思考の格闘技


仕事日誌をここに併設します。日々の仕事雑感を記します。

 


(2009年11月15日)

   世界大会だというのに、朝から原稿書き。八時過ぎに書き上げて、会場へ。

 『商業界』、「2010年の消費と消費者を予見する」がテーマだ。不況のもと低価格が続く。しかしそれは量を求めるのではなく、質を求め社会と調和するような消費行動を呼び起こしている。「持つよりも使う」、が基調になる。

 

(2009年11月13日)

   朝日新聞で座談会。宮崎哲弥、四ノ原恒憲(編集委員)、川本裕司編集委員(メディア担当)と、「論壇時評」をめぐり「言論とメディアの関係はどうなるか」。

 私の基調報告は、「論壇時評は必要か」との問いに答えるもので、

・総合雑誌を評価するのが論壇時評という先入観が批判する側にもあるが、そもそもそんな論壇時評は冷戦前に死滅している。
・現在の論壇は、総合誌だけでなく、週刊誌(経済は大半)、新書にまで広がっている。新聞も数える必要があろう。
・したがって、具体的には見えないところに「壇」があるので、時評はまずは「壇」がどこにあるのかを構成するところから始めねばならない。
・ネットは、活字として固定されず、書き換えが可能であり、また論の途中からつっこみが入ってやりあうことに特徴があるので、別途「ネット時評」としてやるべきである。論壇の中心が総合誌からネットに移っているので新聞の論壇時評には意味がない、という東浩紀の私に対する批判はナンセンスだと思う。活字もネットも、それぞれ時評が必要なだけなのだ。
・かつては「壇」が数冊の総合誌に明確に存在したので、「時評」だけやっておけばよかった。現在は、「評」は最後に付け加えるだけになるが、これは仕方ないのではないか。

以上だが、宮崎氏の「まとめ」はほぼ私が述べたことをなぞるものだった。彼は論壇を示す四限図(実は彼のは区分だけなのでせ私のとは違うが)を使うところなども、私のやり方をなぞっているところがある。今回はどうなるのか、楽しみだ。

 終了後、赤坂「涵梅舫」スープがうまかった。私が注文したのは、「フカの唇スープ」。

 

(2009年11月11日)

   鉄学。一本目は伝統「的」工芸品。経産省が後押ししているもの。

 これは1974年の「伝産法」で指定された211産品につき、各地で指定された工程にもとづき作られた工芸品だけを国が指定し、擁護しようというもの。

 番組では伝統的工芸品のヨイショが行われたが、私はかつてから強い疑問を持っているので、率直に申し上げた。

・伝統は、昔からの技術革新の積み重ねで築き上げられてきた。その伝統を国家が規制してしまうことで、新しい伝統が生まれず、死んでしまっている。番組ではスルーされていたが、現実には輪島塗などは売り上げが激減している。それで都会のデザイナーに助成金を与えてデザインを加えてマウスなどを作っているが、これで良いのか?むしろ職人みずからが革新すべきではないか。しかし何十年も工夫してこなかったので、「工夫しないことが伝統だ」という風潮になってしまった。その結果、伝統的工芸の衰退を国が後押しし、助成金漬けにするという悪循環になっている。

・かつての伝統には、多様性があった。輪島には「こよりを塗り込む」といった技法もあったが、これが国の規制により「輪島塗」ではない、ということにされている。これは、伝統の多様性を国が破壊することではないのか。

 私には、こうしたことは伝統の技である「肩車」を規制する柔道界と同じに見える。日本柔道を守るといいながら、伝統を破壊しているのである。

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もう一本は、「蓄電池」。先週土曜のNHKのゲストをNEDOからお招きする。

 電池というのは、実は中で何が起きているのかよく分かっていない、とい話しが面白い。結果オーライ、で産業化されているだけらしいのだ。蓄電池をめぐる不思議と期待を聞く。

 

(2009年11月10日)

   中日新聞、「時のおもり」。先日のトッドとの対談を受け、さらに日本経済の現状を考える。消費不況なのだが、貯蓄しているのは家計よりも企業。しかも企業は、利益を賃金よりも配当に回している。これは要するに、銀行からの借金を危険と考えている、ということではないか。されに言えばそれはBIS規制のせいだから、それが不況の真因とも言える。

 

(2009年11月8日)

   NHK、朝9時からの経済番組「経済ワイド ビジョンe」。池袋量販店(ヤマダ、ビッグ)戦争とリチウム電池、たばこ増税が話題。

 量販店はデパートを駆逐しての我が世の春なのに、デパート化しつつあるところが面白い。

 たばこ税は、喫煙という「愚行」に対する課税だが、人間には愚行を行う権利が、他人に迷惑をかけない限りであるはずだ(そう言ったのはJ.S.ミルである)。とコメントしておく。

 以前に鉄学(草食系男子の回)でご一緒したマーケターの牛窪恵さんとご一緒したが、コメントが冴えていた。リチウム電池の型式を統一するのは消費者サービスとして必須だ、というのは正論だ。

 

(2009年11月4日)

   松本市にて、「建設業の衰退は国是か」のタイトルで防災講演会(主催:松本広域土木振興会、長野県松本建設事務所

 建設業界は、以前は指名制だったので、自分たちの「なわばり」に当たる地区にかんしては、ボランティアで災害時に自衛隊より早く被災地入りし、復旧に当たってきた。平成16年に入札制度に代わってから、そうした防災が不可能になってしまった。不況に加え、公共投資削減、さらになわばりではなくなったからだ。

 防災にかんする「知恵」は、いわば公共財である。その再生を、建設業の業態刷新(ダムから小さな氾濫容認の河川監督)とともに求めた。

 

(2009年11月3日)

   『日本の論点』に「公教育の再生」につき、書く。中央公論に昨年末に書いた「塾と商店街で子どもは育つ」の内容を不縁して欲しい、との編集部の要望に応える。

 「ゆとり教育」はたんなる子ども放置教育になってしまったが、本来はその時間で商店街に聞き取りに行かせるとか、子どもの「読み書きそろばん」能力の応用を図るもの。さらに、塾で中学受験に使われている国語の長文読解と算数の問題はこの時期にやるとやらないで「読み書きそろばん」能力に差がつくと思う。算数は一題、長文は本を読む入り口として、毎日の授業で生かすべき、と書く。

 

(2009年10月28日)

 毎日書評、『ベスト・オブ・谷根千』(亜紀書房)。

 ベストと言っても、94冊すべてがベストなのだと啖呵を切っている。しかし高橋くらという建具屋の女将のインタビューは、たいそう面白い。一回二合ずつ、職人には食べさせていたらしい。十人いて、一日六升の飯である。大変だ。湯気の出る様すら思い浮かぶ話だ。

 

(2009年10月28日)

 「週刊鉄学」。半藤一利さんをお招きして、昭和史の政治家について伺う。民主党はどうなのかを、歴史に問うという趣向。

 半藤さんの「昭和史」は、めっぽう面白い。二冊で1000ページもあるが、あっという間に読んでしまった。いろいろ聞いてみた。

 

(2009年10月28日)

   「週刊鉄学」。遠隔治療の話を、この分野で日本をリードする旭川医大の吉田学長から伺う。

 過疎地では簡単には病院に行けない。利尻だと稚内まで100分かかる。それでも必ずしもベストの医者が稚内にいるわけではない。さらに別の病院を訪ねなければならないのだ。

 ところがテレビ中継で他の場所にいる専門科医に映像を送ると、最高の判断を仰ぎながら稚内でもベストの医療を受けることができる。

 専門科医の知識や判断力は、公共の持ち物なのだ。それを利用しうるのが遠隔治療なのだと思う。

 

(2009年10月24日)

    朝日カルチャーセンター。『経済学の古典30』から、ワルラスを講じる。ワルラスは社会主義者だった、と述べたら、安井琢磨ゼミだったという年配の紳士が、「初耳だ」と仰る。授業と合わせて一日に4.5時間喋って、頭がぐらぐらした。

 

(2009年10月24日)

   朝日新聞でもトッドについて聞かれたので、まとめると。

・彼の経済論はエコノミストからは素人芸のように見えるかもしれないが、系譜としてはスチュアート、リスト、マーシャル、ケインズを受け継ぐ正統なものである。

・新古典派が合理性と個人主義から金融にかんしても市場競争を単純に正当化してしまうのに対し、家族構造が価値観の基底をなし、それに識字化が上乗せされて意識を変動させるという基本的な図式によって、近代化とその帰結であるグローバリゼーションが論じられている。

・市場が賃金を均等化させる速度が速すぎるというのがトッドが自由貿易に反対する理由である。フランス人の賃金がインド人のそれと急激に近づいているのが混乱のもとであり、その速度を抑えるために保護主義が提唱されている。

 

(2009年10月23日)

   仕事中にパソコンで映画ばかり見ている。

 成瀬巳喜男の『浮雲』は、恋愛映画の傑作とばかり聞いていたが、太宰に顔が似ている森雅之が太宰真っ青なデタラメ男で呆れる。高峰秀子はがらがら声だし。構図も小津の『東京物語』『麦秋』の視覚の美しさとは雲泥。

 大島渚の『日本春歌考』は、若者が大学では嘘くさい左翼歌か健全さのしらじらしいフォークしか歌えないことに反発して春歌で対抗する話。伊丹十三が荒木一郎に殺される(ガス漏れを見過ごされる)のだが、感慨深い。

 長谷川和彦という人は勢いだけの男かと思っていたが、『太陽を盗んだ男』は掛け値なしの傑作。森田芳光の『ときめきに死す』は沢田研二を使っておきながらつまらない出来だったが、ここで沢田は剽軽さでテロリストの不気味さを好演している。どんでん返しを多重に仕掛け、娯楽作としても抜群。パキスタンで核テロが危惧されるだけに、先見の明もある。興行収入が振るわなかったらしいが、信じられない。今からでも金銭的に成功させてあげたい。脱帽。 

 小林正樹の『切腹』も傑作。ストーリー抜群で、リアリティありすぎ。封建時代が嫌になる。仲代達矢の名演。

 

(2009年10月23日)

   朝日論壇時評、今回は「鳩山政権の外交方針について」。

 非現実的だ、とさんざん批判されているが、批判者は自民党とグリーンやフォルフォウィッツら知日派。トッドの言う「アメリカ帝国の崩壊」という見方をすれば現実的なのだ、と書く。

 

(2009年10月17,19日)

   新装Rocksが講談社流通ということで、連載第四回「考える格闘技」。

 撮影は長尾迪氏にお願いし、大道塾とスネークピットで撮影。前者は靱帯が伸びて前足が上がらず、後者は二日後に少し蹴れたが15ラウンドのスパー。長尾氏は呆れていた。

 原稿も書く。柔道で東大の津澤・柏崎師範に出会い、考えることの重要性を確認。キックでも毎回のスパーから学んで、空道に還元している。

 

(2009年10月15日)

 青山学院の総合政策学部主催、エマニュエル・トッドを囲むシンポジウム。

 トッド氏は、私に会うなり「一昨日と同じ事を喋るから、寝ていて」という。情熱的であり、面白い人だ。

・高等教育につき、トッドは楽観していると述べたが、私は「読み書きそろばん」が金融工学に変わったのがアメリカの高等教育であり、それが金融危機をもたらしたのだ、と質問する。また、学問が専門分化しすぎ、「常識」を失ったのが金融工学である、とも。

・トッドの言う「保護主義」は、自由貿易のスピードを弱めるものにすぎない。保護か自由かという二項対立で批判するのは、ナンセンスである。

 懇親会で、石崎教授や大勢の先生方と会食。

*しかし、青木保先生の司会は、なんだかなあ、だった。トッドは今回は金融危機やグローバリゼーション、保護主義の話をしに来たのだが、青木先生は第一声、「私はそんなことに関心ない。親族の人類学にしか関心ない」と仰る。もちろんそれはトッドの専門だが、批判されれば激論になり、肝心の経済の話をする余地がなくなる。「東アジア共同体についてどう思うか」との質問がトッドになげかけられたが、トッドは「そんなことは知らない」と答えていた。やっぱり、なんだかなあ、である。

 

(2009年10月14日)

 中日新聞「時のおもり」。可児市の文化施設「ala」について。ハコモノだけでなく、ソフトを創造しうる地方文化こそが求められている。

 

(2009年10月14日)

 『新忘れられた日本人』の佐野眞一氏を招き、昭和の怪物について話をうかがう。

 やはり、春日一幸が秀逸だ。七人の愛人がいたという女性関係を追求され、「私のチンポは、指弾されるような立ち方ではない。オーソドックスな立ち方である」と答えたという。

 時に奥様も嫉妬で半狂乱になるのだが、そうしたときは羽交い締めにして背後から般若心経を唱えて落ち着かせたとも。佐野氏が「耳を勃起させて」聞いた話である。笑った。

 

(2009年10月14日)

   週刊鉄学、久々。伊藤聡子さんの故郷、「世界ジオパーク」に日本から三カ所選ばれた、糸魚川市を紹介する。

 北米とユーラシアがそれぞれ乗っかっているプレートがぶつかる静岡・糸魚川構造線は、一本の線として地上に見えているのかと思ったら、そうではないらしい。

 裂け目が剥きだしになっているのが糸魚川のとある地区だというのだ。

 また日本には産地が存在しないと長らく考えられたため、縄文期からの遺跡で発掘される翡翠はアジアから来たとみなされていた。しかし唯一、糸魚川で産することが発見された。ということは、縄文人は翡翠を全国の古墳に運ぶすべを持っていたことになる。なんと、ロマンチックではないか。

 ぜひ、糸魚川に行ってみたい。

 

(2009年10月13日)

  読売新聞で、エマニュエル・トッド氏と対談。鵜飼記者が質問して下さる。トッド氏の分は除いて、自分が喋ったのは。

 

<冷戦終了から現在までをどう総括するか(鵜飼)>

・トッド氏はソ連およびアメリカ帝国の崩壊ないし弱体化につき予言し的中させた。巨大な社会について、社会主義は計画的な統制によって、新自由主義は純粋な市場によって秩序化しようとしていたが、双方とも、誤っていたのである。それは私見では、計画か市場かではなく、慣行への信頼を伴うものでなければならないからである。ソ連とアメリカの帝国が危機に瀕したのは、慣行への信頼を無視したせいだ。

・トッド氏の言う、家族制度によって価値観が定まり、識字化によって近代化が進むという考えは、正しいと思う。識字化とは「読み書きそろばん」であり、家族は流動化した後も人間関係に対する信頼の類型を構成している。

・統計指標としては、信頼を表すものとして貯蓄率を挙げたい。家計は、高齢化に加えてすべて消費せざるをえず不安なのに貯蓄に回せない世帯がある。企業も、貯蓄主体になるという異常な状態にある。したがって、自殺率の高さも信頼の喪失を表していると思う。

・冷戦期までの日本は、自民党の派閥や官僚の裁量、大企業の年功制・終身制により、(大蔵・日銀→大銀行→大企業→従業員→市場慣行で中小企業)と層状に連なっていた。つまり「信頼」により、情報の節約できる社会経済システムだった。これは、トッド風には家族的権威が転化したものといえる。

・冷戦後に生じたこととしては、
@家族がばらばらになり、バーチャル空間で情報交換を行うようになった。
A構造改革 株主中心主義で企業の資産をはき出させる


・マルクス主義の後退後、@とAによって社会経済は秩序かされるとみなされた。市場は長期的・内生的に安定的であり、秩序を形成する装置とみなされたからである。そして民主主義も時間をかけずに定着しうるものとみなされた。つまり自由主義(市場)と民主主義は、普遍的なものとして信頼抜きで社会経済を
秩序化するとされたのである。

・しかし現実に起きたのは、アメリカはモノを作らずに国債や株式・ドルを輸出しモノを輸入する。それ以外の国は内需不足で、大企業がアメリカに輸出し、需要の穴埋めをすることになった。そして中小企業・非正規雇用・地方が分断された状態におかれた。とりわけ労働者は、グローバリゼーションによりインド・中国の水準まで賃金が下がるという事態にさいなまれた。また民主主義の軍事的な押しつけは、イラク・アフガンの抵抗を呼んだ。

・アメリカは、ドルや国債、株式を無根拠に信頼させるため、軍事力と新古典派の言説を振りまく学者を育成した。新古典派に忠実な学者には、学位を与えた。また、それら以外の慣行については、解体するようIMFやエコノミストを動員した。

・ここで起きたのがバブル崩壊という内生的な無秩序化であった。経済学の想定は崩れた。

・世界の信頼は、金からドルへ、ドルからオバマへと対象を変えてきた。だが今後どうなるかは、不明である。

・慣行については、廃止ではなく再編が必要なのである。それにより、将来不安をなくすことが貯蓄の減少と内需拡大につながる。これを保護主義と呼ぶなら、私の意見はトッドと同じである。
 

 

 

(2009年10月6日)

 筑波大学大学院人間総合科学研究科でスポーツ社会学及び身体文化論を研究しておられる清水諭教授のお誘いで、『現代スポーツ評論』(年2回発行)誌のインタビューを友添秀則早稲田大学教授から受ける。200911月発行予定)

 「国際化時代の武道を考える」がテーマ。自分の空道・柔道体験から武道とは何か、を語る。友添先生は、筑波大で柔道部にいらした方だ。

 

(2009年10月6日)

   「ゴング格闘技」のインタビュー。昨日のDreamについての感想を喋る。

 従来、プロ格闘技とは、ボクシングのようにアマのランキングで最上位になった者がヘッドギアを外したプロのランキングを作るものと考えられてきた(自噴はそう思っていた)。しかしプロ興業の本質は、そうした@ランキングによる「権威」以外にA「試合そのもののおもしろさ」B「試合外のおもしろさ」といった項目があり、亀田はボクシングでありながらBを強調し@のランキングは日本人と対戦しないことで過小に扱ってきた。@は勝ち負けのみに関心が持たれるのだが、それではボクシング人気が下がっていた。そこにリング外の話題をもちこみ、人気を一時的に回復させたのだ。この日の亀田弟は、初めて@で勝負し、負けた。しかし視聴率は19%と高かった。

 Dreamは、@の王者をトーナメントで決めたが、青木真也の試合は見所が大幅にカットされていた。スーパーハルク・トーナメントというのは無差別トーナメントというより、色物世界一決定戦だが、ミノワマンといいソクジュといい、良い試合をした。しかしソクジュのニーオンザベリーの強さなど指摘されなかったから、視聴者の技術に対する見方は育たないだろう。結局、Aのみの際だった大会になってしまった。

 @に頼る興業は企業に例えると長期的経営を目指す日本企業。Bは一時的に収益が上がれば良しとするアメリカ企業である。一時的にはBでありうるのがプロ格闘技なのは仕方ないにしても、Aを維持しつつ@を目指さないと長期的にMMAは持たないだろう。

 しかしそもそもタイトルというのは、契約が長続きせず、外人同士で視聴率が取れないとタイトルマッチが行われないなら、あまり意味がない。K−1のように、毎年トーナメント王者を決めるというのが本筋なのかもしれない。

 となると、ランキングがありつつ総当たり戦を行い、A、様式美でBも目指す大相撲はプロ興業の完成形ともいえる。内舘牧子のような素人が知ったかぶりで楽しめる余裕も、大したものではある。

 

(2009年10月5日)

   溝口紀子さんをコーディネーターとし、欧州王者に三度輝くミシェル・ブルース氏(ボルドー大学教授、IJF研究員)を囲む研究会を開く(東京大学駒場校舎 12号館 306教室)。発表内容は「フランスにおける柔道の生成と社会イメージの関係」といったもの。一時間半にわたりパワーポイントで貴重な映像も交え講演をいただいた。

 参加者には日大の田辺陽子先生、筑波大の山口香先生、日大柔道部女子部員、樟蔭女子大・国士舘・静岡芸術大の教員先生方を迎え、会場は満席だった。

 山口・田辺先生と溝口さんで、日本柔道界のメダリスト勢揃いである。それぞれが美しいというかオーラのある方々なのが印象的。

 ブルース氏によれば、柔道の誕生を文化変容として扱う研究者は自分だけとのこと。溝口さんが日本をやり、私が現代武道論として武道史を扱っているので、主な研究者はここにいるのだ、と笑っておられた。

 

(2009年10月5日)

   毎日短評に香山リカ『しがみつかない生き方』(幻冬舎新書)。

 すでにベストセラーとなり、週刊朝日では記事も出た作品だが、市場主義が前提する「自己決定」の考え方が「頑張れば願いは叶う」というように、人生や社会を単純化してかかることに警告を発する展が面白く、いまさらではあるが書評を書く。

 勝間和代がこれだけ重用されるのも「前向きさ」が分かりやすいからだろう。しかし社会も人生も分かりやすくはなく、その「分かりにくさ」を扱うのが本来の文学や社会科学のはずだ。

 

(2009年10月2日)

   日経の日曜版「今を読み解く」。

 私が「消費不況」と言い出してから6年ほど立つ。その後貯蓄率は下がったものの、本格的に消費不況という言葉が定着しつつある。

 ユニクロや無印が売れていることにつき、たんに「安いから」というのではない理由を社会論・文化論として説明する。

 私としては、三浦展氏の「シンプル消費」というよりも、「持つ」から「使う」へとフェーズが変わったのだ、と解釈しておきたい。

 

(2009年9月27日)

   静岡文化芸術大学の10周年記念公開講座ということで、講演を頼まれた。「柔道の国際化について」である。

 全三回を溝口紀子先生が「女子柔道の起源について」、ミシェル・ブルース氏が「海外の柔道について」ということで、私は「柔道と異種格闘技〜武道としての柔道の拡がり〜」という話を二時間ほど行った。

 柔道には、一般的に唯一と思われている「講道館ルール=国際ルール」以外に「七大戦ルール=高専柔道」が日本にも存在し、柔道は名乗らないが起源がそこにあるものとして、サンボやブラジリアン柔術がある。現在の柔道は、それらが技術的に入り交じり、明治期に続き、第二の「異種格闘技総合」の時代にある。

 というわけで(武術=実戦的には「正しい柔道」の組み方では頭突きやパンチの餌食になるので片襟片袖を勧める等)様々に説明を行ったあと、映像を見てもらった。

@カント(柔術)VS 加藤
http://www.youtube.com/watch?v=ioGlTNRIN8E

Aナイダン(モンゴル相撲)vsジトケイエフ(カザフスタン:帯取り返し)
http://www.youtube.com/watch?v=FlNZxJnzx1o

B専守防衛の寝技(七大戦:4の字絡み)
http://www19.atwiki.jp/kyodaijudo/pages/74.html

C七大戦の典型的な試合(浅野返し)
http://www19.atwiki.jp/kyodaijudo/pages/65.html
 

である。これも、柔道。

 「社交としての柔道」という話をして、しめくくった。

 

 

(2009年9月25日)

 朝日新聞論断時評。今月は民衆党の政策構想について。

 「できっこない」と財源や官僚の反応を含め批判を受けているが、「成長戦略がない」という揶揄は、的はずれだと思う。

 不況期の成長戦略とは需要を増やすことでしかなく、内需の不測している現在、消費の強化、すなわち家計の補助しか道はない。民主党はそれをやろうとしているのだが、対照的に企業を支援するのが自民党のやり方だ。私としては、家計の不安を取り除くという点で、民主党を支持している。

 もっとも、「子ども支援」等を現金で行うのはどうか、とは思う。現金を渡しても流動性の罠の下では需要に支出されないからで、その点では保育所の充実など、現物の方がよい。それを打ち出せないのは、公的組織は「官僚」側なので批判するという民主の中心的価値観があるからだ。これについては、今回は書かなかった。

 「消費不況」が日本経済の特質になった、というのは最近三件されるようになったが、これは私の年来の主張である。「分断」同様、どうやら世間の同意を得られるようになったらしい。

 

(2009年9月20日)

 小学校の同級生の松木君から、「町内会で講演をしてほしい」との要請があり、ちょうど可児市に森山威男さんの演奏を聴きに行くのと、京大・東大定期戦があるのと同時期だったのでお引き受けした。

 ニュータウンの集会場で、30人ほどお集まりいただく。松木君は場を和らげるために武田鉄矢さんの印象でもイントロにすれば、と言ってくれたのでそうしたが、本論に入ったら結構そっちで熱心に聞いてくれた。講演の内容は、民主党の政権奪取の意味するもの。

 

(2009年9月16日)

 毎日新聞書評にイマニュエル・トッド『デモクラシー以後』(藤原書店)。

 トッドの話はいつも面白く、今回はグローバリズムとはフランス人の賃金がインド人並みになるということで、それが排外主義で国民の平等(偏った普遍性)を保つかもしくは普遍性を放棄して選挙を取りやめるかという方向を強いている、というもの。

 普遍性や人権、平等、権威といった価値観が家族制度での経験にもとづくという言い方はき身も蓋もないが、兄弟とのおもちゃの取り合いの体験は大人になっても人を支配する、ということなのだろう。日本人は直系家族で権威主義なんだそうだが、現在の崩れ方はどう説明すればよいのだろうか。

 

(2009年9月13日)

 『教養学部報』に原稿。なんでもいいからスポーツについて書け、といったご要望だったので、柔道の七大戦についてアピールしておく。ノーギャラの原稿だから、ここに公開しても構わないのかな?

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 あなたは、七大戦を知っていますか。

 運動会にかかわっている方なら、年間のひとつの試合としてご存じだろう。「全国七大学総合体育大会」の略で、旧帝国七大学の運動会各部が競技を行い、総合優勝を決める大会である。今年は東大が主管校だった。

 では、柔道界において七大戦が特異な位置にあることはご存じだろうか。他の様々な運動会においては七大戦は「主要な試合のひとつ」にすぎない。ところがこと柔道にかんしては、オリンピック等で見かける「国際ルール」とはまったく別のルールで七大戦が行われ、七大学柔道部は、本大会優勝を最大の目標としている。

 七大戦で、驚くなかれ勝敗は一本勝ちのみで決まる。技ありを取られても逃げ切ることが可能ということ。そして試合は15対15マッチの勝ち抜き団体戦で行われる。そして最大の違いが、寝技が延々と続くことだ。国際ルールでは、投げから寝技に移行し、動きが止まると主審「やめ」と指示して選手は立ち上がる。ところが七大戦では、片方が組むと同時に寝技に「引き込む」ことが認められ(引き込みは国際ルールでは禁止)、しかも上になった選手が下を持ち上げたりしない限り主審は寝技を止めることがない。その上、これは競技格闘技の世界では他に例を見ないが、守り続けること、すなわち「専守防衛」も認められている。弱い選手は寝技に引きずり込み、押さえ込まれないようずっと我慢して引き分けを狙って構わないのである。

 このルールは、大学で白帯から始める選手が、高校でインターハイに出場した強豪選手と戦うためにあると言って過言ではない。国際ルールの立ち技なら組むと同時に投げられる選手が、二年も訓練すれば引き分け名人なり、最終学年では勝ち抜いた例もある。

 柔道界でも七大戦ルールは多くの人が知らず、初めて接すると不可解なものと受け取られる。技ありを取っても勝ちにならないし、投げてやろうと思えばいきなり寝てしまうので、練習試合をお願いした相手が怒り出すことも稀ではない。

 しかし実は歴史は古く、七大戦そのものとしては戦後昭和27年に開始されたが、前身は明治31年に一高(東大)・二高(東北大)の対抗戦として創始され学制変更で消滅した「高専柔道」であるとされる。テレビでも放映されることのある「総合格闘技」の打撃を除いた技術(三角絞めやヒールホールド等)は、多くがこの高専柔道で編み出された。ロープ際から中央へ審判が選手を引きずるシーンも、高専柔道に始まり、七大戦に受け継がれている。井上靖の『しろばんば』第三巻『北の海』は、高専柔道がテーマだ。

 高専柔道大会が大正期に立ち技柔道に互すほどの人気を博すと、次々に全国の大学予科柔道部が参加するようになった。柔道史上最強とも謳われる拓大の木村政彦までが参加したのである。それは寝技柔道の発展にとっては有効だったが、旧帝大にとっては不幸でもあった。というのも、優勝が実質上不可能になったからだ。

 したがって、七大戦に限り高専柔道ルールが復活したのは、必然でもあった。勉学にも励むという条件で推薦入学選手(実質上の「プロ」)を持たないチームが、東京圏の学生柔道界(国際ルール)で勝つのは不可能に近い。上位20番目程度の大学でも、練習しても10校には入れず(入るには一日6時間は稽古することが必要条件になる)、練習しなくても下位校には勝てる。当然、柔道に情熱を傾けることは難しくなる。

 そうした中で、全校に優勝のチャンスがある七大戦に旧帝大柔道部がかける情熱は、他の競技では信じがたいであろう水準にある。週に六日の稽古、月に一週の合宿朝練、休暇中の二部練習。それがどの大学にも当たり前のように行われている。そして技術としても、こと寝技では国際ルールの一流選手が知らない技が平然と駆使される。寝技の研究では、世界水準にあるといえるだろう。

 立ち技は身体能力に頼るが、寝技は知力が物を言う。私は東大柔道部の部長として、週に一度稽古に参加しているが、毎回新鮮な発見がある。研究に劣らず、七大学が誇る無形文化と信じる次第である。 
 

 

(2009年9月11日)

 阿佐ヶ谷のバー、『青二才』にて、勉強会講師に呼ばれる。

 従業員が世界を旅したくなるような話を、とのことだったので、地球儀持参で自分の体験を話す。連れとの親睦や絵はがきを確認する旅ではなく、自分の先入観を取り替えるような旅を、というのが言いたいこと。

http://www.aonisai.jp/diary/

 神谷君から同店の経営方針を聞く。私の想定と同じだったので、深く頷く。食材の発注も見せてもらったが、野菜など有機のものばかり。コストがかかっているな、ここは。イタリアンにて食事。 やっぱり山路。

 

(2009年9月10日)

 中日新聞時評、「時のおもり」。選挙について総括。「自民党的なるもの」が否定されて選挙だった。「自民党的」、というのは派閥政治であり、それは以前は国民が不満を抱くと反省し改革するという信頼の対象であったのに、対応できなくなっている。それが嫌われた原因なのだと思う。

 

(2009年9月9日)

 「週刊鉄学」、続いてミツバチの大量失踪(北米で四分の一がいなくなった)をめぐり、専門家である玉川大学の中村先生をお招きする。

 話題の本『ハチはなぜ大量死したのか』は、科学的には不完全な知識が多い、とのこと。ハチの大量死も、一年だけの現象なのか、まだ確定していない由。

 同じハチが巣の内勤、外勤と勤め上げてコロっと死ぬ、という話には感銘を受ける。しかし、女王バチにせよ働きバチにせよ、使い道がなくなるとポイ捨てされ、部分的な生しか営んでいないように見える。全体としての生を送っているのは、「群れ全体」であるらしい。個別のハチは、器官のように部分にすぎないのである。社会的生物というのは、なかなか面白い。

 

(2009年9月9日)

 「週刊鉄学」、三砂ちづるさんをお招きし、『オニババ化する女たち』。三砂さんはマスコミには滅多に出られない方だ。たおやかな着物姿でのご出演。

 良いセックスと良い出産をしないと、40歳くらいから女性は不調になる、身体を良好に保つような知恵がかつては働き方、座り方の姿勢にも伝承されていた、との説である。

 その通りだ、と思う。しかし、「出産しない自由」を訴えるフェミニズムからは批判を受ける内容ではある。医者からも批判が来そうだが、それはなかったとのこと。疫学のデータが上げられているので、反論の仕様がないのかもしれない。

 伊藤さんから「出産したくとも不妊の女性もあり、ストレスが原因ではないかと思う」との反論があり、やはり社会の仕組みの問題として女性が身体に向き合えないようになっている、と思えた。

 私は武道で身体と向き合えているが、忙しい男性にもそうした時間は必要である。

 京都では花柳界で女性器を「おひし」と呼ぶらしい。菱形、の「ひし」である。なるほど、形がそうかも。「そんな座り方しはると、おひしが歪みますえ」、と叱られるという。美しい言葉だ。

 

 

(2009年9月6日)

 shimokita voiceのシンポジウムに今年も呼ばれたので、参加。

 「金融資本主義と都市再生論の関係」について、10分で説明せよ、とのお題。

 都市再生とは、構造改革の一環として、景気回復のために土地・労働・資本を流動化させる策。それを策定した意図として政府は「収益率が業種によって異なっているのは高収益業種で土地や人、資本が不足しているから」と説明してきた。低収益のゼネコンや流通、不動産業をつぶして、移動させるというのである。 

 しかし現実に起きたのは周知の通り、正反対の出来事だった。規制が緩和されたため、製造業・輸出企業が海外との競争のため、工場を閉鎖し労働者をリストラしたのである。移動の方向は逆だった。

 この考え方では、「収益の上がらない業種は不要でありつぶすべき」とされている。しかし、収益の高い店ばかり揃えれば、どの街もコンビニと7−11、スタバばかりになってしまう。そうでない個人業主が創意工夫し、収益以外の魅力を高めているのが下北沢の賑わいだと思う。

 リリー・フランキー氏は、「カネがない時にも、ちくわを奢ってもらって朝まで飲める街だった」と言っていた。そんな風に飲める店は、良い店ではあるが、収益は上がらない店でもある。都市再生論によれば、もっとカネを使う客を集めるべき、ということになるのだから。

 

(2009年9月5日)

 東大柔道部誌『赤門柔道』に寄稿。部長の弁である。例年、いろいろと意図のあることばかり書いたので、今年はあっさりと。

 

 

(2009年9月4日)

 先月中日新聞に書いた記事が好評だったとかで、私が心の師として敬愛するドラマーの森山威男氏が7.19日比谷野音で叩いたドラムヘッドを後援会の方がサイン入りで送って下さった。これにはびっくり、家宝である。

 森山さんは、私の記事につき、「まさにその通り」「文章に迫力がある」とのこと。可児市の市役所も「森山威男Jazz Night2009」を9月19日に控え、大変喜んでおられるそうだ。こちらからもご招待を受けた。大変嬉しい。

 

(2009年9月4日)

 ゴンカクの連載。武道について喋る。

 武道とは、競技のルールの外で争う(武術)、ないし社会を渡っていく(修心)ための心技体をつくるための技法のことではないかと思う。

 ルールの「外」であるから何が起きるか分からず、そうした(起きることの分類や頻度が既知のリスクではない)「不確実性」に対処する身体的精神的な構えを作る鍛錬のことだ。それは闘争に向けられると武術になるが、社会に向けられると世渡りの知恵になる。

 武道とは不確実な、未知の世界に開かれるための心構えを作るものだ。「タックルは柔道ではないからやめろ」等と発言するのは、武道家ではない。社会で通用しないのも、武道ではない。

 

(2009年9月3日)

 日経のオンラインでインタビューを受ける。

 人口は減るので「高層マンション建設を打ち切り、木造一階建てを増やして観光資源にする」という意見の評価を求められる。

 万人に空の眺望を楽しむ権利があり、それゆえ高層マンションは人口の増減には関係なく、まちづくりの観点から特定のゾーンにのみ許すべきだと主張しておく。ゾーニングは、十年に一回ほど改訂すればよいのではないだろうか。

 

(2009年9月3日)

 「週刊鉄学」、続いてアイルランド。留学経験のある読売新聞の松本敦子さんがゲスト。

 アイルランドに対するイングランドの収奪はすさまじく、ジャガイモに疫病が流行って大飢饉となり住民がアメリカに移住した1845年にも自由貿易を唱えてジャガイモを奪い、家畜のエサにしていたらしい。アイリッシュは本国に400万人、世界に7000万人が暮らしている。逃避の痕跡を見ても、圧政のひどさが分かる。

 今に至るまで北アイルランドを支配しているのだが、中国をアヘン漬けにしたり、イギリスの帝国主義はすさまじい。日本は中韓から植民地支配の反省を迫られてばかりだが、ここまで反省する気がない国でないと、植民地など持ってはいけなかったのかもしれない。

 

(2009年9月2日)

 「週刊鉄学」。方言について、詳しい岩城裕之先生をお招きする。この方は、たんに一地方の方言に詳しいのではなく、広島も博多も新潟も、そして私の神戸もという具合に、全国の方言に詳しいという稀有な方である。というのも、旅行好きで、あちこちに行ってはアポなしで方言の調査をされるらしいのだ。

 面白かったのは、地方の病院では方言が喋られない先生は問診が十分にできないという話。痛みにも体感を表現する言葉は様々にあり、内臓が痛いと外傷が痛いとを使い分ける地方もあって、それが分からないと患者の言い分を聞き取れないからだそうな。

 岩城さんは言葉には伝えるための「共通語」と考えるための「方言」とがあり、さらに理想言語としての標準語、方言の変異体等が層をなしているのだ、と仰る。私としては、後ろ二者はその通りと思いつつも、方言には「つながる」働きもあるのではないかと思えた。考えたり伝えたりするのは、内容である。しかし、「アホやなあ」と関西弁で言ったとき、相手を馬鹿だと侮蔑したり、馬鹿だと判断したりしているのではない。「アホちゃいまんねん、パーでんねん」と答えてもらう言葉遊びを楽しんでいたりする。

 この考え方をどう思うか、聞けばよかった。

 

(2009年8月30日)

   青森旅行から帰り、そのままテレビで開票速報を見つつ、福田和也氏・酒井順子さんと文春の座談会。

 まあ、日刊ゲンダイでも民主300届かずと報じたのに、それ以上行くとは。国民がゲンダイよりもラディカルとは、困ったものではある。

 小沢にとって人生最良の日。国民にとっては、どうなんだろうか。

 

(2009年8月27日)

 朝日、論壇時評。

 次回、次々回に政局がらみになると予想されるので、テーマは農業にすることにしていた。今回は、雑誌はほぼ取り上げない。

 川上康介氏の本は面白かったが、読んでから後になって、よく娘さんをプールで背負って泳いだ文春のあの川上氏と気づく。脱サラ農民へのインタビューだが、文章がこなれている。先だってまで「ブルータス」やらスタイリッシュな雑誌をやっていた人がこのテーマなのが面白い。

 朝まで七転八倒。それなのに一回荒く書いたただけで送ったところ行数もぴたり。こんなことは初めてだ。

 直売所の本も、スケールが大きくて面白い。青森旅行で、さっそく十和田の道の駅に。

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 息子が太宰の旅をしたいというので金木の斜陽館へ行く。せっかくなので太宰を復習。

 「ヴィヨンの妻」を読み返したら、「私、これで幸福よ」みたいなことが書いてある。亭主は詩人の芸術馬鹿でヒモみたいな中央線の男である。 同じようなセリフを最近聞いた。

 そうか、「美代子阿佐ヶ谷気分」は漫画家版「ヴィヨンの妻」だったのか!そういえば、「人間失格」の主人公は漫画家だった。太宰は中央線文化の創始者でもある らしい。

 

(2009年8月27日)

   鉄学、武田さんの主演作『降りていく生き方』がテーマ。

 この映画、農業・まちづくり・消費・教育などにかかわっており、自分の関心にも近い。伊藤聡子さんはさらに、ロケ現場が出身地も近く、前のめりで話す。

 素人の参加者が武田さん、沢田雅美さんら役者と絡むのだから、達者なものである。しかし、役者さんたちのギャラはどうなったのだろうか・・聞き忘れた。 

 

(2009年8月26日)

    鉄学の収録。

 裁判員制度発足について、光市母子殺人事件を報じている門田隆将さんがゲスト。

 私は、裁判員制度の批判が「市民に個人として判断する力があるのか」という点に集中していることに疑問を持っている。なぜなら、プロの司法関係者とは、「個人として判断するのでなく『法』ならこう判断するはず」と「法」を主人公と みなす人々だったからだ。だから、死刑についても「判断する個人が誰かを殺す」のではなく、法が「死に値する」と判定するのであり、人はその介助をするにすぎない と考えられてきたのだと思う。

 そう思っていたが、実際に裁判官がおかしな判決を出すことを週刊新潮誌で報じてきた門田さんの話を聞くと、そうばかりもいえないと分かった。裁判官は、「法ならばこう判断するはず」と解釈していくのでなく、「過去の法の相場はこんなもの」と機械的に値踏みするだけ だ、というのだ。「裁判官の官僚化」、がキーワードである。

 なるほど、経済学の現実判断に似ているのかも。ただ既存の論理を振り回して現実を切断するのだから。「法に判断せしめる」には、未曾有の現実に対しては、法 の方を修正していかねばならないのであり、繊細な現実理解が必要とされるのである。  

 

(2009年8月23日)

   電線のない街づくり支援ネットワークの『電柱・電線地中化の方法と実際』(仮)に寄稿。電線類地中化が国交省の事業としては進んでいても、体感としては芳しく感じられない理由として、電柱が実数で増えていること、それも国道以外の道路に集中していることを挙げる。

 地方分権には、電線類地中化を含む財政判断が求められるのである。

 ところで私は以前から不思議に思っているのだが、日本の保守派思想家の人々はほとんど景観の劣化に関心を持ってこなかった。拙著『失われた景観』(PHP新書)はある保守派雑誌に連鎖したものだが、「後進に道を譲るように」とFaxが流れてきて、連載打ち切りになった。保守派ってそんな 品のないやり方をするのね、と打ち切りの仕方にも呆れたが、 連載中にも冷淡な扱いであることは感じていた。なにしろこの雑誌では、私の文章に前月の要約が割り振られたりしたのである。扱いは私がマスコミで経験した限りで最低であった。

 それなのに、本になった後、その連載の文章は保守派の政治家にはしばしば引用されている。 保守派の政治家は、景観が好みなのである。それはそうだろう、保守とは美意識の問題であることは保守思想の元祖エドマンド・バークが美学から出発したところからも明らかであり、バークは政治家でもあった。

 政治は思想を必要としながらも具体的営みであるから、保守派政治家は景観の保全が自分たちの仕事だと理解している。一方、日本の保守思想は、机の上の抽象論でしかないのだろう。

 

(2009年8月22日)

   関西大学の中澤信彦さんから先に出した二冊につき、メールで感想をいただく。ご自身のHPに文章も載せていただいた。

『経済学の名著30』
→ http://d.hatena.ne.jp/nakazawa0801/20090805
 
『経済危機はなぜ起きたか?』
→ http://d.hatena.ne.jp/nakazawa0801/20090816
 

 実は、共和主義について調べ物をしていたとき、ネットで中澤さんの講義ノートを見つけ、精緻な知見に学ばしていただいたという経緯がある。専門家から評価をいただき、ありがたい。

   バブルと共和主義の関連が強引、とのご感想には、「そりゃ専門家からすればそうだよな」とは思う。
ただ、バブルに向かう国民の心情を、慎慮を大事にする共和主義者が苦々しく思っていたのではないか、とは想像できる。何か証拠があるかどうか、探しておきたい。

 中澤さんの読書日記も、なかなか充実している。私は仕事でしか本を読まないので(遊ぶのに忙しい?)、広い知的好奇心には圧倒される。

 メールの中で、マグヌソン『重商主義』の翻訳が出た、とお知らせを受けた。毎日の書評欄の速報では知っていたのだが、タッチの差で他の書評者に権利を取られていた。この本は、「政府が規制を用いて介入し経常黒字の増大を狙う学説」としての重商主義観を根本的に覆えそうとするもので、重商主義の経済学説の核にbalance of tradeの概念を認め、17世紀を通じてtradeが意味する内容の重心が「貿易の差額」(流通)から「労働の差額」(生産)へとシフトしていった、という新説を唱えるものだという。私も重商主義が流通=貿易差額のみを意味するとすれば、何が書いてあるのかよく分からない文章が古典には頻出すると感じていたので、なるほど、と思う。

http://d.hatena.ne.jp/nakazawa0801/20090819
 

 

(2009年8月20日)

   すっかり夏休み気分で、息子の宿題『十五少年漂流記』と太宰「ヴィヨンの妻」を読む。

 ヴェルヌの前者は、15歳にもならぬ漂流少年たちが大統領を決めたり、任期満了で次の大統領ほ決めて派閥が分裂したり、「勤勉、勇気、熱心」を長い夏休み(二年)の間に経験する話である。学校の先生が薦めてくれたのもうな ずける立派なお話である。

 後者は、夏の課題で太宰について息子が書くというので中公の日本文学全集の太宰集に入っていた。こちらは、舞台は中野や吉祥寺。家を出たきりときどきしか帰らない詩人の夫が飲み屋のつけを踏み倒したり複数の女から金を引き出していると知った妻が、その飲み屋に 夫に無断で勤めたり、女連れの自分の夫の酌をしたり、夫のファンだという客に手込めにされたりしながらも楽しいという、まあ中央線らしいというか、「勤勉、勇気、熱心」にはほど遠い、どうしようもない話である。しかし、こんな飲み屋に探してでも行ってみたいと思う私はいったい何であろうか。

 息子が両者の感想をどうまとめるか、楽しみではある。

 

 

(2009年8月14日)

 毎日書評、ゲラ直し。日本建築学会『生活景』学芸出版社と坂口恭平『TOKYO一坪遺産』春秋社。

「生活景」とは、身近で国家遺産と認知されていない風景のこと。それを守ろうという運動が、自宅の自慢の庭を一時的に開放する「オープン・ガーデン」のようにひたひたと流行りつつあるらしい。

 私はこれを『失われた景観』で「生活圏の景観」と呼んできたので、望ましいことと歓迎している。

 私にとっての「生活景」とは、電線のない空であったり、片岡東洋描くところの高さ1mほどの寝て飲む架空の飲み屋だったりする。片岡さんお住まいの 十条あたりにはありうるかも、といった光景なのだが、ま、好みの風景は人それぞれということだろう。

 そうこうしていると、まさにその十条の知り合いから電話。もつ焼きの名店、「埼玉屋」の大将である。このところ行列店として有名になっちゃったらしいが、私は十年来お世話になっている。

 「夜も七時というのに、どうしたんですか、お仕事は?」
    「イヤネ、先生、今週は休みなんですよ。それで家族は旅行に出かけてて、あたしゃ先生にもらった『金融危機は何故起きたか』を読んでて、感動したんで、分からないところを聞こうと思って電話したんですよ。いいくらいに熟成した最高の牛肉があるんで、来ないスか?」

 埼玉屋の大将にそうお招きいただいたとなれば、さっそくに行くしかない。息子と家内に伝えて、駅に出、新宿で埼京線に乗り換えて、十条へ。てくてく歩いて埼玉屋着。大将が横の扉を開けてくれる。休日だけあり、綺麗に消毒している。

 大きな皿に、山盛りに土気色の肉が。刃の当たった切れ目はピンクだ。霜がびしっと降っている。「センセー、肉はA3くらいがいいよぉ」と大将。

 さっそくに家庭用コンロで焼いく。脂が口内に染みる前に、肉の筋がからみつく。品の良い脂なので、いくらでも食べられる。あっという間に三人で一キロを消費。

 「いやね、先生。私も投資信託なんかでちょっと赤字になったことがあって、センセイの本を読んどきゃよかったなぁ。線引いてます。魂がこもってるね、この本」と言われて、よい気分でふらふらになり、帰宅したのだった。

 埼玉屋は、客と大将がサシで勝負するような、本当にうまいものを求める客のための店である。サシで勝負できないような、雑誌を見てくるような客には不向きの店なのである。 食べる側も、必死。出す側も、必死。そんな考えをする読者を得られて、うれしい。

 

 

(2009年8月14日)

   「ゴング格闘技」。青木真也vsシャオリン戦の青木選手の戦い方をどう見るかを喋る。不思議なもので、総合格闘技で寝技師vs寝業師の対決となると、キックの試合になることがある。プロの試合でそれを避けさせることは主催者権限に属するが、MMAでそうすることにどのような意味があるのか 、検討の余地がある。

 それにしても中井裕樹先生は、柔道界に地殻変動を強いておられると思う。柔道界は気づいていないらしいが。

 

(2009年8月13日)

   杉並区立杉並芸術会館運営評価委員会というのがあり、私は区の依頼を受けてその委員長をしている。

 要は、「座・高円寺」の運営についての外部評価を行う機関ですね。それで新しい芝居がかかるたびに招待を受けている。今回は、鴻上尚史演出・虚構の劇団「ハッシャバイ」。「第三舞台」公演の、若手による再演である。

 これは、ちょっと辛かった。脚本は面白いし、七つのドアが開くことで自在に舞台に出演者が登場したり、海を映写したり空中に浮遊物を舞わせる等、裏方の仕掛けもふんだん。

 しかし、九人だかの出演者が、叫ぶというか怒鳴るというか、二時間の間、単調に台詞を言うので、聞きづらく、疲れてしまった。お笑いのセリフも間がないので乗れない。観客は引き気味だったが、同じような感じだったんじゃないか。

 若い俳優たちなので、これからに期待したい。

 

(2009年8月12日)

 読売新聞からインタビューを受ける。月末の選挙が持つ文化・社会的意味は何か、と。

 官僚批判が民主党の主眼だが、官僚は一国の目的について設定する存在ではない。価値観を提示し、それに併せて官僚機構を改変するのは政治家の役割だ。現在、そうしたことが求められているのだが、 官僚に目標設定まで丸投げの自民党がそれをできていないのは当然として、民主党も目的についてではなく官僚機構の制度改革に焦点を絞っている。それも今回は必要なことかもしれないが、政治の本道は一国の進むべき方向を目的として示すことだろう。

 大企業に有利なように規制緩和し、アメリカ・中国への輸出頼りの経済を作り上げた。こんな国のかたちで良いのか、ということだ。 どんな国のかたちを作ろうと言うのか。

 私としては、そうした大きな見取り図を描こうとする人が選ばれることを願っている。

 

(2009年8月9日)

 北京。1990年の6月半ばから8月一杯、私は文部省の求めに応じ中国は東北の長春で中国人博士課程院生40人を相手に日本語を教えていた。年齢は私とほぼ同じから10歳下だったから、現在40〜55歳ほどである。一年の日本語特訓のあと、日本の大学院に留学して、博士号を取られるという事業、いわばODAだった。この事業の初年度がこの年だったのである(私は3年後の93年にも教えた)。

 その後20年が経ち、彼らはそれぞれ各地に散って、まさに中国を代表する学者や実業家、医者になっていた。彼らは当時、中国全土から選抜され、背水の陣で長春に集結していた。落第しても故郷に帰れない覚悟 だったのだ。四人部屋、少し授業終了が遅れると昼飯がなくなり、10時に消灯のあとは道ばたで街灯のあかりを頼りに勉学するような日々。結婚してすぐに彼氏と離ればなれ、日本に留学して赤ん坊と離ればなれという人もいた。その修業時代を懐かしみ、教えた私を呼んでくれたのだ。滞在費を一切合切持ってくれたのである。教師の側は、私と日本語教育専門家の青木伴子先生だけが参加した。

 生徒の側が、それぞれに日本に行ってからの業績と現状を紹介する。北京大学の医学部長、精華大学(日本なら京大か?)の工学教授(弟子がすでにMITで博士号を取得していた)、プリンストン大学の教授、大学の副学長、日本からもスカウトをかけられている医者、等である。アメリカで出版した立派な経済学書をくれた人もいた。

 皆口々に言っていたが、人生の早い時期にあそこまで追い込まれたことで「必死」ということを知ったし、勉学で立っていく覚悟ができたとのこと。

 私もゼミの院生に強制合宿でもやってみようかしらん。しかし一年となると、つきあう教員も必死だしなあ。こういう国の「若さ」は、日本では明治からせいぜい大正期までしかなかったのかもしれない。

 

 

(2009年8月7日)

   中日新聞、「時のおもり」。7月に35年ぶりに復活した山下洋輔トリオについて。私は森山威男信者なのだと、改めて思った。

 老い方も素敵。

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   フジで山下トリオの演奏が放映された。しかし、こういった音楽について、地上波で放映するのはやはり無理なのだろうか。半分以上がメンバーの雑談(新宿・「ふらて」)、肝心の演奏は集団でやった最後の曲だけだった。けれどもこれでは、何故に山下トリオが音楽文化の奇跡であるのか、まるで分からない。山下・森山・坂田がこれ以上ない密度で音をぶつけ合った様が、再生不能な、まさにジャズとしかいいようのない状態を作り出したのだが。

 私は、森山・坂田とのトリオは時間限定の人間国宝に相当し、その映像が残っていないことを心から残念に思っている。しかしこのような同窓会で昔話をくだくだしているのは、まさに「非ジャズ的」な行為ではないのか。座談会に森山は参加していなかったが、こんな扱いになるのが分かっていたからだろうか。

 

 

 

(2009年8月6日)

 毎日書評、短く、花村萬月『俺のロック・ステディ』集英社を書く。

 花村版ロック入門だが、趣味がよろしい。ピーター・グリーン、ロリー・ギャラガー、テンペストにマイルス。かなり変わったロック史だが、最高に素敵だ。

 http://www.youtube.com/watch?v=SmPsYY0nbaw&feature=related

 

 

(2009年8月6日)

  BSフジ、「プライムタイム」。二時間の生である。

 何度かご一緒させていただき、そのたびに敬意を募らせているアサツーDK岩村暢子さんのご本をめぐり、コメンテーターとして出演。

 食卓の驚きの変遷につき、

・岩村式定性調査の画期的な点について・・食卓の写真を撮ると、自分の無意識が写しだされている(野菜重視といいながら、肉中心等)

・家族の各人が自由なとき、自由なように食べ、企業も消費者の便利さに尽くそうとすると、食卓は崩壊する

・家族とは人間関係のノイズを厭わぬつきあいのはずだが、メディアのパーソナル化とともにノイズが嫌われている

といったことをお話した。むろん、岩村さんはいつもの名調子。これだけデータが示されて、なお事実関係について反論する人がいるらしいのに驚く。

 

(2009年8月5日)

 もう一本、元『歴史読本』編集長の高橋千劔破さんを迎えて、歴史に見るリーダー論」。

 動乱期におけるリーダーの特質ということで、戦国時代、幕末維新期に共通するのは

・門閥からではなくリーダーが出てくる
・その人たちは一様に教養人であった

 ことだと仰る。なるほど。信長・秀吉・家康も立派な書を残しているし、伊藤博文にしても農家の出で、英語に堪能だったことが初代首相になった理由だった。

 では現在は?ということで、次のリーダーを考えてみたい。

 

(2009年8月5日)

   『週刊鉄学』収録。「感性価値」とはプロダクトデザインに注目した商品価値のこと。デザイナーのムラタ・チアキさんに話を伺う。

 興味深かったのは、氷を入れて汗をかいたグラスを持ち上げると、机に桜の花びらの形が残るデザインがあるということ。若いデザイナーの作品であるらしい。モノに付着していないだけに、なるほど「日本的」な感性だ。見てみたい。

 ムタラさん自身は、ゆらぎを取り入れた作品を見せて下さった。心温まる作品だった。

 ただ、この話を経産省が後援しているというのでHPを見て、やはり役所は異様な言語感覚しか持たないのだなあとため息が出る。プロジェクトの意見聴取をした人々を、「感性☆21」(☆は「キラリ」と読ませる)と呼んでいるのだ。聴取された方々には偉い人も含まれているが、どうしてこの呼び名に抗議しなかったのだろうか。恥じらいや陰影のなさ には、役人特有の感性がある。

 

(2009年8月2日)

  毎日の書評で、漆作家(当人は職人と言っている)・赤木明登さんの『美しいこと』(新潮社)を書く。

 赤木さんの大学時代の恩師は木田元先生で、木田先生は私を見ると「武道はどうかね?」と聞かれる方である。ご当人が総合系(というか、ヤミ屋の喧嘩で使う)柔道をやっておられたので、興味をもっていただいたらしい。

 「美しい」という、個人の感覚でしかなく、しかし他人にも共有されうる、それでいて自分でも忘れてしまいがちな不定形の何ものかにつき、多彩な知り合いと語り合った対話を赤木さんが再構成している。木田先生はもちろん現象学の大家だが、本書の筆致も現象学を思わせる。

 面白いのが、対話相手に批判され、それを素直に書いているところ。広大な土地を買い、仕事場を新築しようと時間を使っていたが、「最近のあー君はいまいち」みたいに言われて中止したりしている。謙遜か仕掛けで書いているのかもしれないが、赤木さんらしい翻意ではある。まだ彼が修行中だった十数年前に能登に遊びに行ったことがあるが、月に5万で奥さんと暮らして、それでも充実した暮らしぶりだった。余計な資産は持たぬが勝ち、ということか。弟子にまで批判めいたことを言わせて、おろおろぶりを自分で記している。心の揺れを記す文章を書かせたら、ちょっと比類がない。

 これだけのそうそうたる作家・職人たちの対話者が実人生の知人である点も素晴らしい。赤木さんは職人であるとともに著作家・プロデューサーでもあるが、それはこのべたべたしない交友にも現れているのだろう。美しい本だ。

http://www.amazon.co.jp/%E7%BE%8E%E3%81%97%E3%81%84%E3%81%93%E3%81%A8-%E8%B5%A4%E6%9C%A8-%E6%98%8E%E7%99%BB/dp/4103025727

 

 

(2009年7月30日)

 時間ができたので、久々に18年来の友人に会う。エリザベス・ドーンさん。もともとは私の英会話の先生なのだが、たんなる飲み友達と化している。本日は吉祥寺のカフェにて、投資に失敗した話を聞く。

 話している間に、テーブルに妙なものを立てるので何かと思えば、「プライベート英会話講師」と書いてある。こうすると、フライヤーを持って行く人が多いのだそうな。せっかくなので、宣伝させていただくことにした。

 公立中学の英会話教師も長年勤めたが、最近では高井戸・吉祥寺周辺で、シャイな人にぴったりな会話を教えている。友達もものすごく多い方である。

 www.eigoearth.com

  ご関心の向きは、ぜひよろしく。

 

(2009年7月29日)

 「週刊鉄学」、収録。今週も武田さんはお休み。伊藤さんだけが頼り。心細い限りだ。

 今回も私が好きなテーマを選んで良いとディレクターから言われたので、「電線地中化」にする。去年、講演させていただいたNPO法人「電線のない街づくり支援ネットワーク」http://nponpc.org/default.aspxの井上利一さん、元国土庁審議官の中津真治さんにご出演いただく。

 私は『失われた景観』(PHP新書)でこの話を書いた(おそらく一般書で活字になったのは初めて)が、それから7年も経っている。国交省の計画もすでに五期が終了。そこで最新の情報に詳しいお二方から話を伺った。

 銀座は昭和30年代に地中化したが、それは地中化した方が安上がりだったこと、最近でも電柱は着実に増え続けていること、近年国交省等と民間が協力して地中化を進めているのに進捗度合いが芳しくないのは地方自治体の財政状況が悪いせいであること等、盛りだくさんに語っていただけた。

 この話題が電波に乗るのは、稀なのではないか。

 伊藤さんのお陰でなんとか司会を終えられた。嬉しい。来週からは、リラックスして冗談が言えるぞ。

 

(2009年7月27日)

  久しぶりに、映画館で映画を見た。『美代子阿佐ヶ谷気分』である。

 私は阿佐ヶ谷に住んでいるが、わざわざ富士見台から越してきた理由は、関川夏央の「1985年の阿佐ヶ谷気分」というエッセイを読んだからだ。駅前のどこかのジャズバーで、どうでもよいような話をちょっと気のある女性とする・・みたいな話だったような気がする(詳細は忘れてしまった)。

 しかしともあれ私はそんな無駄が魅力的であるような空気が欲しくなり、阿佐ヶ谷に定住するようになったのだった。

 70年代のガロをフリマで買って持っていたので、阿部慎一の漫画は読んでいた。我が愛する阿佐ヶ谷の気分が刻印される映画だったらいいな、と思い、渋谷の映画館に向かった。

 しかし、期待はずれだった。町田マリーという女優は、裸体といい憂いのある表情といい、素晴らしい。こんな女と阿佐ヶ谷で出会えたら最高だな、とは思う。しかし街がまったく阿佐ヶ谷らしくないのである。

 だいいち、下宿は白鷺あたりではないか。白いポートタワーみたいな煙突は鷺宮の方にある。出てくる居酒屋は「和田」みたいに見えるが、とくだんの雰囲気があるわけではない。監督は、「阿佐ヶ谷」の空気を撮る気はなかったようなのだ。

   音楽も、いくつものバンドのものが挿入されていて、印象が薄くなっていた。家内の店のヒット陶器作家である工藤冬里さんの曲も、どれだか分からなかった。

 もちろん原作そのそのも、阿佐ヶ谷らしさを欠いてはいる。せっかく良いタイトルなのに、もったいない。私なら、70年代の阿佐ヶ谷らしさを出すのに、「スターダスト」と「山路」は外さない。「リッキー」や「阿呆船」もよかったが、いまはない。

  阿佐ヶ谷というのは、ダメダメな人間が、妄想に捕らわれて最上を目指すのを言祝ぐ町ではないのか。妄想が暴発しても、受け止めてくれる空間だ。私はここで何度助けられたことか。

 私生活を描くダメ亭主といえば車谷長吉が有名だが、会社にズボンを履き忘れてパンツだけで行っても首にしなかった堤清二氏や見限らなかった夫人に恵まれていた。阿部慎一は、奥さんには恵まれたが、神経が持たなかったらしい。そんな阿部のダメダメぶりが描かれるのだが、ダメな男が和田で飲むのは贅沢過ぎやしないか。やはり、山路にでも行ってもらいたかったな(もっとも、ヨシコに出禁にされただけか も)。

 

(2009年7月26日)

 今月の朝日新聞論壇時評は、「米中G2」を基軸通貨論から論じる。

 基軸通貨と米国債とはながらく同義だった。それは流動性が同じほど高かったということだが、国債の乱発で流動性に不安が生じている。これで基軸通貨と米国債は別物と認識されるようになった。これは、米国だけが経常赤字で他国が黒字、他国は輸出して得たドルで米国に投資するという資金循環が崩れるということも意味している。

 このような整理はあまりなされないと思う。「米中G2」は、国際的にそうなのではなくて、日本にとって妥当するのである。

 「フォーリン・アフェアーズ」のマッドセン論文は、日本における構造改革にも金融緩和にも、ほとんど意味はなく、消費不足だけが問題だったという、私の説とまったく同じ論旨。持論は海外では 共感されているらしいが、この十年ちかく、日本でなされた構造改革vsリフレという議論は的はずれと認識されたことになる。エコノミストの皆さん、今回は

どう言い逃れするのだろう?

 

 

(2009年7月25日)

 格闘家・武道家の平直行さんと行徳にて対談。

 平さんとは、デンバーの第二回UFCの会場で初めてお会いした。市原さんがホイスに負けて、最前列でさめざめと泣いておられたのが印象的だった。

 後に平さんはカーリー・グレイシーに入門、ストライプルを設立。市原さんが打撃で接戦勝利したヤン・ロムルダーをMMAで撃破した試合が恐ろしかった。目つぶし・かみつき以外は何でもありという、非スポーツ的な試合で、相手が「タップ以外は見込みで判定するな」と注文をつけてきたので失神したのを絞め続けたという試合である。

 その平さんは柔術のストライプルを主催しておられるが、実際はブラジリアンよりも武道としての大気拳、身体操法としての操体に関心があるのだという。DVDをいただいたので、それを題材に高齢者として稽古を続ける心境をお話した。

 

(2009年7月24日)

 週刊朝日の恒例、国会通信簿。これは元々は『論座』で半年限定で行ったものだった。当時の担当というか発案者は村山正司氏だったが、いつのまにか週刊朝日で引き取ってもらい続けている。

 御厨先生と、九時過ぎから神楽坂のアグネスホテルにて。今回は解散・選挙を機に行うことになった。

 民主が政権を取ったとして、大臣に多党党首を起用するか否かに注目が集まる。まさか、W田中は・・田中康夫、田中真紀子を使ったら、政権は半年も持たないぞ。

 社民党のマニフェストにはびっくり。「大企業中心の輸出最優先」「内需中心の経済への転換」なんて書いてある。そうか、俺は社民党と同じ経済観だったのか、と感慨しきり。もっとも、自民党からも呼ばれて、古参数人と食事をしたとき、「あなたの『分断される経済』だけが正しかった」と言われた。そうした見方が広まってくれるのは、有り難くはある。

 国民新党はタイプミスのあるレジュメのようなマニフェスト。それでも出てきていない自民党よりはマシということか。 

 

(2009年7月23日)

   夕方、『週刊鉄学』収録。今回は武田さんが博多公演で不在。舞台を見に行った伊藤聡子さんによると、爆笑の傑作だったとか。自分の母親役はまだしも、自分の若い頃を長髪のかつらをかぶってやったらしい。本当に芸達者な方ではある。

 というわけで、「どんなテーマでも、お好きなものを」とディレクターに言われたので、柔道の話題。ゲストは柏崎克彦師範、溝口紀子先生。外国の柔道は「正しい柔道」ではない、なんて言い方がしきりになされるが、日本サッカーは「正しいサッカーではない」なんて、誰も言わない。勝てるために最善を尽くしているだけだ。国際化した数少ない日本文化・柔道の現在を見極めるために、多様なルールと多様なスタイルを論じた。

 武田さんのデビオレターでは、「松原さんの生涯柔道という持論に賛成」と言っていただく。うれしい。

 多様なルールということで、戦前の柔道ルールについて、現在の七大学戦について語っていただく。七大戦は、溝口先生によればゆっくりやる寝技だそうで、速度のある国際ルールの寝技とはやはり違うそうだ。

 多様なスタイルとしては、外人の柔道の象徴のようにいわれる隅落とし・浮き技を、私が以前に撮影した柏崎先生の指導ビデオから紹介。溝口さん曰く、「柏崎先生はいまでもアギンギャルドです」。

 言いたいことをしっかり述べた。この内容が電波に乗るというのは、画期的なことだと思う。ぜひ、ごらん下さい。

 

 

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(2009年6月20日)

 『ゴング格闘技』誌、座談会/板垣恵介・増田俊成・松原隆一郎・夢枕獏「七帝柔道、講道館に帰る」について

 私の発言に、一部不明瞭な点があり、関係者に誤解を与えかねないという懸念がありますので、正確を期してここにご説明申し上げます。

・講道館で七大戦を開催したことについて、「僕が東大の部長になったりとか・・」という記述について

 今回、講道館で七大戦が開催されたのは、発案したのは私ですが、講道館と話をつないでくださったのは東大師範である津澤寿志先生。受理されたのは講道館側であります。私はたんに「講道館でやりたい」と津澤師範にお願いしただけなのですが、講道館側でどのような話があったのかは伺っておりません。古参の方には、七大柔道をよく思っていない雰囲気があったのは事実のようですが、今回は受け入れて下さいました。

 東大周辺では、今回も当然のように綾瀬の体育館等が候補に挙がっていました。七大関係者には講道館で開催するという発想がなかった(過去の経緯からの先入観でしょう)ので、その点では私が発案しなければ講道館で、とはならなかったと思います。ただ、私がやったのはそこまで。発案しただけで、実際にことを運んで下さったのは津澤師範と講道館であります。

 

 

(2008年6月6日)

  中日新聞6月4日付け「時のおもり」で掲載されたエッセイにつき、一部に誤記があり、また意図とは異なる読み方がなされる可能性があった。 混乱させた方にはお詫び申し上げたい。正確を期し、趣旨を以下別途に表現しておきたい。




・冒頭、ある女優の話として、「夫の誕生日に合わせる帝王切開で一月も出産を早めた」というニュースに触れた。運が良いとされる日に出産するために帝王切開するといった習慣はタイなどで広がっているらしい。しかしタイはもともとが帝王切開率の高い国で、若い女性も多くが帝王切開を選ぶ。日本でも、件の女優の件からそうした習慣が広がるかもしれない。だがそれには警鐘を鳴らしたい。

・いくつかの国で、出産は高い頻度で帝王切開で行われている。その例として「アメリカ」を挙げたのは間違いで(30%くらい)、80%を超える「ブラジル」の記憶違いだった。トルコでも同様に高い率であるという。ところが日本では従来、専門の産科医の間では、帝王切開の適正率は15%前後というのが標準的な見解されている。とすれば、その見解からしても80%といった高率の国で適正率を超える65%といった値が見られるのは不適切ということになるだろう。この差がどこから出てくるのだろうか。

・帝王切開については、(突発的な危険についての)「必要」と「効率」と「妊婦の願掛け」に三分類できるのではないだろうか。高齢妊娠・肥満妊婦・合併症のある妊婦などに対する「必要」率が15%であるが、この部分は医療の進歩と呼べる。そのおかげで、出産事故が低位に収まっている。

・けれども出産事故が低位になったからといって、必要以上にまで帝王切開が増えるというのは、人間の自然に反するのではないだろうか。先の65%という数値は、その不自然さを感じさせるものである。

・不自然さは、従来の産科の処置にも見られるものである。たとえば多くの医師は、出産に際し放置すれば裂傷を負うからという理由で会陰切開を施す。しかし、適切な準備をすれば会陰が裂ける可能性は低くなる。伝統的に呼吸や(会陰へのオイルを付けての)指圧が行われてきたが、裂傷はそうした伝統の知恵が失われたせいではないか。ちなみに私の家内は、十分に準備をし、切開せずにすませている。

・私は武道をたしなんでいるが、稽古をしないで試合をさせ、怪我人が出たとすれば、それは指導者に責任がある。三つのケースに喩えてみよう。A「稽古を積んで試合をする」/B「稽古しないで試合して怪我をする」/C「稽古しない者には試合をさせない」の三つである。

・これに喩えると、「準備をして切開せず裂傷も負わない」のはA、「準備せずに切開もせず裂傷を負う」はB、「準備させず切開する」はCに相当する。私は、産科医の集まりで話をしたときに、医師がまるでBかCかの二つのケースしかないかのように語るのに違和感を覚えた。ちゃんと準備すれば武道の試合が安全であるのと同様に切開しないで裂けることもなくなると思う。もちろん、準備していても武道では怪我人が出るが、その確率が想定の範囲内であれば、武道で試合することは自己責任といえるだろう。

・ある産科医は、眼前で裂傷が起きたのを何度も目撃した、と述べている。けれども医師に隠れて出産したのならともかく、担当した妊婦についてならば、これについても私は違和感を持つ。というのも、切開をしないことを選択したのならちゃんと準備運動を指示しなければならないし、それならば簡単には裂傷は負わない。そうした準備をさせずに切開もしないのならば、稽古をしないで素人が大相撲の土俵に立つようなものであるから、大怪我をして当然だろう。その場合は立ち会った医師にも責任があるのではないか。

・家内は助産婦宅で出産したのだが、その希望を家内が私に述べたとき、事故が起きる確率が5%あること、その危険が察知されれば病院で産むという手はずになっていることを確認して、私はそれを容認した。5%に対する近代医療の処置については、必要なのは言うまでもない。

・けれども、5%の危険を理由として、助産婦宅で産むことも否定するのは、武道の試合を稽古を積んでいる者にも禁じるのと同じだろう。準備をして会陰切開を回避するのも、同じく合理的であると考える。

・帝王切開に話を戻すと、「必要」の15%を超える「効率」や「願掛け」の部分は、人体の自然さやそれを引き出す準備を抑圧する傾向から出たものではないかと思う。

・ただし私は、「効率」のために帝王切開するケースについては、必ずしも否定するものではない。助産婦の元で自然分娩するのは、あまりにも時間が不確定であり、医師への負担は過剰になる。とくに前回に帝王切開した妊婦についての場合などは、再度切開するのは仕方ないのだと思う。

・けれどもたんに保険が二日しかきかないから早くするしかないとか、願掛けのために「帝王切開で一月前に出産」というのは、あまりに自然に反している。日本でも先の女優のようなケースが報道されたということは、 日本ではこれまで適切な範囲で行われてきた医療に歪みをもたらしなりかねない。本文はそれを懸念して書かれたものである。   

 

 


(2008年2月7日)

  『別冊宝島 おじいちゃんにもセックスを。』というムック本が送られてきた。二月ほど前にインタビューを一時間ほど受け、一月後にゲラがメールで来たので、修正した。ところがこの本を見ると、インタビューをゲラとして起こした本文とは別に、私の発言が掲載されている。その中に、「団塊の世代に何を期待するのか」という問いがあり、私は「早く死ねばいいのに」と主張したことになっている。確かにその場での私の発言を部分だけ取ってつなげればそうなるのかもしれない。そう面白くまとめる人がいたということであろう。しかし私はゲラが出て目を通していたなら、これについては真意についての曲解だとして修正したはずだ。

 私が喋ったのは、こんなことである。

 団塊の世代は、人数が多く内部で競争が激しかったため、それ以外の世代に対しても内輪ノリで接するところがあり、礼儀知らずに感じることがままある。これは世代全般について言えることだ。そして人数にすればそのうちでほんの一割ほどかもしれないが、そうした中に全共闘運動に関わった者がおり、さらにその一部には東大で闘争にかかわった者がいた。私はかつて彼らの発言だけを聞いて、警官から暴行を受け重傷を負った者が多数あったと思っていた。官憲の暴力許すまじ、と共感すらしていた。ところが後に佐々淳行氏の本や『全共闘白書』(新潮社)などを読んでみると、その数十倍に当たる人数の警官が重傷を負っているではないか。それはそうだ、警察が学生になるべく怪我をさせないよう配慮していたのに対し、安田講堂の屋上に陣取った学生たちは、登ってくる警官めがけて巨大な岩石などを上から落としたりしているからだ。

 警官といっても、同世代である。その人々のうちには、不幸にも岩石を頭部に直撃された人が多数いたという。首に重大な障害を負い、明るい将来があるはずの若い身で、売店などでしか働くことが出来ない身体になってしまった人もあると聞く。それに対し、とくに『全共闘白書』に記されたかつての全学連学生の発言は酷い。人生を棒に振らせた警官を思いやる言葉など見あたらないのである。また政治活動で盛り上がろうぜ、といったノーテンキなノリが見られるばかりなのだ。

 このように、老境にさしかかってもまだ反省するすべも知らないグループについて、「早く死ね、何も期待などしない」と私は述べたのである。私は、被害者も含まれる団塊世代の全体に向けて、そんなことは言っていない。

 


 

(2007年12月27日)

 先日、武道について衛星放送(朝日ニュースター)で対談することがあり、今年多く見られた武道的な事件についての私見を述べた。朝青龍問題、亀田問題などである。その一部で、中教審が武道を中学の正課に取り入れるという答申を出したことなどに触れた。また、柔道の世界大会で鈴木や井上が負けたことを受け、「柔道」が「JUDO」に変質したといわれていることについてコメントした。

 番組そのものについては、収録中から社長がじきじきに立ち会われるなど、大変好評であった由。さらに二週間ほど経って、反響の葉書などが寄せられたとして、ディレクターが届けてくださった。

 その中に、唯一批判らしきものがあった。葉書「三枚」に続けて不満が述べられているという奇妙なものであったので、「これは何でしょうか」と尋ねられた。

 「元全日本学生柔道連盟会長」のTさんという方(実名が記されている)によるもので、私としては、「ああ、またか」という感じであり、 東大柔道部長を批判すべく熱心に投書をしておられる様子には、関係者は切迫したものを読み取るかもしれぬ。

 しかし内容はごく他愛ないもので、「柔道の本質は道衣のゆとりにあり、それが国際柔道では失われつつあることが問題の本質うんぬん」というものであった。それを私が認識していない、自分は高専柔道はかつての名人に習った、ボルドーでは道上伯師範から話を聞いた、とか、ディレクターには訳が分からないことが書いてある。これまた、関係者ならばいつもの 自慢話かと分かりはするものである。

 しかし、私の当日のテーマは、「武道」であった。武道はスポーツと武術と修心から成ると嘉納治五郎は言っている。私は、中教審の件については、「戦後の柔道指導はスポーツとしての勝利をめざすものでありそれについては成果を上げたが、弱い子を指導する面では必ずしも成果は見られない」として、正課への導入については「修心」としての指導をいかにするのかを詰めるのが課題だと述べた。しかし、「道衣うんぬん」はスポーツとしての柔道のルールにかかわることであり、当日のテーマである武道とはずれている。学柔連はもっぱらスポーツとしての勝利を競う団体であるから、元会長氏はスポーツとしての柔道を武道と勘違いしているのだろう。柔道と聞けば何でも持論にひきつけて語りたがる人の典型が、ここにいる。

 もちろんスポーツとしての柔道の伝統とルール問題をどう考えるのかというのも重要なテーマではあるので、司会者が次回は山下泰裕氏にも声をかけたい旨を言っていた。だから、その場では述べなかったのである。

 ところで、私は一部当日語ったことに、伝統とは異なるナショナリズムを排せ、ということがある。それ以上は述べなかったのだが、私には、この「柔道着のゆとりうんぬん」もそれに当たると思えている。私自身は、講道館柔道や日本人の身体に適した柔道は、なるほど道衣のゆとりを用いて崩し・ つくり・かけを駆使するものだと考えている。というか、そんなことは常識であろう。ところが柔道が外国人にも伝わり、国際化する中で、それとは異なる戦法をとるJUDOが現れた。外国人にすれば、日本人が崩しからの戦法に長けているのであるから、それとは異なるパワー柔道・組み手柔道に偏するのは、当然の戦略である。挙げ句、日本人の戦法を封じるために、道衣の規定を変えようとする政治までが行われようとしている。私も、これは由々しき状況だと考える。

 しかし、それに対する日本の柔道界の反応は、もっぱらこの元会長と同様であり、「真の柔道はうんぬんであるから、それに諸国も従うべし」というものであった。スポーツにおいて競争するのに、ルールのみならず戦法までも敵に強いるというのは、ナンセンスである。 外国勢は、あえてそれをしないことで日本に対抗しようとしているのであるから。ルールのもと、多様な戦法が競い合うのは、サッカーなどを見れば当たり前である。それゆえ 多くの国がこの意見には従わず、 国際大会では崩しの柔道・パワー柔道・組み手柔道が競い合っている。いずれもスポーツのルールとしては容認されているからだ。そして日本人が負ければ、それは「JUDOになったからだ」と深刻ぶって嘆くのが通弊となってしまっている。

 柔道本質論は、日本国内では伝統ある意見だし、私も尊重するが、スポーツとしての競技においては戦法のひとつにすぎない。それを国際舞台で他国が真似るよう訴え続ける ことには意味がない。どの国も、自国の戦法に有利なルール変更を目論んでいるからだ。つまり「柔道本質論」は、スポーツのルールを変更するという政治の世界では、まったく無力であり、むしろそれ以外の主張をしない言い訳になってしまっているという点ではマイナスですらある。

 こうした本質論のせいで、道衣が変更されていくのを傍観するしかなくなっているのだ。この現状に、私は大いなる危機感を持っている。

 柔道がスポーツとして国際化を目指した時点から、講道館柔道の伝統は、国際舞台においては「本質」などとは主張できなくなってしまった。 柔道をスポーツとして時点で、崩しやつくり・かけは一戦法にすぎなくなったのである。それが嫌ならば、剣道のように国際化・スポーツ化を拒絶すれば良かっただけのことだ。 それゆえルール会議などでは、本質論によって外国勢を折伏しようとすることは日本有利の状況を作り出す戦略にしか見られなくなり、反発を受け、むしろ変更論を促進 してしまっている。私は、全柔連は「柔道の源流である日本のものも含めて多様なJUDOが共存しうるように、道衣の形状は変更してはならない」と唱えるべきだと思う。道衣変更は スポーツとしてのJUDOの多様性を損なうから拒否する、という理屈である。 この立場からすれば、「柔道本質論」は日本の優位を保つためにJUDOの多様性を抑制するものである。

 実効性ある立場を築けないのは、ナショナリズムのせいだというのが、やはり私の結論だ。 柔道界には、書生の本質論ではなく、大人の外交ができる人材はいないものであろうか。

(追記)葉書の内容につきこの場で公開したのは、私文書であるから不当という考え方があるかもしれない。しかしそれは元学柔連快調という公人名で、私の柔道にかんする理解が足りない旨を放送局に伝えるものであるから、ある種の公性を有するとここでは考えている。

 


 

(2007年6月12日)

 最近、自分が武道に専念していることについて質問を受けたので、考えを述べておきたい。

 ひとつは、そもそもなぜ社会科学者が武道なぞにかかわっているのか、と聞かれたことである。私の答えは簡単で、私は日本の伝統的な価値観に関心を持っているが、それは仏教や神道などの宗教だけでなく武士道にも集約されているという(藤原正彦氏的な)考え方に共感しているからである。

 現代では武士道は形は変えてはいるものの武道に引き継がれているだろうから、それを実践してみているわけだ。これについては逆に私が質問してみたいのだが、なぜ武士道うんぬんを論じる方が、武道で汗を流そうとしないのだろうか?武士道が武道にかわり、それが現在の消費社会の中で時々刻々と変形しつつあることは、この社会を論じるための格好の素材だと思うのだが。武道にかかわらず武士道に論究するのは、机の上の話でしかないと感じる。

 ふたつには、この三月から東大の柔道部長を拝命し就任させていただいているが、それならば『GONKAKU』の連載で全日本選手権での「井上(康生の組み手)は知的にレベルが低かった」うんぬんと発言するのはいかがなものか、という問いかけである。

 この部分だけ読めば井上選手を侮辱する発言ととれるだろうし、一大学の部長という柔道界での責務ある立場からすれば不穏当ということになるかもしれない。ただ私にとっては、現代社会を分析するという学者としての活動の一環として武道をみずから実践しているということが、あくまで根本にある。柔道愛好家であり柔道部長である以前に、私は社会科学者なのだ。

 その立場からすれば、何事か(たとえばキリスト教)を分析するというのは、特定のキリスト教会が何を主張しているのかとはまったく別に、その主張の真意を探ることだったりする。価値中立的に対象を分析するということは、それを対象とされた組織が不快に思おうと、学者としての使命である。

 それでいくと、社会的な事象としての柔道にについては、これまで価値中立的な分析がなされてこなかった、というのが実態ではなかろうか。講道館という組織が主張することをなぞるのが柔道論とされるのが通例となっているが、それは知的な営為とはいえない。社会科学にも水準というものがあるが、大半の柔道論はその水準に達していないのである。

 それともうひとつ、ここでの私の発言は柔道界に向けてのものではなく、いわゆる格闘技にかかわる読者に向けてのものだということがある。柔道界の内部での発言ならばその業界内でそれなりに気を配って発言しなければならないかもしれないが、『GONKAKU』は柔道はやったことがあっても現在は専門ではない人、そもそもかかわったことがない人を読者としている。その読者と思われる人々と共有するであろう前提のもとで、話をしているわけだ。

 この発言の前にも、私は「柔道界には先輩に何も考えずに従い、身体能力が高いものを偉いとする風潮があるが、格闘技畑の人間から見ると、そうした知性の無さが柔道のいやなところでもある」と言っている。身体能力が高くて強い人間に頭を使って対抗しようとするのが武道であるとすれば、我々凡人が持ちようのない身体能力の高さの表れである内股だけを連発するという組み手は、知的ではないことになる。

 さらにその前でも述べていることだが、身体能力として明らかに劣る庄司選手が背中を向けて組み手を取らせない戦法は、格闘技の発想からすればいかにも知的刺激に満ちていた。武道としての柔道には、そうした戦法を抑圧するのでなく、知的な妙味としてとらえるだけの鷹揚さを求めたい。工夫も封じられるならば、身体能力に劣る人たちは、ますます柔道から離れていってしまうだろう。

 


 

(2006年11月28日) 

読売新聞に、とある書評が出た。

 私は原著を読んでいないのでそれについては論じない(ネットで参照できないからで、議論は別の機会に譲る)。だが、この書評にかんしては、ひとこと言っておかねばならないと感じる。何割か私の景観論に対する当てつけだと思われるが、それだけではない。

http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20061120bk02.htm

 世の中には、愚論というものがある。およそ議論するために必要な水準の知識も持たないのに、何ごとかを鼻高々に論じるような文章だ。

 この文章には、日本の景観をここまで醜悪にしたのが建築家たちやその主張に乗せられる人々であることがよく示されている。ここでは、「景観」が「日本橋」と「首都高」に置き換えられている。この段階で、すでに景観論としてはペケである。なぜなら、それらは建造物であって景観ではないからだ。景観とは、建築物や自然環境などが生み出す一種の「文脈」である。

 建築を論じるにすぎない人が景観を論じた気になり、どの建築物が美しいかといった下らない主張をしている。ここには、「文脈」として景観を論じるという初歩中の初歩の知識も見あたらない。私としては、首都高と日本橋がともども美しいとされても構わない。問題は、美しいものが重なる文脈が醜悪なものになっている、ということなのだ。美味しい松茸ごはんに美味しいショートケーキを混ぜればどんな味になるものだろうか。日本の景観を破壊したのは建築物そのものが醜悪なことではない。「文脈」という感覚が麻痺していることなのだ。首都高と日本橋が重なって見える光景が、どう美しいのか、 書評者には論じる義務があると思うが、いかがだろうか。深刻ぶってヨイショ記事を書いた責任はとっていただきたいものだ。

 また建築家には、美しい作品に堂々と電線や電柱がかぶさる正面写真を撮る人がいるが、どういう神経なのだろう。絵画の額のガラスにいたずら書きされて平気な画家は多くはあるまい。

   「美意識のおしつけ」といった話はこれまでにもマンション業者が散々振り回したもので、いまどき文章にするという神経には驚くべきものがある。しかもそうした業者は国立マンション訴訟の明和地所に至るまで、景観を守ろうとして提訴した地元住民に連戦連勝してきたのだ。ここに描かれるような被害者意識は不気味である。

 自己中心的な建築家や利己的なマンション業者、そして「文脈」感覚の麻痺している書評家が一緒になって、日本の景観を末期的にまで破壊している。それに対しそれこそ一石を投じたにすぎない景観法が現れただけで、被害者意識まるだしで愚論を展開しているのだ。

 


 

(2005年5月28日)

 あさって朝日に掲載される書評で、訳書の監訳者に対して批判を書いたので、ありうべき反論にあらかじめ応えておく。

 評したのはアミタイ・エツィオーニ『ネクスト』、小林正弥監訳、公共哲学センター訳、麗澤大学出版会、である。

 私は書評の末尾に「監訳者解説はアメリカの政治潮流も踏まえて有益だが、字句表記などで自己宣伝の気配が あり、戸惑う。」と述べたのだ。朝日の担当記者からも「何のことですか」と尋ねられたので、真意を正確に書いておきたい。

@エツィオーニのコミュニタリアンとしての主著は前に翻訳された永安幸正監訳『新しい黄金律』(同社)であるが、解説ではこの訳書の書名を何度か挙げられており、しかもなぜか『新黄金律』という表記も同時に用いている。当然、読者としては別の本か、もしくは『新黄金律』を単独の論文と考えるだろう。フクヤマの『歴史の終わり』は、その前に同名で「?」のついた論文があった。別のものと考えるのは、『新黄金律』に「1996年に原著刊行」と付記されているからだ。『新しい黄金律』の原著は、1997年に出版されており、その旨も解説で述べられている。

Aところが驚くなかれこの二つの名称は、同じ書物を指しているのである(それが分かったのは、出版社に問い合わせたからだ)。前の翻訳の書名が気に入らないということはありうるし、訳し直して悪いわけではない。けれどもそれならそれで「書名の訳がよくないから変えた」と記するのが読者に対する礼儀である。それにしても、原著の刊行年次が違うとはどうしたことだろうか。

Bその上で解説を読み進むと、妙な雰囲気もある。「エツィオーニも、監訳者の提案した『地球的公共哲学』や『地球的コミュニタリアニズム』と極めて類似した観念を提示しており・・」などとあるからだ。自説を述べたいのだな、と苦笑する。

Cクリントンからブッシュに至る政治姿勢の変化などはよく書けているのに、Bの自説の部分が浮いているのが何故かといぶかしく思って読み進んだら、最後を見て驚いた。「解説は吉永が書いた原稿に、小林が加筆・修正を行って作成された」とある。それならば共著ではないか。いくら断っているといっても、解説には「小林」の名前しかクレジットされていない。

 コミュニタリアンとはコミュニティの道徳を重視する立場であるが、読書界も一個のコミュニティであろう。共著を単独名にしたり、訳書の書名を書き換えて注釈をつけないのが「地球的公共哲学」なのであろうか。たんなるエゴイズムではないかと思うのだが。

 


 

(2005年5月31日)

 小林氏からメールで反論を頂いた。主な内容は

・『新しい黄金律』の出版年次には資料に二つのデータがあり、それで混乱した。

・解説は、小林氏が他で書いた文章を吉永氏が整理し、さらに吉永氏が『ネクスト』を要約し、それに小林氏がオリジナルな文章を付け加えたものである。共著と表記しようとしたところ、吉永氏が単著としてほしい旨申し出られた。

・反テロについてエツィオーニを批判する感想を記すのは、学者としての務めであると考えた。

・松原が「エゴイズム」と評したのは、松原と小林氏の思想的立場の相違を示すものであり、「地球的公共哲学」に対する反感がコミュニタリアニズム的な精神に対して目を曇らせているからである。

というものである。

 それに対する私の返信をここに掲載しておきたい。

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小林正弥様

松原です。メール拝受。

 私が書評末尾に添えた批判を描かざるをえない気持ちになったのは、もっぱら『新しい黄金律』を『新黄金律』と呼び変えた部分によるものです。エツィオーニの本を愛読するが小林先生について知らない一般読者なら、『新黄金律』なる本が何を指しているのかについて私同様に戸惑い、後味の悪い思いをするでしょう。ちなみにこれは、私の周辺にいる学生も述べていたことですので、普遍的な反応かと思います。

 それで私は出版社に問い合わせてみることにしたのでした。そして編集にかかわった方は、「邦題書名を二つ使うことの注釈を小林先生に願い出たが却下された」旨を仰っていました。ご自分がいくら日頃から使っておられる題名であるとしても、読書界というコミュニティーにおいては、すでに「新しい黄金律」が定訳となっています。研究雑誌で以前から『新黄金律』と表記されているのかもしれませんが、エツィオーニの本を読む読者は別のコミュニティを形成しているのです。別の書名を用いる際にひとことコメントを付けるのは、訳者の務めです。コミュニティにおける説得・対話を重視するエツィオーニの本の解説ですから、なおのことそれは重要でしょう。
 
 結局小林先生と私の見解の相違は、『ネクスト』の読者を、「新黄金律」という邦題が流通している先生周辺の研究者コミュニティと、一般読書界というコミュニティのいずれと想定するのかに帰着します。エツィオーニが(学者に対してではなく)「同胞市民」に向けて書いたと主張する書物であるからには、一般読書界を想定するのが当然だろうというのが私の理解です。また、自分たち界隈で使われている流行語であっても、未知の読者に対して使う際には表記を変えたり注釈をつけねばなりません。そうしないのは、公共性に反する閉鎖的な精神だと思うのですが、いかかでしょうか。「新黄金律」という言葉に敢えて注釈を付けないのは、ご自分が用いる語を、『ネクスト』のすべての読者が知っているはずだ、ないし知るべきだという姿勢を示しています。私はそれを「エゴイズム」と呼びました。地球上の住民は大半が未知の人々でしょうから、そうした人々に配慮するのは「地球的公共性」の原則であるはずだと私は考えます。 

 邦題表記にかんして不快に感じた読者は、解説文についても疑心暗鬼で読んでしまいます。解説の共同執筆者のご意向にかんしては、了解しました。けれどもそれならば、「執筆に際して吉永氏の助力を得た」と記すればよいことです。「吉永が書いた原稿」というのは誤解を招く表記です。メールしていただいたような詳細は私ども読者は知るよしもありませんから、これも増刷時に修正されるべきではありませんか。

 

 


 

◇バカさゆえ・・・(2004年7月6日)

 景気が回復している。これにかんする私の判断は中日新聞に書いたが、要するに

@フローについて:米中への輸出が総需要の拡大を牽引した、それに際しては昨年から今年年初にかけての三十兆円からのドル買い介入が有効だった

Aストックについて:昨年初夏来の株価上昇のせいで大銀行が自己資本比率をクリアし、さらに余裕を持てるようになり、不良債権処理を進めている。これについてはりそなへの公的資金投入が効を奏した

というものだ。私の年来の主張は、

・土地神話の崩壊以降、資産デフレが起きたために自己資本比率を維持できなくなった銀行が貸し剥がしを行っていた

・将来収益に不安があるとき、銀行は金融緩和の下では安全資産である貨幣や国債を保有しようとする。

・金利を下げようと、インフレにしようと、それで貸し出しが増えたりしない

・土地・労働・資本についての制度の急激な解体により不安が広まり、消費は「負け組」の間で落ち込んでおり、とくに消費性向が下がっている

ということだったので、フローの需要が輸出で増えたことや、実物投資の回復が金融緩和ではなく輸出財生産をきっかけとして生じたことなどと整合的だと思っている。土地神話も一種の(思考の)制度であるから、広く言えば制度が解体したために生じたのが今回の不況だったというわけだ。

 ところで@Aという次第だから、当然、構造改革と景気回復は何の関係もない。ドル買い介入や公的資金投入は財政支出削減という構造改革の精神には反しているからだ。

 だがそれにも増して傑作なのが、リフレ派の理屈が総崩れになってしまったことだ。実物投資が増えないのも、消費が回復しないのも、ともにデフレが原因だと 彼らは言っていたのだが、景気が回復しているここ数ヶ月、消費者物価指数はさらに下落している。デフレのままで景気が回復しちゃまずいでしょうが。

 それでも言い訳しようとすれば、「デフレにもかかわらず景気がよくなるほど輸出が増えた」「自分たちがインフレになると騒いだかにインフレ期待が形成された」とでも言うしかなくなる。まあ、どんな愚論が出てくるのか、見物ではある。とはいえ所詮は適当な理屈を並べてエバりたいだけ連中、主張に思想を賭けて論じていただけではないだけに、いつのまにか「そんな話はありうべき論理として述べただけ、仮説を立てただけ」などと言って、リフレ騒動などなかったことにするに違いない。私としては、連中がまたしゃしゃり出てきたときに備えて、どれだけ騒いだかの証拠物件を残しておこうかな。

 ところで三馬鹿やその取り巻きに代表されるリフレ派の連中が、自分たちだけが経済学を理解していると鼻息を荒げていたのも、今となっては懐かしいエピソードではある。『エコノミスト・ミシュラン』の冒頭を読み返すと、こんなことが書いてある。

  ・・・間違っても経済書を読んで経済学の勉強の代わりにしよう、などと思ってはいけません。やはりまずは定評ある優れた教科書にもとづいた勉強をしっかりとすべきです。そうした教科書としてはスティグリッツの『経済学』をお勧めいたします。・・・

だってさ。これにはびっくり。何が面白いって、先生方はスティグリッツの教科書をお勧めなんだが、当のスティグリッツは、専門書で先生方のリフレ論を批判しているの だから。ということは、教科書の次を読めてないってことですわな。景気がよくなった過程が自説と違っていたというのは、まあ大目にみてやってもよい。だが自説を批判しているとも知らずに、その著者の別の本を推薦するというとんちんかんは、普通のおツムでできることではない。

 スティグリッツが昨年出版した本が今年東京大学出版会で訳出されているのだ。内藤純一他訳『新しい金融論−信用と情報の経済学−』である。この191ページを引用しよう。

われわれのモデルでは、景気後退時の金融政策の非有効性について、もうひとつの説明が可能である。もし銀行が貸し出しによる収益について悲観的であったり、必要自己資本を達成する上で問題が生じていたり・・すると、彼らは貸し出しよりも政府証券を保有しようとするだろう。つまり、金融緩和策がとられても貸し出し増加にはつながらず、単に長期国債か財務省短期証券の保有を増やすだけなのである。これは、まさしく1990年代の日本起きたことだと言われるだろう。

 どうだろう、「金融緩和しても貸し出ししない」のだから、インフレ・ターゲットにしようと何だろうとリフレなど起きるはずがない、と言うのだ。すでにリフレ政策は、スティグリッツによって梯子をはずされていたの である。それも知らずにスティグリッツを読めとご推薦なさるのは、なかなか念の入った珍芸、いや自爆芸というしかない。

 さてではスティグリッツは、なぜ金融緩和を無効とみなすのか。 銀行は、企業からの収益が悲観に思えたり、資産デフレで自己資本比率を達成できないときには貸し渋りを行い、金融が緩和されても安全資産である国債を買う、という。それが「新しい金融論」 からどう導かれるかというと、要するに現代の「金融」では、貨幣ではなく「信用」こそが中心になっているからだ。MMFやCMAなどの貯蓄性金融商品が現れ、企業も貸し出しを行い、クレジット・カードが普及しつつある現在、経済は貨幣経済ではなく信用経済と化しつつある、というのである。

 貨幣は無差別に流通するが、信用は個別に信用力が評価される。私が広く「信頼」と言ったのも、金融に即して言えばこの信用である。企業に対する銀行の信頼が損なわれ、そして銀行や企業が倒産するリスクを孕むと、貸し出し金利には信用力を反映してリスク・プレミアムが上乗せされるか、時には信用割り当てが行われる。貸し渋りはここから起きる、というのだ。とくにそれは、企業について情報を持っていない金融機関について顕著であるという。ここには、「情報の非対称性」という年来の主張も援用されているのである。

 リフレ派にしても貨幣経済における短期市場金利や長期国債金利について、名目値か実質値かなどと口から泡を飛ばして言い募ってきたのだが、そもそもそれは「古い金融論」であり、それでは不況を論じることができない、というの がスティグリッツの立場だ。

 ちなみに1990年代以降の日本の経済と金融については、大蔵省で最前線にあって金融危機に対処してこられた本書の訳者である内藤氏が『戦略的金融システムの創造』(中央公論新社)でスティグリッツ理論を応用して論じておられる。私としては、資産デフレがファンダメンタルな背景を持つかに書かれる部分には少々疑問があるが、それでもここ十年で書かれた本の中で、唯一すっきりとした説明を与えてくれたと思う。それで、朝日の書評で紹介させていただくこととした。   

 いっときはリフレ派の肩を持っていた山形浩生君なんかは、朝日の書評委員会では同席して酒を飲んでいるが、最近では同じく委員である青木昌彦さんの著書を持ってきてサインをもらったりしている。青木さんは『ミシュラン』ではボロクソ書かれていたのだから、さすが機を見るに敏ではあります。まあ、ボロ船から逃げ出すのは、早いに越したことはない。バカさゆえにイケイケだった 連中がどう落とし前つけるのか、楽しみではありますな。

追記。そういえば先日の朝日書評で、山形君はこんなことを書いていた。ケインズの有名な文句の引用だ。

・・・ケインズは「知的影響から自由なつもりの実務屋は、たいがいどっかのトンデモ経済学者の奴隷だ」と述べたけど・・・

  山形君は専門外のヒトだから知らないんだろうけど、ここでケインズが言っている「トンデモ経済学者」って、リフレ派のことなんだよね。リフレ派応援しているヒトがこんなこと引用していいのかしら?

さらに追記。

 ケインズが批判しているのが「リフレ派」だという言い方がなぜかうまく理解されないみたいなので、注をつけると、ケインズが批判したのは、もちろん「古典派」である。今で言う新古典派である。その中の重要な人物にフィッシャーがいる。ケインズは、経済学説史に通じている人なら誰でも知っているように、フィッシャーに由来する貸し付け資金説や異時点間の資金配分論、貨幣数量説を批判して、流動性選好説や消費(貯蓄)関数論、有効需要説を打ち出した。

 ケインズは「一般理論」に先立つ「貨幣論」では貨幣数量説を支持していたのだが、「一般理論」では完全にそれまでの立場を放棄して、貨幣数量説の批判を展開したのである。ケインズの死後、新古典派がIS=LMという枠組みでケインズの立場と貨幣数量説が両立するような解釈(総需要・総供給論)を出したが、それはケインズ自身とは関係ないことだし、IS=LMという枠組みで一般理論を書き直したヒックスも、のちにIS=LMはケインズ自身の主張の核心をはずしていた、と回顧している。つまり、ケインズが「一般理論」で批判したのが貨幣数量説であった。

 そしてフィッシャーがリフレ派というのは、何も私がそう言っているのではなく、リフレ派の皆さんの主張なのである。


 

◇「バカ(略)」につけるクスリ

『エコノミスト ミシュラン』なる本について下のように(2004.1.17、「バカの壁」について)書いたところ、出版社の担当編集者である落合美砂なるヒトからメールがきた。 無断で引用させていただく。

ありきたりの挨拶のあと、

「このたび、松原さんのホームページで拙書に関してご批判を頂きました。それを拝見し、当社のWEBページにて、著者の野口氏、田中氏、若田部氏による返答を掲載しました。

拙著が松原さんのご主張を読者に誤解させるような表現をしたことに関する謝罪と、しかし反論したい部分もあり、こうした運びになりました。

なお、以下のアドレスで、掲載しております。

http://www.ohtabooks.com/view/rensai_show.cgi?parent=2&index=0

ご多忙だとは思いますが、ご一読いただければ幸いです。

もし、反論、ご意見などがあれば、遠慮なくおっしゃってください。

一部、拙著のなかで読者の誤解を招きかねない表現があったことは、お詫びいたします。」

だって。

すっごいねえ

ずうずうしいというか、抜け目ないというか。「反論、ご意見などがあれば、遠慮なくおっしゃってください」だって?一見すると丁寧めかしたメールなんだが、ここで言ってることは、要するに「ウチの社にタダ原稿ちょうだい」ってことでしょ?この出版不況の折り、出版社が生き延びて行くには、編集さんもこれくらい面の皮が厚くないといかんの ですね。見上げたド根性ではある。

で、「一部、拙著のなかで読者の誤解を招きかねない表現があったことは、お詫びいたします」なんだってさ。「読者の誤解を招きかねない表現」があったから、私信のメールを出して「お詫び」するから許してね、って言ってるわけだ、このヒト。

ここで、拙著について『エコノミスト ミシュラン』がやったことをおさらいしておこう。(以下、「『バカの壁』三人組」は、「バカ(略)」と略記することにする。)

「バカ(略)」は対談部で、「買いたいものがないという、需要飽和派の倒錯した論理」という見出しのもと、3ページにわたって吉川洋氏の説を批判する。その途中で、「需要が飽和しているという説は意外に人気があって、買いたいものがないという議論」(若田部)については「松原隆一郎もその立場」(野口)で、「処方箋が、消費不況だから何もしないほうがいい、社会不安だからどうもようもないというような無責任なことを言っている」(田中) という発言が出てくる。

私の『長期不況論』における立論は、急激にすぎる構造改革(制度破壊のこと)が90年代後半、特に97年あたりからの消費不況の原因となった、というものだ。したがって、80年代から存在している「需要が飽和しているという説」 については、もちろん否定している。つまり事実認識において拙著は、「需要飽和派」と対立しているのである。さらにいうと、吉川氏は、構造改革を通じて需要を喚起しよう、という立場である。対するに私は、構造改革が消費停滞を招いたという立場。ということは、対策の点で も吉川氏を批判したのが拙著ということになる。つまり、事実認識でも対策でも吉川説を批判するのが、拙著なのだ。

ちなみに私の吉川説批判は、「ずさんな需要創出論」という見出しでp65から3ページにわたっている。私の主張を吉川説と読み違えて「同じ立場」と断言するというのは、「バカ(略)」にしかできない至難の業であろう。

たとえて言うと、こんなことだ。私はソバ屋を営んでいるとしよう。フレンチなんて好きじゃないから、さっぱりしたやつがいい。どうせやるなら二八で小麦粉を混ぜるのでなく、100% ソバ粉だけで打つ「生粉打ち」の店 、それも産地にこだわってる店という設定がいいかな。そこにミシュラン執筆者の「バカ(略)」が調査にやってくるわけだ。ところがこのセンセイたち、地図が読めないもので、 てんで違う場所に行ってしまう。で、フレンチレストランを発見したとしましょう。 こちらも野菜なんかに気を配って、有機野菜の産地を明記したりしている店。ここで「バカ(略)」は、「なんか、こんな店じゃなかったっけ?」「まあいいんじゃない?編集さんだってテキトーだし」なんてんで、そのフレンチを食べてしまう。で、「ミシュラン」に書くわけだ。「 産地にこだわるべきだという説は意外に人気があって、松原隆一郎もその立場なんだが、ソバ屋でソースを使うというのは無責任」とかね。

他の店と取り違えてボロクソに批判されたら、当然ながらソバ屋は抗議するだろう。そしたら編集さんがメールを寄越すのだ。「一部、拙著のなかで読者の誤解を招きかねない表現があったことは、お詫びいたします」なんてね。でも、元の本はそのまま。「バカ(略)」が太田出版のウェブで「謝罪」しているって 落合女史は言ってるけど、どこにも「ゴメン」とか書いてなかったぞ。「需要飽和派」だとか「倒錯した論理」だとか何の関係もない私もひとくくりにしといてね。まあ、売れればなんでもいいんだろう な。さすが落合サン、『完全自殺マニュアル』を編集して、自殺者続出でもどこ吹く風の敏腕編集者だけあるわな。 他人に迷惑かけて本を売るのはお手のものなわけだ。まあ今回は、被害妄想に走った著者とトラブらなければいいよね、ひとごとだけど。

本家の「ミシェラン」が、他店と取り違える大チョンボやらかしたら、どんな謝罪をするだろうか?私信やウェブでお茶を濁してすませるだろうか。この応対を見ても、ハナっからまともな評価本を作る気なんかなかったことがよーくわかる。どだいこの本は、体裁だけは論争本のような作りにしてはあるものの、その実はエラーイ経済学者が「経済学を知らないエコノミスト&読めば害になる『トンデモ』ビジネス書を一刀両断」(帯より)してみせることで、読者の溜飲を下げさせようという あさましい魂胆で作られているだけの代物なのだ。 それでいてエラーイ先生は、誰が誰かも識別できないので、赤の他人を取り違えて一刀両断。大ボケかましたり害をまき散らしたりしてるのは自分たちなのに、蛙の面にな んとかなのである。

「そうじゃない」、と「バカ(略)」や編集・落合は食い下がるのかもしれない。だがそれならば、本家のミシュランはこんな場合にどう謝罪するのか、真面目に想像してみよ。ちなみに、似た例がある。著名な美術評論家であるW氏が、読売新聞の文化面に寄稿した。その内容は大略、次のようなものであった。・・写真というのは、素晴らしい。右の写真を見よ。空からは米軍の戦闘機がおそってくる。地上では、ベトナム兵が逃げまどっている。戦争の悲惨と米国の傲慢ぶりはこの一枚で一目瞭然だ、と。ところがこの記事、W先生の大チョンボであった。編集部だって信じられなかっただろう。何しろその世界の大家が、 自分の写真論を賭して断言されたことであるから。そして数日後、「お詫び」広告が紙面を飾ったのであった。読売文化部は言う。「お詫び。先日の記事中、戦闘機はベトナムのもので、逃げまどっているのは米兵でした」、と。読売は、しっかりと紙面で「お詫び」したのだよ。さぞカッコ悪かっただろうけどね (ちなみにこの話、私の記憶にもとづいている。というのも大読売、この記事をウェブの過去ログから抹消しているのだ。さすがインフレ・ターゲットのパトロン、芸が細かいです)。

それとは対照的に、「バカ(略)」は、太田出版のウェブで、こんなことを言っている。「・・本書を批評していただいたことを感謝したい。われわれはかねてから、日本の経済論議の混迷の原因の一つは、各論者の見解がこれだけ鋭く対立していながら、明示的な論争が行われず、・・・・そしてそのことが、エコノミストたちの論議の信憑性に対する人々の根強い疑念の大きな原因となっていると考えてきた。」

どうやら、私とのやりとりを論争だと思わせたがっているらしい。だが、こんなものを論争と称したら、論争している人に申し訳ない。料理の評価にたとえれば、他の店に迷い込んじゃって私の店に ついて訳の分からないゴタク並べるセンセイたちと、論争なんかしようがないでしょ?そんな識字力もない連中に、論争以前の教育をするほど私はヒマではないのだ。センセイたち、論争がないから「エコノミストたちの論議の信憑性に対する人々の根強い疑念」が起きているなんて書いてるが、エコノミストの信頼が低下しているのは、そんな高尚な理由からじゃない。他店と間違って人の店の悪口を書き、平然としている「バカ(略)」が跋扈しているから、エコノミストが信頼を失ったのにすぎないのである。

ところで私は前回、「この本には、他にも学生のような人が長い文で私の経済論にかんして揶揄しているが、まあ私に指導義務があるわけでもなし、面倒なので放置しておく。若い身空で「バカの壁」 建てなくてもいいのにねぇ。」と書いた。ここで「学生のような」と私が形容したのは、飯田泰之というセンセイである。大学の「専任講師」とかの肩書きがついているから、 何かのセンセイをしているらしいことは私も認識している。 にもかかわらず、学生のレポートみたいなこと書くから、「学生みたい」と評したのである。私としては、まだ若い人であるようだし、自力で考えていただこうと、「バカの壁」 を建てなさるな、とのみご注意申し上げた。書評するときにはちゃんと本を読んでからにしなさいね、ということだ。「バカ(略)につけるクスリ」を差し上げたつもりであったのだ。

本来ならば、年輩者である「バカ(略)」や、サル回し役の落合某といった人々が、若手の書いた文をチェックすべきであろう。ところがここでまた「バカ(略)」が、鬼の首でも取ったかのようにはしゃいでいる。「(飯田氏は)・・数多くの学術論文を公表しているだけでなく、経済学の論理的思考に関する啓蒙書・・・の著者としても知られ、それらによって高い評価を得ている研究者である。そのような研究者に対して、「学生のような人」とか「私に指導義務があるわけでもなし」といった、明らかに個人を侮辱しようという意図を含んだ表現を軽はずみに用いることの重大さを、松原氏は十分に考えてみるべきであろう」なんだそうな。 ふーん。

では尋ねたい。まずはこの人が拙著を評した文の見出しにある、「社会学者による”誤解だらけの”経済学批判」というのは、いったい何なのだろか。センセイは、私に対して「著者が主流派経済学の功績についてどの程度の理解を得ているのかはわからない。もし、著者が本当に以上にふれたような主流派経済学の主要な結論を知らないのならば、虚心坦懐にミクロ経済学・マクロ経済学の中級テキストを読むことを薦めたい」と言っている。私は大学で経済学を教えているのであるが、こうした文を読んだ 学生は、「松原は中級のテキストも読んでいないらしい、経済学者は詐称で、社会学者にすぎないらしい」、と思うだろう。なにしろ「高い評価を得ている研究者」であるらしいから。これだけ「個人を侮辱しようという意図」まるだしの文も珍しいんじゃない?

もちろんそれでも、述べていることが的確ならば、私も批判に甘んじなければならないだろう。講義する資格を疑われても仕方ないところだ。ではこのセンセイは、拙著にかんしてどう理解しているのか。散漫な文なので「バカ(略)」の言い換えを借りると、この センセイが述べているのは「(松原が述べている貯蓄率上昇現象)は、異時点間の最適化を考慮に入れた新古典派の標準的な消費・貯蓄理論から得られる、きわめてありきたりの結論であって、「主流派経済学では説明できない現象」ではまったくない。事実、そうした現象に焦点を当てた研究は数多く存在する(たとえば、岡田敏裕・鎌田康一郎「低成長期待と消費者行動:Zeldes-Carroll理論によるわが国消費・貯蓄行動の分析」日本銀行ワーキングペーパーシリーズ、2004年1月)」ということである。こうした批判を読めば、当然「エコノミスト ミシュラン」の読者は、私の本の内容を次のようなものだと考えるだろう。

1.松原は、需要不足による不況や、貯蓄率上昇現象は、主流派経済学では説明できない主張している。

2.松原は、需要不足による不況や、貯蓄率上昇現象にかんし、「異時点間の最適化を考慮に入れた新古典派の標準的な消費・貯蓄理論から得られる、きわめてありきたりの結論」について知らない。当然、そうした結論を導く論文の存在についても知らない。

1.から行こう。私は、内閣府の構造改革論が、市場が長期的に均衡することを前提に立てられていると理解している。長期的には価格が伸縮的であるから市場が均衡するというのは、主流派経済学の常識 でもある。とまあこう述べたのを見て、飯田センセイは、大変だ、松原は「新古典派には需要不足による不況の視点がない」と考えている、と早とちりしたらしい。あのねえ、私は、「新古典派 の理論では、長期には市場が均衡し、短期にも需要不足が生じうる」という話をしてるの。 p33からの3ベージなどで長々とそう書いてあるのに、分からないのかなあ。長期と短期って概念があるの、知らない?初級の教科書にもそう書いてあるから、ちゃんとお勉強して下さいね。

2.について。飯田センセイの文やそれにつられて「バカ(略)」が上記のような論文を引用するところから、読者は当然私がそういった議論や文献について知らないと思われるであろう。ところが驚くなかれ、私は拙著で貯蓄率上昇現象について述べた後、長々とこう書いているのである。

土居丈朗(慶応大学)氏の最近の実証研究土居丈朗「貯蓄率関数に基づく予備的貯蓄仮説の検証」, 内閣府経済社会総合研究所 Discussion Paper No.1, 20013は、雇用リスクの増大により将来所得が不確実になったために予備的な貯蓄が増加したことを明らかにしている。リストラされるかもしれない、次の職が見つからないかもしれないという不安から、消費は抑制されたのである。  土居によれば、90年代において貯蓄率が上昇したことは、従来は実質可処分所得の期待成長率の分散が増大するという意味で所得リスクが増大し、勤労者の将来所得期待がより不確実になってきていることに伴う予備的貯蓄動機から説明されてきた。所得リスク増大と貯蓄率上昇との関係は、2回のオイルショック期を除いて、19761998年においては有意な正の相関があるものの、1986年以降を標本期間とした場合には有意な正の相関が見られない。そこで、期待雇用率(有効求人倍率)の平均として定義する雇用リスクやその他の要因を貯蓄率に回帰すると、貯蓄率と雇用リスクの間には1986年以降の標本期間において有意の正の相関があると指摘している。つまり、90年代の貯蓄率上昇は失業の可能性が増加したという雇用リスクに伴う予備的貯蓄動機にもとづくものだというのだ。中高年層や低所得者の貯蓄率増大はこれによって説明できるだろう。人々が合理的でなくなったわけではない。合理的にお金の使い方を決めようにも、雇用そのものが不確実になったために、収入や支出がどれだけの水準になるかが不確定になってしまったのだ (p92)。

この理論は、生涯の所得を予算制約として各時点の消費を選択するということも意味する・・(p120)

 恒常所得にかんしては、フリードマン以降の研究において将来所得が不確実である場合について拡張が行われ、そこで将来所得が不確実な人は予備的動機から貯蓄を行うことが示唆されている(たとえば石原 秀彦(2001)『ライフサイクル/恒常所得仮説と予備的貯蓄:理論的含意と実証上の問題点』ESRI Discussion Paper Series No.2)。(p.130)

 

ここで私は、需要不足による不況や貯蓄率上昇現象 を、土居氏の論文が恒常所得仮説や予備的貯蓄といった概念から説明し、その説明をさらに石原氏の論文が異時点間の選択という観点から補強していることを紹介しているのだ。つまり私の立論は、短期的 な需要不足は新古典派での理屈で説明できるという認識から始まっているのである。

ちなみに、石原論文につき、全7節のうち、該当箇所を紹介すると、次のようになる。「第1節は導入部として,恒常所得仮説が提唱された背景と,Friedman (1956)による恒常所得仮説の概略を紹介し,Hall (1978)以前と以後のアプローチの違いについて簡単に指摘している. 第2節では,Flavin (1981)に従って,恒常所得の適切な定義を,動学的な効用最大化を行う家計の,時間を通じた予算制約式に基づいて行う.この定義が,元々Hicks (1946)の議論に基づいていること,また,この定義を労働所得や利子率に不確実性がある場合に拡張する場合の注意点についても議論する.さらに,恒常所得仮説の下では,消費の時系列がランダム・ウォークに従うことも示される. (以下略)」

ところで、私の勤務する大学の教養学部には、「基礎演習」という授業があり、そこで私たち教官は、レポートや簡単な論文の書き方を講義している。で、最初に伝えるのは、次のようなことだ。

「まず、説明したい現象を述べなさい。次に、それを説明する既存の説を列挙しなさい。それから自説を展開しなさい。そののちに、自説が既存の説よりももっともらしい説明になっていることを論じなさい」。こんなこと、大学で教えるほどのことではない常識だ、と従来は考えられていたのだが、あまりにも学生の学力が落ちたため、教養学部で必修の演習科目となったのだ。十年ほど前のことである。 センセイはその単位をちゃんともらえたのかなあ。

センセイ方、分かりますか?ある現象について、説明する理屈が複数あるというのは、当たり前のことなのよ。そしてその説明の中でもっともらしいものが自説であることを論証するのが、論文というものなのだ。たとえば天体の運行については、地動説と同様に天動説でも大半説明がつくのです。そ うした中で地動説の優位を唱えようとするから、論文を書く意味があるのだ。そこで私は、

「需要不足や97年に生じた貯蓄率の上昇などという現象」を持ち出し、それを説明する既存の理屈として土居説+石原説という新古典派理論を挙げ、対する自説として、( 既述したのですべては述べないが)不安を制度崩壊によって異時点間の選択ができなくなった状態と解釈するものを掲げたのである。

ところがセンセイは、私が既存の(新古典派)説を批判しているのを見て動転し、既存の説では現象の正当化そのものができなくなると私が主張していると 思いこんでしまった。それは、文章の論理構成というものがどうあるべきなのかを理解していないから、そして私が何を書いているのかを読めていないからだ。もっと言うと、ご自分のよって立つ新古典派の理論が批判されたから、逆上したのであろう。早とちりするのはセンセイの勝手だが、私が「新古典派の標準的な消費・貯蓄理論から得られる、きわめてありきたりの結論」も知らない、なんて活字にするのは、自分の読解力 の貧困を棚に上げて、ずいぶんな物言いだよね。

せっかくだから、ふたたびたとえ話をしておこう。私は、ソバ屋を営んでいる。これまでは二八のソバが主流であったし、老舗では職人にそう打つよう指導している。実際、二八の方がツルツルしているし、それを ソバの醍醐味だと考えることにも一理はある。しかし私は、ソバの実の香りを味わうことこそがせいろソバの本質だとみなしたい。100%のソバ粉を使う方が、ソバの香りも立つし、ソバらしいと考えるからだ。 そこで私は、二八のソバと生粉打ちソバの双方をメニューに載せ、ただし後者に「お薦め」と記すことにした。そこにミシュランから、また若手のセンセイがやって くる。このセンセイは、エラソーに評論するわりには、老舗にしか行ったことがない。それで、 生粉打ちのソバを食べ、メニューには二八ソバも記されていることを見落として、こんな風に書くのだ。「パスタ屋による、誤解だらけのソバ批判」「松原のソバは、 なんかぼそぼそしている。パスタ屋の出身なのだろう、ツルツルしているというのがそばの醍醐味であることを知らない。虚心坦懐に、老舗ソバ屋で修行することを薦めたい」、と。つまり自分が不勉強で早とちりしているだけなのに、エラソーに私の店の営業妨害をするのである。

ここまで書けば、なぜ私がセンセイを「学生のような」と形容したかはお分かりいただけるだろう(私はここまでなかながと述べなくても、まともなヒトなら簡単に理解してもらえると考えていたが、それは「バカ(略)」を甘く見ていたからであった)。第一に、飯田センセイは、 学生が修得すべき論文作法について理解していない。第二に、センセイは私の本を「啓蒙書」と呼んでいるが、その啓蒙書 の内容も把握できていない。第三に、私に「中級テキスト」を読め、というのであるから、私のみならず私が紹介している土居氏や石原氏も、中級テキストを理解していないことになる。これはたんなる中傷を越え、 我々の職業に対する妨害である。自分が啓蒙書も読めもしないのを棚に上げて同業者の資格問題にかかわるようなことを軽々に書くのだから、どこかの大学で学生相手に講義したり、なにやら「論理的思考」の本(!)を書いたりしているとしても、この ヒトはしょせんは学生に毛が生えたか生えていないかといったお方なんだろうと忖度した次第なのである。

他にも、センセイ方は教科書というのも一個の制度にすぎないことすら分かっていないなど、笑わせてくれる論点が多々ある。「バカ(略)」 は、私の説に対して、「「制度を貨幣よりも信頼しうるものにすべき」といった、何か深い意味がありそうだが実は無内容な論理」と述べている。そりゃそうだろうな。この連中は、学説という制度を改革するには、ちゃんと既説を挙げ、自説を対置し、漸進的に改革すべきだということをまったく理解できていないのだから。そんな手続きを踏むことは、「バカ(略)」 の目には、「無内容」と見えているのである。一方、私は、新古典派の教科書という制度にせよ、「エコノミスト ミシュラン」のような内実がバレたら世間から信頼をなくすことになるので、こういった事態を改革すべきだと言っているのである。無内容なのは「バカ(略)」著の「エコノミスト ミシュラン」なのだが、繰り返しても詮無いので、もうやめることにしよう。

最後にもう一度言うが、私は決して論争しようなどとはしていない。論争するだけの識字力もない「バカ(略)」 と、本さえ売れれば誰が迷惑しようとお構いなしの編集者が牛耳っているのがエコノミスト業界であることを報告しているだけなのだ。そして「エコノミスト ミシュラン」が多く売れれば売れるほど、 その証拠が世に残ることを、読者には知らせておきたいのである。

そういえば私は、景気対策を提案しない無責任者だと批判されていたな。ならば最後に、提起しておこう。この不況には、経済政策の混乱が引き起こした面がある。そして政策の混乱は、エコノミストの学力が、論争できる水準に達していないことに由来している。学者の学力崩壊である。そこで、提案。政策提起者には、せめて啓蒙書を、小学生ばりに声を出して読ませましょう。 その啓蒙書としては、養老孟司著『バカの壁』と、参考文献『エコノミスト ミシュラン』をお薦めしましょう。なんちゃって。

嗚呼、やんぬるかな。「バカの壁」はかくも高く、険しいのである。


 

◇「バカの壁」について(2004.1.17)

『エコノミスト ミシュラン』なる本がある。編集者が、お前のことが書かれている、と言って送ってくれたので、目を通した。田中・野口・若田部というリフレ派の連中による経済書 評価本だ。といっても自説に関係するものは仲間ぼめして、他はけなすということなので、評価でもなんでもない。たんに陣地を張るだけのしろものだ。

私についてはボロクソ書いてあるのだが、その内容が笑える。こんなこと印刷して、証拠残していいのかな〜とにんまりしてしまう。

「需要が飽和しているという説は意外に人気があって、買いたいものがないという議論」(若田部)については「松原隆一郎もその立場」(野口)で、「処方箋が、消費不況だから何もしないほうがいい、社会不安だからどうもようもないというような無責任なことを言っている」(田中)

のだそうだ。

噴飯ものである。

私の『長期不況論』の主張は、以下の通りである。

1.景気後退期には消費性向が上がり、回復期には下がるというのが戦後日本に限らず経済の一般的な傾向であるのに、なぜか97年から2000年、さらに2002年には逆のことが起きている。つまり、景気後退とともに消費性向が下がり、人々は貨幣保有を増や すという現象が目立っている。景気後退→消費性向下落→需給ギャップの拡大→不況の深刻化、というスパイラルだ。これを消費不況と呼びたい。

2.消費の落ち込みについては、80年代半ばから「選択的消費」が増えて欲しいものがなくなったという説があるが、それでは97年からの異変について説明がつかない。それゆえ、別の説明が必要になる。

3.消費者に対する調査によれば、消費を手控えているのは、雇用や所得、年金や増税について将来不安があるからだ。

4.私としては、この「将来不安」を、生涯所得にかんする計算ができなくなった状態と解釈したい。

5.消費関数論で一般に採用されているフリードマンの恒常所得仮説では、消費は恒常所得の関数である。そこで私は、消費不況を、恒常所得について計算できなくなったため生じた異常現象としてとらえたい。

6.所得は生産要素の対価として与えられるが、それは労働に対する賃金、土地に対する地代、資本に対する利子・利潤が源泉となっている。それらは完全な市場化が困難であるため、さまざまな制度によって守られてきた。労働については終身雇用制等、土地については容積率・都市計画法・建築基準法等、資本については護送船団方式等である。それらの制度が存在したせいで、人はおおよその生涯所得を算出できたつもりになっていた。

7.ところが構造改革は、こうした制度を一気に解体しようとしてきた。そのせいで、生涯所得が算出できなくなり、将来不安から貨幣需要が高まり、流動性の罠が生じて消費不況に陥った。

8.こうした急激な改革を行うなら、何もしない方がまだましだが、改革を行うとすれば漸進的にすべきだ。それはソ連がビッグバン方式で混乱したのに対して中国が漸進主義を採って成功したことにも符合している。そこで制度を、たんに撤廃するのではなく、資本・土地・雇用にかんして必要な形に再編すべきである。

ちなみに誰でもこう読める証拠に、最近出版された朝日選書『経済大論戦2』には、ほぼこの形で正確な要約がなされている。

さて、「需要が飽和しているという説は意外に人気があって、買いたいものがないという議論」があり、私はそれを上記のように批判するために『長期不況論』を書いた。それなのに、「松原隆一郎もその立場」というのだ。彼らの頭の中では、私の立場と、私が批判する立場がひっくりかえっている。

また、「何もしないほうがいい」、というのは、余計な構造改革に対して言っているのであり、必要な改革は粛々と行うべきだ、としている。「社会不安だからどうもようもない」というのは、インフレ・ターゲットなどの小細工ではどうしようもない、ということだ。私は、現在は制度が崩壊する中で貨幣だけが唯一信頼できるものとなっているから人々が貨幣を持とうとしていると考える。それゆえインフレを起こすのは唯一信頼している貨幣をも信頼できなくすることに等しく、自虐的政策である。政策であるからには、制度を貨幣よりも信頼しうるものにすべきだろう。私からすれば、「無責任なことを言っている」のはこの三先生である。

この三人組は、「リフレ政策に反対する連中は勉強不足もはなはだしい。」「ぼくたちは、リフレ派に反論している人たちの本をかなり読んで」いる、と鼻高々である。ところがどう読むかというと、私にかんしては正反対に理解しているわけだ。読んでいないと思いたいが、読んだというのだから、理解する力がないということなのだろう。『経済大論戦2』は三人がしばしば「世間知」とかで蔑視するジャーナリストの共著だが、こちらは正確に私の主張を理解している。ということは、この三人は、揃いも揃って知的には世間にも劣っていることになる。

もっとも、私はそうではないと思っておきたい。そうだとすれば、一つの解釈が成り立つ。養老孟司氏は『パカの壁』(新潮新書)で、「自分が知りたくないことについては、自主的に情報を遮断してしまっている。ここに壁が存在しています。これも一種の「バカの壁」です」と述べている。この三人は、一生懸命勉強した教科書に書かれていないことは知りたくないのであろう。それで「バカの壁」を建てる。「バカの壁」を隔てると、私が言っていることが逆に読めてしまうのであろう。

三人してせっせと建てた「バカの壁」が、この本である。

(付記)
またこの本には、他にも学生のような人が長い文で私の経済論にかんして揶揄しているが、まあ私に指導義務があるわけでもなし、面倒なので放置しておく。若い身空で「バカの壁」 建てなくてもいいのにねぇ。

私自身は、私の説はたんなる仮説だと思っているので、自分がこれまで考えてきたことからいえばこれしかないと思ってはいるものの、それに反する仮説についても聞くべきところは聞き入れたいし、自説を修正し強化するのに役立てたいとも思っている。私見を決定的に否定するデータが出れば、その旨を明らかにして棄却することもあるだろう。そういった営みの蓄積が、読者の信頼を得る筋道だと思うからだ。

だがどうやら、エコノミストたちの討論を聞いていると、そうした言論のルールにはとんと無頓着で、自説を振りかざして大立ち回りする人が増えているように思える。そうした人たちは、大声で騒げば自説が正しいことが世の中に受け入れられると考えているようだが、私の感じるところ、すでに世間の目は小うるさいだけで成果もない政策論議には飽き ている。むしろかつては人目にさらされなかったエコノミストという人々が、一見賢そうに見えるわりにはあまりに怪しい性格で、それが丸見えなのにまったく気づいかないほど無邪気かつ鈍感であることを面白がり始めている。


 

◇「ネット・ストーカー」について(2003.10.1)

 池田信夫という人がいる。経済産業研究所で、IT関係の仕事をしているらしい。彼が私的なサイトで私について触れているとゼミ生が言うので、拙著「長期不況論」への「反書評」なる文章を見てみた。(http://www003.upp.so-net.ne.jp/ikeda/matsubara.html)

 書評としては、お粗末の一言。なにしろ拙著に書いてあることの要約にしてからが、学生のレポートの水準にも達していない 。批判ならありがたく拝聴するが、拙著には関係ないことばかり書いてあてこするのだから、話にならない。この人は 世間の人が誰も読まない研究所の内輪の雑誌に難しげなテーマで文章を書いているようだが、誰にも分かる書評のような文章を書くととたんに馬脚をあらわして、 読んだり考えたりさらにその結果を文章化するという作業を平静に遂行できないことを、自分で暴露してしまっている。プロとして書評の仕事を頼む活字媒体は稀有らしいが、それも当然であろう。

 それでも一応、敢えて本欄を覗いて下さっている方のために、どこがおかしいのか指摘しておく。

・「著者(松原)は、構造改革によって「制度が崩壊」していることが不安の原因だから、改革をやめて政府が「信頼を回復」すべきだという」

→私が主張しているのは、生産要素にかんする制度を「ビッグバン的に」改革するという構造改革が不安を引き起こしているのだから、「漸進的に」改革すべきだということ 。改革の内容についても土地・資本・労働に分けて論じている。私は「改革をやめて」などとは一言も言っていない。構造改革に反対する論者が述べることはすべて同じに読めてしまうらしいが、この人の読解力の構造改革こそが必要だ。

・「「お上」の力で国民を情緒的に「統合」しようとする主観主義は、佐伯啓思氏などとも共通する西部一派の特徴だが、問題は逆である。いま不安が広がっているのは、政府が信頼に値しないから ・・」

→私が述べているのは、BSE対策などで政府が信頼を失い、しかもその政府が失敗を棚に上げて構造改革などと言ってみたり、金融制度改革や牛肉買い上げなどを行っていることの滑稽さである。 つまり「お上」じたいが信頼をなくしているのに、その「お上」がさらに制度を解体しようとしていることを批判しているのである。「お上」の力で国民を統合しようというのに近い印象のことを佐伯氏や西部氏は述べているのかもしれないが、私は佐伯氏の著作への書評などではしばしばこの点を批判してきた。

・「必要なのは、信頼を回復することではなく、信頼できる制度を作り直すことである。」

→これなどは、逆に私が主張していることである。何を言っているのやら。だがしかし、現在進行している「構造改革」では、この人が主張するようには「信頼できる制度を作り直す」ことなど 決して行われていない。「規制緩和」「経済慣行の撤廃」に象徴されるごとく構造を破壊することに主眼があり、その結果現れた現在の金融庁などは、逆に役人が強権を持つよう「制度を作り直」したものだ からだ。「お上の焼け太り」 現象である。この人などは、さしずめ焼けて太った公務員の好例であろう。官僚を焼け太りさせる構造改革ではなく、まっとうな改革を行うべきなのだ。

 さらに、この人は「まともな経済学のトレーニングを受けた」とか「ノーベル賞をもらった」とか言えば、何か信頼が得られると思っているらしい。そんなことを信じているのはPh.Dを取ったとかいう既得権益を持つ人たちだけで、市場(関係者)ではない。そういえば、「インフレにする」と日銀が宣言すれば市場が信じるから本当にインフレになる、とインフレ・ターゲット論者 も言っていたが、そんなことを信じているオメデタイ人は経済学者だけ である。この連中の魂胆は、国という「お上」が信用できなくなった隙に、竹中大臣を始めとする学者を「お上」に祭り上げ、自分たちで利権を得ようということだ。だが、国という「お上」も、経済学界という「お上」も、 世人は信じていないのである。

 そもそもこの人の言う「まともな・・・トレーニング」は、受ければ書く文章の水準が学生以下まで下がるたぐいのものではないのか。

 といった具合だから、私がうんざりするのもお分かりいただけるであろう。とはいえこの手のいじましい人はネットには掃いて捨てるほど生息しているのだから取り立てて触れる必要はないのに、と読者は思われるかもしれない。私もそう思って いたのだが、それでも敢えてここで取り上げようと思い直すことにした。それは、書評への反論を上述のごとく書くためはない (それはあまりにも簡単だと、我がゼミ生も言っていた)。こういった手合いがどのような背景からものを言っているのかについて注釈を付けておきたいのである。

  この人は、サイトを御覧いただけばお分かりのように、佐伯氏や西部氏、そして私も含めて「西部一派」と彼が想定する人々を、異様な敵意と粘着性をもって攻撃している。それも本を読んでのまとも な批判ではなく、「学生時代から知っているがあのころはこうだった」という手の、証拠もない与太話や当てこすりばかりである。まったく、「卑しい」としかいいようのない文章の羅列 である。

 この人にならって昔話をすれば、私は幾度かこの人を見かけたことがある。彼は学生時分に西部氏の追っかけのようなことをしていて、かまって欲しいのか、うるさくがなり立てては西部氏に一喝され 、しゅんとして逃げ出すといったことを幾度か繰り返していた。しばらく見かけなかったが、インターネットという利器を得て、またぞろ学生時分の恨みを晴らそうとしているらしい。 追っかけても受け入れられないので妄想にかられつつ「一派」にまで執拗なストーカー行為を及ぼすわけだ。まあ、こう した例を見せつけられると、 淋しい人にとって、ネット社会は憂さ晴らしの天国に違いないと 改めて感じる。それでいてこうした人物に限って「信頼できる制度」うんぬんと説教するのだから、たまらない。

 ちなみにアマゾンの拙著紹介のページには、非固定のハンドルネームを名乗る人物がこの人にそっくりな文章で拙著をけなすレビューを投稿している。そこでも「西部一派」という言い方 がなされているが、こういう呼び方をする人を私はこの人の ほかには知らないし、とくに前著の景観論以降、西部氏主幹の『発言者』と異なる路線をたどっている私を「西部一派」に加える人も珍しい。

 こういった人が官庁に巣くい、社会から信頼を奪う構造改革を主導しているのである。このことを、銘記しておきたい。

(後記)この人がここで私が書いたことを読んだらしい、とふたたび学生が知らせてくれた。サイトを覗くと、私が書いたことが本当かどうか、西部氏を交えて検証しよう、などと 付け加えている。変なこと言うねえ。ならば、佐伯啓思氏やその他、この人が勝手に思い出などを書き散らした人も呼んで検証しなけりゃならんでしょうに。自分の都合のいいことしか考えないんだな。

 それと、私が「プロとして書評の仕事を頼む活字媒体は稀有」と書いたら、『ダイヤモンド』誌でやってるのを知らないらしい、と反論している。だからぁ、そんなこと、知ってて書いてるんだって。文意を読めない人ですねえ。


 

◇以前のページがマシン・トラブルで消えてしまったので、新装開店とします。

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