『良い経済学、悪い経済学』P.クルーグマン/日本経済新聞社/評者・松原隆一郎

 ここ十年間ほどというもの、日米間の経済交渉ではつねに日本の対米貿易黒字がアメリカ側から槍玉に上げられてきた。いわく、日本は産業政策によって一部の製造業を保護育成している。そうした高付加価値産業の製品がアメリカに輸出されるから、アメリカ国内の労働者は高賃金を得られる職を失ない、実質賃金率が下がっている。そうした日本のアンフェアさとアメリカの受けたダメージを象徴するのが日本の対米貿易黒字なのだ、と。

 こうした主張は日本でも著名なサローやプレストウィッツ、ライシュらの著作でも展開されているが、彼らが下敷きにしていると目される「戦略的通商政策の理論」を八〇年代から打ち出し、産業によっては通商政策次第で輸出を促進しうるものがあると論じたのが、クルーグマンであった。けれども彼は、ごく限定的な範囲で推論したにすぎない。それが壮大な尾ひれをつけられ、政治的な駆け引きに用いられたのだ。これにはよほど腹を据えかねたのだろう、彼らの「俗流国際経済論」に執拗に反論を重ねた論文集が本書である。

 といっても、専門的な議論がなされるわけではない。生産性が絶対水準で外国を上回(スミスの絶対優位説)らずとも、国内他財との相対比較で優位にある財ならば輸出されうる(リカードの比較優位説)から「競争力」は貿易には無関係だと入門書通りに述べ、経済数値が相互依存関係にあるという当然の理屈から一部の因果関係だけに注目するなと戒め、理論が現実に当てはまるかどうか注意深く実証してみせているだけである。それだけで、問題のほとんどがアメリカ国内に発していると鮮やかに立証してみせるのである。

 このように限定つきで用いられる限り、経済学の主流である新古典派の説明力は大したものだと感じざるをえない。日本政府は、クルーグマンを対米経済交渉の顧問に迎えないものだろうか。日米両国の繁栄のために。他に、アジアの経済発展は投入増によるだけと分析して各界に衝撃を与えた論文を含む。

(読売新聞)