(3月某日)年齢と体調

  大学教師の年間スケジュールは毎年二月の中旬が「死の一週間」で、毎日大学院関係の入試・面接がある。いやになるほど論文を読まされ面接官をしなければならない。それが終わると学部入試の二次で、その監督もやっと終わった。この間、なんとか三勤一休体勢でトレーニングを続けてきて、体は相当に出来上がった。いよいよ一般部のスパーにでも顔を出してみようと思っていたのだが・・・、休みの日に阿佐ヶ谷・みなみ治療院に行ったところ、「こりゃーカチカチですね」とのこと。背中中心に一気にもみほぐしてもらい、鍼と電気と灸と氷湿布をやったところ、急に風邪ひき状態に陥ってしまった。体の芯から詰め込んでいた疲れが一斉に飛び出してきた感じ。鼻水は出るわ、喉は痛いわでどうしようもない。仕方なく連続で休んでしまった。

 なにしろ忙しい。昨秋に出した本が年末位からだいぶ売れ行きが上昇したようで、今年に入って増刷した頃からは原稿や講演の依頼がひっきりなしに来る。つい断るのも面倒なので受けていると、いよいよにっちもさっちもいかなくなってきた。それに次の本用原稿を印刷直前バージョンまで推敲し500枚完成させたので、それも結構大変ではあった。その合間を縫って毎日心肺を自分としては極限まで追い込むトレーニングをしていたので、どうやら体が悲鳴を上げたらしい。

 おまけに、足首を捻挫。治ってきたところを再度やってしまった。逆の側もアキレス腱が痛んでいる。下半身の調子が良くないと、長時間かけて稽古ができなくなる。4月1日にしても、試合は結構辛いなあ。年に一度一般部で稽古していろいろ確認することがもともとの目的なので、それができないんじゃなあ、と思ってしまう。

 とはいえこの間、支部長会議が二月初旬にあり、私は恒例のお相手をさせていただいた。今回は四人で一チーム。私はもっとも若い(私よりも)クラスに入れられた。それも皆重量級。顔面が終わったらぐらぐらしてきた。二人目の長身の北斗旗出場者は投げたりして結構優勢だったが、最後の佐久支部長の林さんにはススっと入って来ざま左フックを正面から当てられてしまったのだ。続く極真は相手の方がなぜか前の手でさかんに顔をつかんで来られる。しょうがなくなにもしないうちに終わり。そのまま寝技までつき合い、計6本(寝技上下を別に勘定すれば8本)やらせていただいた。これをやるとなぜかやる気が出てくるのだ。

 しかし現状はそうとうにまずい。いつ練習再開できるものやら。昨日は審査だったので、その仕切りをさせていただいたが、終わって軽くミットをしただけだ。審査ではやはりビジネスマンのレベル・アップは著しく、フルコン系他団体にあの組み手を見せたらどう言われるだろうかというほどの過激さ。50歳以上が4人いるというのに、信じられないドツキ合いである。そういえば支部長会議も例年になく真剣な、というか正面に立ち止まってのドツキ合い。あれじゃ北斗旗の方がよほどスポーツっぽいという感想を述べられた方がいるのもむべなるかな。BC審査で顔面で何人かがパンチをもらって腰を落としかけたのには驚いた。主審としての私のモットーは、アドレナリンと気力で限界をちょっと超えるところまで踏み込んで殴り合ってほしいが、絶対に怪我はさせない、というものである。したがって見極めがなかなか難しく、組み手の途中に必ず深呼吸を入れることにしている。それでも一発入って腰が落ちるところまでは止めようがない。

 幸い怪我は誰にもなかったようだが、私もトレーニングし続けてきて、こうした激しさを中年なりに求めてきただけに、皆さんが同じ方向でやってくれてうれしくもあるがちょっと主審として責任を感じもする。まあ、体と相談しながらやっていきましょう。 

 

(3月某日)

 ひいた風邪が悪質で、ついに二週間経過。体中がだるく、稽古ができない。それで、今年の予選参加はとりやめることにした。残念無念。とはいえ、元々の目的が予選で勝ち上がるという一般選手のものとは異なり、あくまで稽古の糧とするものだから、私なんぞが出る幕ではない。交流戦だったら出たいのだが、四月一日のは無差別だしなあ。いまいちふっきれないでいる。

 ただ、稽古はやっと再開。水曜、荻窪で病み上がりながら実践練習。重量級のM選手が予選に出るというので、試合形式での稽古だ。三分で合間を三十秒、それで小野選手・修闘のY選手、そして私が相手するというものである。

 最初は小野選手。流石今年の台風の目と私が密かに期待しているだけあって、飯村師範代の元でますます技に磨きがかかっている。ほとんどパンチはもらわず、ガードをしつつパンチの間合いを殺して入り、そこからミドルやハイを的確に決めている。寝技でも上になり、上の階級のM選手を終始圧倒。クラスが一つ下の軽重なのにこれだけの力量差があるというのにはほれぼれする。小野選手は息も切らさず終了。

 続いてY選手。慣れないスーパーセーフをかぶってもらう。右ローは正面からだからちょっと危ない位置だが、なかなか強烈。ただ、その後がそのまま正面かせ入ろうとするので、M選手得意の右ストレートからハイを食らう。タックルも、あんまり綺麗には決まらない。このあたり、各人の打撃の技術差がはっきりしていておもしろい。それにしてもこの対戦を見る限り、小野選手はどうしてあれほど簡単に間合いを殺せるのか、それはそれで不思議だ。まあ、今年の予選、岩木・長野・鈴木規正・能登谷、それに飯村師範といった激戦区を勝ち上がろうというのだから、当然かもしれないが。

 M選手がいよいよ疲れてきた三ラウンド目が私。ステップを使い左に回るとちょっとM選手が休んでいるようなので、右ロー。当たったらジャブが来たから、タックしてそのまま頭突きに。前回の稽古でダックからフックにいこうとすると空振りした左手で首を取られたので、その前に頭突きにいくことにしたのだ。そのまま右手で釣り手を取る。ここで膝に来たので、柔道で最近練習している、道着をもってふりまわしてからの背負いに。これだと膝蹴りは崩せる。引き手がとれなかったが、釣り手一本で相手がつんのめり、四つん這いになったのでそのままバックを取り、片羽締めに行く。がっちり入る。ところが道着がマスクにひっかかって、なかなか極まらない。仕方ないので反転して体重をかけてタップを取る。

 立つとM選手、さすがに表情を変えてパンチを振り回してきた。右をオーバーハングでかぶせて、そのままタックルする。小外掛けにして倒すと、そのままマウントに。いつもはここで車締めにするのだが、普段から北斗旗で疑問があったので、肩固めに行ってみる。疑問というのは、どうしてマウントから体勢を崩して危険な逆十字にわざわざ行くのかというものだ。それだったら肩固めの方が安全ではないのか。

 ところが、これが極まらない。マスクが邪魔して、肩で首を押さえようにも空間ができてしまうのだ。そうだったのか。それで北斗旗では肩固めが使われないのか、と妙に感心する。仕方ないのでマウントからパンチ。

 立つと、突然呼吸が苦しくなってきた。そこで時間終了。マスクをはずすと、なにやに白いものがチラチラ眼前を飛び始める。やばい、酸欠だ。白いものは断片から二つ三つの破片が絡まり合い、それが団子になって流れてゆく。サザーっと壊れたラジオみたいな音まで聞こえてきた。まずい。仕方ないので尻をついて休む。もう一ラウンドを二分で回そうということになったが、それどころではない。思わず棄権。

 そうこうするうちに、別の緑帯の方もやりたいと名乗りを上げられる。軽量級の方なのでなんとかなるかと立ち上がってマスクをつける。ところが今度はマスクの中をザーザーと白い濁流が流れ始める。まずい。完全に酸欠である。しかたなく、ジャブと前蹴りで誤魔化そうと決断。ところがミドルがきたのでついつかんで大内刈り。そのままアキレス腱固めに行ったのだがこれがはずれ、アキレスの取り合いに。つい力が入る。なんとかタップを取るが、ついに立っても腕が上がらなくなった。最後は青息吐息。ガンだけ飛ばして誤魔化すものの、立ってるのが精一杯。

 終わって座り込み、帯を解いたが気持ち悪さが消えない。そのまま大の字に。目をつむっても白いものは流れ続ける。胸だけじゃない、脳までズキズキしてきた。「先輩、中学生じゃないんだからしっかりして下さいよー」と小野選手に冷やかされるが、それどころではない。

 十分ほどくたばっていた。飯村師範代が最後の礼法をするのに整列されたときも、立っているだけで気持ち悪い。これだけ調子悪いのは本当に久しぶりだ。

 今回の教訓。
1.スーパーセーフでの寝技は、滅茶苦茶にスタミナを消耗する。
2.肩固めは要注意。なかなか極まらない。
 
 これを勉強になったというべきだろうか。

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 帰宅し食事をすませて仕事していると、読売新聞から電話。何事かと話を聞くと、ノンフィクション作家の井田真木子さんが急死されたとのこと。記者は因果な商売で、私とすれ違いで読書委員になっていた彼女の死亡原稿の準備に入らなければならなくなったらしい。

 井田さんは私の小学校の同級生。『プロレス少女伝説』で大宅賞を受賞、それは知っていたし飲み屋ですれ違ったこともあったのだが、彼女がどこかで神戸市東灘区の魚崎小学校出身だと書いていたのを見てびっくり。それで同級生と知ったのである。アルバムを繰ると、僕のとなりでハモニカをふいているのでまたびっくり。同じ楽器倶楽部だったのだ。そんな縁で去年は小学校の校舎を見に行くのに神戸までご一緒させていただき、一晩、極真の宮崎龍支部長のお宅で旧交を温めたばかりである。それなのにこんなに早くのお別れとは。同い年の友人の死は、なんともやるせない。私も無理はせず、楽しんで武道に励むことにしたいと、考え込む。

 

(3月某日)全国予選、速攻報告

  18日、全国予選。皆なかなか強くて、これに出るだけのテンションは自分にはなかったなあ、としみじみ感じつつ、観戦。殴り合いには柔道とは別次元の気合いの入りが必要だ。なんか、井田さんは死んじゃったし、本は書き上げたしで、誰か殺してやるー、みたいな気分になれない。仕事が忙し過ぎるのかな。

 上野君が昨年の北斗旗軽量級チャンプを破って準優勝。北斗旗はついに常連となった。さすが。それにしても、彼にカウンターの膝を合わせようとするのが寺西選手だけというのかどういうことか。僕なら終始首を取りに行っての膝狙いだが。北斗旗では皆がその作戦でくるだろう。

 帰りの居酒屋で上野君の祝勝会。新宿支部と偶然合流。ここは「くのいち特派員」三輪さん、僕の好きな「いがちん」、巨大新人「ヨッシー」ら名花揃い。華やかでいいなあ。Vaioの長時間電池を買ったので、居酒屋にて文章書き。その場で出来たのでその後塾長、山田さんらと飲んで深夜に帰宅するも、総本部HPに送信。モバイルの仕事はすっきりするなあ。 以下、その内容(目立った試合のみ)。
 

(軽量級)

1.軽量級準準決勝 上野正(総本部)−寺西豊(豊橋)

 寺西は北斗旗2000年度軽量級王者。すでに北斗旗出場が決まっている。上野は総本部ビジネスマンクラス所属ながら1999年関東王者で、一回戦は嵐のようなパンチのラッシュからマウントパンチの効果で勝ち上がってきた。本戦は寺西が前に出るところを上野が的確にパンチを当てる展開。延長では寺西が上野のパンチに合わせて膝カウンター、そこから首相撲に持ち込む作戦に変えて優位に立ったが、試合後に「道着の下にスパッツを穿いていた」ことが判明、反則で上野の勝ち。

2.軽量級準決勝 上野正(総本部)−中野正康(大阪北)

 今大会でもっとも会場が沸いたのがこの一戦。両選手とも、足を止めて左右のパンチを高速で連打。クリーンヒットの連続で、ともにグラグラくるシーンが相次ぐ。連打の効果をともに取って延長へ。ここでも上野がパンチラッシュで効果を奪うと中野もパンチで効果を取り返す。上野、スタミナ切れかと思われたが起死回生のパンチ・ラッシュ。二つ目の効果を取り優勢勝ちに。ビジネスマン・クラスから決勝進出だ!(決勝は棄権)

3.優勝 榎並博幸(安城)

 2000年パンクレーション軽量級王者。左アッパーから右ストレート、左ハイというコンビネーションから寝技(アキレス腱固め)で連続の一本勝ち。ほとんどダメージを負うこともなく、北斗旗本体会が期待される非常に安定した試合ぶりだった


(中量級)

4. 中量級決勝 池田一次(関西)−佐野教明(新宿)

 中量級決勝。パンチのラッシュに定評ある池田に対し佐野が冷静な試合運び。タックルのように飛び込んでからの小外、パンチ連打にも応戦。終了間際、その佐野の余裕ある試合運びを池田が一気に破るパンチ連打。押し倒すようにダウンを奪い、有効。逆転の優勝を飾った。


(軽重量級)

5.軽重量級準決勝 岩木秀之(新潟)−江口忠友(総本部)

 軽重量級トーナメントはまさに岩木の独壇場。飯村、小野、能登谷ら北斗旗出場を決めている関東のライバルが見守る中、微動だにせず堂々の試合運び。パンチ、ミドルから組み付いて、寝技で背後を取ると一瞬の締め。昨春のパンクレーション大会と同じ結果に、悔しがる江口の絶叫が場内にこだました。

6.軽重量級決勝 岩木秀之(新潟)−石田圭市(若狭)

 軽重量級決勝。ベテラン石田にも臆さない岩木。打撃でもミドルを武器にプレッシャーをかけ続ける。延長、組み合うと腰投げでたたきつけ、逆十字に行くフェイントから瞬時の締め。鮮やかな完勝に、場内がざわめく。寺本、長野、平原、鈴木規正らも含め、この階級は間違いなく世界大会への最激戦区だ。


(重量級)

7.重量級準決勝 平田誠一(綾瀬)−荒井省司(横浜)
 柔道五段の平田。打撃は荒削りながら組技には絶対の自信があるため、のびのびとパンチを振るう。最後は荒井が実績でしのいだが、平田の投げと寝技の強さが北斗旗本体会でどう生きるか注目される。

8.重量級決勝 荒井省司(横浜)−片平祐一郎(船橋)
 重量級決勝。横浜重量級勢の一角、古豪の荒井が久々のと強烈な右ストレートから首相撲、膝という北斗旗の定番コンビネーションで着実にダメージを蓄積、技ありを奪って完勝。


(超重量級)

9.超重量級決勝 前田聡(大宮)−山崎靖公(成田)

 超重量級は北斗旗決定者が多く、予選参加者は少ないクラス。全体に単発の打撃と見合うシーンが目立ったが、左右前蹴り、首を取っての膝という自分の組み手を貫いた前田が優勝。この両者が北斗旗出場の最後の椅子を得ることとなった。

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以下は階級別寸評です。

 今回の北斗旗予選は例年とは異なり、すでに本戦への出場資格を得ている選手は参加していなかった。それゆえ大道塾の次代を担う選手の現状を占う大会でもあった。そうした観点も含め、階級別に総評を簡単を行っておきたい。

(軽量級)

 小川英樹選手に五連覇を許し、打倒・小川の最有力候補である辻村元伸選手(関西本部)・高松猛選手(総本部)が不参加のこの階級。昨年の北斗旗で活躍した関西本部の池田一次選手も中量級に転出した。小川選手が雑誌インタビューで「怪我していてちょうどいいところ」と余裕を見せているだけに次世代の台頭が求められたが、少々心許ない結果に終わった。

 ビジネスマンクラス所属の上野正選手の頑張りには敬服させられるし、中野正康選手(大阪北)とのパンチ合戦は満場の喝采を浴びた。このところ打撃より寝技に比重が置かれてきた北斗旗としてはパンチの復権は喜ばしいところだが、しかし別の見方をすればカウンターで膝を合わせたり肘を使ったり、という技の広がりなかったともいえる。実際、上野選手は寺西豊選手の膝攻撃で攻守を逆転された。このあたり、技の広がりにも適応できるが一発の決め技もある、という方向を目指すべきではないか。

 新人では、村山淳選手(渋谷)の打撃にも非凡なものを感じた。

(中量級)

 加藤清尚・長谷川朋彦(総本部)といったベテランに、高田久嗣・飯島進(浦和)といった各選手が挑むこの階級。やはり優勝した池田選手の台頭が収穫。それに続く佐野教明(新宿)・青木政樹(浦和)・中山康洋(新潟)もこの大会ではほとんど実力差は見られなかった。時に上位選手と星の潰し合いを演じてきただけのことはある。各選手には、さらに加藤・小川両選手を脅かすだけの気迫とアイデアを期待したい。

(軽重量級)

 岩木秀之選手(新潟)の 独壇場だった。その岩木はこの予選では左ストレート・左ミドル・組み合って投げ・締めという流れに盤石の強さを見せた。しかしこの階級の現在のリーダーである飯村健一(総本部)・能登谷佳樹(浦和)両選手が見せたような反撃の糸口はあるはずだ。勝てないにせよ岩木選手を脅かすだけのアイデアが見られなかったのは残念。とくに期待がかかりながら前回の対戦と同じ展開で敗れた江口忠友選手(総本部)には、研究を求めたい。

(重量級)

 現在の北斗旗ルールにおいて柔道の高段者が有利であることを示したのが平田誠一選手(綾瀬)。しかしそれは、寝技では自分から攻めないにせよ防御だけは修得すべきなのに不十分だったという点、打撃の初心者を圧倒できるだけの打撃技術が他の若手選手になかった点を浮き彫りにしたともいえる。

(超重量級)

 次代を期待するという点ではもっとも不安を抱かせたのがこの階級。体力指数は各選手280に達しなかったが、動きは単調だった。稽古量を求めたいところだ。外人選手はパワーを誇るだけでなく、軽量級並みのコンビネーションも使いこなしている。また、参加選手の年齢が下限で29歳という高齢化も気になった。

 

(3月某日)フルコンタクト合気道を学ぶ

  ビジネスマン・クラスで体調不良や高齢ゆえに筋力や心肺機能のトレーニングを避けたいという方のため、フォームを点検したりスポーツよりも実践的な武道を学ぶということで、「ソフト・クラス」を以前から構想していたが、塾長も賛成して下さり、その一環として実践合気道の先生を二週に一度お迎えすることとなった。講師は合気道SA(シュート・合気道)の桜井文夫先生。先週は初回ということで、塾長も参加。

 桜井先生は大卒後、養神館の内弟子に入り、塩田剛三氏のふんどしまで洗って仕えた方である。その人が合気道をフルコンタクト(試合あり)にすべきだと主張して十年前に独立されたわけで、当時は大変な反対だったという。伝統派に対する極真、極真に対する大道塾の関係にあたるわけで、いわば「はみだし」格闘家だ。

 教えていただいたのは、立ち関節の腕がらみ、逆のハンマーロック、手首をつかんでそのまま決めるもの(ヨンカジョウ)、相手に胸ぐらをつかまれた手をそのまま決めて投げ落とすものなど四種。それぞれ正式名称があるが、字が分からないので今回はこのままにて失礼。

 やってみて、なるほど面白いものだと感じた。寝技の腕がらみもホイラーvs桜庭戦でも明らかとなったように、腕の筋の方向を見極めないと決まらないのだが、そこまで意識できている人はあまりいない。せいぜい逆十字は相手の親指を上に、といったことくらいではないか。その点合気道は、そうした人体の構造に深く関心を持ち、上腕の筋やツボの方向を片手でつかむだけで見極めつつ、手首を中心に決めることに集中する技術の体系だと思えた。とくに片手で手首を握っただけで決める技の場合、上腕から肩までの筋と攻め手の体重のかけ方が重要であるようで、掌の力は抜き剣道の打ち込みのように体重を伝えねばならない。「合気」の顕著な一例であるようだ。

 終了後は塾長が引率され桜井先生、SAの能勢さん(元大道塾生)と深夜まで飲み会となる。古武道界でタブーに挑む先生らしく、興味深い話が続出。対外試合をしないのに合気も打撃もできると謳うので有名な某巨大団体(登録は「宗教財団」)を作り上げた創始者について、技のルーツを知り実践性にも関心を寄せる立場から「武道詐欺師」といった厳しい批判を下されていた。

 ちなみに我が親友である極真の宮崎さんが最近傾倒しておられる八光流柔術というのは、合気道の正統の源流に当たっており、大東流とともにその技を形づくっているのだそうだ。この流派では指圧やマッサージのような施術を盛んに行っているのだが、なるほど人体をツボや筋から見極める合気からすればそれも可能なのかと合点した。

 大学の同僚などと武道の話をするともっぱら合気道や剣道などに終始してボクシングやキック、レスリングまして総合などにはほとんど関心を持たれないためまったくかみ合わないのだが、これでちょっとは会話ができるかもしれない。もっとも、型だけの合気ではダメだなどと受け売りしたらかえって気まずくなるだけかもしれないが。