『評判記』松原隆一郎(2001.2.11)

 スポーツ・ノンフィクションというジャンルがある。スポーツ紙や『Number』誌に載るような文章だが、ライターのナルシスティックな感情が人物に投影されすぎていて苦手だ、という人も多い。有森裕子・犬伏孝行という敗者を描き、私的滞在記を付した村上春樹氏の新作『シドニー!』にも、そんな気配はある。

 ところがライターが心情を仮託できないキャラクターが存在する。読売巨人軍監督・長嶋茂雄だ。日本シリーズで対決した西鉄・稲尾さえ、「いったい長嶋は何を考えて打席に立っているのか」悩んだという。「悩んだ末に、『長嶋は何も考えていない』ことがわかった。考えていないから、読めないんだ」とひらめき、劇的な四連勝を飾るのである。

 考えない人・長嶋というイメージはこうして生まれ、ライターたちは次第に「長嶋バカ伝説」を語り始める。今から二十年も前、すでにエッセイストの久保田二郎氏が、「長嶋は淡口を『ウスクチ』と呼ぶ」と記している。だが、伝説は真実なのだろうか?

 小林信也氏の『長嶋はバカじゃない』(草思社)が、この伝説破りの難題に挑戦し評判を呼んでいる。氏は言う。武道の達人だって、「無」の境地を求めたではないか。長嶋は論理的思考を消し、反射的に身体が動くよう、努力を重ねたのだ。その結果が「ため」を作らぬスイングである。メジャー・リーガーもタイガー・ウッズも、「ため」など作りはしない。「来た球をパッと打つ」という長嶋語にしても、極意の正確な表現なのである・・・結構、納得してしまった。長嶋ファンは溜飲を下げたことだろう。

 小林氏は、長嶋的発想の理解こそ低迷する日本社会の構造改革のカギだとまで言う。右・左・右という打線のセオリーにこだわり続けるバカ采配の謎なども、ぜひ解いてもらいたいものだ。