『中年男性論』小浜逸郎/筑摩書房/一七〇〇円

 ブルセラ現象や猟奇物語、老化および死への関心、これらの異常事態がマスメディアの表面ではもてはやされる時に、「中年男性論」というあたう限り平凡なテーマを提示するような姿勢、それが本書を貫いている。極端な現象にエキセントリックな解答を与えて読者にいっときの慰み物をさしだすのでなく、平凡な事柄にも冒険が満ちていることを説き明かしてみせるのである。「中年男は、まさに心理的にも《中》であり、宙(中)ぶらりんなのだ」というものの、この宙ぶらりんは綱渡りの冒険なのだと知らせてくれる。

 中年は、美的でなくなる。老いを感じ始める。内面では未熟でもある。それなのに、仕事は独創性と責任を求められる。子育ての分担が必要になる。不倫をしたくなる。政治的な「義」を求められる。これらいくつもの矛盾を解決していかねばならない。

 著者はこの難題に、臆することなく「平凡に」答えていく。(カンボジアで亡くなった)「中田さん(の父親)ならぬ凡夫が出て来て、あたりをはばからず、息子を返せ、と泣き叫んだらどうだろうか」、「深夜勤務や単身赴任など、家庭をかかえた女性には過重な負担がかかるために、やはり男が担った方がいい場合もけっこうある」、「一夫一婦制は最高の性の制度である」など。

 何を見ても「家族の危機」を論じる人がもてはやされる昨今に、生活に「満足する人八割」「信じるものは夫・妻・子供」というデータも見逃さずにいられるのは、「自分が日常のなかを生きる」視点あってこそだ。

(月刊宝石)