| (7月某日) 今月に入ってパソコンを新規種に移行した。だいたいのデータは引っ越せたのだが、なぜか日記の最終回だけが消失。息子の空手試合の話は「続く」としてあったが、それでたち切れになってしまった。
話が切れてしまったので書きにくいが、とりあえず続きを。試合当日、家から一時間かけて八王子に。ぎりぎりで開会式に間に合う。うちの息子は徹底的な母親好きなので、開会式の最中、ずっと家内の方を見ている。これで家内がいなくなろうものなら、どんなところでも「かーちゃん、かーちゃん」と大声を上げるので要注意である。
試合着は伝統派のもの。先日、水道橋の武道具屋で買ってきた。対戦表を見ると、「流派名非公開」となっている。まあ、「松原流」か?家庭内では「とーちゃん流」と呼んでいるが。それで大道塾の選手(5歳児)たちと闘うのである。こちらは皆、胸に「大道塾」の縫い込みがある。しかし自分が他流派であることも分からず、なんら気後れする様子もない。
「息吹(息子の名前)の試合、まだあ?」といっこうに緊張していない。それでいて親の方が心配なもので、アップとしてパンチとミドルの反復をさせようとするのだが、じきに飽きて母親の膝でゴロゴロしている。家内も息子のことになると結構マジになるので、「しっかりしなさい」と尻をたたくのだが、緊張とは無縁の性格のようだ。
防具は友次支部長にお願いし、トーナメントですでに負けた子にお借りした。面、腹当て、臑当てに小手のような拳のサポーターをつけるとまるでガンダムである。これなら怪我はしそうにない。だがダメージのないフルコンというのは一体どういう決まり方をするのであろうか?
順番が近づいてくる。なにしろ「松原流」、家でやってるだけである。それでも礼法は毎回稽古のたびに確認している。しかしそれを広い試合会場でできるものであろうか。試合場の脇に立って順番待つ息子の背中をわしづかみにして、「大きな声で”押忍”と言うように」「蹴っていけ」などと耳打ちする。息子は分かっているのやらいないのやらうなづく。そのまま私は場外のセコンドの位置に残る。
いよいよ試合開始。なにしろ息子は私しか相手にしたことがない。同じサイズの相手を叩いたり蹴ったりしたことがないのだ。一体どうなるのか。礼をして、トコトコ出ていく。「始め!」。おお、パンチを連打、右ミドルも蹴っている。これには結構、感動した。五歳児、神戸の震災で妹や母を亡くしてから後にできた子である。つい最近まで片手にのっけて食事をしたり、外出するにも5m歩くと座り込んだり、駅まで行くだけでこちらがへとへとになったものだ。いつも目の届くところで遊ばせておかねばならなかった。その子供が自分で出ていって相手と向かい合って闘っているのだ。初めて息子が親から離れて自分で闘っているのかと思うと結構ジーンときた。
それでも審判の身となると、これは大変である。いったい、何をポイントにすれば良いのか。ぱかぱか叩いたり、蹴ったりしているが、子供どうし、一向にスタミナがなくなったりダメージが蓄積したりしないのだ。試合場の二隅で副審が互いに顔を見合わせている。そうこうするうちに二分間が終了。旗判定は審判三者の目配せで「引き分け」となった。
トコトコ帰ってきて「トロフィーもらえたの?」という。「延長、延長、パンチより蹴りをたくさん出して!」と送り出す。こうなると右ミドルだけしかない。その通り、よろよろしながらも右ミドルを連打。横の方から女性の声で「蹴れー、蹴れー蹴るのよー」と騒いでいる人がいるので誰かと思ったら、家内であった。この五年間、まつたく一心同体であったので、そんな分身が広い試合会場の真ん中で打ち合っている光景に感極まったのだろう。
結局、次の一分半がいよいよ終わるかという間際、相手の手が上がったところにポコっとミドルが入った。副審(飯村さん、どうも有り難う)がすかさず旗を上げてくれる。とともに試合終了。おお、1−0で勝ちではないか。「息吹、強かったよ!」と言いながら帰ってきた。 |