸞になってほしかった」などの発言は、この理屈を見いだす途上で混乱した言い逃れであろう。
小林よしのり氏の仕事は、反差別論やオウム論、HIV訴訟にかんする部分は社会の変革をめざして読者を動員することが自覚されている社会運動だから、この象限にあてはまるだろう。規範主義というのは「ゴーマニズム」すなわち命令口調だからだ。それ以外の章は読者を売上に動員しようというのだから、日常性−規範主義として括られるだろう。ただしギャグ漫画なのだから、四角四面の規範主義とはいえない。(こうした点まで正確に表現しようとすれば、さらに軸を増やさねばならない。)
象限Dで規範主義において小林氏のひねりをなくしたのが、切通氏の文章であろう。日常性に足場を置きつつ「世の中をなめるな」「三十になってそれはないだろう」(「お前が人類を殺したいなら」『宝島30』九五年八月号)と市民社会の規範を説くからだ。
マスコミは本来、象限Aにあるべきなのだが、ことオウム事件にかんしては露骨なまでに市民社会の規範を振り回していた。警察は通常の犯罪の取り締まりにかんしては法に厳密に従うべき(象限D)だろうが、阪神大震災やオウム事件のように現存の法体系では想定されていない事態が生じた場合、既存の法の拡大解釈(別件逮捕など)がなされざるをえなくなる。その解釈は法体系の変革を意図するものになるから、象限Cにあることになろう。
変化の激しい社会においては(西部邁氏によればオウム事件は犯罪の技術革新である)、法治国家であれ必ずしも象限Dにあるとはいえないということである。したがって、宗教団体の取り締まりを意図して作られた法ではないとはいえ、破防法が適用されるのはやむないところではないだろうか。それは阪神大震災に際して海外から派遣された警察犬を通常の検疫のルール抜きで活用すべきだと考えるのと同様である。
吉本氏がマスコミに苛立つのは、社会が歴史の過渡期にあり、倫理においても革新が図られねばならないのに、日常性に固執して感性を閉じる凡庸さを嫌うからだろう。しかし、もしそうだとするならば、マスコミが結審以前に被告について過剰に報道し、警察が別件逮捕することを批判できなくなるのではないか。マスコミにせよ警察にせよ、オウム教団と同様、いまだ法(「善悪」)に定式化されぬ普遍的倫理を準備しているかもしれないからだ。
最後に。筆者としては、行論からも明らかなように、実証主義にせよ規範主義にせよ、また日常性にせよ超越性にせよ、一方向の価値にコミットしてはならないと考えている。普遍的な規範がありうると信じつつも単一のそれにこだわらず他の規範によって相対化し、また事実に照らして優劣を判断する。また日常生活における不安ゆえに超越が志向されようが、それが強度の昂進を止められなくならぬよう日常性の足場をはずさない、そんな文化の醸成が喫禁の課題なのだと思う。それにもかかわらず論壇の現状が泥沼のケンカというのでは、オウム事件は教訓とされていないというべきかもしれない。
(宝島30)
|