『ルサンチマンの哲学』永井均/河出書房新社(シリーズ『道徳の系譜』)
最近、日本人が「誇り」をもてなくなったのは、先の世界大戦に対する評価のせいだという議論が起きている。一方の陣営は、一部の自虐的な日本人がありもしない戦争犯罪をでっちあげてまで自己批判したせいだ、と主張する。他方は、自己批判することこそが「誇り」を取り戻す第一歩なのだ、と反論する。
だが、そもそもどうして「誇り」が問題になるのだろうか。この本を読んで、かねがね抱いてきたその疑問を思い出した。永井氏は、そもそも「よく生きねばならないのはなぜか」、と問い始める。利己的であったり、名誉心を追求してはならない。他人のために尽くさねばならない。こうした道徳は現代では常識になっているが、しかし根拠はというと怪しいのではないか。
永井氏はニーチェの「ルサンチマンの哲学」をひもときながら、道徳が隠しているものを暴いていく。それは、葡萄を欲しくても手にいれられない狐が、「甘いものを食べないのがよい生き方だ」と宣言するのに等しいのだ、と。葡萄を食べられないという事実に耐えられない者が、こうした道徳をデッチ上げたのだ。
私は、戦争についても、「誇り」を云々するよりも前に、直視すべき事実があるのではないか、と思う。
(月刊宝石) |